1-1



「――……」
照明が点々としている薄暗い夜の公園で、一人の女の子が階段に腰掛けて小さく呟いた。
周りに人影はなく、女の子が一人でいるような時間帯でもない。
そんなことも気にかけず、ただ黙々と手にしているものを飲み干そうとしていた。

「今夜は来てくれてありがとう! またここで会おうなっ!」
今日の午後五時から始まっていたライブは、最高の盛り上がりを見せて終わろうとしている。
人気急上昇中のアイドルユニット『earl』の三人組を見るために何万人ものファンが集まっていた。
ツアー最後の挨拶をして終わらない声援を惜しみつつ、ステージから姿を消す。
バックのあちこちで慌しくしているスタッフたちに挨拶を交わしながら、earlは控え室へと戻ってきた。
「最終日の今日は無礼講の大騒ぎだな」
リーダーの望月朔馬(もちづき さくま)は用意されていた水を飲みながら、この後にある打ち上げの話をし始めた。
話しかけられた人物は窓に寄りかかりながら、同じように水分補給をしているがその視線の先は窓の外にある。
「悪いけど……今日は帰らせてもらうわ」
「おいおい、何言ってんだよ? 主役の俺たちがいなくてどーすんだよ?」
てっきりノリのいい返事が返ってくると思っていたために冗談かと思ってしまう。
しかし、そうではない様子に頭をかしげる。
そんなときに、頭を洗ってさっぱりしてきた一ノ瀬魁(いちのせ かい)が現れた。
「――なんだ、この雰囲気」
喧嘩ではないが重い空気が漂っている。
見るからに朔馬が考え事をしている顔をしていたため、魁は口を閉ざすことにした。
「――もしやデキたか!?」
「マジ!? いつの間に!?」
『何が』を聞かなくても、三人には何のことなのかはわかっているようだ。
軽くため息をついた坂上聖(さかがみ ひじり)は、窓から視線をそらすと彼らに向き直る。
「何がどうなったら、そういう答えに繋がるんだよ。――正直に言えば、疲れたんだよ」
「聖の帰りたいコールは大概『女』だからな。そんな事言うなら、俺なんかもっと疲れてるぜ」
この中で年長者の朔馬に茶化され、少し身に覚えがある聖は口を閉ざしてしまう。
そんなに目立った行動を取っていたのかと少し自嘲する。
「酔い潰れて疲れを飛ばそうぜ! ――いつもやっていることだろ?」
「そう言われてもなぁ……」
必死にその気にさせようと魁は聖に詰め寄った。
「こいつもこう言っている事だし――というか、『三上さん』が後からうるさいぞ」
「お前らと飲んで、こき使われるこっちの身にもなってみろってんだ。――ちょっとだけだぞ」
その名前を聞くと考え直すしかなく、魁の頭の上にあるタオルをぐしゃっとっとする。
その場の主役である以上顔を出さない訳にはいかない。
とりあえず、顔出し程度に打ち上げに行くことにした。

「お嬢ーさん、ここで何してるの?」
公園にいたままの女の子が若い男に声をかけられる。
それに気がつくと、キッとにらみ上げた。
この一時間で、こうすれば声をかけてきた男たちを立ち去らせることが出来ることを勉強した。
曖昧な返事をしていると、危うく口車に乗せられてどこかに連れて行かれそうになったのだ。
「関係ないでしょ」
夜なのにサングラスをかけている人をいぶかしく思いながら、そっぽを向いて相手にしないようにする。
「だめだよ、女のコがこんな時間にいたら危ないよ」
「あんたみたいな人に捕まるって?」
「ハハ……そうだね」
明らかに敵意をむき出している彼女に、愛想笑いをするしかない。
――さらに気になる点が一つ。
「それに――」
「何すんのよ!」
「若い人がこんなもの飲んじゃまずいんじゃないかな?」
女の子は油断していたのか、手にしていたモノをあっさり取り上げられる。
それを確かめるが、予想していたものと違い呆気に取られてしまう。
「あれ? てっきりお酒かと」
「悪かったわね。あたしは、炭酸で酔っ払えるお子様よ」
それがバレて気まずいのか、立ち上がりその場所を離れようとする。
「やっとお家に帰るの?」
「――え?」
そんな事を聞かれるとは思ってもいなかった彼女は振り返ってしまう。
「だってさー、さっきからずっとここにいるでしょ?」
「よく知ってるのね。さっき声かけてきた人の仲間? こんな時間にサングラスなんかかけてあんたバカ?」
「あー、コレ? そう言われると、おかしいよね」
言われて気づくが、少し躊躇ってしまう。
しかし、顔を隠したままでは不信感が募るだけだろう。
心の葛藤をするが言われた通り、かけていたものを外した。
これでようやくはっきりと互いの顔がわかり、視線が交じり合う。
「――……」
会話もなく、ただ――視線が外せない。
「ボクの事知らないの?」
何の反応もしない彼女に、彼は不審がる。
てっきり騒がれると身構えていたのが肩透かしを食らう。
「――は? 何言ってんの」
顔がわかって一歩近づいたかと思えば、べたな誘い文句を言われ再び突き放す。
その様子を見て、自分が言った言葉の違う意味に気が付き、慌てて訂正をする。
「一応、コレでも顔は広いほうだから、知っているかなと思ったんだけど……」
「知りません」
本当に知らないのか、どんなに顔を近づけても彼が想像しているリアクションはない。
むしろ嫌がられている気がする。
「ま、いいや。そろそろ帰らないと、家族が心配するよ?」
「あたしは――……」
それは置いといて、女の子の身の安全を確保しようと帰宅を促すが、それを言われうつむく。
続きの言葉を口にするのが嫌なのか、気長に待ってみることにした。
彼のそんな様子に言うことにしたのか、顔を上げる。
「あたしは『帰れる所』がないの……っ!」
その思いつめた表情を見た彼は、思いもよらない展開に返す言葉を失ってしまった。
それから、どのくらい時が過ぎたのだろうか。
この一言を口にしてもいいのかどうかを十分悩んだ結果――ぽつりと呟いた。
「だったら、――”俺”ところに来る?」