007号の冒険
(後に「バラと拳銃」に改題)
〈原題:FOR YOUR EYES ONLY〉
1960年度作品
イアン・フレミング著
〈短編集〉
収録作品
バラと拳銃
読後焼却すべし
危険
珍魚ヒルデブランド
ナッソーの夜
■あらすじ
ある朝、欧州連合国総司令部からサン・ジェルマン基地へ向かった伝書使が殺害された。
偶然パリに居合わせたボンドは、Mの命令で英国情報部の代表として総司令部に派遣される事に。
総司令部から煙たがられながら、ボンドは独自の調査を開始する……。
■解説
初期の短編だけあって、長編の作劇から抜け出せていないと言うのが一番の印象。
本来ならもっと頁数が必要なプロットを、短編にする為に削って端折った結果、ちょっと食い足りない感じになっています。
ヒロインのメアリー・アン・ラッセル嬢もなかなかいい感じなんですが、“ボンドと良い雰囲気になって幕”と言う展開に持っていくには、書き込みが足らず。
敵の秘密基地はちとマヌケだし、それに気が付かない欧州連合国総司令部はもっとマヌケに見えます。
■あらすじ
ジャマイカの善良な老夫婦が、キューバ人の悪党に殺された小さな事件。
殺された老夫婦と旧知の仲だったMは、情報部の長としての責任感と個人的な義憤との間で悩みながらも、ボンドに犯人の暗殺を命じる。
アメリカとカナダの国境付近に潜伏する犯人一味をボンドは追うが……。
■解説
職務と私怨の板挟みで悩むM。
殺しのライセンスを持っているからこその、人を殺す事へのボンドの葛藤。
それらのシリアスなテーマが、全体を引き締めています。
カナダから敵のアジトまで森の中を進んでいく辺りは、フレミングならではの細かい描写でいい感じに盛り上げてくれるのですが、いざ敵のアジトに着いた辺りでヒロインが登場して、それまでの渋い雰囲気が台無しに。
ラストもヒロインと良い雰囲気になって大団円では、中盤までの渋い雰囲気がぶち壊しです。
■あらすじ
イタリアの麻薬密輸ルート解明の為に、ローマに飛んだボンドは、クリスタトスという情報屋と接触した。
クリスタトスによれば、麻薬密輸の黒幕はコロンボという悪党らしい。
しかし、コロンボと会ったボンドは意外な真相を知る……。
■解説
まあ、それほど“意外”でもないんですが(笑)。
コロンボは、陽気で豪放で逞しく、例えば「ロシアから愛をこめて」のダーコ・ケリムと似たタイプのキャラクターで、なかなか魅力的です。
しかしながら、やはり短編で「敵をやっつけて、お姉ちゃんゲットして、終わり」では、終わった気がしません。
この話も、中・長編で読みたかった気がします。
■あらすじ
セーシェル諸島での簡単な任務を終えたボンドは、次の定期船が来るまで暇を持て余していた。
そんなある日、地元の有力者バービー一族の末弟、フィデル・バービーに誘われ、ボンドはアメリカ人の富豪ミルトン・クレストの船に乗る事になった。
独裁者のように君臨するクレストと、その従順な妻。
そこにボンドが加わった時、何かが変わり始めた……。
■解説
短編で「敵をやっつけて、お姉ちゃんゲットして、終わり」では終われない事に、フレミングもようやく気付いたのか、長編を端折ったような短編ではなく、短編らしい短編になっていてなかなか面白いです。
ボンドと出会った事が、結果的にクレスト夫人を動かしたと考えるなら、ボンドの存在が事件の引き金を引いたとも言えるのですが、基本的にこの作品のボンドはただの傍観者でしかありません。
しかし、傍観者としてボンドが何を感じたかが、この話の主題となっていて、そこがまたこの作品の魅力になっています。
他者の命を奪う事を誇り高い決闘のようにとらえるボンドは、他者の命をも支配する事を当然の権利とでも思っているかのようなクレストに怒りを覚えます。
しかし、ボンドも決闘ととらえる事で自身の罪悪感を正当化しようとしている様にも思え、それがまたボンドの人間臭さを感じさせてくれます。
■あらすじ
ナッソーの総督官邸での、退屈なディナーパーティー。
ボンドは、堅苦しく用心深い人間だと思っていた総督から、意外で興味深い昔話を聞く事になる……。
■解説
総督の口から語られる現実的で小さく重く深刻な話を聞いたボンドが、自身のハデな生活が急に虚しく感じてしまうというラストは、ボンドシリーズを書く事に飽きてきていたフレミングの自嘲的な独白とも取れ、興味深いです。
実際、原作シリーズ中期の長編(「ドクター・ノオ」や「ゴールドフィンガー」)はマンネリ感は否めませんし、シリーズ後期の作品(「わたしを愛したスパイ」や「女王陛下の007」など)で新しい試みを取り入れていく事を考えると、穿ち過ぎでもないのかなと思えてきます。
しかしながら、ボンドシリーズを否定しているようなこの作品が、わたしは大好きなのです。