2-5



『藤波学園』に着き、二年E組のプレートを見上げる。
(――……どうしよう)
何ヶ月ぶりかのクラスメートたちの再会に躊躇ってしまう。
教室の中からは、にぎやかな笑い声が聞こえてくる。
(さりげなーく入れば大丈夫よね)
覚悟を決めてようやく手にかけたままだったドアを開ける。
自分が入った瞬間に一斉ににぎやかだった生徒たちが静まり返る。
互いに凝視したまま、まるで時間が止まったようだった。
とりあえず、ここにいても仕方ないと思い教室に入ろうとする。
「天咲さん、久しぶりー!」
「入院してたんだってね、最近知ったよ」
「学校に来たってコトは、元気になったんだよね。よかったぁー」
「やめたっていう噂もあったんだけど、違ってたんだ」
「バッサリ髪切ったんだな。一瞬、誰かと思ったぜ」
(――そういえば、入院したことになっていた)
やめたという噂を消すために、長期入院してたという風に担任と親が打ち合わせをしていたらしい。
危なくそのことを忘れかけていた海晴は周りの話に合わす。
「この通り、元気になりました」
「それならよかった」
ガッツポーズを見せると、みんなの注目からようやく開放されることになった。
「おーい、海晴!」
聞き慣れた声がするほうを見ると、茶美が手を振っていた。
クラスメートから離れると、茶美がいる席に歩み寄る。
「お久ー! あたしの席って……」
茶美と他二名が指差すところは、一番後ろの窓際。
「おいしい席だったんだ」
「でしょ? ま、仕方ないといえば仕方ないんだけど」
「海晴も休んでいる間”何か”あったみたいだけど――」
「こっちもイロイロあったんだよ。特に……」
海晴の席に座っていた、有川 彩(ありかわ あや)が立ち上がりどうぞと席を譲る。
勧められて自分の席にすとんと座った。
「『平山』が転校したんだよ」
「――え?」
「今んトコ、公にはされてないんだけどさ、なんだかオーディションに受かって俳優になるらしいよ」
「本当に!?」
「久しぶりの座り心地はどうよ!?」
前に座っている高那 葵(たかな あおい)には、全然違う話を持ちかけられ、顔をあっちこっちしなければならない。
これも昔と変わらなくて少しテンションが上がってしまう。
「平山、かっこいいもんねぇ」
「あれ、なんか海晴、感じ変わってない?」
「性格もアレだしねぇ……そこがウケたんじゃないかな? まだ、これ内緒だよ」
隣に座っている茶美は海晴のプライベートな状況を知っているので一人でそれを楽しんで見ている。
「しかも、そのゆ――」
彩と葵のクロストークで段々どっちを優先したらいいかわからない海晴に救世主が現れた。
「あ、先生来た」
クラスの誰かがそういうと、みんなあわてて自分の席に戻り始める。
「ね、葵。ゆって何?」
「いや、また今度にするー」
もう少しで聞けたのにっとぶつぶつ言いながら、自分の席に移動している。
号令がかかり、担任はざっと教室を見渡し出席を取っていた。
「お、そうか。今日から、天咲が復活したんだよな。元気になってよかったよ」
(ホントはサボリです、サボリ)
心の中でみんなに毒づきながらやんわり担任に微笑む海晴。
始業式が始まるために、ホームルームが終わると生徒たちは移動し始める。
「天咲。放課後話があるから、残っておけよ」
担任とすれ違う時にさり気なく伝えられる。
見上げると、にっと微笑まれる。

――放課後。
「あれー? 海晴は?」
一緒に帰ろうと、彩と葵が現れる。
「先生に呼び出されるから、先に帰ってていいよって」
肩下まで伸びた髪をいじりながら、そう答える茶美を葵はじーっと見ている。
「そだ! 茶美なら知ってるんじゃ……」
「何を?」
「いやいや、こういうのは直接本人から聞かなきゃ楽しくない!」
一人で自己完結している葵に彩と茶美は首をかしげた。
学校を出たら帰り道が反対方向のために、彩たちは先に帰ることになった。
一方、生徒指導室に海晴と担任が対面して座っている。
「――元気だったか?」
「えぇ。まぁ……」
「話、聞かせてもらったよ。そんな状況とは全然知らなくてね」
「――こっちも話してなかったですから」
廊下では、まだ残っている生徒が騒いでいるのが聞こえる。
たまに生徒指導室に誰かいると覗き込んでくる生徒もいた。
「でも、よかったよ。もう一度来てくれる気になって。きっとそうだと思ってた」
「先生が、止めててくれたんですよね?」
「――あぁ。学校に来なくなるまでの天咲はそんな感じじゃなかったしな。他に理由があるんだろうなって」
「坂口先生、スゴイですね」
「あっはっは。天才と呼んでくれたまえ」
「よっ! 天才ー」
「どんどん言ってくれたまえ! ――オイッ」
「先生が言い出したんですよ」
二人はクスクスと笑い出す。
生徒指導室という場所で先生と生徒が笑い合っているのは不釣合いな光景だった。
「それはおいといてだな――……」
後は、笑い事もなく今後についての話が続いた。
「よし。これからはサボることなく天咲には出てもらわないとな」
「そうですよね……」
長々と説教まじりで方向性を語られ、今後の身の振り方が大変になった海晴は憂鬱になる。
夏休みの宿題を今月中に仕上げるようにと、大量に入った宿題の紙袋を見せられとどめの一撃まで食らわされた。
途中まで同じ方向のために、肩代わりに持ってくれていた紙袋を手渡される。
「天咲にもいつの間にか彼氏が出来たのかぁ?」
「――!?」
ニヤニヤとしながら、海晴を見下ろされる。
「それ」
右手にしているものを指差され、今頃になってようやく隠す。
「――もしかして?」
「違います!」
「わかったわかった。そこまできっぱり否定されるとあいつが可哀想。じゃ、ここで」
きちんとした弁解もさせてもらえないまま、階段を降りようとしている担任を見つめる。
「――その髪型、かわいいぞ」
これで最後だという風に軽く手を上げ、返事も聞かずに去って行く。
「――『たけ』じゃないのに……」
そうポツリと呟いた海晴の言葉はその関係を知っている者全てに聞いて欲しかった。
教室に戻ると、自分の机の上に座っている茶美だけがそこにいる。
「おっす」
「――ゴメン」
「いいって。あの二人には先に帰ってもらったよ」
軽くウインクをする茶美の意図がわかり、また謝ってしまう。
うるさいしねと、茶美はケラケラと笑っている。
「帰ろっか」

「先生なんて言ってた?」
家の場所が変わったので、途中までしか一緒に帰ることが出来なくなった二人は寄り道をしながら話を続けた。
「勉強頑張れって。あと、出席日数がギリらしい! で、これが夏休みの宿題!!」
担任から受け取った紙袋をアピールする。
既にそれを終わらせている茶美はご愁傷様と哀れむのみだ。
「ふーん……。また、一哉のことだからそんな怒らなかったでしょ?」
「また、一哉先生を呼び捨てにして……」
雑貨屋に立ち寄ると、久しぶりの友達との買い物にウキウキする海晴はあれやこれやと眺めている。
「そういう海晴だって『一哉』先生って呼んでるじゃん! ……ったく、海晴には甘いんだから。担任なら、平等に愛せっつーの」
「また、ジョーダンを」
「気づいてるクセに」
「そんなコトないってば……」
「いいわねぇ。愛されちゃってる人は」
愛想笑いで誤魔化すしかない海晴は、身近にあった雑貨を手に取り、話を逸らそうとした。
「でも、なんか葵が探ってたから、大変かもねぇー……恋バナ好きですから、あのコ」
おほほっと笑いながら、一人どこかに探索し始めていく。
「ゆ、の続き?」
ゆ、ゆ――?
なんだろうと考えながら、茶美について行った。
買い物を済ませ、店を出るともう少しでお別れの場所。
「でも、武人のコトどうすんの?」
「う……」
もう一つ、その問題があった。
「モテる女はつらいねぇー」
「どうしようー……」
先を歩いていた茶美がピタリと止まる。
「そのままにするんだ?」
「――……っ」
その言葉が突き刺さる。
「転校したのなら……どうしようもないし……」
「――そういえば。海晴に渡すものがあったんだった。今度、渡すね」
急に思い出したかのようにまた歩き出すと、手だけを振って別々の方向に歩き出した。