渓流釣りのコーナー 

自然を大切に! ごみは必ず持ち帰りましょう。根こそぎ釣るのはやめましょう。 


●渓流釣りのこころ●

 難しい。とにかく難しい。でも、やめられない。エサをねらったポイントに投入し、自然に流す。そして、目印に全神経を集中し、アタリをじっと待つ。一日に何百回もその動作を繰り返すが、アタリがあるのはほんの数回。釣れてもほとんどが小物ばかり。しかし、数少ないチャンスから見事キープサイズを4・5匹釣り上げれは最高の一日。
 渓流釣りのおもしろさは、もちろん警戒心の強い魚をあの手この手を使って釣り上げることですが、それ以上に手つかずの自然の中を五感をフルに活用して遡行することにあります。
 私の渓流釣りのフィールドは、小谷や源流が中心です。多少の危険を伴いますが、高巻き・岩登りを繰り返しながら渓を上っていくと、大きな美しい滝を発見したり、シカやイノシシなどの野生動物に出会ったり、珍しい花や天然わさびを見つけたりと釣り以外の楽しみも大きなものです。
 山奥の渓流で釣りをしていると、集中しているせいか時間があっという間にたちます。また、普段の生活の中で退化している五感が生き生きとよみがえってきます。心地よい疲労感と満足感が得られます。清流の水音を聞きながら、きらきら光る川面に向かって竿を振っていると、別世界にいるようで自分が自然と一体化しているような気分になります。
 ちょっと油断したり、なめてかかれば、転んだり、竿を折ったり、道に迷ったりとすぐにしっぺ返しをされます。一度リズムを崩せば、連続して困難が訪れます。逆に、何時間も釣れなくても、がんばって釣行を続ければ最後の最後に大きなプレゼントをくれたり、ボーズが続いたかと思えば、入れ食いにあったりと、渓流釣りは人生の縮図です。
 渓流釣りは自然が大好きな私にとっては本当に楽しい趣味です。また、自然を学ぶのには最も適した活動だと思っています。整備された登山道を格好いいウェアや装備に身を包んで歩く登山とは異なり、道のない人のいない谷で、野暮ったい格好で泥にまみれながら自然と肌身で接する渓流釣りが、私の趣味に合っています。
 渓流はその美しさで私たちの心を癒してくれます。しかし、時には、荒れ狂いすさまじい破壊をみせつけることもあります。渓流釣りを通して自然と向き合うことは、単なる趣味ではなく人生の指針を示してくれる有意義な活動だと思います。


●私の腕前(自評)●

 私の渓流釣り歴は、あっさり2年であきらめたフライ・フィッシングも含めると約30年になります。
 最初の約10年は釣行回数が年に5・6回程度。高い年券を買いながら1回しか釣行しなかった年もあります。また、穴吹川や貞光川の車道からすぐに降りられる川に、天気がよい日中にばかり通っていました。当然、釣果はさっぱり、3回に1回はボーズ、20cmオーバーなんて年に4・5匹くらいしか釣れませんでした。当時は、あまり釣果にこだわることは自然を楽しむことに反するのではないかと納得しながら、釣りに関してはあまり研究もせず、情報も集めず、毎度同じ事を繰り返してきました。しかし、川歩きの楽しさのおかげで今まで続けてこられたのです。
 しかし2004年、私の釣れない渓流釣りに転機が訪れました。いくつかの四国の渓流釣りのサイトに感化され、「どうせやるなら突き詰めなくては」と一念発起しました。そして、できるだけ人の入りにくい、車道から離れている谷を目指し、1年で30回以上も釣行しました。
 このホームページを立ち上げた頃は、まだまだ素人に毛がはえた程度でありましたが、それ以後15年余り、かなりの釣行回数を重ね、その間の努力・苦難の甲斐あって、ある程度自分の釣りが確立し、やっとこの5年で納得のいく釣りができるようになりました。
 しかし、釣れたアマゴは自然を愛する人への山(川)の神様のごほうびだと思い、初心を忘れず、自然を楽しみながら、渓流釣りを続けていきたいと思う今日この頃です。(2024年1月記)