境内施設

本殿   2013年4月現在
  
          
 
 



 
社殿の造営は、天正十七年(一五八九)に徳川家康公が寺田右京亮を奉行とし、幕下棟梁福島新左衛門・
一宮大工高木五郎左衛門父子によって行われた。

 元禄十年将軍徳川綱吉公は、横須賀城主西尾忠成を奉行に定め、幕府棟梁甲良豊前守宋賀によって修造された。
甲良豊前守宋賀は、江戸時代初期の名匠として、建築史上特筆されている匠である。
 同時に修造された小國神社の社殿は明治の火災によって焼失されているため、当時のまま現存する貴重な社殿であり
ました。
間口五五〇〇mm、奥行九〇〇〇mm
2011年9月の台風倒木により、倒壊した本殿は、創設当時のコケラぶきの屋根に修復して2013年4月に改修されました。

末社(2012年9月9日 遷座)
             
         





江戸後期の文政十三年(1830年)正月、領家村秋葉山に祀る火之迦具土の神の神霊を勧請したのに始まります。
今の稲荷社の辺りにあり、社殿は間口一間四尺、奥行一間一尺で一間社造で二坪余りの桧杉作瓦葺であり鳥居も建っていました。
明治四年(1871年)五月二十八日再建、のちに本殿の傍ら、現在の地に遷座されて、現在に至ります。


平成24年9月9日
新社屋へ遷座致しました。





稲荷社                          稲荷社参道
       

平成24年2月19日 天宮稲荷祭を斉行しました。

稲荷社からの東側風景(太田川河川敷の桜道)

多賀社
多賀神社の祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命の二柱で、創建は幕末の嘉永四年(1851年)十月。天宮村の篤志家野口小兵衛
(当時47歳)が、村内龍馬ケ谷の山林中に社殿を造営し勧請されました。
野口小兵衛は、明治になって天宮学校、天宮報徳社の設立に尽力されています。
慶応四年(1868年)三月石灯籠一対を寄進、他にも石の明神鳥居・燈籠・手洗鉢がありますが、記銘はありません。
明治三十年(1897年)11月、卯年の男性が石の神明鳥居を寄進していますが、この男性は製糖王と言われました鈴木藤三郎
であります。
野口家が東京へ転出後の祭祀は、天宮の鈴木家が委任されていましたが、平成十三年(2001年)十月二十一日、天宮神社本殿
東側に遷宮致しました。奉仕河合治郎宮司


天乃真名井
天乃真名井

宝倉庫


【街並と蔵展への展示品】

保存されている舞楽の面(現在は使用されていません)
    

 

銅製燈篭 元禄10年、普請奉行遠州横須賀城主西尾忠成が奉納
 

版木 :江戸時代の天宮神社


元禄時代の棟木


主な宝物
●事実証談版木(ことのまことあかしかたり):寛政8年(1796年)〜文政(1818年)まで遠州を中心に珍談奇問の事実を集録した
民話集の出版に用いたもの(中村崇高作) 版木数84枚
●三十六歌仙拝額:江戸時代中期の作で、34枚
●銅製燈籠:元禄10年神社の総改築のときに、普請奉行遠州横須賀城主西尾忠成が奉納 大小2筒計4筒
●神輿 :江戸時代初期の作。
●唐獅子木像:約750年前の作で牡牝一対の狛犬
●神楽用具:江戸時代の作が多種
●奉納拝額:元禄14年に奉納された俳句の額

佐々木信綱博士の歌碑

 
「天の宮神のみ前をかしこみと千とせさもらふなぎの大樹は」 竹柏の大樹を佐々木博士が参拝の際に詠まれた歌
歌碑は村松治平氏奉納(氏子出身清水市)

昭和二十九年四月歌人佐々木信綱博士は、父弘綱が、竹柏の二葉を合わせれば丈夫も割き難いのを師弟共研の
象徴とし、博士自身も竹柏園と号する所縁で当社に詣でたときに詠まれた歌である

2013年4月、村松治平氏のお孫様のご自宅より発見されました石碑の原図(佐佐木博士の自筆の掛け軸)を展示した写真

くちなしの池

本殿の裏側小道(多賀社東側)をしばらく進むと池があります。

この名前は出入口のない池のため口無しという説とともに、
水神様のお使いである蛇のことを朽ち縄と言われ、それを
くちなしというように、もじったという説がある。

巨人伝説のだいだらぼっちの足跡であるともいわれる。

  

               

 

奥社

くちなし池の南側小高い丘上にあります。
  


神幸御旅所

  
                                   
燈篭 平成23年3月 崇敬会寄贈

古札奉納所

古い御札を納めてください。





弓道場

日置流印西派の修練道場として明治より弓の神事が
行われてきました。
日置流印西派の資料をまとめているHPをリンクします。                              






http://www.geocities.jp/kyudoshikan/



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