1-8



「ただいまー」
午前を軽く回った頃、聖はやっと帰宅できた。
いつもなら、リビングの電気は付いているのに今夜は暗い。
もう寝たのかなといつも海晴が寝ているゲストルームを覗くがいない。
「――?」
残すところは自分の部屋のみだ。
こっそりとうかがうと、月明かりが差し込むベットの上に頭からシーツをかぶった人影が浮かんでいる。
まだ、自分の存在に気づいていないようなのでそっと近寄る。
「どうした?」
「え……っ!?」
急に現れた聖に驚き、逃げようとするがいとも簡単に捕獲される。
「ベットの上でほうけちゃって、なんかあった?」
あきらかにわかってるのに、それを聞き出そうとする聖に向き直る。
首をかしげる聖をじっと見上げ、海晴は軽くため息をついてしまう。
それまでじっとしていた片方の手が海晴の腰の辺りで静かに動き始めた。
「ハルってめちゃ細いよな。どうしようかと思った」
勝手知ったる海晴の弱いポイントを攻め始める。
「やだ……っ」
「ベットの上で何考えてたの?」
今度は、耳元でちょっと色気のある声で囁く。
時折、ぴくっとしながら聖の胸に顔をうずめている。
(あ――またこの香り……)
慣れ始めた聖の香水にドキっとしてしまう。
そんな様子に聖は、きっと赤面してるんだろうと想像していた。
「顔上げてくれないと、キスできないよ。お嬢さん」
チラリと上を向くと、意地悪な笑みじゃなくて微笑んでくれている聖がそこにいたので警戒心を解いた。
聖が海晴とおでこ同士を合わせ、タイミングを計る。
先に視線を外したのは海晴だ。
「恥ずかし」
それが何に対してかは、彼女的に色々とあるらしい。
「ハール」
聖の方が逆に目を閉じてキスの催促。
これで、恥ずかしさが軽減されたかはともかく、今度は勇気がいる番になってしまう。
今回はあくまでも受身らしく、おとなしく唇を差し出したままだ。
軽く唸りながら、海晴は顔を近づけると軽くキスをする。
「かわいっ」
聖は逃げないうちに、二度目のキスをする。
「ん……」
さっきとは打って変わって濃厚なキスに逃げ腰になるがそんな海晴を許すはずもない。
時折、聞こえる甘い音と二人の吐息が静かな部屋に響き渡る。
十分に堪能したキスは軽く音を立てて、離れるとそのまま聖の胸にうずまった。
何も言わないまま、聖は海晴の頭をポンポンとなでる。
しばらくした後、落ち着いたのか聖の腕の中でこそっと顔を上げる。
「……鼓動が早い」
「そりゃ、こんな状況で平常心でいろって方が大変なんだけど」
「――……」
何を言わんとしたことがわかったのか、また赤面してしまう。
「海晴の気持ちが追いつくの待っておこうかなって」
「聖……」
笑顔で返事をされ、海晴は少し考えて小さく頷く。
待ってましたと言わんばかりに、それはキスから始まった。

なんとなく身の危険を感じた海晴が目を開けた時は、既に遅し。
「おはよ」
朝っぱらからモーニングキスをされた海晴はしかめっ面になっている。
別にそれをされたからイヤとかそういう意味ではなく、単にいつものことだ。
それに、いつもなら起こさないのにどうして今朝は起こすのだろうと考えているものの、頭の回転が鈍いので言葉にならない。
そんな彼女のことは当に把握しているので、無理矢理起き上がらせる。
「今日はちょっとついて来て欲しい所があるんだ」
「――どこに?」
「それはまだ内緒」
「教えてよ、じゃないと行かない」
やはり一筋縄ではいかないことに聖は心の中で意気込む。
まだ眠そうな海晴をグイっと引き寄せる。
「今は、まだ教えられないけど、やっぱダメか?」
「――……」
いたって真剣な顔をしている聖を上目遣いで見上げる。
(なんか怪しい……)
そう疑うものの、やっぱり好きな人の頼みごとを無下に断れない。
「どうしても?」
「来てくれたら嬉しいけどな」
「一緒に行くだけ?」
「――うん」
「じゃ……わかった」
「ありがと」

「帰るーーー!」
聖の事務所のT-Gプロダクションのビルの出入り口でわめく海晴。
顔パスで通り過ぎる聖の横にいる女の子を受付嬢は見逃さない。
聖と挨拶が出来て嬉しいのだが、連れの女の子について同僚とコソコソ話をしている。
「やっぱり思った通りだったんで、帰らせてもらいます」
Uターンをして帰ろうとする海晴の腕をしっかりと捕まえる。
聖はわざと海晴が行く方向にズルズルと引きずられ、そしてまた受付まで戻ってきた。
「帰るの?」
そう言われ、ぴたっと歩くのをやめる。
「ここまでくればよかったんでしょ?」
「もう少し先なんだけど……」
顔をふくらませながら、頭一個分高い聖を見上げる。
視線を感じたため、周りを見渡すとみんながこちらを注目していた。
あの聖が見知らぬ女の子と話しているのが気になる様子だ。
そんなのはとっくに慣れている聖は無頓着なのだが、海晴には耐えられず仕方なく途中まで進んでいた通路を歩き出す。
勢いよく進んでいると、聖に呼び止められ三上たちがいるフロアまでの直通のエレベーターに乗り込んだ。
やっと二人きりの空間になったが、怒っているままの状態でみんなに会わせられるはずもない。
エレベーターから降りると、辺りを確認して適当に空いていた部屋に入り込む。
「そんな顔しないの。カワイイ顔が台無しだよ?」
海晴の顔を両手で挟みながら、機嫌を取る。
「だって……」
事の急展開に気持ちがついてこない海晴は必死に訴える。
聖には、全てを言わなくてもその事がわかっているようだった。
「だーいじょうぶ。海晴を邪険にすることは絶対ない」
「――……」
「朔馬や魁もいいヤツだし、スタッフのみんなもちょっとクセがあるかもしれないけど――俺が保証する」
表情がくもったままの海晴を見てその手を離す。
「海晴。いつまでも、同じところにはいられないんだよ。いつかは一歩踏み出さなきゃいけない日が来るんだ。それが、今日という日になっただけ」
「わかってる、わかってるけど――」
涙ぐむ海晴を片手で抱きとめる。
「新しい事をするのは誰だって勇気がいる。だけど海晴には俺がいる。いくらでも手助けをするよ」
顔を上げれば、海晴の好きな聖の笑顔があった。
「――ね、だから笑って?」
「……聖」
涙を指で軽く拭いながら、彼女を本来の姿に戻そうとしていた。
その瞬間――部屋のドアがガチャガチャと音がする。
「あれ? この部屋使えなかったっけか?」
無断で入った上、二人でいたところを見られてしまう――!?
瞬時に海晴は固まり、一気に現実に引き戻された。
「時間ないんだ! さっさと別の部屋を探せっ!」
「はいぃーーー!」
廊下でスタッフのやり取りが聞こえてくる。
「一応、鍵閉めといてよかった」
「そだね」
思わずクスクスと笑っている様子を見て聖は微笑む。
頭をポンポンと叩きリラックスさせ、一息ついた。
そして、earlのメンバーの起動源となる部屋に辿り着く。
「はよーございます」
「……やっときたか」
遅かったために魁が聖の携帯に連絡しようとしていたのか、手にしていた携帯をぽいっと机の上に置いている。
「ホント、今日だけですよ。こんな形でつれてくるのは」
「そんなことわかってるわよ」
それまで隠れていた海晴を促す。
ちょっと躊躇っていたが、ひょこっと姿を現した。
「初めまして」
「――」
みんなだんまりの同じ反応をされる。
海晴を上から下まで舐めるように見られた。
当然、そんな事をされている彼女の顔は引きつっている。
「……どう考えても年下よね」
「いつから年上キラーが年下キラーになったのかしら?」
三上の言葉に慌てて聖が海晴の耳を塞ぐが、既に遅し。
「年上?」
「あら、あなた知らないの? 聖は今まで年上の人とばっか付き合ってたのよ。――役に引きずられるんだから」
「へぇー……」
横目でチラリと見ると、聖は遠い目をしている。
「名前と歳は?」
「天咲海晴、十六歳デス」
「今ここにいるってことは――」
「辞めました」
「そ。ま、言わなくてもわかってるとは思うんだけど、聖はそこら辺にいるおにーちゃんたちとは違うのよ。それでもいいいの?」
「――……っ」
「俺とハルは一個人として付き合っているのでそんな事は関係ありませーん」
その答えを言わせたくなかったのか、聞きたくなかったのか聖が話に割り込みながら軽く抱きついてくる。
「はいはい。バレたらタダじゃおかないってことよ。天咲さん。そのバカのどこがいいのかしら」
冗談なのか本気なのか、アイドルに向かってそんな暴言を吐く三上。
「堂々とイチャついちゃって、恥ずかしー」
悠美が嫌味ったらしいいセリフに、海晴はキッとなって離れろと視線で訴える。
ここから先は、女の仁義なき戦いになりそうだ。
「カワイイー。あたしハマるかも。聖が惚れるのもわかるわぁ」
「本当、カワイイわ」
口ではそんな事を言っている三上と悠美は簡単に自己紹介を済ますと、黙々と仕事を続けている。
(あたしはなんのためにここに連れてこられたの!?)
海晴は感情を隠してはいるものの、顔に出ていた。
「でも、いいわよねぇ。あのHIJIRIと付き合えるのよ」
「私は、あのHIJIRIなんて知らなかったですから」
「え?」
みんなが同時にハモってしまう。
あれだけ世間を騒がしているearlでターゲット層でもある若いコなのにという奇異な目で見られる。
「聖がげーのーじんだなんて、会ってから初めて知りました」
「あら、そうなの? ――だからか」
「?」
「ダーリンなら当の昔にいなくなってるし、お茶でもいかが?」
「ハニーを置いて行くなんて、ヒドイわね」
(いつの間に――!?)
悠美は飲み物を入れるために立ち上がる。
目の前の二人との会話に集中していたので、聖たちがいない事に初めて気が付いた。
「じゃあ、帰っていいですか?」
なんら意味のない引き合わせについていけなくなる。
「いいわよ。――私たちにとめる権利はないから」
「……失礼しました」
引き止められると思ったが、意外にあっさりと帰してくれることに驚きながら、軽く頭を下げて部屋を出る。
聖がどこに行ったかなんてわかるはずもないために、仕方なく帰ることにした。
過去の経験から嫌味ばっかりを聞かされてきたが、あれがそうなのかどうかは判断できない。
「――ちゃん、海晴ちゃん!」
いきなり腕を捕まえられ呼び止められる。
振り返れば、朔馬が海晴を追いかけてきたのだ。
それよりも気になるのが――その視線に気づいたのか、パッと手を離す。
「ゴメン。呼んでも気づいてくれないかったから、つい」
「……いえ」
「間に合ってよかったよ。海晴ちゃんにコレ渡そうと思って」
朔馬が手にしていたものを渡される。
「ここのフリーPASS。聖が急いで作らせたんだよ」
PASSを見るついでに、さっき握られていた自分の腕も見ている。
海晴は人から触られるのが苦手だったことを今更になって思い出す。
「あのー海晴ちゃん? 聖の方がよかったんだろうけど、上の者に捕まっちゃってさ……」
その沈黙を朔馬は勘違いしたのか、フォローを入れてくる。
「も、帰るんだよね?」
「――はい」
「俺じゃ役不足だけど、見送りするよ」
エレベーターホールに着き、下に降りるボタンを押すと数秒後にドアが開く。
朔馬は中を一目すると、軽く頷き海晴にどうぞとすすめる。
エレベーターに乗る時に、周りを確認すると数名の女の人だけがいたので安心した。
「じゃ、また」
T-Gを後にした海晴はそのまま真っ直ぐ家に帰るのももったいない気がして、ショッピングモールへとやってきた。
しばらく、ベンチに座って辺りを眺めながらさっきのご対面のことを思い出す。
いろいろと不愉快なことはあったが、もう会うこともないだろう。
心の整理をしていると、今度はすれ違う人たちが時折手にしている携帯電話が目に入った。
思い立って立ち上がると、海晴はバラエティショップへと足を向ける。

「珍しいな。お前が女にPASSを作らせたのは」
タバコに火をつける口元はちょびひげの社長である。
社長室で俺もこんなの欲しいなぁと言いながら、ふかふかのソファーに座っている。
「リハビリですよ」
「ん?」
「彼女、かわいいでしょー?」
「話しそらしやがったな」