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From the Nothing,With love.
SFマガジン 2008年4月号掲載
2008年度作品
伊藤計劃著
私は写本だ。
優秀な英国諜報部員であったオリジナルの、何代目かのコピーだ。
ある日、私の跡を引き継ぐ後継者候補達を狙った、連続殺害事件が起き、それを私が調査する事になった。
調査を始めた私は、やがて意外な真実に直面する…。
ジェイムズ・ボンド=007の映画シリーズと、その歴史や製作にまつわるトリビアを題材に、メタ的に仕上げたSFミステリと言った所でしょうか。
何人もの俳優がジェイムズ・ボンドを演じてきた事を、意識や記憶を転写して引き継いでいくSF的設定に置き換え、最終的にその設定が物語の根幹に繋がっていき、ただのパロディに収まらない、独特の余韻のある物語になっています。
最初に「SFミステリ」と言う紹介をしましたが、ミステリとしてのタネは序盤でバレてしまっているというか、最初の被害者である博士の名前が○○である事で、意図的にタネをばらしてしまっていると言えます(一応、ここでは名前を伏せておきますが)。
あくまでミステリ的要素は、味付けというか、物語のきっかけに過ぎず、この物語の本質は、終盤の実存に関する自己認識といった哲学的展開にあるという事なのでしょう。
名前こそ出てきませんが、語り手である“私”が、ジェイムズ・ボンドその人を指している事は紛れもなく、それもピアース・ブロスナン演じる五代目ボンドである事を仄めかしている事も、数々の描写(「サヴィル・ロウでなくブリオーニ」のスーツを着ている。以前、上司に「恐竜」で「冷戦の遺物で、女性蔑視主義者だと」呼ばれた。等々)で明らかです。
そして、殺害された後継者候補達の名前も、“オーウェン大尉” “マクレガー少佐” “ロウ中尉” “ベール少尉”と、映画「カジノ・ロワイヤル」製作時に六代目候補の噂があった俳優達(クライヴ・オーウェン、ユアン・マクレガー、ジュード・ロウ、クリスチャン・ベール)から採られているなど、007関連のトリビアを知っていれば、なお楽しめる様になっています。
勿論、007を全く知らなくても物語が理解できない事は無いと思いますが、知っている場合と比べ、かなり違った印象になるでしょう。