1-6



「ただいまーー……って、アレ?」
聖が仕事が終わって帰ってくると、家の明かりが全く付いていない事に違和感を覚える。
辺りを見渡すとドアの隙間から少しだけ明かりが漏れていた。
軽くドアを叩き、返事があることを確認して部屋を覗く。
ベットに横たわったままの海晴は、何かを握り締め見上げている。
「海晴、たーだいま」
「ん……おかえり」
なんとなく元気付けようと、聖はおちゃらけた挨拶をした。
それに気づくと、手にしていた携帯をぽいっと放り投げ起き上がる。
「いいの? なんかしようとしてたんじゃ……」
「もう電源入らないし、用無しの携帯だもん」
少し不思議そうにしながら、海晴の隣に座り込む。
「今日、来てくれたんだね。ありがと」
「気づいてたの?」
「アレだけ、派手にコケてたらね。怪我してない?」
「そんな変な所、見なくてもいいのにっ! ちょっとだけ手をすりむいただけだよ」
両手を差し出すと、すれた様な赤い傷跡が残っていた。
その傷が早く治るようにと思いも込めて、聖はその手を握る。
「ゴメンな……」
「ん、別にあなたのせいじゃないし」
「でも、呼んだのは俺だし」
「もー、これくらいの傷なんかすぐに治るって」
かすり傷程度でこれだけ心配されるなんて初めてだった。
逆になんか申し訳ない気分になってしまう。
「――海晴に手を振ったのわかった?」
「ええ? あれって、後ろの女子高生にじゃなかったの?」
「ヒドイ! ハルだけにしてあげたのに……」
「他の人にもしてあげてたじゃない」
「アイドルは何人にも平等じゃないといけないから」
「矛盾してるし……」
そう呟いてそっぽを向く彼女を見て、苦笑してしまう。
「――今は、こうやって海晴だけのためにここに俺はいるよ」
そんなことを言われて、上目遣いでチラ見をすると聖がじっとこっちを見ているので、照れて下を向く。
ちょっとだけ胸がキュンとときめいてしてしまう。
「なぁ、海晴。ご両親はなんて?」
「――気づいてたんだ。よく見てるね」
ずっと握られていた手を振り払う海晴。
「もう、会いたくなかったのに――最初、あなたのところに行くんじゃなかったと思った」
「――ゴメン」
このことを話すにはまたさっきの場面を思い浮かべなければならない。
少しの間、二人は押し黙る。
「でも――やっと言いたかったことが言えたからある意味、よかったと思う」
「言いたかったこと?」
「あたしが初めて言い返したもんだから、二人ともショックだったと思うな。あー、スッキリした」
「でも、家族なんだからちゃんと仲直りしなきゃ」
「――家族? そんなものとうの昔に、いなくなったわよ。あの二人は遠く離れた叔父と叔母」
突然の衝撃的な事実に言葉を失う。
この先を話すかどうかを迷うが話が進まないと思い海晴は口を開く。
「十年近くも前、両親は交通事故で死んだの。あたしは、その時のショックであの頃の記憶あんまりなくて……」
「――……」
「その後は、親戚を転々としてきた。あたしが懐かないから最終的に手放されて、今の所にきて」
「うん」
「叔父たちは、子供がいないからすごく優しくしてくれたし、あたしも自然にする事ができて本当の親子みたいになれると思った」
「それはいいことだね」
「だけど……高校に入ってからは、叔母が少し変わってきたの。学校生活を監視するかのようになってきて」
「そりゃ、年頃の娘をもつ親としては気になるんじゃないかな? 交際関係とか」
海晴の親に申し訳がたたない聖としては、自分で代弁をしながら少し落ち込んでいる様子だ。
「異様にしつこいのかがある日わかったの。叔母の部屋に用があって入った時、ちょっと古ぼけたノートがテーブルの上に置きっぱなしで、ついつい見ちゃって」
「何が書いてあった?」
「実は、本当の娘がいたの。その人の日記だったわ。最後のページは両親に向けた文章で『私は、先生と一緒になるわ。父さん、母さん、今までありがとう。そして、ごめんなさい。』って」
「駆け落ち――か。だから、海晴にはそうならないように警戒してたのか。みんながみんな先生に恋するわけでもないのにな」
その言葉に少し反応したことを見逃さなかった聖は隙を見てくすぐりだした。
「今の反応は見逃せないなぁ。へぇ、担任は男の人なんだ、しかも若い」
「あーー、やめてやめて! きゃはは……っ」
じたばたと暴れている海晴をがっちりと押さえ込んでいる聖は容赦なく攻める。
一番弱いところを探りながら、次々と追い討ちをかけていく。
「へぇ、先生ってかっこいいんだ。そりゃ、惚れるよね」
「ま、待って! あ、そこダメ……っ!」
どうやら、ウィークポイントにヒットしたらしく一段と激しい反応を見せる。
そのおかげでかなり服装が乱れたが、当の本人はそれどころじゃないようだ。
「んで? 先生のこと好き?」
「だって彼女いるらしいし」
とりあえず、ここはきちんと答えさそうと攻撃の手を休めたが、聞き捨てならない台詞が耳に入る。
ごにょごにょと尻すぼみで話す海晴を見ながら、スカートが淫らに捲れていたのでさりげなく元に戻す。
「あーあ、そりゃご両親も心配するな、うん」
「あたしは、先生として――!」
気が付くと、聖の顔が目の前にある。
目の前ならまだしも、唇同士は触れ合っていた。
あまりにも突然のことで、引き離すこともままならないまま、長い長いキスは音を立てて終わる。
「な……!!」
衝撃の出来事に言葉が出てこない海晴は、自分の口元を両手で覆うのが精一杯だった。
「明日、デートしよか」
にこりと微笑み返答も聞かないまま、部屋を出て行った。
「えーーーっ! ちょっとぉーーー……!!」
時間差で海晴の悲鳴が響き渡る。
その反応がかわいくて、ますます惚れてしまいそうだ。

次の朝、海晴が起き上がった視線の先に聖が嬉しそうにそこに座っている。
しかし、ローテンションのために勝手に部屋に入ってきたことに怒るというスイッチが入らない。
なんでここにいるんだろうとしか考えられず、じっと見つめていた。
「そんなに見つめちゃ、恥ずかしい」
思ってもないような事を朝から口にしている。
その口元を見て、昨日の事を鮮明に思い出した海晴はやっと目が覚める。
「もう、出てってよっ!」
赤面しながら、身近にあったクッションを投げつける。
「お昼過ぎたら出るから、準備忘れないでね」
余裕でそれを受け止め、ニヤニヤしながら仕方なく部屋を追い出される。
居候の身で反発も出来ず、仕方なく外出の準備をすることになってしまう。
自分の気持ちを把握できていない状況に心境の整理をし始める。
簡単に恋をできる相手ではないことは、昨日のことで重々思い知らされた。
それに、イマイチ信用ができない。
おちゃらけた態度が気になるけど、時折見せる真剣な瞳には惹かれる。
あの瞬間は胸がときめき、この人のこと好きかも――と思ってしまう。
(今は色恋沙汰より、今後の心配しろって感じか……)
これから何をどうしたらいいのかわからない海晴は、ただ漠然とした不安に包まれていた。
「準備できた? ……って、えーー」
部屋から出てきた自分を見て、すぐにブーイングをされたのでちょっと腹を立ててしまう。
「――変、かな?」
「髪、降ろさないの?」
しくしくと嘘泣きをする聖は、時折チラリと海晴を見る。
「外に行く時は、髪くくって気合入れなきゃイヤなの」
聖は無言でソファーから立ち上がると、リビングの階段の手前で立っていた海晴をぐいっと引き寄せた。
後ろに回された手が海晴の髪ゴムを外し、一度束ねたものがまたさらりと解け落ちてしまう。
「俺といるときは気合い入れなくていいの」
そう囁くと軽く頬にキスをした。

今回は特に目的も持たず、気になった場所へぷらりと足を向けるデートだった。
聖がトイレに姿を消している間、海晴は一人で近くのアクセサリーショップでウィンドウ越しに眺めていた。
必要最低限のものしか持ってきていなかったため、装飾品なんて一つもない。
それに気づいて少し落ち込み、そして値段を見てますます落ち込んだ。
(でも、すごくかわいい……)
見るだけならタダだと言わんばかりに、キラキラと輝くネックレスに熱い視線を送っていた。
すると、いつの間にか隣に人の気配を感じ、恐る恐る見上げると聖の姿。
「お待たせ。行こうか」
何事もないようにそのまま二人はその場を離れた。
いろいろと歩き回り、一息入れようとカフェに立ち寄ることにした。
店内には平日にも関わらず、行列が出来ていた。
壁に掲げられたメニュー表をざっと眺め、海晴に欲しいものを伝えるとお金を多めに渡す。
「あそこの席で待ってて」
(人が密集してるからかな……)
海晴はそう結論を出すと、大人しくそれを受け取る。
指差した場所を確認すると、聖はすぐに店内から姿を消した。
十五分後ようやくカウンターに辿り着き、二人分の飲み物を手にして聖が指定していた場所へと歩き出す。
それだけでも結構な時間を消費していたのに、一向に聖の姿は現れない。
最初のうちはさほど気にしなかったものの、自分のジュースが半分近く減ってきていた。
このまま戻ってこなかったらどうしようと思い始めてしまう。
よく考えれば、互いの連絡先は教えあっていない。
「かーのじょ。さっきからなにしてんの?」
同じ場所で一人で座り込んだままを見ていたのか同年代の男の子が声をかけてきた。
「別に……」
「だったら、これからどっか遊びに行こうよ」
(いつになったら戻ってくるのよ……!?)
内心かなり焦っている海晴だが、それがバレないようにするのに必死である。
「あのさ、あたし、二つ飲み物持ってるの気づかない?」
残り少なくなった飲み物をわざと音を立てて、氷の残ったカップをアピールをする。
もう片方はコーヒーだ。
「え、それ、次に飲むんでしょ」
「……」
とてもポジティブな思考にある意味感心してしまう。
それぐらいでないと、ナンパなんて気軽に出来ないのかもしれない。
「彼氏いたりする?」
「いな――!?」
いないと告げようとすると、いきなり誰かから後ろから手にしていたコーヒーを取り上げられる。
吃驚して振り返ると、待ちぼうけをさせた張本人が戻っていた。
「お・ま・た・せ」
「ひじ――っ」
名前を口にしかけて、海晴は慌てて口を押さえる。
そんなこと気にしないよという風ににっこりと微笑み返す。
「なになに、二人でボクのこと待っててくれたの?」
「ふざけんな!」
そんなことを言われ、さらに聖の容姿を見て太刀打ちできないと判断したのか、捨て台詞を言って去っていった。
「ふぅ、危ないトコだった。ハルをお持ち帰りされるとこだった」
「そこまで、バカじゃありませんっ! 聖が一人にさせなきゃ、こんなことにはならなかったんだから」
意味もわからず、待たされたことに対し腹を立てて、足早に去ろうとする。
「ちょっと待てよ」
ぐいっと引き戻されて、聖の腕の中に納まる。
「ゴメンな。こんなに時間かかるとは思わなかったんだ――以後、気をつけます」
そう言って、聖から引き離された海晴は自分の首元にさっき見ていたネックレスがあることに気づく。
「これ――さっきの……」
「プレゼント第三弾ーー! しかも、ボクの愛情つき、返品不可だよ?」
「ごめ――あたし、そんなつもりじゃ……」
「うんうん、その事に気づいたのなら一つ大きくなれたよ、海晴」
聖の優しさに気づかず、自分のわがままばかり押し付けてた事に対して涙がこみ上げてくる。
きゅっと抱きしめられ、頭を撫でられ、それがさらに涙を誘う。
「それにしても、あーゆーのにいないはいけないよ。いてもいなくても、いるって言わないと余計に食いついてくるからね、男ってもんは」
本当はいるって言って欲しかったけど……、海晴の耳元でそう囁いた。

陽が落ち、今晩の食料を買ってそろそろマンションに辿り着く頃。
「こんなん持って、家に帰るのって同棲ーってカンジだな」
「新鮮そうに言っちゃって。初めてでもないくせに」
「何言ってんだ、初めてに決まってるだろー!?」
疑いの眼差しを送られて慌てて弁解しているが、それがどうも信じられない。
「何も聞こえませーん」
スタスタと先に進むと、いきなりフラッシュがたかれる。
「――え?」
訳がわからずその場に立ち尽くしていると、聖がすぐに追いつき海晴を隠す。
聖は何も言わず写真を撮られた方向をにらみ付けている。
「超人気のearlのHIJIRIが堂々とデート!? これは、いいスキャンダルね」
暗闇の中、現れたのはデジカメを手にしていた女の人だった。