Steelgirlはるみん、3話、対決!!サイボーグVSパワードスーツ
part1
文字通り、典型的なステレオタイプの大豪邸。
その一画のこれまた豪華な寝室に眠るのは例の謎の少女である。そのあどけない寝顔のうえに、カーテンの隙間から一筋の朝の光が差し込み、その柔らかな光はすでに朝であることを示していた。
ここで豪華な室内をいろいろ描写したいのは山々なのだが、当方のような貧乏人には上流階級の豪邸など見当も付かない。従って細かい描写などは読者諸兄に適当に想像してもらいたい。なお、この話はフィクションであり、どこかでみたことのあるような名前があっても、ただの再利用である。
やがて、静かにドアが開かれ、かすかなワゴンを押す音と足音が聞こえてくる。もちろんメイドさんである。
「ん」
例の謎の少女は羽毛布団にくるまったまま、寝返りを打った。ふと室内が明るいのに気づき、ゆっくりと薄目を開く。
その期を逃さないように、メイドはさっとカーテンを開いた。
「んっ」
いきなりまぶしくなった朝の光に耐えかねて、一度は開きかけた目をきゅっと固く閉じる。
「おはようございます、お嬢様」
まだ、意識は半分夢の中である。しばらくの間逡巡していたが、ついにこの気持ちの良い夢の中に居られなくなって、少女は渋々小さく言葉を返した。
「お、おはよう、木原さん」
メイドはにこりと笑うと、そっと枕元に赴いた。そして少女の背中に手を入れて支えようとする。
「大丈夫よ、ありがと」
少女は軽く首を振ると、自分でそっと体を起こした。
「御髪をいただきますね」
木原メイドは少女の顔を蒸しタオルでそっとぬぐい、黒髪を梳った。黒髪がさらさらと流れ、寝起きのちょっと乱れた髪が美しい光沢を持ってそろえられていく。
「木原さん」
「はい」
じっと髪をそろえられながら少女はメイドに声を掛けた。メイドは手を止めずに返事をする。
「例のロボットのことなんだけど、あれ、ラインにまわすようにお願いしていいかしら」
「あれですか」
「ええ、あれよ」
木原が吹き出すのをこらえるようにつぶやく。少女もいたずらっぽい笑顔を浮かべていた。
「大旦那様は驚くでしょうね」
「ええ、でもかまわないわ、ギガテックスの管理は私だけでやりなさいと厳命したのはおじいさまだもの、経営管理の勉強のためにそうおっしゃったのでしょうけど、私の管理する株式配当から回すようにすれば、経営には全く影響はないわ」
「GTX団はそれで動いているんですものね」
「え、ええ」
GTX団という言葉を聞いて、少女は少し暗い顔になる。
「………………」
しばらく無言となって考え込んだ後、少女は不意に尋ねた。
「ねえ、木原さん?」
「はい」
「GTX団のこと怒ってない?」
メイドの手が止まった。しかしそれは一瞬のことですぐに優雅な動きがよみがえった。
「わたしは………お嬢様の悲しみはわかっているつもりです。良いか悪いかはまた別のこと、旦那様、奥方様を守れなかったこの社会に義理などありません。お嬢様の考えに地獄までついて行きます」
「………ごめんなさい………」
それきり二人は無言になった。やがて髪がきれいに整えられ、少女はベッドを降りる。
「朝食は食堂でなされますか?、こちらにお運びしても良いのですが」
「ええ、今日は食堂の方にいくわ、いろいろとやることもあるし」
「それでは着替えと補助スーツを」
ぱたぱたとパワードスーツを運ぼうとするメイドを少女は制した。
「いえ、着替えだけでいいの。しばらく自分の足で歩きます」
「は、はい」
少女はすこしふらふらと揺れながら、自分の足で立ち上がった。メイドは少し心配そうにその手を取り、手早く着替えを済ませていく。
「大丈夫ですか?」
「ええ、出来るだけ動くようにしないと神経が繋がらないから」
少女の両足は、両親との移動中の事故で動かなくなっていた。思い出すのもおぞましい仕組まれた事故。それは政界でのごたごたから始まり、両親の命と少女の両足を奪ったのである。
奇跡的にも少女の命は助かったものの、彼女は両足を切断しかねないほどの大きな被害を受けた。金に糸目を付けない高度な治療で、かろうじて両足を失うことは避けられたが、度重なる精密な手術にもかかわらず、まだ神経の一部しか回復していない。
思うように動かない両足を一歩一歩ゆっくりと進める。無意識に歩くことはまだ出来ない。使い慣れていない道具を考え考え使うように、心の中でイメージしながら、別の物を操作するようにゆっくりと動かしていく。
part2
「パワードスーツ?、本人がそう言ったのね?」
「はい、コンクリートの壁ぶち壊してましたから」
「ふむ」
和美は、はるみんから前回の戦いの詳細を聞いていた。研究所とその周りの民家がいくつか吹き飛んだため、はるみんロボは、NTL.HIの、とある工場の隅っこを間借りして置かせてもらっている。和美から、工場の方へ行くように連絡を受け、NTL.HIの敷地に飛び込んだところ、ちょっと目測を誤って工場の屋根を突き破ったが、その程度なら、仕事を始めた工員さんが美しい青空をみて、ちょっとびっくりするだけであろう。
そして、ここははるみんのお家の庭の一角にある、工事用プレハブで組み立てられた橋本研究所。横田と三沢が時々入ってきては、前の研究所のいろいろな資材を拾ってきては運び込む。6坪形の工事用プレハブは、時々、一輪車でがらがらがらーっと運び込まれるガラクタでだんだん一杯になってきた。それにしても、いまどき住宅地の一軒家で、さらにプレハブが立てられる大きい庭を持つとは、はるみんの家もなかなかのブルジョワである。
「パワードスーツの娘か、GTX団の幹部かしら、NTLでもたいした情報はなかったのに、ずずっ!!」
最後の擬音は和美がカップ麺をすする音である。昨日やっと電気工事屋さんが来て、電灯程度は点けられるようになり、はるみんの家の庭の水道から水をもらい、湯沸かしポットでカップ麺くらいはいただけるようになったのである。もっともそんなことはどうでも良いので話を戻すことにする、
ある程度余裕の出来た和美は、はるみんから改めて状況を聞き始めていた。あのときにあらわれた謎の少女。一瞬で、戦闘とは全く縁のない和美たち4人をたたきのめし、行動不能に陥れた謎の少女は何者なのか。GTX団の関係者だろうが、今までの連中とは雰囲気が違う。
「ずずっ、ずぞぞっ、こくこくこく」
カップ麺の汁をすすり終わって、至福の表情をみせる和美。それで、何をしていたのかをすっかり忘れて、ほやーっと目を細める。
「ずいぶん、質素な食生活ですね」
「あー、幸せ、吹き飛ばしたご近所へ謝りに行って、被害交渉と本社への折衝でかけずり回っていたから、温かいご飯なんて久しぶりい。椅子に座れるっていいよねえ、ずっと立ったままだったから腰が痛くって」
「それでいなかったんですか、おかげで私は勉強せずにすんで、助かりました」
それを聞いて和美が口を尖らせる。
「えー、少しは勉強しないと駄目だよ」
「もう、当分勉強はいいデス………」
さりげなく視線をそらし、ポケットの携帯電話をもてあそぶ。義体免許と歩行ロボット免許、学校の勉強とは違うガチの勉強は、すっかりはるみんのトラウマになっていた。もう一度勉強しろと言われるよりは、GTX団の秘密基地に特攻する方が遙かに気楽だろう。
「そのうち、学校の勉強も見てあげるからねー、NTLに入社してくれるといろいろと便利なんだけど」
「それは勘弁して下さい」
積極的に文系の科目が好きで文系に進むのなら、それはそれでよいことだが、勉強をしたくないという消極的な理由で文系コースにいるはるみんが、ばりばりの理系会社に進むのは、かなりつらいことであろう。
「むー、給料もらわないと、ご飯食べられないよ、あ、そうそう、久しぶりに時間が空いたから、お買い物して何かおいしい物食べようかな」
至福の表情を見せる和美に、はるみんがいらっとする。口元がちょっとぴくっと動いた。
「ああ、そうですか、わたしご飯食べられないですけど、よかったですねっ!!」
「あ!!」
鋭くなったはるみんの言葉に、和美が凍り付く。姿勢はそのままだが、しまったという顔になる。
「ご、ごめん」
「いえいえ、気になんてしてませんから、関係ないですよ」
目をそらしているが、明らかにふくれている。背中を向けたはるみんの肩はわずかに震えていた。それをみて和美がおそるおそる声を掛けようとする。
「あ、あのー」
「あ、もういかなきゃ」
アニメキャラのついた腕時計を見てはるみんは声を上げた。はるみんはブレザーの制服の若干目のやり場に困るミニスカートをふわりと翻して立ち上がる。
「あのー、もしもし」
「行ってきます」
目を合わせないまま、すたすたと立ち去ろうとする。なんどか声を掛けようとしては踏みとどまり、また口を開こうとしてはやめる。しかしはるみんのその寂しそうな背中をみて、ついに和美は口を開いた。
「ごめん、実はまだ言いたくなかったんだけど」
「はあ、なんでしょうか?」
「実は」
「なんですか、急ぐんですけど」
和美ははるみんの前に立って、ほおをなでた。
「なんですか、気持ち悪いなあ」
「実はね」
「はい?」
和美は軽く息を吸うと、一気に話した。
「あなたには食べ物を味わうことができるの、消化吸収は無理だけど」
「は?」
はるみんの持つ鞄が、手から離れて地面に落ちた。
part3
ここはギガテックス社の社内である。毎週水曜日の夜に行なわれる取締役会の定例会議が終わり、役職を持った社員がぞろぞろとあふれ出してくる。そのなかに例の少女も混じっていた。彼女を前後から守るのは、秘書兼メイドの木原とご学友の相沢。スーツを決めた木原の横で、学業院の制服を着けた謎の少女と相沢が一緒に歩いていく。
「次は9時からです。今の内にお食事されたほうがよいかとおもいますが」
「いや、食事は後にします。それよりメイクを念入りにお願い、幹部の動きがきな臭いから、なめられちゃいけないわ、主導権を取られないようにしないと」
「わかりました」
3人は同じ本社ビルの最上階に用意されている彼女専用の特任幹部室に向かった。
謎の少女、彼女はギガテックス社の筆頭株主であり、理事会の特別役員である。完全に支配下に置くために、理事長となることも可能と言えば可能だが、わずか16歳の少女が経営の最高責任者という肩書きを持っても、実際に仕事ができるわけではない。今の理事長は祖父と関係が深い知り合いの大御所である。彼は少女を良くかわいがってくれるもう一人の祖父のような存在であった。
「それじゃ、あとはお願いね」
「はい、分かりました」
念入りにメイクを済ませた少女と木原は、黒のコスチュームを身につけている。少女の黒のコスチュームからまぶしくのぞく白い肌と、木原のそろそろ肌の露出がきつくなり始めている豊満な美しさは、少なくとも男性陣にとっては破滅に近い攻撃力を持っていた。
「行ってらっしゃいませ」
「がんばれー」
ご学友の相沢と運転手の黒田が二人を見送った。彼女ら二人もGTX団の有力な団員である。見送っていると、たまたまそこを通りかかったギガテックスの社員が、ぎょっとした態度で立ち止まったが、まだまだ物を知らない、入ってから日の浅い社員であろう。
新入社員ではめったに訪れることもない本社ビルの上層階。社長や役員など経営執行役員居るこれらのフロアは、仮に新入社員A君、としておくが、そのA君は力仕事の手伝いとして、始めて上層階に上がってきていた。社長室の横にある秘書課を訪ねようとしていたのだが、初めてなので場所がよく分からない。
「ええっと、ここが警備室で、こっちが会議室、特任幹部室の二つ向こう側が秘書課か」
今から会議でも始まるのか、会議室へ何人かが出入りしている。その中にスーツ姿ではなく、明らかにドイツの軍服風の服を着た人物が歩いていた。
「は?」
一人は何となく社長っぽいのだがばさっと広がった白髪をかぶり、同じく白い大きな口ひげを蓄えている。おかげで何となくしか顔が見えない。だいたい社長の顔なんて入社式の時くらいしかみたことがない。
「何の仮装だ、あれは?、うわっ!!」
A君の後ろには、極彩色で顔を塗り上げた老人が立っていた。
「あ、いや、どーもすいません」
とっさに老人に頭を下げ、あわてて道を譲ると、老人はにやりとして去っていく。
「失礼」
次々に異様な人物が会議室へ入っていく。そこへかちゃりとドアが開いて出て来たのが少女と妙齢の女性の二人組であった。
「………ごく」
今度は肌を露出した大小の二人組。少女の白い腹部と二の腕がまぶしく、女性の胸と腰のぱっつんぱっつんの迫力に圧倒される。
「行ってらっしゃいませ」
「がんばれー」
えらく脳天気な応援が、開いたドアから聞こえてくる。その方向につい目をやると、そこから顔を出した娘と目が合った。どう対応すればいいのか分からないまま、ぼけっとしているあいだにその女性はウインクして引っ込んでいく。
「???」
「おい、どうした?」
気がつくと誰かが肩を叩いていた。そこにいるのは、見覚えのある同じ課の先輩であった。
「ぼさっとしないで行くぞ、ほら」
「は、はい」
先輩と一緒に行けば迷うことはあるまい。先輩の後ろを駆け出しながら、今見たものが、何なのかを聞いてみる。
「あの、先輩?」
「なんだ」
「いま、特撮のような人たちをみたのですが、………自分の言ったこと分かります?」
「ん?、あー今日は水曜日かそうだな、GTX団の会合があってる頃だな」
「GTX団って?」
「ん、ああ?、なんだ知らないのか、教育係は何してるんだ全く!」
先輩は当たり前の用につぶやいた。よけいに意味が分からない。
先輩はしばらく考えると、新入社員に言った。
「まあ、いまは余り気にするな。そのうちおまえの教育係から教育されるだろう。だけどこれは社外に漏らすんじゃないぞ、この件は企業秘密だからな」
「は、はあ」
とりあえず夢や幻ではないらしい、それよりも先ほどの二人組の肢体が新入社員A君の脳裏にかなり強力に焼き付いていた。あの二人の写真か何かあると、童貞の一人の夜に重宝するのだが。
Part4
GTX団、最高幹部会議。GTX団の全容は固い企業秘密のベールで包まれており、ギガテックス五千人と関連会社1万人以外に、その本当の姿を知るものはいない謎の組織である。
その幹部会議をまとめるのが社長………じゃなくて議長ゴールド。深い経験と年齢に似合わない鋭い考察は、たびたびGTX団の要として発揮されてきた。そして、例の少女は幹部の最高位として君臨しているのである。
議長ゴールドが立ち上がると、幹部とその取り巻きが一斉に立ち上がる。そして胸に手を当て、GTX団に忠誠を誓う。
「そろったようだな、我がGTX団の最高幹部会をそろそろ始めるとしよう」
「はっ!!」
全員が手を上げて忠誠を誓うのをみると、ゴールドは大きく頷いて腰を下ろした。それをみて幹部も席に戻っていく。
「それでは海外侵略の進捗報告から始めてくれ」
「了解しました」
ピンクのレオタードに身を包んだ秘書が直立不動で分厚い書類を手に取った。
「まず、海外支部からの報告を読み上げさせていただきます。ワシントン支社………支部から、米軍の受注によるロボット整備にあたり、整備員の名目で米軍の中枢に工作員を潜入させることに成功。米軍幹部の中からGTX団の協力者を作るために現在工作中とのことです」
「中国支部では………」
「………」
次々に報告が進んでいく。
少女ブラックは国内の実戦部隊を率いている。彼女に任せられた任務は、この実戦部隊で国内に拠点を作ることにある。やがて少女の報告が始まる。
「次は実戦部隊の報告です。幹部ブラック、報告を」
「はっ」
少女と木原が立ち上がった。木原が丁寧に記した報告書を読み上げていく。
「n県m市の拠点確保は残念ながら失敗。はるみんと名乗った謎の娘に阻止されました。そのため、別の作戦でいくつかの拠点を確保しようとしましたが、採石場では地元作業員による抵抗があり断念。また廃工場での作戦では、2機のGTXロボットを投入したものの、はるみんと名乗る敵が再び現れ、敵大型ロボットにより阻止されました」
「失敗か?」
ゴールドはじろりとブラックに目を向ける。
「は、申し訳ありません、次は必ず敵を倒してごらんにいれます」
二人はゴールドに向かって深く頭を下げた。後ろから見ると、黒いコスチュームの間からやーらかそうな大きいお尻と小さいお尻がのぞいていて、なかなか壮観である。
「うむ、期待しておる、これ以上失敗を続けるわけにはいかん、そのはるみんとかいう敵を打ち破るのだ、良いな」
「はっ、」
ゴールドが小さくうなずいた。しばらくの静寂のあと、突然その静寂が破られる。
「幹部ブラック、貴女のやり方は少々稚拙に過ぎるのではないですかな」
「なに?」
幹部たちの視線がある一画に集まる。その言葉の主は真っ赤な軍服であった。その色に気づいた少女は、馬鹿にしたように肩をすくめた。
「誰かと思えば労組委員長、いやレッドではないか。貴殿の考えるほど実戦は甘くないぞ。頭で思想を振り回し現実を見ぬ者が、そんなことを言う資格があるとでもいうのか」
当然予想された返事に、レッドは大げさにため息をつく。
「いやいや、恐れ入りましたと言いたいところですが、貴殿こそまだ経験が浅い。戦闘員を管理する立場から言えば、大事な戦闘員を無駄に消耗するのは、いささか作戦に問題があるとも思われませんか?、ブラック幹部殿」
「ふん、私とて戦闘員を無駄に消耗するのは本意ではない。現に先の戦いでは私自身が戦いに赴き、敵に対していささかのダメージを与えた。今度こそは我が先頭に立ち、敵を仕留めてみせる。文句があるか」
「文句などありませんよ。せいぜい貴女が捕まったりしないことですな。筆頭幹部殿が敵に捕まって、惨めに泣きながら我らの秘密をぺらぺらと吐かれてはたまりませんからね」
「そんなことはありえん、馬鹿にするな!!」
少女が机を叩いた。一色触発の空気の中、ブラックとレッドが互いに火花を散らした。その激しさに会議室の全員が息を呑んで見守る。
「………」
この先ここで戦いでも始まろうかという剣幕に、会議室は水を打ったような静けさになる。その中で、一人が小さく手を上げた。
「よろしいですか、ゴールド」
「うむ。発言を許可する」
議長ゴールドに発言の許可を求める。戦いが始まるよりはマシと、ゴールドは発言を許可した。
「恐悦至極に存じます」
ゆらりと立ち上がって、議長に深々とお辞儀をするのは、全身緑色のタイツ男。股間の盛り上がりがちょっと気になるが、すらりとしたやせ形の体を軽く回して、踊るように少女の方に顔を向けた。
「ブラック、貴女がやっている実戦そのものに、私は以前から問題があると思っていたのです」
「どういうことだ」
「今は、もう実戦には何の価値もないと申し上げたい。戦いなどしなくても、我々の進めているエコプロジェクトで、国家などいくらでもコントロールできる。エコと称して少しばかり小型の安物を出せば、エコでも何でもなくても、大衆の無知な豚どもは先を争ってあつまり、我らはいくらでも金を巻き上げることが出来るのだ。インターネットでちょいと情報を流すいくらかのノウハウがあれば、政治でも経済でも好きなように出来るのだ、実戦などする必要があるのでしょうか」
「う、うぬ」
少女が詰まった。それを引き取るかのように木原がつなぐ。
「申し上げます」
「ああ、ブラックの秘書殿ですな、どうぞ」
「恐縮です」
木原はグリーンとゴールドに会釈をすると口を開く。
「幹部グリーンには、常日頃から環境問題で大衆を手玉に取り、GTX団の活動を容易にする支援活動にいつも感謝しております。しかしあくまでも大衆を支配するのは、最後には力だと考えます。捏造や虚偽による大衆の扇動は、裏を返せば、国家権力も同じように都合の良いプロパガンダを流布出来ると言うことでもあります。そのため、最後には国家権力を力で倒さなければなりません。そのためにはまだ長い道のりが必要でしょう。その対峙している間、我々の組織を維持するためには、国家権力の持つ力と対抗できるだけの力を持って担保しなければなりません」
グリーンは眼鏡を上げた。
「ふむ、少しは考えておられるようですな、しかし、現状、国軍は縮小され続けており、いざ有事があっても投入できないのが現状。警察などは烏合の衆で、ロボットの一台でも出せば抵抗など出来る物でもない。それでも実戦が必要かな」
「まったくです。まさに国家は堕落している。私自身はこの国に愛着など持っていない。我らGTX団は、さらに国の枠組みを超え、愚鈍な大衆を導き、人が人としてあるべき世界を創造するためにあるのです。しかし、それならなおのこと、国に成り代わる力が必要だと思われませんか」
「その貴女の言う力が、はるみんとかいう娘に負けたのですよ、それに何の意味があるのですか」
「それは………」
木原の言葉が止まった。
「答えられないでしょう、所詮あなたたちがやっていることは自己満足の遊びでしかないのですよ」
グリーンがゴールドに目を向け、手を上げる。
「なにかな、幹部グリーン」
ゴールドに頭を下げると、グリーンが勝ち誇ったように宣言する。
「提案します、今後我らは情報、経済に戦いの主力を移す。そして実戦部門は廃止する、この提案の議決を要請します」
会議室の中がざわめいた。
「ま、まって」
無表情のグリーンが始めてにやりとする表情を見せる。
「なにか異存でも?」
「それはいくら何でも乱暴ではないですか」
「乱暴をするのは実戦部隊の仕事で、我々ではありませんが?、それにあくまでも私は幹部会の手順に乗っ取って話をしているのですよ、筆頭幹部とはいえ、それに異を唱えられては困りますなあ」
「そ、そんな」
少女は目の前で起こっている出来事が信じられなかった。両親の恨みを晴らす唯一の機会が遠ざかっていくのだ。
再び議決を取ろうとするグリーン、しかし、それをゴールドが静かに制した。
「幹部グリーンの考えはよく分かった。だが、大幅なGTX団の方針の変更は、他の多くの幹部達にも考慮する時間が必要だろう。議決は次の幹部会まで時間を空けてはどうか」
「はっ、議決を行なうのであれば異存はありません」
グリーンが答えるのをみて、ゴールドは再びブラックに目を向けた。
「ブラック、それまでにはるみんを倒して拠点を作り、実戦が役に立つことを見せるのだ、それが出来なければ、分かっておるな?」
「は…はっ、感謝します」
一瞬意識が遠くなったブラックは、あわてて手を上げた。
「感謝します、ゴールド、近いうちに必ずはるみんを倒し、我らの支配基地を作ってご覧に入れます」
Part5
「はい、はるみん、顔開けるよー」
はるみんのあご下のカモフラージュシールを剥がして、顔の人工皮膚を額のところまでぺろりんと剥き上げる。皮膚の下からはあご関節や表情を出すためのエアチューブなどが這い回り、鉄の骨格が見えていて、気色悪いことこの上ない。その中で、きゅんきゅん目玉が回り、こちらをじっと見つめられると、目を背けたくなる。
「う、ちょっとあっちみててくれないかな」
「はあ、なんでですか?」
骨組みだけのあご関節がかくかくと動き、二つのピンポン玉のような目玉がきゅんとこっちを向く。その視線に耐えきれなくなって、和美は顔を背けた。
「いいから、ちょっと作業の邪魔だから向こう向いてて」
「へーい」
再びきゅんと目玉があさっての方を向いた。味覚センサの整備を行なっている和美と、その補助をしている三沢。
「こっちのラッチ外せる?」
「抜いていいですか」
「お願い」
あご関節は、開閉だけでなく、ある程度前後左右にも動き、ロッドを介して大きく開くようになっているので、分解はなかなか難易度が高い。半球型軸受けにリニアアクチュエータ、いくらかのワイヤーが複雑な動きを可能にしているが、それだけに外すときは非常に面倒である。
「あ、レンチが必要ですね」
「その辺にある?」
「無いです、トラックの工具箱からもってきましょう」
「ごめんね」
三沢が出て行くと、和美も立ち上がった。少し足をすりあわせてもじもじしている。
「ちょっとごめん、私も席を外させて」
「はいはい、トイレですか」
はるみんが、半分あごの外れた状態で答える。声自体はスピーカから出ているので会話には問題ないが、口腔による響きを考慮した音声なので、ざわついたノイズのような声になる。
「ば、ばかあっ!!」
ちょっと赤くなって逃げていく和美。和美が去るとあたりはしーんとした静けさに包まれた。
「………」
「………」
「………暇です」
顔を分解されたまま、じっとしているはるみん。TVもなければ漫画もない。なにか難しそうな技術資料はあるが、そんなものははるみん的には存在しないのと同じである。
「部屋に戻って漫画でも持ってこようかな」
ここははるみんの家の庭である。自分の部屋までは20メートルもない。
「ささっといってきますか」
ぱっくりと開いたままのあごとだらりと下がった配線やワイヤー。邪魔にならないように簡単に手でつまんで橋本研究所の入り口をがらがらと開く。
そこには今まさに入り口に手を掛けようとした人影があった。
その人影と目が合う。
「ありゃ、瑞香さん、こんにちは、ん?」
目を見開いたまま硬直している。再起動したPCが、IPLを読み込み、BIOSを起動させ、メモリチェックに移り、レガシーデバイスを認識して、OSを読み込み終えてから、システムが起動するような感じに手順を踏んで、やっと体が動くようになる。
「ぎゃああああ」
「んのわあっ!!」
大音量の叫び声に釣られてはるみんも(某カロイドの)タコのような声を上げる。ぺたんと座り込んだ瑞香は、その声で目の前の異様な物体が何であるかに気づいた。
「あ、あ、はるみん?、んー?」
なんども見直す瑞香。想定外にもほどがあるその顔を見て、はるみんだと言うことを確認した瑞香は、やっと警戒を解いた。
「なんて格好してるのよ、心臓止まったかと思ったわよ」
「こっちもびっくりしましたよ………そんなに変ですか?」
本来の皮膚は上にまくり上げられて、鉄の骨格が剥きだし、それにぎょろりと目玉が見えていて、常識的にはあまり良い格好とは言えまい。
「すいませんねえ、立てます?」
「あ、ありがと」
へたり込んだ瑞香に手を差し出すはるみん。よいしょと引っ張り上げ腰を浮かせた直後、瑞香は不意に小さな悲鳴を上げて再び座り込んだ。
「どうしました?」
瑞香は下を向いて真っ赤な顔をしている。
「………やっちゃった………」
「え?」
返事がない。よせばいいのにもう一度聞いてみる。
「どうかしましたか?」
うつむいたまま小さくつぶやく。
「………なの」
「は?」
無神経なはるみんのツッコミに、瑞香の怒りがわき上がる。
「漏らしちゃったの、馬鹿!!」
「うわちゃっ!!」
ぱこーんと持っていたファイルではたかれた。
衝撃が収まると、はるみんは改めて瑞香を見回してみた。言われてみれば、瑞香の座り込んでいた地面がそこだけしっとりと濡れていた。
「それは災難だったわね」
「分かってたら心の準備できたんだけど、いきなりぬっと目の前に出て来たから一瞬何が起こったか分からなかったわ」
瑞香はコーヒーに砂糖をいれてかき回す。スプーンを置いてほんの一口すすると、やっと落ち着いたのか、表情が柔らかくなった。
「あ、そうそう、下着借してくれてありがと。助かったわ、結構良い下着付けてるんだね」
「は?」
和美は怪訝な顔をした。この橋本研究所はあくまでも仕事場で、和美の自宅ではないから下着など置いてはいない。
「え、困ってたら三沢君が下着持ってきてくれたから、和美のだろうと思って。それにしても男に下着を扱わせるとはなかなか隅に置けないわねえ」
「???」
「違うの?」
「………」
「三沢君持ってきてくれたよ、そして、サイズが合わないだろうからって買いに行ってくれてるし」
「買いに行った?」
「うん」
「ちょ、ちょっとまって、三沢が女物の下着を買いに行ったって言うの?、男一人で?」
「あ」
二人が頭をひねる。そのころ、商店街の某ランジェリーショップでは目に見えぬ戦いが繰り広げられていたのである。
ここは某商店街の女性向け某ランジェリーショップ。彼氏と一緒に来る娘もいないとは言えないから、男が入れないわけではないが、多くの男にとっては未知の花園である。
三沢は瑞香に合ったサイズで、なおかつ好みを考慮しながら下着を選ぶ。その姿は手慣れた物である。
なぜか引きつった顔をしている店員のお姉さんが遠巻きにのぞいているが、特に店員を呼ばなくても三沢の豊富な知識をもってすれば、適切な下着を選ぶのはたやすいことである。いわばプロと言っても良い。
「ほう」
新作の下着がディスプレイされているコーナーで、マネキンの下着を上から下からなめ回すようにのぞき込んでいる男がいた。奴の手には黒い下着がいくつも握られている。
そのセンスが良く、縫製もトップクラスのメーカーの下着の選択から、奴の力量が垣間見える。
「××のレジアージュブランド、ショートレングスショーツ、やるな」
だが、瑞香に合うデザインではない。男がこのような場所で出会っても、互いに見えない振りをするのが礼儀である。しかし、顔色も変えず、レジへ向かおうとする三沢を、その男は低い声で引き留めた。
「おい」
「なんだ」
マナー違反だが、三沢も小さく返事を返した。今更だが、この男はAD某である。
「新作をみたか?」
「ああ、ざっとは、な」
「君の持っている下着、悪い物ではないが、プリンセスブランドでもっと良いものがある。確認してみたまえ」
「なんだと」
「場所はコーナーの裏側だ、見落としているのではないかな」
「わかった、どうも」
足早に目的のコーナーに向かう。ほんのすこし影になっており、ざっと見渡したくらいでは見えづらい場所にある商品は、高価な物ではないが、センスも材質も縫製も上である。
そのような品を適切に見つけることが出来てこそ、プロである。だが三沢にはそれを見つけることは出来ず、AD某はそれを見つけることが出来た。それは三沢の敗北を意味した。
「どうだったかな、経験を積めば店がどのような意図で物を並べるか読み取れるようになる、店員の思考まで考慮してどのように並べるのか、どのように見せるのか、そこまで読み取れれば君はもっとよくなるだろう、がんばりたまえ」
「くっ!!」
とくに勝ち誇った顔を見せるわけでもなく、静かにレジに向かうAD某。およそ、につかわしくないかわいい紙袋を下げて店を出ていくAD某。
「まて、おまえは何者だ?」
AD某はわずかに眉をひそめる。
「おいおい、ここで名前を出すのはルール違反だ。互いに名も知らぬ赤の他人、それでいいだろう?」
確かにその通りである。互いに機微を知り合った男同士、いずれはまた合う日もあるだろう。
「そうだな、わかった」
これ以上、情けない姿をさらすのは三沢の美学にも反する。三沢は立ち上がって胸を張った。それをみてAD某は満足そうに頷く。
「それでは、な」
「ああ、今度は負けないぜ」
AD某の後ろ姿をみて、心に誓う三沢であった。
ちなみに戻ってから、和美と瑞香にどのような詰問と責めを食らったのかは、あまりにも哀れなため描写しないことにする。
Part6
再び味覚センサの作業を開始した橋本和美ご一行様。整備途中の部品をいろいろと適当な隙間に押し込み、口の中となる防水シリコンゴムの口腔部分を張り直す。もちろん唾液となるチューブの取り付けもだいたい終えた。
剥き上げていた人工皮膚をくるくると広げて、顔の上に適当にかぶせる。
「アイロン取って」
すでに用意されている小型のアイロンを、ぶしゅーっと鼻の周りや口の周りに当ててしわを伸ばす。伸びてちょっぴり浮き気味だった人工皮膚はそれでしっかりと骨格の上に張り付いた。
「これでいいかな」
ちょっと距離を置いてはるみんの顔を見ては、微妙なゆがみを直す。微妙に両目の皮膚がずれているので、まぶたの上をうにゅーっと引っ張ってうまく納める。
「よし、OK」
はるみんがぱちぱちと瞬きをして、口をもぐもぐと動かしてみる。
「あや、こえわにゃにかや」
「ん、見せて」
はるみんが口を開けた。口の中の人工皮膚がしわになっている。和美が口の中に手を突っ込んで、しわとなった皮膚を喉の奥に押し込む。
「あぐわわ、あんむ」
「うぎゃああお!!」
いままでは稼働していなかったが、食べ物がある程度喉の奥に行くと、自動的に飲み下す仕掛けがある。図らずもそのスイッチを押してしまい、自動的に飲み込み動作が始まったのである。
「ここを開けると食べたものが入っているわ、量を減らすために脱水乾燥圧縮とやってるから、乾燥中は水分が出てくるかも、こぼさないように気をつけて、あ痛っ!!」
「了解です、一杯になったら捨てれば良いんですね」
赤くなった手をさすりながら、和美ははるみんに使用法を説明する。派手に歯形が付いて、さするたびに涙目になるが、こればかりははるみんのせいではない。機械に挟まれるのは怖いのである。ロボット技術者はその危険には常に注意しなければならず、場合によっては死に繋がることすらある。500g級小型パレタイジングロボットが暴走を始めたときに、とっさに手で押さえても、全く歯が立たなかったり、100s級ロボット(搬送重量、ロボット自体はその10倍以上ある)の腕の先端がブンと頭を掠めて、当たってたら死んでたかもしれないなんてことは、当方だけかも知れないがあり得るのだ。
「うん、消化吸収する訳じゃないから、人間の排泄物よりは多めに出るわ、普通なら3食分くらいは収まるけど、出来れば一食ごとに捨てた方が良いかも。もっともそんなにお腹がすくこともないから、お友達とのつきあいくらいでしか使わないと思うけど」
「ですね、でも、昼ご飯で寂しく一人教室に待っているよりはお友達と時間をつぶせるのは嬉しいですよ、食べられないと、お友達も何かと気を遣ってくれて、返って雰囲気悪くて困りますから」
「あーそれはあるかもね」
「これなんでしょ−」
「あむ、もぐ、ごくん、チョコバーだね」
「じゃ、これは」
「う、ぽりぽりぽり、たくあんだね」
「これどうぞ」
「ぷちんぷちん、なんだろ」
「キャビアだよ」
「そんなもん、食べたことないよ」
「わーすごい、味分かるんだ」
ここははるみんの通う高校のはるみんの教室である。時間は昼休み。半数は学食で半数はお弁当。お友達同士で席をくっつけお昼ご飯の真っ最中である。
なぜか目隠しされて、お菓子や弁当の残りを押し込まれているはるみん。一応自分用のごく小さいお弁当を持ってきてはいるが、それを開く暇もなくクラスメートのおもちゃになっているのであった。
「ん?、なんかざわついてない?」
はるみんは目隠しを取った。校庭のざわつきに気づいた数人が窓側に集まり、しきりに体を乗り出している。
「んー?」
校門の入り口に黒塗りの車が止まっている。そこから出て来たのが一人がスーツ、二人が制服の3人組。真ん中をえらそうに歩いているのが主賓で、後の二人はお付きの者といったところか。
「げ、あれ学業院の制服だぜ、本物をみるのは初めてだ」
ある男子生徒が制服に気づいて声を上げる。本物じゃない制服をどこでみたのかは疑問だが、古風の特徴的な制服であることは間違いない。
「あ、そうか、ズームズーム」
そろそろ記憶から抜け落ちそうな義体機能を操作して、ズームをかける。遠距離で、ピントを合わせるのに手こずったが、やがて真ん中のお嬢様を大きく拡大してピントが合ってくる。
「んー?、どこかでみたことがあるような無いような」
そもそも他校の生徒に知り合いなどいない。帰宅部のはるみんは、対外試合とか共催イベントとかも無いから、他校の生徒と知り合う機会もない。
「ま、気のせいか」
有名な上流階級のお嬢様学校の学業院の制服に沸く男子生徒たち。その魔の手から守るように二人のおつきが庇いながら職員室に向かっていく。
「どうでもいいや、ご飯食べちゃお」
ちっこいお弁当にはお肉とか苺とかサクランボとかが並んでいる。栄養のバランスはとりあえず考えなくて良いので、味を楽しむための物を詰めてきているのである。
「う、味が混ざった」
先ほど食べたキャビアの味がまだ口の中に残っていて、それと苺の味が混ざった物だから塩漬け魚卵の生臭さと苺の青酸っぱさがハーモニーを奏でて、耐え難い味になる。ペットボトルのお茶を含んで洗い流し、ゴクリと飲み込んだ。それを受けて、胸の中で食べたものを分離し、圧縮乾燥する機械が動き始める。
「あ、これで何とか味わえるね、うー、うまい」
さいころステーキをもぐもぐとかみしめると、肉のうまみが喉から頭にかけてじーんと伝わってくる。
「ん?、あ、ども」
先ほどの3人組が、勝手に張り付いてきた男子生徒を引き連れながら、廊下を通っていく。割り箸を咥えたまま、はるみんは教室をのぞいては歩いていくその3人と目が合うが、そのまま軽く会釈すると、何事もなく通り過ぎていった。
「なにしてるのかな、あむ」
もう昼休みは残り少ない。そろそろ戻ってくるクラスメートが増えてきたので、慌てて残りを掻き込むはるみんであった。
「漫画買えるかなあ」
先日もらったスーパー義体の開発協力費がそろそろ残り少ない。大人の事情とかで、スーパー義体の開発が止まっており、お小遣いをもらえる機会がめっきり減った。本年度分の予算が尽きたので、来年度分が使えるようになれば予算的には楽になるらしい。
「あとはおかーさんからのお小遣いを待つしかないかな」
ため息をついて校門を出る。その先には先ほどの黒塗りの高級車が止まっていた。
「おひさしぶりですね、はるみん」
「え?」
声の方向を振り返る。そこには黒いコスチュームを着けた、あの少女が立っていた。
「あ、あなたはあのときの!!」
例の露出度の高いあのコスチュームを着けていれば、さすがのはるみんでも思い出す。とっさに対決姿勢になり、少女と対峙する。
三々五々散っていた生徒たちが何事かと集まってきた。興味本位でのぞいた生徒たちだが、その想定外の露出スーツに引いてしまう。一瞬遅れて、男子生徒たちが一斉に携帯を取りだした。写メを取ろうと携帯を少女に向ける。
「あー駄目ですよ、個人情報保護法により、個人の写真撮影は禁じられてまーす、だめだよー」
木原と相沢が撮影を止めて回っている。もっとも謎の技術により、携帯の写真は取れないようになっていた。さすがに情報統制は完璧であった。
「すっかり紛れ込んでたのね、だまされたわ、まさかサイボーグがお弁当食べているなんて思ってもみなかった。そうじゃなければもっと早く決着をつけられたのにね」
「何の用なの、今度はそう簡単には負けないわよ」
対峙したまま、互いに隙を探り合っている。緊張しまくっているはるみんをみて、少女はゆっくりと近づいた。
「勝ち負けは関係ないわ、貴女は私たちにとって邪魔なの、邪魔をしないようにお願いしに来ただけ」
「どうすればいいの?」
少女の口元が小さく曲がった。
「話が分かる柔軟な人で助かるわ、簡単なことよ、貴女が二度と戦えないようになればそれでいいのよ」
「それって?」
「貴女を破壊することよっ!!」
空気の擦過音がはるみんの耳元で破裂した。そこを通り過ぎたのは鋭い鋼鉄の針。たまたま首を動かしたからわずかにずれただけで、そのままであれば頭部に穴が開いていたかもしれない。
「このっ」
命の危険を感じてはるみんは制服のスカートのまま大きく跳んだ。10メートル以上の距離を一気に開けて、少女の攻撃が聞かない間合いを取る。
「………今のままでは使える武器がない………」
学校に行くのにかさばる武器など付けていくはずもない。戦うとすればはるみんのパワーと腕の粒子砲しかないが、力任せに少女の戦闘能力を止めるには、まず飛び道具をどうにかしなければならない。
「粒子砲で撃つしかないかな?」
粒子砲はミサイルを貫通する力がある。彼女に当たれば、貫通して即死するのは間違いない。対人的には使いにくい武器である。
「はるみん粒子砲、チャージ、ACCS作動、彼女のパワードスーツだけを掠める設定…できないか…」
体にぴたりと張り付いているスーツでは、どう設定してもパワードスーツだけ攻撃すると言うことは出来ない。
「ならば、手動で」
少女が走り出した。粒子砲を手動で照準しようとしたが、自動でなければ動く相手を正確に照準するなど不可能に近い。
「じゃ、逃げる」
パワードスーツの性能も凄いが、全身が鋼鉄でできているはるみんのほうが、許容荷重は高い。それだけ加速も跳躍距離も大きいということになる。どんなにパワーがあっても、パワードスーツでは生身の限界を超える稼働はできないのである。
「逃げ切れそう」
研究所を気づかれないようにするため、わざと方向を変えて跳躍するはるみん。だが、不意に視界に警告が点灯した。
「満水警告、速やかに分離タンクの水を排出してください。満水です」
お茶の飲みすぎである。そして、想像通り、水の排出は当然のところから行うのである。
クラスメイトの目の前で、限界を超えてあふれれば、はるみんは(社会的に)死を迎えることになる。
はるみんのピンチであった。
Part7
「満水警告?え、ええっ?」
思わず下半身に手を当てる。今のところ湿ってはいない。スカートを翻しながら、校門の門扉に跳び乗り、鋭く蹴って方向を変える。
「急いで戻らないと」
すたっと地面に降りて、例の少女との距離を見定める。GTX団を倒すのははるみんにとっても望むところだが、状況が悪い。ただでさえ不意打ちに近い状態で襲われているのに、さらにトイレの限界が近いとあっては、一時撤退すべきである。はるみんは走りながら携帯電話を開いた。親指の先で携帯の電話帳を開いて、和美を呼び出す。
「ぷるるるる」
一回、二回、三回、何度かコールするが、なかなか電話に出る気配がない。
「うわちゃ」
鋭い鋼鉄の針が、はるみんの目の前を掠めた。再び鋭く跳んで少女との距離を確保する。しかし少女もはるみんと大差ない距離を一気に詰めてくる。
「困ったですねえ」
校庭を一気に駆け抜けながらどうしようか考える。力はともかく普通に走っている程度では、そう差は付かない。
「反撃してみる」
相手の行動力はまだ未知数である。はるみんは校庭の隅に放り出されていた建築廃材から、太さ3センチ程度の鉄筋を手に取った。長さは3メートル程度。赤くさびた鉄の棒ははるみんが振り回すと、ひゅんと音を立ててしなる。
「こっちだってやられっぱなしじゃいられないんだからね」
両手で鉄筋を構えたはるみんを見て、少女は立ち止まった。
にやり
「覚悟は決まりましたか?、存分に戦いましょう」
少女の構えた銃身の中が見える。そして、その中に装填されている銀色の針も。つまりは精密にはるみんの頭を狙っている。その恐怖感は相当なものだ。相手は指を動かすだけではるみんの頭を貫くことが出来るのである。
「飛び道具無しじゃ、不利だ」
少しでも動きが見えたら、全力で銃口から逃れなければならない。その焦りがはるみんの動きを制限する。
「やあっ」
鉄筋をむちゃくちゃに振り回して少女に突進する。弓状にしなった鉄筋は、若干遅れて風切り音と共に少女に迫る。
たん、たたん、銃声が響く。そのうちの一つが肩に刺さった。
「ちっ」
致命傷ではない戦果に、少女は小さく舌打ちをする。
「でやああああっ」
全力で振り下ろされる鉄筋が少女に届いた。鞭のようにうなる重量級の鉄筋を少女は両肘で受ける。
ずざざざざ
両足が1メートル近く校庭の土を削った。はるみんのパワーはそれだけの距離がないと受け止めきれない。
「くっ」
今度は少女がはるみんから距離を置く。今の衝撃で問題がないか、素早くパワードスーツのモニターを確認する。
問題なし。そのままで46センチ砲の砲身としても使えるほどの強度と粘りを持つ高強度綱ははるみんのパワーを受け止めてもびくともしなかった。
「お嬢様、これを」
「ええ」
5尺の分厚い太刀が少女の手に収まる。とても常人には振り回せない重量級の太刀を、少女はパワードスーツの力で軽々と捌いていく。
「やああああっ」
カン
はるみんが振り下ろした鉄筋を、太刀が左右にはじき返す。二度、三度、いくら叩きつけても、捌かれるだけでダメージにはならないと判断したはるみんは、いったん引いた。
「くっ、どうしたらいいのかな」
鉄筋を構えながら、はるみんが考える。剣道の心得でもあれば、受け太刀をかいくぐることも出来るのだろうが、残念ながら見よう見まねでしか打ち込めない。
「うわああっ」
構えた鉄筋の隙をかいくぐって、激しく太刀がはるみんを襲う。太刀が間合いに入ってしまえば、逆に3メートルの鉄筋では長すぎて防げない。
とっさに、後ろに跳んで太刀の間合いから身をはずす。逆にこちらの間合いに合わせて踏み込もうとしたときに、不意に何かが降ってきた。
「え、ええっ?」
何かが目の前に覆い被さってきた。それを防ぐ間もなく両足が浮いて、立っていることすら出来なくなる。
それはワイヤーで編まれた網であった。1センチ近いワイヤーで編まれた網がはるみんの全身を包み、ぐいぐいと締め上げ始める。
「これくらい、このっ、このっ」
全力でワイヤーを引きちぎろうとするが、鉄の中でもっとも引っ張り強度が強い特殊鋼のピアノ線ワイヤーはわずかにきしむだけで、引きちぎるにはほど遠い。
「あ、あっ、うわああああっ」
始めて自分の置かれた状況を理解したはるみんは、少女の方を向いて総毛立った。
少女はじっとはるみんを見つめている。それは少し悲しげな憂い。しばらく見ていた少女は小さくため息をつくと、銃を静かにはるみんに向けた。
「かわいそうだけど、あなたを排除します」
「ま、待って」
「残念だけど、戦いは非情でなければならないの、ごめんね」
「や、やめてえ」
両手で頭を庇う。明らかに銃を向ける気配を感じながら、せめて脳だけは守ろうと銃口から逃れようとする。
「はっ」
芋虫のように体をくねらせながら、不意にはるみんは和美のある言葉を思い出す。
(あなたは戦いの専門家じゃない、危ないと思ったらACCSに全てを任せなさい、むしろ自分で戦わない方が良いと思うよ)
「これで何とかなればいいけど」
はるみんは銃口から逃れながら、ACCSをフルオートに設定する。通称ハルマゲドンモード、普通の補助モードでは照準やタイミングをサポートするだけだが、フルオートの場合、最適効率で脅威を全て排除する。その基準は効率、ただそれだけ。今存在する武器をもっとも最適な方法で、最速で敵を倒すのが、フルオート、ハルマゲドンモードである。
「ACCS作動、フルオート、制限………わからないから、無制限」
ACCSが起動し、外界の認識が始まる。敵をを判別し、武器の選定、手順が自動生成される。
「あうっ!!」
業を煮やした少女が、はるみんに銃を撃ち込んだ。背中から肩にかけて、複数の鉄針が食い込む。
「大丈夫、まだ脳はやられてない」
[フルオート戦闘開始、義体制御をACCSに移管、起動]
「任せた、お願い」
小さく鈍い音がして、腕の粒子砲が起動した。粒子砲は大量のエネルギーをチャージされ、静かに光を漏らし始める。
きゅいん
勝手に、素早く腕が動いて2度激しく発光する。またチャージ、さらに2度発光した。
はるみんの体の制御は、ACCSに乗っ取られている。はるみんは見ていることしかできない。
そのはるみんの目には焼き切ったワイヤーが、体から外れて落ちていくのが見えていた。
Part8
粒子砲で焼き切れたワイヤーが、オレンジ色に光った切り口を見せたまま、はるみんの周囲に落ちていく。その熱く溶けた切り口が、はるみんの顔を掠めて白い煙を噴いた。
はるみんはなめらかに立ち上がると、周囲を捜索する。その動きはACCSの制御下にある。銃を構えたまま呆然としている少女を確認し、武器の存在を認識、戦闘態勢に入った。
「ど、どうして」
いままでのはるみんと動きが違う。どちらかと言えば優柔不断で、決断も遅いいままでのはるみんと違い、明らかに動きに無駄がない。はるみんは無表情で少女をじっと見つめ、ごくあたりまえのように、粒子砲を放った。
「あぶない」
粒子砲が発光する寸前に木原が少女を突き飛ばした。逃げることなど予想の範囲内である。はるみんはもう一方の腕の粒子砲から二発目を放つ。
「ぎゃああっ」
直撃ではなかったが、少女のコスチュームの一部を焼いた。ACCSはその結果から、はるみんの腕の照準の誤差を修正し、再度のチャージを行なう。今度は確実に仕留めることだろう。
「逃げて、速く逃げて!!」
呆然とした少女に向かって、木原が叫んだ、十数秒でチャージは完了する。それまでに少女を射程距離から逃がさなくてはならない。
「う、ううっ」
どうすれば良いのか考えられず、泣きそうになりながら、足を上げられない少女。木原は突き飛ばしたときに転がった体を起こし、少女とはるみんの間に割り込んだ。
「お嬢様を撃たせはしませんよ」
木原は大きく両手を広げ、少女をはるみんから隠す。
ACCSからみて、武器を持っていない木原は直接の敵ではない。したがって攻撃の優先順位は低い。だが、攻撃目標への照準の邪魔をするなら、それは間接的な戦闘行為である。木原への直接攻撃の優先順位が上がっていく。
「ブラック、速く乗って」
黒田が校庭に黒塗りの高級車を乗り込ませ、少女を乗せようとする。少女と相沢が車に乗り込むのを邪魔させないように、木原はじりじりと、はるみんの照準軸の中に割り込み、体をはずさない。
ACCSはこのままではいつまでも少女への攻撃が進まないと判断し、大きく跳んだ。まさに車に乗り込もうとする少女と相沢。それを阻止しようと、はるみんは高級車に迫り、高級車のドアに手をかけた。
必死に二人がドアを閉じようとするが、そんな力など感じないように、たやすくドアを引きちぎる。
「逃げるよ、掴まって」
五リッターエンジンが咆哮を上げる。後輪が激しく土砂を吹き飛ばし、エンジンのトルクを地面に叩きつけた。
白煙と土煙が激しく噴き上がる。だが、高級車は全く前に進むことはなかった。
はるみんは車をがっちりと掴み、じりじりと持ち上げていた。激しく地面を蹴っていた後輪は、持ち上げられるにつれ、そのトルクを叩きつけることも出来ず、むなしく空回りを始める。
「このっ、このこのっ!!」
ハンドルを激しく動かし、アクセルをゆるめてはまた踏み込む。しかし高級車はむなしく叫び声を上げるだけだった。
「やらせません」
木原が車をつかんだはるみんに襲いかかった。少女が放棄した太刀をはるみんと車の間に叩きつけ、はるみんの腕をはずそうとする。
「武装を確認、敵と認識」
ACCSは太刀を持ってはるみんを攻撃する木原を敵と認識した。排除目標の優先順位は少女と同じレベルに設定される。
しかし、ACCSは木原に粒子砲を打ち込むことはしなかった。ただ、太刀を握りしめている腕を、ぐいと掴み、その腕を握りつぶした。
ぐきき、ぼりっ
「ぎゃああっ」
何かの折れる不気味な音が伝わった。腕のいくらかの骨を潰し折られて、木原はそのまま地面に崩れ落ちて、のたうち回る。
とくに動きを止めることもなく、はるみんは、片手で車の後部を持ち上げたまま、木原を振り落としたもう一方の手で粒子砲を放つ。車の中心部を貫いた荷電粒子は後部座席の下にあるガソリンタンクを貫いたばかりか、エンジンにもダメージを与える。
「あ、やば、車から出て、速く」
エンジンの咆哮が、いやな機械音を上げて沈黙した。たちまちのうちにガソリンが滝のように流れ出し、車の周りに広がっていく。その一部は熱いエンジンやマフラーに接触し、気化したガソリンの白い雲を漂わせ始める。
「エンジンカット、お嬢様、急いで」
少女と相沢が反対の扉から飛び出した瞬間に、漏れ出したガソリンが激しい爆発を起こした。
「うわああ」
少女と相沢が飛び出した瞬間、高級車は炎上、その爆風を避けるように二人は地面に伏せる。爆炎をもろに受けて黒田が吹っ飛んだ。燃え上がることはなかったが運転手の制服から煙が上がり、しばらく転がったあと動かなくなる。
「あっ!!」
二人が我に返ると、そこにははるみんが立っていた。静かに粒子砲を向け、視線を二人に合わせる。
「うわああ」
はるみんの顔は無表情だった。だが、その無表情の顔が、二人にはにやりと勝ち誇ったような笑いにさえ見えた。
「あ、あ、木原さん、黒田さん」
相沢が周りを見回すが、すでに木原も黒田も戦闘不能状態である。青ざめた顔で、後ろに下がる少女を見て、相沢は怯えた。
「ひょっとして、わ、私が守らなきゃいけないの?」
はるみんの目は少女しか見てはいない。その少女に粒子砲を向けるはるみんをみて、相沢は震えながら立ち上がる。ご学友として、お嬢様に仕えることを決めたとき、たしかにお嬢様を助けることを誓った。それは生活や学校での手助けと考えていた。だが、こんな時に守らなければ、お嬢様を助けたとは言えないのではないか。
がくがくと震えながら、相沢は少女の前に割り込んだ。すっかり裏返った声で泣きそうになりながら、両手を広げる。
「お、お、お嬢様に手を出すな、わたし強いんだぞ、お嬢様に手を出すなら、ま、ま、まず私を倒しなさいっ」
part9
「お、お嬢様に手を出すなら、ま、ま、まず私を倒しなさいっ」
相沢ががくがくと震えながら、少女を庇う。
はるみんは、ACCSに制御されたまま、すっとその姿を見ていた。
(………………)
1度は自分を殺そうとした相手である。ACCSがこの体の機能ををフルに発揮し、たちまち相手を壊滅に追い込んだのは、はっきり言って痛快だった。哀れに命乞いをするところまで追い詰められたのに、逆に命乞いをさせるまでに戦況をひっくり返す。これが愉快でないわけがない。
(ざまあみろ、ばか)
そもそも、はるみんから始めた戦いではない。少なくとも今回は向こうから仕掛けてきた戦いなのである。
(自業自得、しね、死んだら心の底から笑ってやる)
はるみんの目に映る二人。少女はレッドマークだが、相沢はまだイエロー止まりである。もともと不特定多数の人間がいる状態での戦闘が想定されたACCSは、武装のない人間は攻撃目標としては認識しない。ただし、素手での直接攻撃を行なったり、攻撃目標への攻撃を邪魔する場合には、敵として認識することもある。もっとも、はるみんが全ての人間を敵として設定しさえすれば、いつでも全ての人間を敵と認識することも可能である。
ACCSは相沢を敵に準ずる物として、オレンジに設定した。殺傷はこの設定では行なわないが、邪魔をする敵として、物理的に排除することになる。
「あ、いや、来るなあ」
手を振り回す相沢をはるみんは手ではたいた。はたいたと言っても軽い物ではない。相沢は脇腹を押されただけで5メートルほど宙を舞った。
(殺そうとしたのはそっちでしょ、殺し返してやる)
「ま、ま、ま、負けるもんかっ」
ごろんごろんと3回ほど転がった相沢は、再び立ち上がってはるみんにむしゃぶりついた。それをなんとも感じてないように、はるみんは少女に向かう。
「きゃああっ」
(………………)
はるみんの腕の一振りで、また相沢が飛んだ。スカートの下の生足は傷だらけ。赤い擦り傷が転々と血の玉を作っている。
(殺したい、殺したいよ、ざまあみろ、このくそばか………でも)
相沢が何度も何度も立ち上がっては、振り飛ばされる。それをじっと見ている少女。やがて少女は相沢を手で制した。
「お嬢様?」
少女は仁王立ちになると、腕を伸ばした。その腕の甲から30センチほどの鋭い刃が現れる。
「相沢、ありがとう、そしてごめんなさい、これは私が始めたこと、だから決着は私がつけなければならなかったのに」
少女ははるみんの前に立って、構えを取った。そして相沢に声をかける。
「決着は私が付ける、相沢はサポートをお願い」
「は、は、は、はいっ!!」
「うおおおっ」
少女がはるみんに向かって全力で疾走する。右に左に照準を揺らすことも忘れない。腕の粒子砲から目を離さず、粒子砲の死角になるように、背中へ背中へと回っていく。
少し動きを観察しさえすれば、ACCSは容易に目標の推測が出来る。推測値を元に攻撃を行ない、攻撃が外れたことを観測して、さらに精度を高めていく。
「でやあああ」
少女の刃物による攻撃を、はるみんは腕一本で防いだ。切れたのは表面の人工皮膚、そして構造材に若干の傷が付いただけ。例え日本刀であっても、はるみんの義体構造材を切れる材質は存在しない。はるみんの義体構造材自身は日本刀に及ばないまでも、それに近い強度を持つからである。注意しなければならないのは、槍のように突かれること。完全に鉄の鎧が全身を覆っているわけではなく、一部には薄い部分もあり、そこを針のように突かれれば穴が開く可能性はある。だが構造材に関しては、はるみんの大パワーを受け止めるために、分厚く太くなっている。その骨格を破壊するのはそう簡単ではないだろう。もちろんダイヤモンドカッターなどで、丹念に時間をかけて切断すれば切れないことはないだろうが。
刃をひるがえして、再度はるみんに迫る少女。はるみんは間合いに入った瞬間に、その少女の胸を拳で強く突いた。
「げふっ」
口から何かを吐き出しながら、5メートルほど吹っ飛んだ。転がりながらも姿勢を崩さず、隙のない構えを取る。
「お嬢様!!」
激しく咳き込んだまま、はるみんをにらみつけるのを忘れない。相沢が駆けてくるのを少女は手で制した。
「げふっ、ごほっ、来ないで」
「負けられない、絶対に負けられない」
(………………)
再び立ち上がる。よろめきながら、攻撃を続けようとする少女、そして満身創痍ながら、心配そうに見つめる相沢。
向こうには黒田と木原がうめき声を上げながら転がっている。
(………もう………)
少女ははるみんが再び粒子砲を構えるのを待った。粒子砲を2射させれば、チャージで粒子砲を打てない時間が訪れる。その隙に再びパワードスーツの力で圧倒すればよい。そして脳に長針銃を撃ち込むのだ。勝機はそこにしかない。粒子砲をかいくぐるのはそう簡単ではない。距離が離れている間に、最低一発は撃たせなければならなかった。
じっと構えを取ったまま動かない。時折激しく咳き込みながら、それでもはるみんをにらみ続ける。
(………もう、終わろうよ………)
はるみんは心の中でため息をついた。敵が傷ついて行くのは痛快だったが、それでもなお戦いに挑み続ける敵をみると苦しい悲しさが伝わってくる。それを見ているうちに、はるみんは戦うことに意欲を失ってきていた。
(まだ………やるの………)
いつまでも粒子砲を撃たないはるみんに業を煮やして、挑発的に動かなくてはならないと考えたのか、少女は大きく飛んだ。それを関知してACCSは粒子砲を少女に合わせる。
実は、空中を飛んでいる方が、照準は遙かにたやすい。もともと軍事で使用する火気管制装置は、航空機や砲弾の方向や速度から、未来位置を予測して射撃する機能から始まっている。いわば軍事兵器の基本なのである。いちど空中に飛び上がると、飛翔コースは容易に計算される。跳んだ場所、速度、方向、そして空気抵抗から飛翔するコースを計算し、砲を向けるタイミングを含めて、撃墜位置を計算できるのである。
ACCSも火気管制装置の一種であるため、当然のように少女の飛翔に粒子砲を向けた。今度は間違いなく仕留めることが出来る。
そして、腕の粒子砲の照準と少女の姿か完全に重なった。それは直撃を意味した。
(ふう、わるいけど………ACCS………停止)
はるみんはACCSを解除した。射撃姿勢となっていた両腕の粒子砲が、静かに下がっていく。
「なんだ………と?」
part10
「なんだ………と?」
空中で粒子砲を向けられたとき、少女は密かに覚悟していた。直撃すれば、高級車を貫通したように、自分も貫通するだろう。だが、落下するときに激しく姿勢を変えれば、かいくぐる可能性も皆無では無いとも思っていた。そうすれば、一気にはるみんの懐に入り、銃を使うことが出来る。
しかし、その粒子砲が静かに降りていく。予想外の動きに、次の攻撃なのかと新たな態勢作りに迫られ、空中でバランスを崩した。
ずさっ
着地に手こずり、すこしよろめきながら、少女ははるみんを見た。自然体で立っているはるみんを見て、少女は再び刃物を構える。
「まだ………やる?………」
少女から見たはるみんは、悲しそうだった。いままでの容赦ない無表情は終わり、ゆがんだ表情が見えてくる。
「まだやりたい?」
再びはるみんから少女に問いかけられる。少女の隙のない構えは、繰り返されたその言葉でゆっくりとゆるみ始めていった。
「どうした?、はるみん、怖じ気づいたのか?」
虚勢を張る少女に、はるみんはちいさく頭を振った。そして、小さくうなずく。
「いいえ………いや、それでもいいよ、あなたがそれで納得できるなら」
「はるみん?」
少し下を向いたはるみんは、小さくつぶやいた。
「死の淵から這い上がり、気がつけば鉄の腕、その手に握る悲しみの、力はまさに悪魔の力………本当に悪魔の力だよねえ、はは、まだやる?、悪魔の力なんて、まだやっていいの?」
「どういうこと?」
少女がいきり立つ。その横で相沢は真剣な顔で二人を見つめていた。
はるみんは少女をじっと見つめた。そして小さくため息をつく。
「もう、やめようよ」
「なんだと」
はるみんは、寂しげに微笑んだ。
「GTX団の活動を阻止したのは私。そして、私はGTX団の阻止のために作られたサイボーグ、だから生きてさえいればGTX団の攻撃をやめることは出来ないんだ。そして、あなたもそうでしょ、私を倒さなければGTX団は活動することが出来ない。だからわかるよ、私を倒さなければならないってのがさ」
「その通りだな、はるみん、おまえを倒すのは私の任務です」
少女はかすかに微笑んだようだった。
「でもね、ちょっと提案、今日のところは引き分けと言うことにしない?」
「引き分け?」
「うん、引き分け、今日の戦いで初めて戦いがどういう物なのか分かった気がする。正直言って覚悟が足りなかったことを思い知ったよ」
「ば、馬鹿なことを、私は敵だ。敵に何を話しているというのだ。それにそういう覚悟は戦う前に持っておくべきだろう」
はるみんはしばらく考えていた。穏やかな視線で、そっと周りを見る。すさまじい戦いで遠く離れたところから、遠巻きに見ていた生徒たちが、おそるおそる近づいてくる。
「うん、そうだね」
はるみんはうなずいた。
「でも、今回に限っては引き分けと言うことで………どお?」
はるみんがいたずらっぽく笑う。少女もにやりとした。
「相沢、今ここで話していることは組織には内緒にね」
真剣に二人の会話を見守っている相沢は、その言葉で緊張を解く。
「は、はあ、大丈夫でしょうか」
「大丈夫、おまえが拷問にあっても絶対にしゃべらなければそれでよいのです」
「ええーっ」
情けなさそうに嘆く相沢を尻目に、少女ははるみんに顔を向けてうなずいた。
「それでいい、今日に限っては引き分けと言うことにする。だが、今回だけ。いずれは雌雄を決することになるでしょう」
「そうだね、いずれは、でも戦わないで良ければその方がいいな」
「そんな、理想的な未来があるのかしら」
「わからないよ、まだまだ和美さんの命令で動いているだけだから、でもそういう未来があるといいな」
「そんなことを考えるのは無駄ですよ、GTX団が世界を征服するんだから」
「そういえば」
「何だ?」
「あんたらGTX団って何者?」
少女がこけた。
「おま、おまえは我々のことも知らずに戦っていたのかあ!!」
「うん、全く知らない」
少女は頭を抱えた。
「こ、こ、このお馬鹿娘ーっ」
「あはははっ」
少女がはるみんをこづき、はるみんが逃げる。やがて、静かになると二人は互いに目を合わせた。
「それじゃ、ばいばい」
「ああ、いずれまた」
少女が、木原と黒田の元に戻っていく。数歩歩いて、少女ははるみんに声をかけた。
「まあ、どうでもいいことだけど言っておきます。あなた、他の生徒たちが来る前に、どこかで下着を替えた方が良いと思いますよ」
「は?」
下着と言えば下半身しかない。そこをのぞき込むと、下着どころか制服のスカートまでがぐっしょりと濡れていた。
「サイボーグなのに、器用な方ですね、それでは」
少女が高笑いして去っていく。
「うわああん、ばかああああ」
圧倒的な勝ちの中での引き分けのはずなのに、妙に敗北感が残る戦いであった。
数日後、はるみんの教室で。
「えー、新学期からの交換研修生を紹介する。彼女達二人は学業院から、週二日、本校で皆さんと一緒に学ぶことになりました。仲良くしてあげて下さいね。普通校の体験ということで、風紀委員と生徒会の仕事も体験してもらいます。それでは、自己紹介をどうぞ」
「はい、学業院高等科から来ました、瀬戸内奈津子と相沢美奈子です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
廊下には腕をギプスで固めた木原と、あちこちに絆創膏をした黒田がはるみんをじっと見つめている。その視線がとても痛いのはまあ、当然であろう。
はるみんはそれをみて、引きつった表情を隠せなかった。
「うわーん」
「有明晴美さん、静かにして下さい」
それを見て少女は微笑した。
「ふふふ、これで拠点確保に成功っと、相沢、そう組織に連絡しといてね」
はるみん3話Fin