変な恰好の小隊長さん

 

五章

 

帰ってから、お父さんに村長さんのことを話したら、お父さんはすぐに見回りに出て行った。小降りになった雨がまた強くなる。妹はごろごろしながら本を読んでいる。いつもはすぐに友達と遊びに行ってしまうので、今日は少し退屈そうだ。母さんはぱたんぱたんとパンをこねている。小麦の出来は割と良かったせいか、よくパンを焼いている。今こねているかたまりはかなり大きそうなので、よその分も作っているのかも知れない。

「兄ちゃん」

「ん」

「さっきの人が軍人のお姉さんなの?」

お姉さんはしっかり僕を家まで送って、おじいさんの伝言を伝えてくれた。お父さんはそれを聞いて、何度もお礼を言っていた。

「そうだよ、田島さんの知り合いだってさ」

「ふーん」

妹、瑞樹は本が好きだ。いろんなところからもらってきた本が今では本棚一杯になって入りきれなくなっている。滅多に本を買いには行けないけれど、何かのときにもらったりすることはけっこうある。

「兄ちゃん、あの人強いんでしょ」

座って、拾ってきたがらくたを分解していたら、瑞樹が僕の肩の上によじ登る。小さいときは良かったけれど、7歳にもなると、もう重い。

「強いよ、あのお姉さんが一人で飛行機を撃墜したからね、ああっもう、重いから乗るな」

服を脱ぐように瑞樹を後ろに回す。並べていた部品に瑞樹の足が当たって、いくつかの部品が散らばった。

「邪魔だから、お母さんの手伝いでもしてろよ」

「やーだよっ、さっきお手伝いしたもん」

べーっ、と舌を出す。でも、瑞樹は結構料理が好きみたいで、よくお母さんを手伝って何か作っている。ぼくは発電機だったがらくたを分解して、部品を掃除していたりなんかする。運が良ければ掃除しただけでまた動くようになることがある。燃料を送り込む部品がさびや汚れで固まっていたのを分解して、かりかりと汚れを削る。何を隠そう、いまお母さんがパンを焼くのに使っている電気オーブンは僕が修理した物だ。中の電熱線が外れていたのをはめ直したらまた動くようになった。窯のオーブンでもパンは焼けるけれど、ものすごく時間が掛かる。電気なら、すぐパンを焼けて熱いうちに食べられる。停電しているときはどうしようもないけどね。

 

「母さん、有樹、ちょっと来てくれ」

玄関で声がする。お父さんが帰ってきたらしい。

「なに?、お父さん」

お父さんはびしょ濡れのカッパのまま玄関で僕たちを呼んだ。お母さんもパン作りを中断して玄関に出てくる。

「あの軍人さんの言うとおり、堤防が崩れそうなんだ。みんなを集めなきゃならん。有樹と母さんは、川上の堰に行くように近所を回ってくれ。俺は遠いところを回るから」

「急ぐの?」

「ああ、早いほうがいいだろ」

「分かったわ、じゃ、こっちは母さんが回るから、有樹は小学校のほうを回ってくれる?」

「わかった、みんなのところのお父さんが川上の堰に行けばいいんだね」

「そうだな、たのむ」

お父さんはそれだけ言うとまた急いで出て行った。

 

僕も傘を差して、小学校を回る。始めに行った家が友達の中野啓介君の家で、啓介も呼び回るのを手伝ってくれた。それで、10件の家はあっという間に回り終えた。

「おわったね」

「ああ、俺たちも行くか」

「そうだね」

小学校からなら、大きい道から堤防へ歩いた方がいい。舗装道路の水がしみ出しているひび割れに足を突っ込まないように、注意しながら歩いていく。さっき話をしたおじさんが僕たちの前を歩いている。

「有樹、雨が上がったら釣りにいかないか」

「いいね、もう少しうまくならないと」

「三好君のおじいさんがきてくれないかなあ」

三好君のおじいさんは釣りがうまい。僕たちだけでいってもなかなか釣れないのに、三好君のおじいさんに手伝ってもらうとびっくりするほどよく釣れる。三好君のお姉さんも実は釣りがうまい。僕たちと一緒に行ったことはないけど、あるときに一人で釣りしているところを見つけてバケツを見たら、鮎がびっくりするほど入っていた。どうすればそんなに釣れるのか聞いてみたら、なにか一杯話してくれたけど、釣りに詳しくないせいかあまり良く分からなかった。ちなみに三好君と釣りに行ったときにはあまり釣れなかった。

 

「トラックだ。めずらしいな」

道を歩いていると、ばしゃんばしゃんと水をはね飛ばしながら、トラックが近づいてくる。燃料を運ぶ車が最近はあまり来ないせいもあって、トラックやトラクターの燃料も節約している。村に一件だけある燃料スタンドも、必要なときにしか燃料を入れてくれない。だから仕事が大変なときにしかトラックの音なんて聞こえない。

その滅多に聞こえないトラックの音は聞き覚えがある。

「あ、これは軍のトラックだよ」

「軍の?」

啓介が音の方を向いた。僕もトラックの方を向く。やっぱり…。お姉さんがハンドルを抱きしめるようにして、運転しながらこっちに近づいて通り過ぎていった。僕に気づかなかったらしい。

「あのトラックからミサイルが出て来て、発射するんだ」

「へー」

遠ざかるトラックをじっと見ていた啓介が、僕の方を向いて話し出す。

「後ろの荷台にあるのか?」

「うん、後ろが開いてミサイルが出てくるんだよ、そしてどばーっと火を噴いて飛んでいくんだ」

「見てみたいなあ」

「それにね」

「ん?」

「あのお姉さんは体中に武器を持っているんだよ。それでミサイルから飛行機が逃げたところをやっつけたんだ」

「銃みたいなのを持ってるのか」

「あ、ああ違うよ、お姉さんは身体が機械で出来ていて、手からビームが出てくるんだ。どおんって手からビームを出して飛行機を攻撃したんだよ」

「身体が機械だって?」

「そうだよ」

啓介が腕組みをして、うーん、と考えている仕草をする。

「うーん、それって機械化兵って奴か」

「機械化兵?」

「うん、戦争で勝つために身体を機械にすることがあるんだ。敵基地に突入してぶっ壊すときは、頑丈な機械と装甲でやるらしいぞ」

「ふーん、でもそれほど頑丈には見えなかったけどな。普通のお姉さんみたいだったし」

「有樹はあの人見たことがあるのか?」

「あるよ、というかあのお姉さんは軍事施設の森に行けばいつもいるよ」

「そうなのか」

「うん」

啓介はしばらく黙って歩いた。そして、ぽつりと話す。

「機械化兵ってどのくらい強いのかな」

「わからないね、あ、でも大きい石を簡単に持ち上げてたよ」

「うーん、機械だからな。あと空飛ぶのかな」

「空は飛ばないと思う。飛行機やっつけたときも別に空は飛ばなかったし」

僕がそう答えると、啓介は残念そうにため息をついた。まあ、あのまま空を飛ぶのは難しいだろう。

あ、でもそういえば羽根はあったんだよね。あの羽根で空飛んだりするのかなあ。

 

川に着いたときには、もう結構人が集まっていて、お父さん達で堤防の修理が始まっていた。お姉さんもその中にいる。大きな木の杭を何本も抱えて堤防に打ち込んでいる。僕たちもその杭のところへ土の入った袋を運んでいく。山本さんのところのトラクターが土嚢を運んでくる。お姉さんが乗ってきたトラックにも、誰か別の人が乗って、木の杭を運んできた。

「おい、あれみてみろよ」

啓介君が指さしている方をみると、お姉さんが杭に張るロープを引っ張っていた。崩れて抉られた岸の向こう側でお姉さんが一人でロープを引っ張って、打ち込んだ杭に巻き付ける。こっち側ではお父さん達が、5人くらいで同じようにロープを引っ張っている。

「あはは、綱引きだな」

啓介君が言うように、お姉さん一人とお父さん達五人の綱引きのように見える。しかも、お姉さんは余裕で引いているのに、お父さん達はよたよたしている。お父さんがふらふらしながら、お姉さんに手で合図を送ると、お姉さんはうなずいて、打ち込んである杭にロープを縛った。

ロープが張られると、その内側に、土嚢を積み上げていく。ロープを縛り終えたお姉さんは、積み上げられた土嚢を踏み固めながら、新しく運んでくる土嚢を川に放り込んで崩れた岸を埋めていく。

「はあ、はあ、はい」

「ありがと」

トラクターで運ばれてきた土嚢をお姉さんのところまで運ぶと、お姉さんは初めて僕に気がついたようだった。次から次にみんなが土嚢を運んでくるので、僕はちょっと顔を見ただけでお姉さんから離れた。お姉さんはにこりとして小さく手を振ってくれた。

「はあ、ふう」

少し遅れて啓介もついてくる。土嚢を運んで疲れた手をぶらぶらさせながら、僕に並んだ。

「力持ちだけど、普通の人にしか見えないな、機械化兵はでっかいと思っていたけど」

「そうだね、前に飛行機落としたときもあの格好のままだったよ」

僕たちは、雑談しながら、土嚢を運ぶ。

「ほい、がんばれ」

おじさんがトラックで運んできた土嚢を僕たちに手渡してくれる。ずしっと重い土嚢を抱え上げるとき、戻ってきた別のおじさんが、僕たちに言った。

「足下が緩んでいるから、向こうの方では気をつけな。足が埋まってこけるぞ」

「はーい」

長靴はすでに泥だらけだ。

次の啓介で、トラックの土嚢がなくなり、またトラクターがやってくる。ぼくたちはよいしょと声を上げながら、よたよたと土嚢を運んでいった。

 お姉さんともうひとりのおじさんが、どんどん土嚢を受け取って積み上げていく。おじさんはタオルで顔を拭きながら、きつそうにしているので、またお姉さんの方に土嚢を持って行く。お姉さんは疲れ知らずだ。片手に一つずつ下げて、ひょいひょいと歩きながら、土嚢を並べていく。お姉さんのところに近づこうとしたら、お姉さんが手で止めた。

「そこまででいいから、そこに置いといてー」

僕たちは顔を見合わせた。少しでも運ぶ距離が短いのは助かる。二人で、やっとの思いで運んだ土嚢を置いて、一息ついた。

「はあ、疲れた」

「ちょっと休憩しよう」

「そうだね」

手も疲れたし、足も疲れた。雨でじめじめしているし、汗が乾かなくてべとべとで気持ちが悪い。手近な岩に座って、ごろごろしている長靴の中の土を取り除く。

「ああ、また崩れるな」

ちょっと離れたところで、大きくひび割れて流されていく。どどっ、どさどさっ、と音を立てながら川に飲み込まれる。今土嚢を積んでいるところはロープを張っているので崩れにくいけど、大きな川岸全部を固められる訳じゃない。今ここにいる人たち全部集めても30人くらいしかいないから、とても手が回らない。

「ああっ!」

不意に叫び声が聞こえて、僕たちは思わずその方向を見る。さっき顔を拭いていたおじさんが、崖崩れに巻き込まれて、川岸に落ちた。

「大変だ、おじさんが落ちた」

ひび割れて粘土がむき出しになった斜面におじさんが張り付いている。その下は茶色の濁流だ。濡れた粘土が滑って、おじさんはその場にかろうじて掴まっている。

「ロープもってこい」

「一緒に落ちるなよ」

誰かが叫んで、人が集まってくる。

お姉さんは落ちたおじさんのいる岸の上に立って下をのぞき込んだ。

「すこし我慢して」

お姉さんはおじさんの状態をじっと見つめると、ずざざざっとおじさんのところまで降りた。斜面に足を食い込ませ、おじさんを支える。

「大丈夫かあ」

「ロープこっちに」

輪に縛ったロープをお姉さんに投げると、お姉さんはおじさんに巻いた。

「ひっぱれ」

ぼくたちも、ロープを一緒に引っ張った。おじさんが泥だらけで上がってくる。

「次、軍人さんも行くぞ」

お姉さんにロープを投げると、お姉さんはそのロープを自分のおなかに巻いた。

「重いので気をつけてください」

「わかった、いくぞお」

よーいしょ、よーいしょ、とお姉さんを引っ張り上げる。さっきのおじさんより何倍も重い。お姉さんも斜面に手と足をかけてゆっくりと登っていく。でも、もう少しで上がるかと思ったら、すごい力で引き戻された。

「危ない!」

「あああっ、崩れた」

前の何人かがそのまま川に落ちそうになってロープを放して逃げる。そのまま流されたら大変と、僕や残りの人たちが全力で引っ張ったけど、足下が滑ってそのまま引きずられた。

「うおおおっ!!」

あわてて他の人もロープに飛びつく。何メートルも引きずられて、なんとか止まる。

「埋まってる。大変だ」

びくともしないロープから手を離し、僕も慌てて岸の下を見た。崩れた土の中からロープが伸びている。その先は土の中でお姉さんの姿は見えない。

「あの人は機械化兵だ。大丈夫、慎重に引っ張り上げよう」

お父さんがそういって、またみんながロープをつかむ。

「よいしょ、よいしょ」

20人もいると、引っ張る力も結構強い。ロープを巻いたお姉さんが壊れないかと心配になる。でも、引っ張ってもびくともしない。

「スコップで掘り出そう」

「また崩れたら流されて死ぬぞ」

おじさん達がどうするか話し合っている。僕はお父さんのところへ行った。

「お父さん」

「ああ、どうした」

「どのくらい引っ張ったら壊れる?」

「ああ、少々引っ張った位じゃ壊れやしないよ、軍用だからな。だけど、このまま生き埋めだと空気が無くなって死んでしまう。すぐに死ぬことはないと思うが」

「引っ張って大丈夫なら、あれ使えない?、お父さん」

「あれ?」

僕は、お姉さんが乗ってきたトラックを指さした。あのトラックならお姉さんを引っ張り上げられそう。

「やってみるか」

お父さんはおじさん達に話して、トラックを運転してくる。トラックをここまで運んで、ロープをトラックに結びつけた。お父さんがトラックに乗り込んで、声を上げた。

「いきまーす、よく見てて」

「おーっす」

トラックのエンジンがうなりを上げる。ブオン、ブオンとエンジンを吹かして、ギリギリギリっと進み出す。ロープがぴんと張って、岸の粘土に食い込んだ。スザザザっと音を立てて、ゆっくりとロープが動いた。

トラックの車輪が滑る。車輪が滑ったら、一度止めて少しバックする。ほんの少し勢いを付けてぬかるみを越える。

その繰り返し。

「どうだー?」

「いいぞー、もうすこし」

岸に立ったおじさんが、手を回す。お姉さんの一部が見えてきた。

「行って、行って、行って-、よーしストップ、出たぞ」

お姉さんが土から抜けて、岸にぶら下がっている。動かなくて心配だったけど、しばらくして自分でロープをつかむように動いた。

「大丈夫、生きてる」

「よーし、もうちょっと上げてくれ」

ブルルッとトラックが進むと、お姉さんは岸から引き上げられた。もちろん全身泥がべったり。引き上げられたまましばらくもそもそしていたけれど、自分でロープをほどいて立ち上がった。

「大丈夫かあ」

人が集まってくる。お姉さんは泥だらけの姿で、みんなに頭を下げた。

「すみません、どうもすみません」

「身体大丈夫か?」

「何とか動きます。申し訳ありませんでした」

「そんなこと言わないでいいよ、無事で良かったなあ」

「は、すみません」

お父さんがトラックから降りて近づいてくる。お父さんはじっとお姉さんを見ている。お姉さんもお父さんに気づいたのか、姿勢を正す。

「故障は大丈夫ですか」

「はい、整備員を呼びますが、それまでは大丈夫そうです」

「水洗いは出来ますか?」

「そうですね、細かい点検をしなければ分かりませんが、だいたい大丈夫みたいです」

「分かりました」

お父さんがうなずいて、手を差し出す。

「それじゃ家で身体を洗いますので、トラックに乗ってください」

お父さんは有無を言わせずに、トラックの荷台に載せようとする。

「美浜さんていうんだよ」

「美浜さん、乗ってください」

「は、しかし…」

お姉さんが困惑する。指しだした手を見ているけど、お姉さんは泥だらけだ。お父さんはその泥だらけの手をしっかりと握った。

「大丈夫ですよ、家には女房もいますし、風呂で泥を洗い流してください。このままだとどうにもならないでしょう」

「おいでよ、洗ってから帰ればいいよね」

しばらく、何か考えていたけど、やがてお姉さんは恥ずかしそうに小さく頷いた。

「そ、それでは、ちょっとだけお世話になります。申し訳ありません」

お父さんは大きく頷くと、トラックに乗るようにお姉さんを手招きした。それから、ほかの人に頭を下げる。

「それじゃ、美浜さんをちょっと家まで送ってきます。高野さん、工事の続きよろしくお願いします」

「ああ、わかりました。続けます」

高野さんが手を挙げるのを見て、僕もトラックの荷台によじ登る。ミサイルの入っている箱と運転席の隙間に僕とお姉さんが座っている。お姉さんと目があって、お姉さんはにこりと笑った。僕はピースサインをした。

 

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