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店内に入り、途中から別々に移動をし始めた海晴は遠くから聖を見ていた。
周りを見渡していても、すぐに見つけることができてしまい、何故か思ってしまう。
人目を引くオーラを放っているというのだろうか。
「いらっしゃませ」
ボーっとしていたのを目につけられたのか、ショップの店員が声をかけてくる。
「お客様も一番端の彼、かっこいいと思いました?」
「え……?」
店員に捕まってなるものかと逃げようとするが、その言葉に思わず足を止めた。
洋服のことではなく、全く違う話を持ちかけられ拍子抜けをしてしまう。
「さっきから思ってたんですけど、HIJIRIに似てませんか? 本人に確かめようかどうかすごい悩んでるんですよね」
はぁと恋をしている乙女のようにため息をする店員を横目に、誰のことを指しているのかを考えた。
その答えは海晴にはわかりたくなかった。
「あたし、三人の中では一番ファンなんですよー」
だんだんと彼の立場がわかってきたような気がしてきた海晴は血の気が引いてくる。
もしかしたら、こんなところでこんなことをしている立場じゃないのでは……。
周りの人を見ると、彼の存在に気づいたのか女性客がそわそわしている。
本人かもしれないし、そうでないかもしれない。
誰もがジレンマと戦っていた。
「ハルー、きてきて」
その言葉の先にいる海晴に一斉に視線が集まってくる。
初めて経験する異様な光景に思わず顔が引きついてしまう。
そのおかげで、連れだということが周知されてしまった。
「えーー! お客様、彼と知り合いなんですか!? やっぱり、そうですよね?」
鬼気迫る勢いで問い詰められるが、海晴にはその答えはわからない。
しかし、肯定した日にはこの場がどうなるかは想像ができもしない。
かといって、知らぬ存ぜぬのフリをしてもこの状況下では嘘が丸見えだ。
「――違います。呼んでいるので行きますね」
一人でいるのに耐えられなくなり、聖の元へ小走りで駆け寄る。
「いいタイミングだっただろ?」
店員に捕まっているのを見つけたので、助け舟のつもりで呼び寄せたらしい。
それがまったくの逆の効果になっていたのに、気づいているのかいないのかおどけてみせる。
「あのね」
「ほら、コレとかよくない?」
「こんなに……っ!?」
タッチパネルでショッピングも出来るこの店で、さっきからずっと悩んでいたのだ。
海晴から言わせれば手当たり次第のような量と金額である。
「これからを考えると、多いに越したことはないんじゃない?」
「そりゃ、そうだけど――」
「どれも似合いそうでさぁ……」
さり気なく肩に手を回した聖だが、すぐに気づかれ振り解かれる。
「あたしとしては、嬉しいけど――いいの?」
「ご心配なく。だてにこの仕事してません。お金なんて使う暇ないから、いつも懐はポッカポカ」
ポケットから取り出した財布からカードを抜き出す。
その色は、普段ではお目にかからないゴールドであり、ある程度の収入があることをにおわせた。
会計をしながらも、店員の目は常に聖を確認している。
どうしても疑いの目を晴らせないようで、ジロジロと見られていた。
「……気になりますか?」
「は、はいっ!」
まさか本人から話を振られると思わなかった店員は目を輝かせて返事をする。
「これ、ひじりって読めるけど、俺の場合はあきらって読むんですよね」
クレジットのサインを指差しながら、見事な嘘をついている。
「え、でも――」
「ほら、世の中似た人は三人いるとか言うし。俺はよく似たニセモノだからすみません」
「そうですかねー……、本人だって言っても間違いないと思うんですけど……」
「おねーさんにそんなに疑われると、ここに来なくなりますが?」
「それは困ります! ぜひ、またご来店ください!!」
一歩引いて立っていた海晴は平然と嘘をついていることをある意味関心する。
スラスラと対応しているあたり、言い慣れているのだろう。
そんな会話をしながらも、支払いはすんなりと終わり、店の出入り口までエスコートされる。
「ありがとうございましたー。またよろしくお願いします!」
いきなり上お得意になりそうな購入をした海晴たちをご機嫌で送り出された。
「どうした?」
何か考えことをしているような海晴が気になって声を掛けてみるが、一向に反応しない彼女に聖は首をかしげる。
それでも無意識に聖の後を追いかけているのを確認したので、次の目的地へ足を運んだのだった。

必要最低限の生活用品を買い揃えることができたので、最後に食品の買出しをしようと提案をする。
「痛い」
「あ、ごめん」
急に立ち止まったことに気づかないまま、海晴は衝突をしてしまった。
前を見ていなかった海晴がそう言うべきなのが、何故かぶつかられた聖がすぐに謝罪をしてしまう。
そうなった理由もずっと様子がおかしい海晴だったせいだ。
ふと我に返った海晴は辺りを見渡して、赤信号の横断歩道のために止まった事を理解した。
「――帰ります」
こんなに考えなくても答えは出ていたが、それを肯定したくない気持ちが大きくてなかなか認められなかった。
これ以上のこの状態で歩き回るのは危険だと思い、踵を返して来た道を戻ろうとする。
「えぇ!? ――……」
急にそんなことが聞こえたのと同時に青信号に変わり、信号待ちをしていた人達が動き出す。
その流れとは反対方向にいる海晴の元に慌てて戻ろうとするが、なかなかうまく身動きができない。
その状況に戻ってくるのに時間がかかるだろうと思い、人に邪魔にならない所によけようとした瞬間に自分の手を捕まれる。
「離して……っ!」
「俺だよ、俺」
こんなに早く戻ってきたことに驚いた表情を見せてしまう。
正直、いまいち考えが読み取れない聖は軽くため息をついている。
「今の――わざと? どっかに消えちゃうかと思って、めちゃくちゃあせったんだけど……」
「わざとだったら、ここでちゃんと待ってないと思うんですけど?」
ほっと一安心した聖はその勢いで肩に腕を回してしまう。
カップルのじゃれあいと思い、周囲はほとんどが素通りをしているようだ。
「よかった……」
「――ちょ、ちょっとっ!」
こんなことをされているのが恥ずかしくて、腕の中でジタバタと抵抗していた。

教えてもらった場所からティーセットを取り出して、紅茶の準備をする。
そして、その隣には帰りがけに買ったケーキがすぐに食べれる状態で並べてあった。
蒸らし時間が終了して、紅茶をカップに注ぐとようやくティータイムの始まりだ。
コーヒー党の聖は既にマイカップに並々と注がれている。
帰路につこうとした瞬間から必要最低限の会話をしなくなり、聖はどう話を繋げたものかと頭を悩ます。
「ケーキ、美味しい?」
「ボクも食べたいなー」
「はい。ここにあるよ」
「コレ、一つ食べきるほどの時間残ってないし」
箱の中に残っているケーキを横から差し出している。
聖の意図は通じなかったらしい。
「――何が言いたいの?」
一瞬だけ笑顔を見せて、真顔に戻る海晴を見てますます次の言葉を慎重に選ばなくてはならない。
色々と話したいことのある聖はどれを言おうか迷ってしまう。
「あの――さ」
「あなた、『ひじり』なんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「いや、そうじゃなくて……」
あっさりと認められて拍子抜けしてしまう。
自分が言っている『意味』をわかっていないのだろうか。
「――想像してる通りだよ。俺は『earlのHIJIRI』」
「そう、それ!」
こんなに簡単にネタばらしをしてくれるのであれば、さっさと聞き出せばよかったと思ってしまう。
しかしど、そんなことを確認したかったのではない。
「そのHIJIRIとやらが、女連れで日中堂々と歩けたもんよね。あれだけ言われてるのに……」
「そんな事言われてもなー……。じゃ、いつ買い物をしたらいいと思う?」
逆に問われて、海晴は言葉に詰まってしまう。
「別にするなとは言ってないけど、隠すとか――……」
「逆に怪しまれるんだよね。海晴と初めて会った時のように」
「――あなたのコト、知らなかったんですけど?」
「そういえば……。ま、ちょっと軽率だったかもしれないけど、今回はバレなかったからよしとして、これで終わり!」
一人で完結させると、これから仕事に行くために手荷物を揃えに姿を消した。
有名人ならちょっとどころじゃなくて、思いっきり警戒するものではないのだろうか。
正体が明かされて騒ぎになったら、誰が事態を収拾つけるのか。
学校で人気のある生徒ですら、かなりの黄色い声援が飛び交っているのだ。
これが世を賑わせている人となると――それ以上に大変なことになる。
その騒ぎは自分の想像を絶するだろうと思わず身を震わせてしまう。
彼女でもないのに、同棲生活!?などと日の目を見ると、海晴ですら立場が危うくなるに違いない。
もし、聖に拾われてなかったら、どうするつもりだったんだろう。
もし、あそこで誰かに無理矢理どっかに連れて行かれて取り返しのつかないことになっていたら。
――自業自得だって自分を嘲笑うんだろう。
これ以上はあそこにいるのは無理だと、思い立ったように荷物も持たずに家を出てしまった。
それまでは、うまいことはぐらかしてきた。
自分がなくなっていく感じがしたから。
『あんなもの』見つけなければよかったんだ。
そうすれば、こんなことしなかった。
見知らぬ人の家に居候になって、いろんなものを買ってもらって、その上彼女になってくれなんて。
とんでもない事なのに、それが嫌じゃない自分がいる。
好きな人――がいた。
学校を辞めてしまっては、もう会うこともできない。
唯一の連絡手段である携帯電話がカバンの中で転がっている。
帰れおいでと留守電が、友達からの心配してるのメール。
――何もかもから逃げ出してしまった。
少し前まで鳴っていたそれは、充電が切れてしまいないも同然だった。
それは、それでいい。
(いても、いなくてもいい存在だから、あたしは――)