変な恰好の小隊長さん 外伝1

 

地上に降るもの

 

 「先行部隊、制空権奪取に成功、制圧部隊は降下の準備に入れ」

全員が装備している無線機から指令が入る。侵攻部隊兵員輸送機24号は対空機関砲、対空ミサイル、そして美浜少尉以下372防空小隊の面々をその中に抱えていた。

一次二次制空戦闘機部隊による、敵国内での飛行場上空の敵機の制圧、続く攻撃機による地上車両や攻撃兵装の破壊。

その後には飛行場建築物の奪取のための白兵戦部隊が降下を待っている。美浜少尉以下の第372防空小隊は空港奪取後の敵航空機からの防衛が任務である。

敵航空機の補給基地となっているこの飛行場を奪取することで、戦闘を優位に進めることが可能となる。しかし、本来ならば首都防空を主任務とするはずの372小隊までが、侵攻作戦に駆り出される状態はもはや末期と行っても良い。敵国内である以上、いずれ取り返されることは明白である。それまでの若干の時間稼ぎに過ぎない。

 

美浜みのり少尉、372防空小隊の小隊長である。一年前の大規模首都爆撃の際に、戦闘機四機、攻撃機二機、爆撃機二機を落としたことで、本作線に抜擢された。彼女らの配下にある対空機関砲や、対空ミサイル、そして彼女自身である戦闘義体を全て合わせても、わずか戦闘機一機分の規模に過ぎない。それで、何倍もの戦果を上げている以上、戦闘効率は高いと言える。

「制圧部隊降下開始、制圧部隊降下開始、5号から8号は西、9号から12号は東から突入せよ」

輸送機8機分の白兵戦部隊が、降下を開始する。多くの空挺部隊兵に混じって、一回り大きい暗緑色の人型の兵器が降りていく。これは強襲部隊に対応した強化機械化兵、一般的に言うところのサイボーク兵である。一般的に使用されている義体とは違い、多くの部分が強化されている。通常運用時で200kg、それに、装甲やジェネレータ、各種兵装を装備しての総重量は500kgを越える。

美浜の身体にも同様の装甲が装備されている。想定された運用目的が違うので、若干美浜の装備は軽量化されているが、それでも彼女の全備重量は350kg、小銃程度ならば貫通はしない。美浜の頭を覆っている高張力鋼のヘルメットは、20mm機関砲でさえも止める強度がある。もっとも、20mmなら止められたとしても衝撃だけで脳が破壊される可能性が高い。

「制圧部隊が戦闘を開始した、後続の降下部隊は降下準備に入れ」

美浜は横にいる部下に準備を指示する。手真似だけで意図を理解した部下達はパラシュートや小銃の点検を始める。すでに、いつでも降下可能の状態にある372小隊はわずかの時間を費やしただけで、降下の準備を終了した。

降下のタイミングを待つ輸送機は、戦闘空域の上空でゆっくりと旋回している。さらにその上には、制空戦闘機が飛んでいる。輸送機はともかく、戦闘機の航続距離はそれほど長いわけではない。制空戦闘機が制空権を確保している間に防空体制を整えなければ、反撃に入った敵に地上の全員が一方的にやられることになる。そして、残された時間はそう多くはない。

敵の地上車両に対して爆弾の雨を降らせた自軍の攻撃機が、再び戻ってきて、美浜達の乗る輸送機の下を通過した。制圧部隊の障害となる生き残りの地上車両を攻撃しているのだ。かろうじて輸送機の窓から見える地上では、爆弾の閃光が途切れることはなかった。

 

「管制塔の制圧に成功、後続部隊は順次降下を開始せよ」

この無線を聞いて、美浜は無線機のチャンネルを防空中隊へと切り替える。

「防空中隊より、全防空部隊に告げる。これより降下を開始する。状況の変更はなし。着地次第、所定の位置で防空装備の展開を開始せよ」

「373,了解」

「374,了解」

「……」

いくつかの小隊が無線で返答を返す。全ての防空小隊が返事を返してきたのを確認すると、美浜はパイロットに降下開始を告げた。

「ミサイル車両、対空機関砲車両、放出」

輸送機の後部ハッチが開き、2台の車両が放出される。小隊の隊員はそれを追うようにハッチの縁に立ち、小隊長の指示を待つ。

美浜は先に放出された車両に巻き込まれることのないように、一瞬だけ時間をおいた。

真剣にタイミングを計る美浜であったが、ふと目があった隊員が穏やかな顔をしているのに気づく。その顔につられて美浜の口元がほんのわずかだけ緩んだ。少し気負いすぎだろうか。そんなことを考えて、肩の力を抜く。

「よし、いこう」

隊員がうなずいた。美浜は外を指さして、2度手を振ると、空中に飛び出していった。

 

「車両状態を確認、報告せよ」

数人の隊員が、装備を確認している隊員の周りを守る。美浜は12.7mm機銃を肩へ取り付け、姿勢を低くする。

「パパパッ、ババパッ」

「バーンッ!!」

銃声とともに、隊員の一人が吹っ飛んだ。義体はその銃声に自動的に反応し、銃弾の予測方向を表示する。予測位置の方向を見ても、小高い丘の小さな林があるだけ。その中から狙撃されたらしい。

12.7mmを予測位置に叩き込み、姿勢を低くしてじりじりと近づきながら、無線を入れる。

「やられたのは誰だ?」

「永井、腹部重傷です」

「わかった、畑中兵曹は永井の応急処置を実施せよ、他の者は展開を急げ」

「畑中了解」

無線機のチャンネルを切り替えて、前線司令部に繋ぐ。

「こちら防空372小隊、一名重傷、西の丘に狙撃兵がいる模様。応援を求む」

「了解した、敵の規模は判るか?」

「現在のところは不明、現在接近中」

「了解、負傷兵の回収と制圧兵をそちらに回す」

372小隊了解」

身を隠すところを探しながら、林の方へ近づいていく。身を隠す物がないときは、ついてくる二人の隊員の動きを止め、身体を低くし、一気に進む。自らの身で弾が飛んでこないことを確認し、どうしても見通せない林の隙間を何度もIRスキャンしながら、二人の隊員を呼び寄せる。

はあはあ、と荒い息をしながら、隊員が岩の陰に滑り込むと、美浜は、二人に向かって声を潜めて話す。

「ここまで近づいても痕跡が少ない以上、敵は少数だ。気配を感じたら全力でたたき込め」

「はい」

匍匐前進、防空隊ではあまりやらない戦いである。しかし、直接火力に弱い防空隊は、近接攻撃を封じなければまともには運用はできない。

敵が攻撃後に直ちに現場を去ったのであればそれでよい。以後の脅威は無くなるのだから。しかし、去っていなければ、防空隊は戦力をじわじわと減らされてしまうことだろう。美浜は、重い装甲をきしませながら、ゆっくりと進んでいく。美浜は疲れることはない。だが、二人の隊員の疲労も考え、ペースを作っていかなければならない。

「はっ、はっ」

隊員達の息が荒くなっている。ここからは歩いて行かなくてはなるまい。美浜は肩に装備されている12.7mm機銃に炸裂弾を装填する。

構造上12.7mmが自動で照準できるわけではないが、12.7mmの照準は美浜の義眼に表示される。その照準は12.7mmを手で操作して合わせるのである。隊員に頭を下げるように指示してから、一発ずつ隠れていそうな場所へ打ち込む。炸裂弾は大木を大きく揺らせ、細い木を倒した。

「反応なしか…」

林の中では、隊員達の危険度は増す。援護するように命じて、隊員達を後からついて行かせるようにする。

ざくっ、ざくっと美浜の足が、林の中の柔らかい土にめり込んでいく。350kgの重装甲と軟弱地盤では、設置面積を増やした足でも、めり込みは止まらない。

かすかな気配にもさっと反応し、銃を向ける。ほとんどが風で鳴った木の葉や枝。何度目かの反応に思わず苦笑する。でも、これを怠ったら、それは終了を意味する。

「大丈夫か?」

警戒を続けながら、後ろの隊員に告げる。隊員は大丈夫、と手を振り返す。

狙撃手が位置を変えたのは間違いない。また、神経を消耗する索敵を長時間続けることはあまり良いことではない。

あとで、応援の兵と合流して索敵を行うことにするかと足を止めた。そのとき初めて、何かのはっきりとした気配を感じた。

 

何かを感じたが、何かまでは判らない。しかし、脅威であることは間違いない。その気配に銃を向け目標を探す。その何かは手榴弾。

「ふせろ!!」

その威力を熟知している美浜は、あえて、仁王立ちの姿勢を崩さなかった。避ければ、後ろの隊員が被害を受ける。その威力は強力だが、美浜の装甲を貫くほどではない。

一瞬白く光った後、詰められた鉄片や鉄球が美浜に突き刺さる。それよりも、それを投げた相手の方が恐ろしい。

「敵!」

その相手は巨大な黒色の固まりであった。その黒色の固まりは、林の地形を利用し、美浜に迫ってくる。

ろくに指示も出来ないまま、美浜はその相手に機銃弾を打ち込もうとする。しかし、相手はそれより早い。熊のような巨体が、想像を絶する早さで襲いかかる。美浜は全力で跳んだ。

「がつん」

激しい衝撃が美浜を襲った。350kgが空中で跳ね上げられ、背中から落ちる。

「この!」

素早く身体を捻って、位置を変える。おとなしくじっとしているのは的にしてくれと言うことだ。しかし、その黒色の固まりは美浜の背中を捕らえ、踏みつぶした。

「がはっ」

黒色の固まりは敵の強化機械化兵。美浜の12.7mmは折れとんだ。敵のサイボーグは美浜より一回り大きい。味方の制圧強化機械化兵よりも大型かも知れない。おそらく重量は美浜の2倍近いだろう。

装甲がミシミシと音を立てている。500kgどころか、1t近い機械化兵は美浜に向けて鋼の筒を向けた。

「ええい!」

義体はとっくの昔に緊急出力モードになっている。全力で足を伸ばし、その勢いで相手の身体を跳ね上げた。

敵はバランスを崩し、大木に身体を預ける。立て続けに響く銃声とともに、いくつかの銃弾が美浜の身体に当たったが、貫通した物はない。

「がしっ」

意外と相手は動きが鈍い。出力も装甲も美浜と比べれば強力だが、その重量のため、細かい動きは苦手らしい。

美浜は横から相手の懐に飛び込んだ。相手の重心よりも身体を低くして、そのまま腰を跳ね上げる。

「背負い投げ」

敵の機械化兵は美浜の上を飛んだ。

 

頭を下にして落ちた機械化兵は一瞬動きを止めた。すぐに反撃が来るのは間違いない。すかさず、首を踏みつけ、スタンダードレーザーR3を展開する。重装甲装備に納まっている補助ジェネレータは大量の電力をレーザーに送り込んだ。その出力は通常装備の4倍にもなる。レーザーの励起物質が過剰のエネルギーを得て、光を漏らし始める。

相手が動き始めてしまえば、再びこの有利な状況を作るのは困難になる。美浜は敵が動く気配を見せた瞬間、容赦なく全出力を機械化兵の頭に打ち込んだ。

 

二人の隊員は、レーザーを打ち込んだまま動かない小隊長を見つめていた。小銃をじっと敵に構えたまま、美浜少尉の指示を待ち続ける。

やがて、美浜少尉は静かに顔を上げた。ヘルメットで表情は見えない。

「敵、無力化に成功、全周を警戒せよ。警戒しつつ撤収する」

「了解」

美浜は静かに立ち上がった。兵隊の後についていこうとして、ふと、敵の物であろう小銃が転がっているのに気づく。

美浜は小銃の弾を抜いて自分のポケットに入れた。

空になった小銃を、もう動かない敵の元に置いていく。静かに小銃を置くわずかの時間。そのわずかな時間だけが感情のこもった時間だったのかも知れない。

「怖かったよ、あんた」

美浜は小さくつぶやいて立ち上がる。

再び立ち上がった美浜はもう振り返らなかった。もう、ただの戦う機械になっていた。

 

戻る