SteelGirlはるみん、発進!!無敵の中型ロボ?

 

 

和美がパソコンの前で仕事をしている横で、はるみんが珍しく勉強をさせられていた。問題集を前にしたはるみんはうめき声を上げながら、一問一問問題を解いていく。やがて問題を解き終えたはるみんは、シャーペンを放り出すと、和美に問題を突き出した。

「ふはあ、できましたあ、お願いします」

「はいはい、じゃ答え合わせするね」

赤ボールペンを握った和美が、情け容赦なく、×マークをつけていく。そのボールペンから生み出される×の多さとともに、はるみんは絶望感で満たされていく。

「これもダメ、こことここもダメ、あー計算間違ってる、残念」

勢いよく×で埋め尽くされる問題集に、はるみんは頭を抱えた。

 

はるみんがやらされている問題は、大型歩行ロボット操縦免許の学科試験である。数日前まで、義体操縦免許の特訓をやらされ、それをお情けで通してもらった安堵もつかの間、今度は大型歩行ロボットの操縦免許の問題集を突きつけられたのである。

 

「和美さあん、なんでこんな勉強しなきゃいけないんですかあ」

涙目で、問題集と格闘するはるみん、そのはるみんの抗議に、パソコンのキーを叩きながら、和美が平然と答える。

「奴らは絶対ロボットをパワーアップしてくるに違いないの、それに対抗するためには、こちらもロボットを用意しておく必要があるわ」

「わたしロボットなんか操縦できませんよお」

「大丈夫、基本だけ理解すれば、あとはコンピュータがやってくれるから、でも免許はそんなことお構いなしなんだよねえ、自動化限定免許なんて有るといいんだけど」

「もう勉強したくないですう」

よく漫画であるような、かわいらしい声で訴えるが、同姓にやってもむかつくだけで逆効果である。ちょっと不機嫌になりながら、和美は回答結果を突き出した。

「はーい残念、不合格、免許無しでロボット操縦したら捕まるよ、刑務所に入りたくなければがんばりなさい」

「えーん」

よく考えてみれば、はるみんがロボットを操縦する必要があるのかよくわからない。だがはるみんは、義体改造のショックもあってか、それとも和美の洗脳か、ロボットの操縦自体には疑問を持っていなかった。

 

ぴんぽーん

「あ、やっときたあ」

「きた?」

はるみんが首をひねると、山積みの回路基板の中から、横田が顔を出す。

「ああ、注文していたロボットですよ」

「ロボット?」

はるみんは今自分が格闘している問題集の題名を見る。大型歩行ロボット実践問題集(学科)、自分が乗せられるロボットが届いたらしい。はるみんはサボるいい機会だとばかりに、えんぴつを置いて腰を上げた。

「見に行きましょうか?」

基板の山から抜け出せそうにない横田に変わって、三沢がはるみんを誘った。

 

和美が玄関に立つと、ペリカンマークの運送屋さんが立っていた。

「こんにちはー、橋本研究所にお届け物でーす」

「はい、ご苦労様です」

伝票にサインをすると、運送屋さんは超大型トレーラーに戻っていく。それを待っていたかのように、後ろに控えた大型クレーンが、ゆっくりと動き出した。

一説には新幹線や戦車、そして振動を嫌う液晶パネル製造用大型工作機械も運ぶというペリカンマーク、注文さえあれば巨大ロボットの一つや二つ運ぶのはたやすいことである。

閑静な住宅街の広いとはいえない生活道路。建ち並ぶ家の軒先ぎりぎりに大型トレーラーを通す神業はたいした物で、特に和美たちが手を出す必要もなく100トン以上のロボットが100坪に満たない橋本研究所の敷地内に接地されていく。

「ぴーっ、ぴーっ」

作業員の指示の元に、ゆっくりとロボットがつり上げられ、その姿が全容を表す。すらりとした女性型のロボットは胸を下にし、手を固定するために後ろ手に縛られ、おっぱいの上と下に荒縄をかけられ、つり上げられていく。さすが運送のプロ、縛りの技は見事なものである。もっともなぜ荒縄なのかはよくわからない。

荒縄がクレーンに巻き上げられるとともに、ロボットの胸に食い込んでいく。鋼鉄のきしむ音がロボットから聞こえてきた。そのロボットは頭をわずかに前に下げ、クレーンの動きと共にゆっくりと揺れている。

「ごっくん」

和美のつばを飲む音が聞こえた。

「よーし、もうちょい右、ピーッ、ピーッ、ストーップ」

橋本研究所の狭い敷地内にピタリ、ロボットを設置し、胸を締め上げた荒縄を解く運送屋さん。ちょっと赤い顔でその姿を見守る和美以下2名とはるみんであった。

たたたっ、と走ってきて、荷下ろしのおっちゃんがさわやかな笑顔を向けた。

「ご注文の品は以上ですね?」

「あ、ああ、はい、どうも」

言われるままに和美はうなずいた。

「それじゃ、どーも、ありがとうございました」

ペリカンマークの運送屋さんが去っていっても、しばらくの間、全員が無言となっていた。

 

ちょっと気まずい空気を破って、はるみんが話しかける。

「和美さん、あれが私の乗るロボットですか?」

赤い顔をして、意識がどこかに飛んでいた和美が我に返る。

「え?」

「あのロボット、私が乗るんですか?」

聞いてなさそうなので、もう一度問いかける。和美はかなり慌てて顔を引き締めた。考えていたことを気づかれないようにわざと元気に振る舞ってみせる。もっとも、バレバレで、そんな努力は無意味であろう。

「えっへん、そうだよ、あれが敵の中型ロボットに対抗する最終兵器、これこそ...あー、えーっと、名前何にしようか?」

横田と三沢が頭を抱えた。変な顔をするはるみんと二人の部下を見て、和美はちょっと考える。

「えーっと、はるみんロボ...でどう?」

実は発注するときに何も考えずに使っていた呼び名がこれであった。

「却下です」

「えー、じゃあ、ううん」

横田と三沢がぼそっとつぶやく

「イングラ(ぴー)」

「ガンダ(ぴー)」

「それは男の子用だから却下です」

「先行sy(ぴー)」

「殺しましょうか?」

「キュア(ぴー)ち」

「あ、それかわいい」

「今TVでやってるからダメです」

はるみんはなかなか厳しい。

「じゃはるみん考えてよ」

「え、私ですか?」

自分を指さして、ちょっと首をかしげると、考え込み始める。

「えーどうしましょう、あは、えへへ、うふふ」

「......」

「......」

「......」

「いこうか」

「はい」

速攻でインナースペース入りしたはるみん、後の3人はさっさと部屋に戻るのであった。

 

とりあえず名前をつけるのは後回しにして、免許とれなきゃ出動は出来ないと、泣きながら勉強を続けるはるみんの後ろで、不意に年代物のコンピュータが動き出した。プルプルプルっという音と共に、穴の開いた紙テープが吐き出される。

「なに?、緊急通報?」

出てきた紙テープを切り、穴の組み合わせを読む。

「えーっと、1000010だから42(16)B10011114F(16)だから、ABCD...Oかな、ええっと次がUで...」

紙テープの解読に悪戦苦闘している和美の横で、三沢がパソコンを立ち上げた。

「あーメール来てますよ、“某所でロボット出現、www.ntlrs.co.jp/bousyo/GTX.html を参照されたし”だそうです」

「ローマ字なのお?」

わざわざ高い金を出してネットオークションで買った、年代物の紙テープパンチャーの紙テープを放り出すと、和美はパソコンの画面をのぞき込む。

NTL.RSNTL救難支援センター)には衛星や拠点カメラ、地震、気象の情報が集められ、常に災害の発生が検知できるようになっている。そこの担当者に頼み込んで、GTX団のロボットが現れた時には、すぐに連絡してもらえるようになっているのである。

ちなみに、紙テープについては、和美によると、ロボット研究所の博士は紙テープが読めなければならないらしい。わざわざ30年物のNDD(日本電信電話)のスクラップをオークションで手に入れたということである。

 

一瞬の間をおいてブラウザが開くと、ロボットの姿が映し出された。U-tubeのリンクが開かれ、しばらく待つとvideoの再生が始まる。

「ここは?」

nm市の山中にある採石場ですね、そう書いてあります」

「時間は?」

「ええっと、ああ、これはライブですね、だから今の映像です」

おっちゃんたちが、大型ダンプやショベル、クレーンでせっせと仕事に励んでいる。そこに突然現れる巨大ロボット、しばらくかたずをのんで見守っていた作業員のおっちゃんたちは、ロボットが破壊活動を始めると同時に逃げ惑う。なぜ破壊活動を始める前からの映像があるのかは気にしない。

「ああっ、なんということを、真面目な一般人を攻撃するなんて」

「よし、はるみん、緊急出動よ、すぐに車に乗って」

「はいっ」

免許がない以上車で行くしか方法がない。すっと立ち上がって、素っ裸になり、へその出た青いコスチュームをつけるはるみん。飛び出そうとしたはるみんを、さりげなくカーテンで隠していた横田が止める。

「ちょっとまってください」

「どうして?」

「これを」

横田がvideoを指さす。そこには予想外の出来事が映し出されていた。

 

日夜現場で働くおっちゃんたちは、最初のほうでこそ、傍若無人にふるまう中型ロボットに逃げ惑っていたが、この荒くれ男どもは、やられっぱなしでいられるほど、弱くはない。

KOMATYUの車体重量70t最大積載量90tのダンプトラックは高さこそ、ロボットに負けているものの、馬力では負けてはいない。先陣を切って、そのダンプトラックがロボットに体当たり。ロボットが派手にぶっ倒れる。

「おおっと、やるう」

ぶっ倒れたロボットは、ゆっくりと立ち上がると、何か文句を言っている。

「音声はとれる?」

「遠距離から撮ってるみたいで、音声は入っていませんね」

土煙を上げ、再び突進してくるダンプトラックをロボットが避けた。

「ああ、逃げた」

しかし、ロボットが避けた隙を狙って、総重量200tの大型ショベルがロボットをぶん殴った。ロボットの頭が変形し、ふらつく。

「うわ、痛そう」

 そこへ100tのブルドーザーが体当たりで足払い。足を払って倒れたところを、すかさず、巨大なドーザーブレードで押さえつける。

 「捕まえた」

ロボットはばたばたと体をねじり、ドーザーブレードから体をひねり出す。邪魔なブルドーザーに反撃を開始。運転席に向かって大きな鉄の腕を振り下ろす。

「ああ、危ないっ」

がちん

激しい火花を散らして、大型ショベルがその腕を止めた。まさに鋼鉄と鋼鉄のぶつかりあいである。ギリッギリッと巨大な鉄の塊同士の力比べ。ロボットが姿勢を変えようとするが、ショベルがロボットを圧倒して、動く隙を与えない。

 ブルドーザーがその隙に脱出、ディーゼルエンジンが黒煙を吹いて、再度ロボットに突進する。

「わあ、3連星アタック、そこだあ、いけえ」

「うん、すごいね、採石場のおっちゃん負けてないじゃん」

「ロボットより強い?」

ロボットが姿勢を変えて逃げだそうとしたところに、パワーショベルのバケットがヒットする。ふらふらになったところで、ダンプトラックが再度体当たりしてロボットが転倒、転倒したところをブルドーザーが乗り上げて、ロボットを完全に動けなくする。

「勝負あった!!」

「勝利だあ」

「わあい」

5人がパソコンのディスプレイを見ながら歓声を上げる。一緒になって喜んでいるところで、はるみんは不意に見慣れない人物がいることに気づいた。

「すみません、どちらの方でしょうか?」

一緒になって歓声を上げる謎の人物が一人、いつの間にか増えていた。

 

 はるみんの後ろで、和美が声を上げる。

 「あ、あなたは!!」

和美がその人物を指さした。その人物はにやりと笑うと、体を起こし、明らかに和美よりおっきい胸を揺らして立ち上がった。

「気づかれてしまったのならしかたがありません、そう、私はあなたの永遠のライバル、田中瑞香、いま...じゃなくて、ちょっと前に参上、おほほほほ」

「あ、あなた、いったい何しに来たの?、ここは秘密基地のはずよ」

和美の前に三沢がすっと割り込んだ。

「遠方から、どーもわざわざすみませんでしたね、どーぞこちらへ、お茶をどうぞ」

和美と瑞香の運命的な出会いを余所に、寿司屋のばかでかい湯飲みに、高級玉露を注いで、三沢が瑞香の前に置いた。

「あ、どうも」

瑞香が進められるままに応接いすに座り、ずずっとお茶をすすった。

「ああ、おいしい、ごちそうさまです」

「いえいえ、どうぞごゆっくり」

三沢が去った後、もう一度お茶をすすった。

「よいしょっと」

ゆっくり湯飲みを置いて再び仁王立ちになる。おっきい胸が明るい色のスーツを押し上げている。瑞香は和美の方を向くと、胸を張った。

「何しに来たの、とはご挨拶ね、学部生から大学院までの長い間に、あなたから受けた数々の仕打ちは忘れない。まさかあなた、忘れてはいないでしょうね」

「な、なんですって」

和美が考え込む。しばらく考え込むが、なにも思いつかなかったので、考えるのを止めた。

「なんだっけ?」

あまりにお約束の展開にはるみんと横田、三沢がこけた。

「くっ」

瑞香が手を握りしめた。しばらくして機関銃のように過去の恨みが吐き出される。

「あなたねえ、コンピュータ自作するって言っときながら、やること全部トンデモ仕様ばかりつくってんじゃないわよ、OS乗っけるのにどれだけ苦労したか、それにトンデモ仕様だからまともに性能出やしない」

「ちゃんとプログラムしたら性能出るじゃない。はじめっから要求高いんだからまともな方法で性能出るなら苦労しないわよ」

「性能要求が厳しくなくてもまともなの作らないでしょ」

「作ってるじゃない、だいたい、OS載せて、その上に仮想処理系置いて、さらにその上でスクリプト書くなんて、無駄ばっかりしているから性能出ないんでしょ、必要なら直接書けばいいのに」

「数万行のプログラムでいちいち書き換えなんて出来ないから、仮想システム置くのっ、いちいちハードウェアの仕様が変わるたびにプログラム書き換えるなんて非現実的でしょうに」

「それじゃ、ハードの性能が変わっても生かせないじゃない」

 

「あの、瑞香さんってどういう方ですか?」

嵐に巻き込まれないように、少し離れたところから、はるみんは三沢に聞いた。

三沢は電子部品をチェックしながら答える。

「ああ、田中瑞香さんは主任の同級生です。主任がどちらかと言えばハードウェア担当で瑞香さんがソフトウェア担当だったみたいですね、まあ、主任は、ソフトウェアはハード無ければただの紙、と公言していますから、肌が合わないのでしょう」

「はー、その瑞香さんがなんでここにいらっしゃるんでしょう?」

「ああ、それは、アレですよ、アレ」

三沢が外を指さす。搬入されたロボットが庭に立っている。高さは橋本研究所という名前の小さなプレハブの4倍はありそうだ。そのうちご近所から日照権か何かで文句を言われることは間違いない。風が吹いて倒れてでもこようもんなら、橋本研究所は完全に崩壊しそうである。

「あのロボット?」

三沢ははるみんのつぶやきに笑った。

「ええ、今勉強しているからわかると思うんですが、人間型のロボットは操作するところが多すぎて、コンピュータでサポートしないとまともに動かせないんですよ、一般的にはHOSとかいろいろありますが、はるみんのために、簡単に制御できるシステムを清水電子に発注しました」

「なるほど」

机の上にロボットのデータシートが散乱している。和美が基本設計をして、仕様を決め、業界一のロボットメーカーであるギガテックス社に発注したのである。決定仕様書にはギガテックス社のマークが印刷されていた。やはり、業界一の技術を誇るメーカーに発注するのが一番安心である。

ところで、採石場の戦いについてであるが、結局GTX団のロボットは取り押さえられ、搭乗員は引きずり出され、おっちゃんたちにたこ殴りにされていた。

 

「ふ、やはり、あのような美しくないロボットではだめねえ」

採石場の端にある崖の上で、これを見ている人影があった。

へその出た黒いコスチュームを着けている小柄な少女である。

その少女は崖の上で、静かに中型ロボットの醜態を見下ろしていた。すぐ横でむさ苦しい男がUSBカメラを向けている。

「電波男3.1415号、これをしっかり記録しておきなさい、もっと強力なロボットを作らなければならないわ」

「......」

少女は電波男のことは気にせず、いずれ自らが赴く戦いについて思いを馳せた。

「やはり、美しい巨大ロボットをなんとしても完成させなければなりません」

少女はあのときの謎の娘について考える。

「あの娘のあの力、そして動きはロボットのものではない、しかし、もちろん人間ができるものではない、やはりサイボーグなのか」

「わが、GTX団が世界を征服する為には、あのようなサイボーグなど容易に倒せなければならぬ、なんとしてでもあの娘の正体を解明せねば」

少女の作戦計画は周到に計画されつつあった。

 

「ところであなたは何をしているのかしら」

謎の少女が横で不適切なことをしているAD某を見る。AD某は謎の少女を見上げたが、その手の動きは止められない。

AD某の手は、崖の上の少女の脇腹に伸びていた。その手がぽにょっと摘んでいる、少女のほんのちょっとたるんだ脇腹の白い肉は美しい。

崖の上でぽにょっ。

少女の顔色は美しい色白からほんのりとピンク色に変わり、それから真っ赤になった。

「変態、死ねえっ!!」

少女の鋭い蹴りがAD某の後頭部に炸裂した。岩など蹴っていないが岩の砕けるような音が響く。そして、その結果、AD某はなめらかな放物線を書いて崖の下へ落下していくのであった。高さは50m位だろうか。

「ああっ、映像が切れた」

どこかで誰かが悲鳴を上げた。

 

「うん、デバイスドライバのインストール終了、チェックと手直し始めます」

「はい、こちらは準備良し」

「こっちもOKです」

アルミ梯子でロボットの内部に登り、内部の調整をする横田と、様々なロボットのデバイスを膨大な配線で繋ぐ三沢。瑞香は和美の部下である横田と三沢を使って、中型ロボットに制御用ソフトウェアをインストールしていた。このロボットに搭載されているコンピュータは相変わらずトンデモ仕様だが、ある意味和美の一番の(欠点の)理解者である瑞香は、そのトンデモ仕様に負けず、うまくソフトウェアを導入していく。

「どお?、うまくいきそう?」

目にもとまらぬ早さでキーを叩き、マウスを操作する瑞香に、和美が声をかけた。

「相変わらずのトンデモ仕様よね。でも、まあ、何とかなりそう。むしろ問題はこっちにありそうな感じ」

「そっちの問題って何?」

瑞香がちらりと和美の方に視線を向けた。

「余りに急だったから、今ある製品のソフトウェアを大急ぎでこのロボット用に書き換えてきたんだけど、もうちょっと書き直さなければならないところが増えそうね」

「なにか手伝えるところある?」

「いや、それはこっちでやるわ、それよりデバイス稼働率を上げてくれない?、デバイスがしっかり動かないとこっちじゃテストが出来ないから」

「わかったわ」

和美が瑞香のPCのディスプレイをのぞき込むと、ちょうど一段落したところだったらしい。再コンパイルして、仮想環境を設定すると、制御プログラムが立ち上がる。

「このロボットにご搭乗いただきまして、ありがとうございます。このロボットは敵の秘密基地行きです。ご案内は私、ちえりがさせていただきます。疑問の点がございましたら、お手元のマイクなどでちえりをお呼びいただきますようお願い申し上げます」

和美はなんとなく、このソフトウェアがなんに使われていたのかわかったが、それ以上に不安になっていた。

 

「はふう、和美さん、ただいまですう」

「あ、お帰り、どうだった?」

「こ、これ...」

震える手で差し出されたのが、大型歩行ロボット操縦免許。刷られてからまだ余り時間がたっていない真新しい免許証にははるみんの顔写真が写っている。たしかにはるみんの物であることを確認すると和美は笑顔になった。

「わあ、おめでとう、これでこのロボットを操縦できるね、これで敵のロボットなんか簡単にひねり潰してやれるわ」

和美がガッツポーズをすると、はるみんも弱々しく手を挙げた。試験で精も根も尽き果てたらしい。

「済みません、ちょっと休ませてもらいます」

「ああ、そう、ご苦労様、疲れがとれたらちょっとだけ時間をくれない?、ロボットとの通信装置をあなたに取り付けたいから」

「わかりました」

はるみんがふらふらと仮眠室へ消えていく。

ぐがーっと30分ほど机に突っ伏して、なんとか気力を取り戻し、再び作業場にあらわれたはるみん。その目の前に置かれたのは、なんと業界でも屈指のコストパフォーマンスを誇る、COREDAの無線LAN装置であった。

「で、これが通信機ですか?」

「そうよ、実績もあって信頼性は抜群、電波状況が良ければかなり届くわ」

量販電気屋でもよく見かけるデザインの箱から装置を取り出して、はるみんの首の後ろの端子に取り付ける。差し込み口のところから曲がるタイプなので、邪魔になりにくい優れもの。なんとIEEE 802.11n対応で、かなりの通信距離を確保できるのである。ちなみに親子機のセット価格は7980円だ。

無線LANの子機がはるみんの義体に接続されると、自動的に認識され、通信回線の設定画面が表示された。

「どう、何か出てきた?」

「はい、4つくらい何か出てきてます。これはどれかを選ぶんですよね」

「ああ、それは近所のホストとつながっているんだね、そのなかにCHIERIはある?」

「あります、12chって書いてあるところに」

「じゃあ、それを選んで、HARUMINって入れてみて」

「はい、HARUMINっと」

まだそれほど操作になれていない義体のサポートコンピュータで、つっかえながら文字列を入力していく。入力して接続が確立すると、はるみんのサポートコンピュータとロボットの制御ソフトウェアがリンクし、通信を開始する。

「ピンポーン」

はるみんの頭の中で、小さく電子音が流れた。通信を要求する呼び出し音である。それが無線LANからの物だと言うことに気づくと、はるみんは通信を許可した。

「こちらはロボット制御システムのちえりです、はるみんさんよろしくお願いします」

 

最近のコンピュータは音声での対応も出来、かなりの部分で自動化も進んでいる。しかし、これほどフレンドリーなコンピュータシステムが存在するとは、はるみんは思っていなかった。

はるみんは思わずまわりをみまわした。和美はイヤホンでその声を聞いている。その和美がウインクするのを見て、はるみんはおずおずと返事を返した。

「こ、こちらこそはじめまして、ちえりさん、よろしくです」

「はい、はるみんさん、確認しました、本機のMasterをはるみんで登録します。ただいまより本機ははるみんさんをMy Masterとして、全ての権限を解放します」

はるみんは予想外の言葉に、なにも考えられなくなっていた。それを見ていた和美が、はるみんに梯子をかけたロボットの操縦席を指さした。

「乗ってみて」

「は、はい」

アルミの梯子がはるみんの重量に耐えかねて、大きくたわんだ。ロボットにつかまりながら、何とか操縦席に潜り込む。

「はるみん、こちらから指示するから動かしてみて」

突然、ちえりとの通信回線に和美の声が重なった。まだ開いたままの操縦席から下をのぞくと、和美がマイクをもっている。

「それじゃ、ええと、ロボット動いて!!」

YesMy MasterBoot sequence GO

一瞬、ちえりの声がきこえたとおもうと、操縦席のランプが順に点灯し始めた。メインディスプレイにはロボットの状況が表示され、そこに順に何かの数値が現れてくる、その上のディスプレイではルックダウンレーダーシステムが周囲を認識、周りの家屋や車、その他の障害物などが分析され、電子空間マップに追加されていく。

同時にロボットの80カ所の可動部がチェックされ、今すぐにでも動作が可能であることをはるみんに告げた。

System All Green Stand by

「はるみん、うごかしてみよう、手をゆっくりと上げてみて」

「は、はい」

関節の多いロボットは主要な動作を簡略化した操作装置で動かすのが基本である。ちょうど肘掛けに当たるところに、手と指の収まるインターフェースがあり、足にも靴の形におさまるへこみがあった。手と足をインタフェースに合わせると、その存在を認識して、小さなLEDが点灯する。

ちょうど指のあたるところにアームドコントロールのボタンがある。今日の午後に取ったばかりの大型歩行ロボット免許のテキストを思い出しながら、そのボタンを押した。

対応する関節の動作が可能であることを示すように、いくつかの指と肘、そして手首のランプが点灯した。対応する部分の関節を動かすつもりでほんの少し力を加えると、ロボットは突然大きく揺れた。

びくっとしてあわてて力を緩めるはるみん。そこへ和美の声が聞こえた。

「いいよ、いいよー、大丈夫、まだ足は動かさないで、手だけそおっと持ち上げてみて」

腕や足を動かすときには対応するセンサに力を加えるが、そのインターフェース自体は動かない、あくまでも加えられた力に対応したトルクをロボットの可動部に発生させるのである。そのため、実際には自分の手足は動かないのだが、動いたつもりになって、インタフェースのセンサに力を入力しなければならないというちょっと特殊な操作法になる。実際には人とロボットの動きは全く同じではないし、歩行や物を持ち上げるという基準動作でさえ人の動きとは厳密には違う。その基準動作に手足のセンサで力を加え、修正するのが操縦者の仕事となる。

はるみんは肘のランプが点灯していることを確かめると、腕を持ち上げるつもりになって、ほんのわずか力を加えた。力の加え具合と、ロボットの実際の動作は、何度か経験しないと加減がわからない。そのため、免許でもくどいくらいに慎重な初動操作が求められる。

クウンと腕の関節が鳴り、ゆさっと揺れてから、腕が持ち上がり始めた。

「いいよ、ゆっくり上まで上げて」

モーターの回転音が響き出す。腕が前に突き出されようとするところで、ちえりのサポートが入る。

Center of gravity controlAuto Balancer

腕を前に上げた分だけ、腰から上がわずかに後ろに反らされた。腕を前に持ち上げたため、重心が前に移動し、前に倒れそうになっているのである。それを検知したちえりがオフになっていたオートバランサーを起動させた。オートバランサーは歩行中でないため、足を動かすことは適切ではないと判断し、上体を反らしてバランスを取ったのである。

瑞香の声もマイクから入ってくる。

「ちえり、ナイスよ、サポートしてあげてね、今は練習なので緊急停止を許可します。危険な場合は止めなさい」

「瑞香さん、了解しました。練習監視モードに設定します」

ちえりと瑞香が日本語で話しているのを聞いて、はるみんがちえりにおずおずと話しかける。

「あ、あのー、ちえりさん?、できればわたしにも日本語で話してくれると助かるんですが...、まあ出来たらでいいですよ、あの、そのほうがどっちかと言えば楽かなあって...」

「了解しました、マスターとの会話は以後日本語で行います」

「ありがとう」

「ようし、もうちょっと練習しようね」

和美が割り込んだ。

 

「と、まあ、こんな感じに動かすわけです」

免許を持っている横田が、ロボットを実際に動かしてみせる。まだ限りなくペーパードライバーに近いはるみんは、歩く動作一つとっても、なかなかうまくいかない。

はるみんがもう一度操作してみる。操縦席の後ろに立つ横田が、はるみんの腕に手を添える。

「ここで、こういう風に力を加えると、こう曲がります。あとは同じようにこっちで右、こっちで左、こうで下、上」

はるみんの手を上からぐっと押さえつけて、上下左右に動かしてみせる。それに対応して、ロボットの腕が自在に動いていく。

「ぽっ」

はるみんが妙な気になるが、サイボークでは顔に表れない。横田もそんなつもりはなかった。もっともそんな気はすぐに忘れ去ってしまうのだが。それにそもそも田とのロマンスなどはぷろっとに入ってないから却下だ。

「ぴーーー」

電子音が研究所から鳴り響いた。

「緊急通報ね」

和美が研究所に飛び込んでいく。カタカタと打ち出される紙テープが出てくるのを待って、一生懸命読み始める。

「うーん、なになに、えーっと」

横で三沢がパソコンの電源を入れた。こんどこそ、なんとしても三沢より早く紙テープを読み解かないと、わざわざ紙テープを入れた意味がない。

「うーん、Ncity ku de GTX Robot...」

パソコンの電源を入れて、使えるようになるのには数十秒かかる。和美はそれまでに紙テープを読もうと必死だ。

「メール出ました。nm区でGTX団のロボットと思われる物が出現、今度は2機だそうです」

「ああ、また先超された」

そんなことはどうでもいい。

和美は頭の中で、ロボットを使うかどうか考えた。2機ならばやはり、こちらのロボットを出すべきだ。

「よし、はるみんロボ出撃よ」

「了解」

そう言うだろうことはとっくに読んでいる三沢が、もう庭に飛び出している。はるみんと瑞香、そして田に伝えられ、直ちに発進準備が始まった。

「はるみん、出動よ」

「はい」

はるみんが部屋に戻って青いコスチュームを着け始める。コスチュームを着ている横で和美が詳細を伝える。

「今度の敵は2機、前と同じロボットのようね、でも油断はしないこと、ロボットがさらに強化されている可能性もあるわ」

「わかりました」

「それで、今回はあのロボットで出撃します。いいわね」

「え?」

うまく操縦など出来ないことははるみん自身がよく知っている。その状態でロボットに乗って発進するのは不安であった。

「え、まだ私にはこれで戦うなんて無理ですよお」

「大丈夫よ、信じて」

和美がはるみんの目を見た。

「心配しないで、必要な動作はすべてちえりがサポートするわ、あなたは何をすればいいのかだけを考えて欲しいの。それに昨日今日免許を取った人間の操縦なんてだれも当てにしていない、そんなんで戦えるほど腕があるなんて誰も思っていないわ。どんなにへたくそでもちえりがやってくれるから大丈夫よ。むしろ中途半端に操縦しない方がいい」

励ますようでいて、実は非常に失礼な言葉である。聞いていてはるみんはむかむかしてきた。

「わかりました、もう迷いません。やりたいようにやってきます」

「ごめんなさい、これがあなたにとってもっともいい方法だと思うから」

和美も自分に酔っていて、つい本音を言ったことに気づいていない。

「準備できました。出撃できます」

和美ははるみんに命令した。

「直ちにはるみんロボ出動、GTX団のロボットを粉砕せよ!!」

「だーかーらー、はるみんロボは却下ですって!」

 

はるみんが操縦席に座ると、すでに全システムはスタンバイ状態になっていた。先ほどまで操縦の練習をしていたのだから当然である。

「はるみんを認識しました。マスター、フロントハッチを閉めます」

「お願い」

厚い鋼鉄の扉が閉じられると、内部は計器の明かりだけになる。鋼鉄の塊で守られた操縦席は戦車砲の直撃くらいではびくともしない独立した世界である。

「目標のデータが転送されました。目標まで飛べとの指示が出ています。承認しますか」

「承認します」

「了解、本機は独立制御に入ります。飛行用ブースターを展開、カウントダウン開始します。よろしいですか」

「どうぞ」

「承認されました。カウントダウン開始します、1098,....」

ロボットの両足と背中から、合計推力120tのロケットブースターが展開された。背中のブースターは約1分で空になる。それまでに必要な初速を得て、足のロケットで必要な場所への着地制御を行う。

「もっと下がってください」

田は、ぽかーんと見とれていた瑞香を安全な距離まで下がらせた。敷地から出て、生活道路上の少し離れたところで、状況を見守る。

321、固体ブースター点火、液体ロケット最大出力」

「よし、いけえ」

点火と同時に、激しい閃光と少し遅れて衝撃波が通り過ぎる。衝撃波の後に、猛烈な熱気と圧力が辺り一面に広がっていく。

「離床」

ロボットがゆっくりと地面を離れ、猛烈な熱と爆風をたたきつけながら上昇していく。はじめはゆっくりと、しかし、確実に加速して、ロボットはやがて遠ざかっていった。

「はふう」

呼吸が出来ないほどの強烈な爆風がおさまると、和美はやっと落ち着いて息を吸った。

「よし、わたしたちも行くわよ」

直ちに車に乗り込もうとして、何か足りない物があるのに気づいた。

「うわあ」

田と三沢が途方に暮れている。瑞香も唖然として、何の反応もない。

橋本研究所とその周り3軒ほどが吹き飛ばされて、見事な更地になっていた。

 

「あれね」

「目標情報と一致します、目標と断定します」

空中で空になった固体燃料ブースターを切り離し、足の液体燃料ロケットで飛び続ける。垂直上昇をするのには力が足りないが、初速が十分であれば、機体自体で揚力を発生させ、ある程度は飛び続けることが出来る。

ある廃工場を占拠していたGTX団は、自分たちと同じようなロボットが飛んでくるのを見てパニックになる。

彼らの前に、辺り一面を吹き飛ばしながら、はるみんロボがゆっくりと着地した。

「なにものだ、貴様たちは」

「死の淵から這い上がり、気がつけば鉄の腕、その手に握る悲しみの、力はまさに悪魔の力、SteelGirlはるみん!!、ここに到着」

敵のロボットが立ち上がった。

「その台詞、知ってるぜ、前に我らの邪魔をした小娘だな」

「ええ、そのとおりよ、あなたたちの悪事、絶対にやらせはしない」

「しゃらくせえ、前の借りを返してもらう。野郎ども、やっつけろ」

2機のロボットが一斉にはるみんに襲いかかる。

「ちえり、いくよ」

「了解、緊急戦闘モード」

2機のロボットをすり抜けるように避け、後ろに回り込むと腰の左右から、はるみんが以前に使った機関砲が2機顔を出す。

「攻撃可能です」

「いけえ」

30mm劣化ウラン弾が左右から打ち出された。数発は敵ロボットに当たり激しい火花を散らしたが、すでに学習したのか距離を取って廃工場の陰に逃げる。

「ターゲットABの予測位置を出します」

ルックダウンレーダーからの表示に敵ロボットの位置が重ね合わされる。驚異度が算出され、こちらにとって危険で、効率的に攻撃できるロボットの攻撃方法が示された。

「ターゲットBに近接格闘戦、重綱ブレード展開」

ロボットの腕から、厚い鋼鉄の刃が飛び出してくる。

「攻撃に入ってよろしいですか」

「大丈夫?、もう一機は?」

「いまのところ驚異度は低くなっています」

「わかった、慎重に行きましょう」

「了解しました」

 

「ああ、もう始まってる、やっとついた」

和美と瑞香、他2名は、何度か転がってべこべこになった車を、何とか起こして現場に駆けつけた。

無線機も吹っ飛んだので、携帯電話でなんとか連絡してみる。ロボットに据え付けた携帯番号を呼び出して、はるみんとちえりを呼び出した。

「はるみん、ちえり、状況教えて」

「和美さん、えらく時間かかりましたね」

「いやあ、もう大変だったんだもん、それで状況は?」

「いま敵ロボット2機とにらみ合いの最中ですね、敵が逃げるから今飛び込もうとしていたところです」

「わかった、大丈夫?、危険なことない?」

「今のところ大丈夫です、ちえりが殆どやってくれてます」

「そう、良かった、無理はしないでね、あうっ」

和美の手から携帯電話が滑り落ちて、コンクリートにたたきつけられた。少しの間を置いて和美が崩れ落ちる。

倒れた和美のそばには、黒いコスチュームの少女が立っていた。すでに始末して気を失った3人をみて、小さくつぶやく。

「ふふふ、あなたたちがあのロボットを動かしているのかしら、それにしてはずいぶん無防備ね」

「う、うう」

鳩尾を打たれた和美がうめき声をあげながら、落とした携帯電話に手を伸ばす。もう少しで届くはずの携帯電話を、謎の少女は無残にも踏み砕いた。

「もうしばらく眠っていてもらいましょう」

少女は和美の鳩尾に鋭く蹴り込んだ。がふっという音と共に和美が動かなくなる。

 

「え、?」

突然の悲鳴と、何かにぶつかる衝撃音、電話が切れて、和美の声が消えた。

「どうしたの、和美さーん、田さーん、三沢さーん!!、おーい」

「接続切れました、通信不能です」

「どうしたんだろ、もう一回呼び出せる?」

「電源を切っているというコールが出ています。電話を切っているか故障した可能性が高いと思われます、敵に襲われた可能性が高いと推論します」

「それは、私も思った」

はるみんは考え込んだ。どちらにせよ、早く駆けつけなければならない。だが敵ロボットとのかくれんぼの最中で、駆けつけられるかわからない。

「いますぐに和美さんとこに行ける?」

「それはおすすめしません、現在の目の前の脅威を排除することが最優先だと判断します」

「そうだよね」

はるみんはじっと考え込んだ。レーダーの敵の位置を見て、決断する。

「敵ロボットを急いでやっつけるわ」

「了解しました、敵ロボット攻撃プランを策定、実行に移します」

数秒で立てられたもっとも効率の良い攻撃手順。重綱ブレードを構え、近くだったターゲットBから場所を移動したターゲットAへ攻撃目標を変える。

「いけえ」

ロボットがモーター音をうならせて疾走を始める。重い重量を無理矢理に稼働させながら、敵に向かって突進する。

「ターゲットA,ロックオン、攻撃を始めます」

重い鋼に全体重を乗せ、重綱ブレードを振り下ろした。逃げようとするターゲットAの動きを予測し、正確に心臓を貫く。

「うおおおおっ」

はるみんの手が操作装置に乗る。操作装置ははるみんの動きを認識して、ロボットの腕にさらなる力を加えた。

「ずしゅっ!!」

激しい火花が散り、鉄の装甲に穴が開いた。装甲が耐えきれなくなると重綱ブレードがずぶずぶと敵ロボットの中にねじ込まれていく。

「高圧放電開始」

右手のブレードを差し込んだまま、左の手で抱きつくようにする。ブレードを一つの電極とし、全身をもう一つの電極として、高圧大電流を流す。

ブレードに接触している内部の電子回路が次々に高圧電流でパンクする。制御回路が止まれば、この手のロボットは動けない。

もう、動かなくなったところで、ブレードを引き抜いた。

「次!!」

いつまでも一つの敵を相手にしている暇はない。相手が2機いる以上、常にもう一つが襲ってくる危険性があるのだ。それに和美たちの方も心配である。

「残りは?」

「予測位置出します」

ディスプレイには敵ロボットが隠れながら接近しているところが写っている。

「敵移動経路を推測します」

いくつかの予測経路が算出され、その中からもっとも確率の高い経路が残った。その予測を元にちえりが新たな武器を選定する。

「ブレードを収納、5インチ砲を解放します」

背中から12.7cmの口径を持つ大砲が現れる。

「直接照準、ロックオン」

敵が隠れている以上、早期の決着は望めない。ちえりは徹甲弾によって障害物ごと攻撃する方法を選んだ。

直接視界に見えるのは廃工場の壁だけ、しかしレーダーには確かに敵ロボットの姿が見えている。

「撃てえ」

「了解」

大砲が火を噴いた。一瞬で廃工場ごと爆煙に包まれる。

「ジー、カシャン」

次の弾が再装填された。

「もう一回いっとく?」

「攻撃が効いた可能性は高いと思われますが、敵の攻撃能力が無くなったか判断できません」

「じゃ、見てみる?」

「近づくことは危険です、レーダーでは敵は動いていませんが」

「うーん、急いで和美さんのところにも行かなきゃならないし、慎重に敵を見に行こう」

「了解しました」

はるみんは、慎重にロボットを勧めていく。次第に晴れてくる煙の中、レーダーと前を交互に見ながら敵に近づいていく。

「各種センサ、危険な兆候はありません」

「いくよ」

「了解」

敵ロボットがいるであろう工場の中に入り込む。赤くさびた鉄材料が積み上げられ、かなり長い間ここが使われていなかったことを示している。

「いた」

はるみんは慎重に歩を進めた。うつぶせに倒れている敵ロボットは、下になる前面が大きくつぶれているのが垣間見え、とても動きそうに無いことがわかる。

「よかった、やっつけたみたい」

「反応ありません、稼働していないと思われます」

はるみんはほっとして、ちえりに命じた。

「よし、和美さんのところに向かうよ」

「了解しました」

 

直前の通信記録と多分車で来ているという推測から、和美たちがいる場所を考える。常識的に考えて工場の入り口付近からそう離れてはいないはずである。

「あ、あそこ」

目の前には無残に変形した車が止まっている。車の中には誰もいない。

「発見しました、赤外線センサで体温の反応があります、分離できる熱源は5種類、5名の人間がいると思われます」

「どこ?」

「この建物の向こう側です」

地図が示され、工場内の一つの建物が表示された。

「5名ってことは、犯人がいるかもしれないんだね」

「その通りです」

「わかった、ちえりは引き続きここで監視してて、何かあったら連絡して」

「了解しました」

事務所のような建物では、ロボットは入れない。フロントハッチを開くと、はるみんはするりと飛び出した。ロボットが立った状態では10メートルほどの高さがあるが、はるみんならば容易に着地できる。

「ここね」

ドアの前に立って中をうかがう。耳の感度を最大にしても、ノイズ以外の音は聞こえない。

「ちえり、中の様子はわかる?」

「人数は5名のまま変わりません、動きも検知できません」

「うーん、開けないと仕方ないか」

そっとドアノブに手を掛け、そっと回す。何が出てくるかわからないので、ドアに身を隠したまま、静かに開けていく。

「だれかいますか」

小さく声をかけた。しかし、その声はもっと大きな声でかき消された。

「そんなに心配しなくても良くてよ、安心して入っていらっしゃい」

4人が床に寝かされている。その向こうで黒い服の少女がソファーでくつろいでいた。

その少女の雰囲気に、はるみんはぞくっとする。

「あ、あなたが和美さんたちを?」

「さあ、どうかしら、私はあなたが見たかっただけ、我らの計画の邪魔をするものは排除しなければならないの、その前にいちど顔を見ておきたかった、それだけよ」

「排除?」

「そう、あなたも、そして興味深いけどあなたのロボットも排除させてもらうわ、ごめんなさいね」

少女は静かに立ち上がった。黒いコスチュームの間から見える、色白の肌は同姓が見ても美しい。だが、その高飛車なものの言い方がはるみんのかんに障る。

「排除なんかさせない、排除されるのはあなたの方だわ」

「そうかしら」

少女がコスチュームの胸に刺さっている小さなアクセサリを抜くと、鋭い動きではるみんに投げた。

はるみんがとっさに避けると、その後方でアクセサリが爆発した。

「うそ!!」

厚さ1センチ近くはある鉄骨に穴が開き、特殊な火薬のにおいがする。

「それから、こういうことも出来るわ」

少女はコンクリートの壁を蹴った。鈍い音がして、コンクリートに大穴が開く。

「あなたもサイボーグなの?」

「ふふっ」

少女は口に手を当てて嘲笑する。

「誰が、あんな醜いものになんてなりたいものですか、私はれっきとした人間よ、ただちょっと機械で補助しているだけ、あなたの知っている言葉で言えば、パワードスーツといったところかしら」

「パワードスーツ」

確かに機械で補助していればこの少女の力も理解できる。しかし、むしろ露出気味なくらい腹や胸元が開いている服でそんなことができる技術力は半端なものではない。

「ああ、もういいわ、あなたがサイボーグだというのはよくわかったから。ほんのちょっと強いみたいだけど、いずれあなたを倒してあげる」

少女ははるみんのことなど目に入らないと言った仕草で部屋を出ようとする。

「まちなさいっ、そんなことを言って素直に返すと思ってるの?、今だってあなたを捕まえられるのよ」

「そんなことが出来ると思っているの?」

「私は負けると思ってないわよっ!!」

はるみんが少女の手をつかんだ。

「ふんっ」

少女が腕を一振りするとはるみんが体ごと放り投げられる。予想外の力に唖然としたまま、はるみんは壁にたたきつけられた。

「なに?」

何をされたのか一瞬わからなかった。視界が上下逆になり、自分の状況が信じられない。

「でも、まだやれる」

はるみんが立ち上がって、再度少女に立ち向かう。そこへちえりからの通信が入った。

「緊急連絡、敵ロボットが再起動しました、ミサイル攻撃の可能性が90%、待避してください」

「え、ミサイル、和美さんたちがここにいるの、どうやって逃げればいいの?」

「本機には全員を収容できません、直ちに遠距離へ脱出してください」

「え、え」

力はともかく、4人を全員はるみんが担ぐのは無理だった。どうしたらよいか思いつかない。

「全員つれて逃げられないよ、どうすればいいの」

ちえりの返事が遅れた。だが、その後の返事は明快だった。

「了解しました。本機がミサイルを防ぎます、ミサイル発射態勢に入りました、推定ミサイル数は20本、対爆姿勢を取ってください、まもなく来ます」

「わかった」

とりあえず気を失った4人を一カ所に集めて、机やテーブルの下に移動させる。それから自分も中に入り、4人の上にかぶさるように乗った。

少女はいつのまにか消えていた。このミサイルは少女の指令なのかもしれない。

「ミサイル発射されました、来ます」

この連絡とほぼ同時に窓の外は閃光で包まれた。はるみんロボはその殆どのミサイルを受け、次々に爆発が起こる。

この爆風は事務所のガラスを粉砕して、室内にまで吹き込んできた。おそらく殆どのエネルギーはロボット自身が吸収しているが、余ったエネルギーははるみんたちにも襲いかかってくる。

事務所が揺れ、室内の家具や小物が飛び交った。渦巻く爆風が机を飛ばそうとして、はるみんは慌てて机の脚をつかんだ。

「ちえり...」

一分に満たない嵐の後、全てが急に静かになった。

部屋の中はひどい状態だが、4人にはけがはなさそうである。

はるみんは、ちえりに話しかけた。

「ちえり、状況を教えて」

「......」

「やっぱりね」

はるみんは、4人に息があることを確認すると、ゆっくりと机の下から這い出した。変形して開かなくなったドアを強引に押し開けて外に出る。

はるみんが事務所の外に出ると、ロボットは事務所の前で仁王立ちになっていた。

ミサイルの直撃で、あちこちへこんだロボットはじっとしたまま動く気配を見せない。

「ちえり」

助けてくれたロボットをなでるように、はるみんは手を当てた。不意に音声が入る

「はるみんと再接続しました。はるみん、だいじょうぶですか、こちらはアンテナが折れているため、通信距離が短くなっています、はるみん応答してください」

ちえりの声が聞こえた。はるみんは力強く答える。

「こちらはるみんです、みんな無事で良かったねっ」

 

 

 

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