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――そんな表情をされる理由がわからない。
しかし、これ以上は話すことはないというように無言でここを出て行こうとする。
そんな彼の背中を見て、ようやく自分の失態の原因がわかる。
「ちょ……ちょっと待って! あたし、肝心なことを言い忘れてると思うんだけど――」
聖は振り返ると壁に寄りかかり海晴を直視する。
「――なにを?」
いつになく真面目な顔だったので少したじろんでしまうが、しなくてもいい誤解をされている。
そんな状態のまま朝を迎えるわけにはいかない。
それに――。
「さっきの電話の相手、男は男でも――この間の叔父さんなんだけど」
聖はさっきと同じ表情のまま、肩透かしを食らう。
「……海晴ちゃーん。ボクはしなくてもいいやきもちをしたじゃないか」
「聖の質問通りに答えたらそうなってたんだよぉ……」
この先の展開がなんとなくわかってきた海晴はジリジリと逃げ腰になる。
クッションを抱え、部屋の隅まで逃げてきた。
顔に手が添えられて、過剰反応でビクっとしてしまう。
そんな彼女を見ながら、聖の心の中ではかわいいなぁと弄んでいる。
「海晴が頭ん中で想像していることしてあげようか?」
耳元でそう囁かれるが、フルフルと横に頭を振る。
胸元に抱え込んでいた聖にとって邪魔なものを取り払われてしまう。
「あーあ、さっきも中途半端だったしなぁ……」
「……」
横からチラリと見られるが、今夜の彼女はいつも以上に抵抗する。
すぐそこにある首筋にキスを落とす。
「ま……待って!」
「やだ、待てない」
「さっきの電話の内容ね、学校のことだったの!」
「――」
さすがにそのことを口に出されると、それ以上進める気が失せたらしい。
とりあえず、二人でベッドに腰を下ろして話が始まった。
「――正式には辞めてなかったんだって。なんか、担任が書類を引き止めててくれたみたいで……」
「うわさのイケメン先生か?」
「あ――うん」
学校内でそういう風に騒がれているために、きちんと認めてしまう。
あの頃を思い出すと、少し胸が苦しい。
「きっとこんなカワイイ海晴のことを放っておけなかったんだな、うん」
冗談のように言っている台詞も過去を振り返れば、妙に思い当たる節もある。
(……本当にそうだったりして?)
まるで海晴が考えていたことが伝わったかのように横から不審な視線を感じる。
「いやいや、そんなことないよ! 先生は、みんなに平等だよ」
「――……」
それよりも今は学校について考えなくてはならない。
本題から脱線してしまった二人はすぐに真剣な表情に戻る。
「行くんだろ? 学校」
「でも……」
「終わったと思ったことが、実は終わってませんでしたってなると、ちょっと考えるよなぁ」
「そう! 書類に名前書いたりするのだって、結構覚悟決めてたんだよ。本当は親の了承がないとダメだったけど、いろいろごまかして――」
そのことに同意を得た海晴は、当時のことをたくさん話し出し、聖は聞き役に徹した。
「どうするんだ?」
「うん……」
一通り話してすっきりしたのか、今後について本格的に考え始める。
「ちょうど今から時期的に」
「そう、夏休み」
「だよね。だったら、少し考える時間があるじゃないか」
「うん……」
「こうなったら、ちゃんと卒業したほうがいいと思うよ」
「叔父さんと同じこと言うんだね」
「せっかくのチャンスじゃないか」
「――もしかして初めて会った時からそう思ってた?」
「――かもな」
聖はそのままベッドに倒れこみ、天井を眺める。
この決断はこれからの二人の関係が変わってしまうことを意味する。
それを感じている二人の口は重い。
「それに、学校の友達に会いたいだろ?」
「う……」
「別に学校自体をイヤになったわけじゃないんだから、いいと思うけど?」
「まぁ――そうなんだけど」
「なんだか、歯切れ悪いなぁ……。叔父さんに他に言われたことがあるんだろ?」
「う……」
もう一つの本題、言わなければいけないのに言い出せなかったことがある。
(ちゃんと――聖は見抜いてる)
「あのね。叔母さんが落ち着いたから、戻ってこないかって……」
「やっぱり」
思わず海晴は俯いてしまう。
(帰ったほうがいいって言われたらどうしよう……)
やっとこの環境にも慣れ始めて、これからだというのに元の生活に戻れというのだ。
「返事した?」
「まだ……」
「海晴はどうしたい?」
「あたしは――……」
戻ったほうがいいのかもしれない。
また、前みたいに家族三人であの家に暮らす。
学校に行って、友達と笑って楽しむ。
だけど――。
(――あたしは知ってしまったんだ)
坂上聖という人と出逢ってしまった。
――前の生活には戻れない。
たとえ、戻ったとしても何かを探し求めるだろう。
彼と一緒にいることによって、苦しむこともあるかもしれない。
きっと、この先にいろんなことが起きることは目に見えている。
それでもここに暮らす意味はあるのだろうか。
それでも彼と一緒にいる覚悟はあるのだろうか。
(誰かに言われてじゃなくて……あたしなりの答えを出さなきゃ)
海晴は立ち上がり開けっ放しだったカーテンを手にしたまま、肯定と否定を繰り返す。
最近、聖が気が付いたこと。
彼女は夜空を見上げるのが好きなんだ。
前の深夜の帰り道も夜空を見上げながら歩いていたし、少し前もベットの上だった。
一生懸命に答えを出そうとしている彼女が愛おしい。
――今すぐ、抱きしめたい。
そんな衝動に駆られるが、もしかしたら彼女の出す結果が思わしくないかもしれない。
だけど、それは彼女なりに考えた結末だ。
それはそれで、受け止めるしかない。
シャッと勢いよくカーテンを閉めて、振り返った彼女は満面の笑みを見せる。
聖はいつの間にかすぐそこにいた。
「あたし、ここにいたい」
「海晴……」
「ここで、こうして聖の隣で笑っていたい」
その言葉を待っていたかのように、海晴を抱きしめる。
「俺、いい人じゃないかもしれないよ?」
「うん。すぐにえっちぃコトする人」
「それは海晴だけだよ」
「そうじゃなきゃヤダ」
「俺のことは?」
「――好きだよ」
「俺も大好きだよ」
海晴は聖の背中に腕を回して抱きしめ返す。
珍しく、ただ抱き合っているだけの二人。
「海晴。俺――時間作って叔父さんの家に行くから」
「え?」
「海晴はここに住むんだし、挨拶はしとかないとな」
「ある意味それって……」
ちょっとだけ聖から離れ、見上げる。
「なんだったら、『娘さんを下さい!!』でも、いいけどな」
「――バカ」