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海晴が居候になって一週間が過ぎようとしている。
なんだかんだでこの家は妙に居心地がよくて、明日こそは……とここを離れることを先延ばしにしている。
家主がどうだとかではなく、家自体が快適に作られているのだ。
空調は適温に保つように自動に管理されている。
家事にしてもほとんどが機械がしてくれて、家のことには不慣れな海晴にとってとてもラクだった。
しばらくの間、居座ることを決めてこの家を探索してこれが判明したときは子供のようにはしゃいでしまった。
家庭向けのマンションではないかと思うくらいの広さに聖が一人で暮らしている。
――それに関してはまだ疑問が残っていた。

「おはよう」
ある朝、海晴は耳元で起こされ吃驚して起き上がった。
寝起きだけあっていつもの自慢のロングヘアは寝癖がついている。
「――……?」
朝は低血圧のために、人には見せられないしかめっ面を見せている。
そんな顔を見ながら聖は苦笑してしまう。
「おじょーさん、寝起きにそんな顔してたら嫌われるよ」
「――いいもん」
「まぁ、どんな顔しててもボクは嫌わないけど?」
そしてまた、寝ようと布団をかぶった海晴は聞こえないふりをしている。
「今日、ボクの出てる番組があるから、見てもらいたいなーと思って」
「はいはい、見ますよ……」
明らかに適当に答えている様子に聖は落ち込んでしまう。
これ以上の会話は無駄だろうと、仕方なく部屋を出て仕事に向かった。
扉が閉まる音が聞こえ、聖が去ったことを確認する。
もう少し惰眠を貪ろうと布団の中で何度となく身体の向きを変えてみた。
どうしてもその気にもなれず、着替えを済ましてリビングへと行く。
何かを見ろと言っていたような……。
夢うつつだったために肝心なところを覚えていなかったが、ふと目に入ったパソコンが気になり起動する。
とりあえず、彼らの公式ホームページでも見ようとキーワードを入れ、ホームページを開いた。
earlのコンテンツを開くと、三人の画像があり、それぞれのプロフィールがある。
「――黙ってれば、かっこいいのに」
HIJIRIモードの写真は、プライベートの聖とは正反対な感じであった。
どっちが本当なのかは、まだ海晴には判断できない。
今月の活動内容に、今日の日付で生のテレビ番組があることがわかる。
「これを見ろってことか……」
いろいろと他のページも見ていると、気になる文章があった。
『来春衝撃のデビュー!!』とリンクが張られている。
まだ小さい記事ではあるが、気になる人は覗くのだろう。
そもそも芸能界に疎い海晴には、誰がデビューしようが結婚しようが興味がなかった。

いつも見ていたTV番組がCMに入ったので、ふと時間を確認してみた。
聖が出演する番組がとうに始まっていたので慌ててチャンネルを変える。
既にearlがインタビューが行われていた。
この歌番組は、生放送で十年以上続いてる長寿番組である。
まだ学校に通っていた頃、この番組があった次の日は話題にあがっていた気がする。
この人がこんな話をしていたとか、歌詞間違っていたよねだとか女子高生の会話はエンドレスに続く。
「――ついこの間ライブが終わったんですよね。今回はどうでしたか?」
「そうですね……。毎回、終了後にアンケートを取らせてもらって、ファン投票があるんですけど――」
リーダーとしてSAKUMAが受け答えを始める。
進行役の女性アナウンサーは笑顔で次の言葉を促す。
「地方によって、メンバーの好みが違ってて面白いですね」
「一番は誰でしたか?」
「それが、途中まで最下位だったKAITOがこっちに戻ってきてから、どんどん票を稼ぎまして」
HIJIRIが割って入ってきて、SAKUMAも横で頷いている。
「最後にもっていかれたんだよなー」
「この二人に勝てたのが一番嬉しいです! あ、でもあくまでもライブに来てくれた人達の分だけなので、全国の皆さん応援お願いしまーす!」
二人がKAITOに対してハモリながら茶化し、KAITOもおどけて返事をする。
「あ、そういえば、最終日の帰りに猫を拾ったんですよ。子猫でめちゃめちゃカワイイんです」
「猫ぉ!?」
「今度見せてくれよ」
「今の反応からすると、メンバーには教えてなかったんでしょうか?」
「はい。落ち着いてから報告しようと思っていたので」
そんな話で盛り上がる中、アナウンサーがスタッフと目で合図をしている。
「写真を撮ったら見せてくださいね」
「機会があれば」
「それでは、スタンバイの方お願いします」
earlが画面からいなくなり、アナウンサーが曲振りを案内すると歌が始まる。
この家に猫なんていただろうか。
たかだか一週間の居候でも、そんなものはいないことくらいわかる。
「まさか――」

深夜近くになりようやく家に帰ってきた聖。
玄関を開けた途端、海晴の姿があったためで思わず無条件で抱きしめてしまう。
「お出迎えー?」
「ちがーう! 離してよっ!」
回された腕を振りほどこうと必死になっているために気づかなかった。
その後ろにはさっきまで画面越しに見ていた二人がそこにいる。
海晴たちのじゃれ合いには見て見ぬ振りをしているようだった。
「――なんでここに」
「メンバーの家に来たって変じゃないだろ?」
「その理由が知りたいのよ」
瞬時に互いに敵だと確信した海晴と魁は火花が散る。
「ガーン……。TV見てくれてないの?」
「見たわよ! いちいちひっつかないでくれる!?」
先程ようやく引き離したのに、ここぞとばかりにまた懲りずに引っ付いてくる。
本気で不機嫌オーラを醸し出したことを察知した聖はすぐに両手をあげて離れた。
「だったらもういいでしょ? 見せモンじゃないのよ。さようなら!」
思いっきり音を立てながら、リビングに続くドアを閉めてその場を立ち去った。
さっき通ったばかりの通路を逆戻りして、エレベーター待ちをしている。
「ねー、カワイイだろ? やっとちょっと仲良くなったカンジでさぁ」
ここに帰るまでに、彼女と一緒に暮らしていることを説明していた。
これからのことを考えると、この二人には味方になってもらっていたほうが得策だ。
そう考えて、顔合わせをしたのだが……。
「うんうん。でも、お前にしては――」
「俺はムカツクぞ。あの態度はっ!」
朔馬が話している途中に魁が耐え切れなくて話し出す。
本人に直接言わなかっただけ、魁の方が大人というべきなのか。
「そういう魁は、香織ちゃんとはどうしたのかな?」
「この中で一番付き合い長いのに」
聖に話題を振られて、海晴への憤りはすぐに消えてしまい、表情は落ち込んでしまう。
朔馬と聖の両方にガシっと肩を捕まれた。
今の所、明確に付き合っているといえば魁だけで、今まで何事もなくやってきていた。
この二人に今まで黙っていたことを言おうか迷う。
「――最近、連絡取れねーんだよ。今までこんなことなかったのに……」
ずっと誰にも言わなかったことを初めて吐露する。
そんな様子の話を聞いてあることに気づく。
「お前、まさか……」
「知らないにゃー」
聖と朔馬が聞こえないように、こそりと意味深な話をする。
エレベーターが昇ってきて、ドアが開いた。
「きっと、そのうち連絡あるって」
軽く頭に手を置いて励ますしてから、二人を促した。
魁はまだいじけたままだが、その言葉に少しの期待を抱えながらエレベーターに乗り込む。
「それは置いといて――朔馬に襲われんなよ」
意地悪そうににやけながら、手を振る聖をドアが閉まるまで見つめる。
その台詞に魁はきょとんとした顔をした。
「朔馬がなにするってんだよ、なぁ――」
朔馬を見上げようとした瞬間に、自分の目線に顔が来ているのに驚く。
「こういうコト」

「ただいまー」
改めて帰宅の挨拶をしながら、邪魔だった自分の少し長い髪を解く。
「ねぇ、猫ってあたしのことなんでしょ?」 
さっきとは雰囲気が違い、ちょっと甘えモードな感じを読み取った聖はここぞとばかりに近寄る。
後ろからキュっと抱きしめて、頭に軽くキスをする。
「そうだよ。まだ本性を見せてくれないにゃんこちゃん」
「あそこまで言って間違ってたらどうしようかと思ってたけど……」
「あれで気づいてくれてなかったら、ボク泣いちゃうよ」
しくしくとわざと泣きまねをしている聖に、さっきまでの怒る気が失せてしまう。
「あなたって、どっちが本当のひじり?」
「――気になる? 自分で確かめてごらん」
泣きまねをぴたっとやめた聖はくるっと海晴を回転させる。
見上げると、いつの間にかHIJIRIモードになっていた。
ちょっと、ドキッとして視線を外そうとするが、それを許さなかった。
海晴の顔をそっと上に向かせ、キスをしようとする。
――が、その寸前に海晴の両手が聖の顔をぺちっと音を立てて挟む。
「まだ、キスはしません!」
「そんな冷たい……」
「かっこよく見せたからって、惚れると思わないでよね」
「これで今まで頑張ってきたのに……」
「そういえば。あなたって、女遊びがすごいらしいとか」
ホームページを見ているときにSAKUMAの顔を見たときに遠い記憶を思い出したのだ。
それを考えると、聖の近くにいるのはやめようとソファーに座る。
「何、言ってんだよ。そんなことあるわけが――」
「友達が言ってたの思い出した。雑誌見ながら、この人ってね、いろんな人と付き合ってるらしいよって。――なんかもうちょっと言ってた気がするけど、思い出せないんだよね」
「それ以上、思い出さなくていいって」
「その言い方って、いかにも何かありますーって感じだけど?」
今度は聖が顔をそらすが、すぐにこちらを向いてくる。
「こうなれば、仕方がない。今日というこの日を迎えるため、たくさんの人と恋愛してきたんだよ。海晴のために恋愛を極めてきたんだ」
自分の気持ちを正直に海晴に伝えるため、真剣な眼差しで訴えている。
そんな聖をじっと見つめて、嘘をついているようには見えないが――。
「嘘くさっ!」
どうしても素直に受け入れられない。
冗談で交わそうとするが、聖の顔はいたって真剣だ。
「こんなに海晴のことが好きなのに」
「なんで? まだ知り合ってちょっとしかたってないんだよ?」
「好きになるのに時間なんていらない」
「あたしは――……」
「気にしなくていいよ。俺が勝手に好きなだけだから」
海晴の言葉を遮って、切なそうに微笑む聖を見てしまう。
――この鼓動の速さは何だろう。
嫌いだったら、こんなところにいないはずだ。
声をかけられた時点で、シャットアウトしている。
初めて見つめ合ったあの時、互いに視線が外せなかった。
片想いだった人のことなんか忘れてしまうくらいに――何かを感じた。
彼もそうだというのだろうか。
遠慮なしに海晴にぶつけてくる。
運命の出逢いというには早くないだろうか……。
そんなハズがない――と考えていたことを打ち消した。
「メンバーとは仲いいの? じゃなかったら、家になんかこないよね」
「と、いうか、このマンションは魁の親族の会社が経営してるんだ。ここだけ、他のフロアと違って試験的に運用されてるから、家賃はなんとタダ」
「魁ってあの小さい人のことだよね……」
この家の快適ぶりの理由を教えているのにも関わらず、海晴はうかない表情をしている。
話題を変えようとメンバーの話を持ち出したのに、またしても問題が出てきてしまい、結局は頭を悩ましてしまう羽目になった。
もしかしたら、これからちょくちょく顔を合わすことになるんだろうか。
「互いにそりが合わないっていうやつ?」
「なんか言った?」
聞こえたのか聞こえてないのか、聖がボソッと言ったセリフに過剰反応した。