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約一ヶ月ぶりにここに戻ってきた。
覚悟を決めて飛び出してきたつもりがそうでなかった。
所詮、それくらいの覚悟だったことを自嘲してしまう。
昼を過ぎた時間、本格的な夏が始まろうとしているこの季節は、ほんのりと汗が浮かび上がってくる。
さっきまでのことを思い出しながら、慣れた道を歩き続けた。

週末になってから、叔父たちのところに海晴はやってきた。
せっかくの機会だから学生に復帰すると伝えると、その選択を二人はとても喜んでくれ、昼食も久しぶりに共にした。
しかし、まだもう一つの重大なことを知らさなければならない。
当然、ここへ戻ってくると思っているはずだ。
その嬉しそうな表情を見ていると、こんなことを口にするのが気が引けてしまう。
叔母も以前の優しかった頃に戻っているようだった。
こんな二人に水を差すようなことが出来ないまま、刻一刻と時は流れていく。
そうやって時々表情を曇らせているとやはり気づかれてしまった。
これを逃したら後がないと、今後のことを打ち明けた。
未成年が恋人と暮らしたいと言い出すなんて予想だにしてなかっただろう。
――しばらく言葉を失っていた。
ここで頭ごなしに否定をするとまた姿を消してしまうと思ってしまったのか、彼女の思いを受け入れてくれた。
また改めて荷物を取りにくるからと家を後にする。
道路から家を伺うとリビングの窓から叔父が顔を覗かしていたので、手を振ってさよならをした。

「いらっしゃい。待ってたわよ」
高校時代の親友の家へと訪れた。
まだ学生だった頃、よく学校帰りによったり休日に遊びに来たりしていた。
携帯を復活させてから、連絡を取りたくて取れなくてずっと悩んでいた友達たち。
学校に復帰すると決めてから、叔父たちに報告した後に行こうと連絡をしていたのだ。
海晴から連絡があったときは、今すぐにでも電話で話したかったようだが、きちんと顔を合わせて話そうと今日という日になる。
いつものようにかわいらしい笑顔で親友の母は出迎えてくれた。
「あら! 髪切ったのね」
「……そうなんですよ、バッサリと」
あははと苦笑いをしながら、家の中へと促される。
「長かった頃はお嬢様ーって感じがしたけど、この髪形もかわいいわ」
「ありがとうございます」
部屋にいると教えられ、登り慣れた階段を上がりその先にあるドアを叩く。
インターホンで気づいてたのか、誰なのか確認もせずに入っていいよと返事がくる。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ、海――!?」
パソコンを使っていたらしく、椅子に座ったまま振り返ると言葉を失っている。
開いた口が塞がらないというのは正しくこういう状態だろう。
「か、髪がない……!?」
「あるっでしょーが。思い切って切りました」
背中の半分くらいあった髪を、肩のあたりまでばっさりと切った海晴は小さくVサインをだす。
唖然としている高原 茶美(たかはら ちゃみ)は、学生時代の級友でもあり、海晴にとって良き相談者でもあった。
「――なんかあったな。おネーサンに話してみなさい!」
自分が座っていた椅子を差し出して、海晴を半ば強制的に座らせる。
「あのね――とうとう家出しちゃったんだよね」
「うん。知ってるよ」
「電話あったらしいもんね」
「今、どこで暮らしてんの?」
「……とある人の家に」
「そのとある人が重要じゃない! まさか……男?」
いきなりの核心の言葉に思わず顔に出してしまった海晴は後悔をしてしまう。
「えーーーうそ!? 冗談で言ったのに本当!? どこの誰?」
目を輝かせながら茶美は海晴を問い詰める。
教えたくても相手が相手なだけに、教えることが出来ない。
「――今は、教えられない」
「なーんだ、つまんない」
「ごめん」
「『今は』って言ったよね?」
「うん、いつかは茶美にだけでも教えられたらなって思ってるよ」
「よっぽど難しい人なのね。でも、よかったぁ、連絡してくれて。いきなり学校には来なくなるわ、携帯はまったく繋がらなくなるわで」
「ごめん」
「もう! さっきから謝ってばっかり。あたし、別に怒ってるわけじゃないのよ?」
「?」
「心配したの! 海晴の家の事情知ってたから余計に。どこでなにしてるんだろうって」
(――そんなこと考えてくれてたんだ)
その言葉に思わず胸が熱くなった海晴は涙ぐんでしまい茶美は慌ててしまう。
「え!? 何!? キツイこと言った?」
近くに置いてあったティッシュの箱を差し出すと、海晴は箱ごと受け取った。
「あのね――……」
家出をする少し前から、聖の名前は伏せたまま今の状況までを少しずつ話し出す。
途中で母親がジュースやお菓子の差し入れをしに来たが、二人の様子を見て何も言わずに去っていった。
話の途中、言葉に詰まりながらも必死に話す海晴を励ましながら、聞き役に徹する茶美は差し入れには手を出さずにいた。
「そっかぁ……ありがと、話してくれて」
「――うん」
なんとか涙を見せずに最後まで話したものの空気は重い。
二人はやっと、ぬるくなり始めたジュースに手を伸ばした。
「はい! もう、この話は終わり! 楽しい話しよ」
海晴の精神が完全に滅入ってるのが目に見えていて、茶美は違う話題で盛り上げることにした。

陽が傾き始めた頃、もう一度茶美の母親が顔を出しにやってくる。
「海晴ちゃん、久しぶりにご飯食べていかない?」
「――それいいかも」
「え、でも――」
「本当はもう、海晴ちゃんの分も作っちゃったのよ」
「さすが! 母さん」
よく家に遊びに来ては、ご飯をご馳走になっていた海晴は今夜もうまい具合に丸め込まれている。
(聖……、きっと今夜も遅いよね)
自分が帰る家のことを思い出して、きっと今夜も一人だろうと思ってしまう。
「……じゃ、久しぶりにご馳走になります」
父親の帰りが遅い高原家では、母と一人娘の茶美と海晴三人が仲良く夕食を食べていた。
「最近はいつも茶美と二人きりだったから……。でも、ごめんなさいね。無理矢理、だったわよね」
「そんなことないです。二人とまた食事できて嬉しいです」
「今日、父さんは何時?」
「あ、そうなのよ。今夜帰れないらしいから――海晴ちゃん、このまま泊まっていけば?」
これもいつものパターンで、なし崩しにそのまま泊まることも多々あった。
(でも、今は前と状況が違うし……)
チラリと茶美を見ると、好きにしなよという感じだった。
「そうですね――……」
時刻は八時を回っていた。