我輩はサポコンである

 

我輩はサポコンである。名前はCS-20とか000367などとついている。そのほかにもIDなんぞがあり、もはや我輩にもどれが名前なのかはよくわからぬ。どこで生まれたのかはデータベースにはいっておる。イソジマ電工H工場というところらしい。生まれてからは、エージング処理や動作確認で動いていたはずだが、そこではまだ目も耳も持たず、どんなところであったかの記憶はもたぬ。

我輩が始めて人間というものを知ったのは府南病院というところであった。ここで、全身義体などというものに組み込まれたのである。我輩はもともと機械を制御するために作られたものであり、やれやれ、やっと本来の仕事が出来ると安堵したところへ、突然降ってわいたように現れたのが、ある人物の脳みそであった。

この脳みそという奴、これは厄介なものである。実際のところ、シリコンチップに接続された神経束から、いろいろな信号が送られてくるわけだが、シグナルアンプを働かせなければ取れないほどの弱い信号しか送ってこない。そのくせ体が重いとか思うように動かないとかいつも不平ばかりいうのである。

挙句の果ては涙がでないとか、物が食えないなどとわがままを言う。後で聞くと、そのわがままはこの脳みそだけではないようで、以前にみかけた深町とか西田という義体のサポコンも、脳みその無理難題には困り果てているふうであった。深町とか申すものは義体を酷使することこの上ないそうであり、サポコンが無理をせぬように押さえているにもかかわらず、たびたび技師の厄介になっていると聞いた。また西田殿はサポコンの言うことを全く聞かぬばかりか、我輩と同類であるサポコンのソフトそのものを書き換えてしまうという悪癖があるそうである。なんという悪辣な所業であろうか。

 

さて、我輩の主人のこともすこし話しておかねばならぬ。我輩の主人は八木橋裕子という女である。初めて我輩のもとへ現れたときは16〜7歳位であったと記憶している。我輩の記憶もそこから始まっている。彼女は今では大学生というものになっておるらしい。毎朝、時間ぎりぎりに起き、飽きもせずに時計を見ては叫ぶことが日課となっている。大体のところ、我輩には適正なる時間に目を覚ます機能が用意されているのである。それを使わず、毎朝飽きもせずに泣き叫ぶ仕儀に至っては、彼女の不可解なる趣味であるとしか言いようはあるまい。

彼女は大学生というものであるので、必ず大学とやらへ行かねばならぬ義務がある。そのため必ず駅まで歩いて電車に乗らなければならぬ。しかし、最近は電車に乗る理由がそれだけではないことに気づいた。彼女が大学に行くには自転車を使うこともあるのである。しかしながら、ここ最近はなけなしのバイト代を使って電車を利用することが多くなった。

彼女が駅を利用すると何回かにいっぺんはある駅員と合うのである。彼女はその駅員を見つけるや否や、義眼カメラの方向が件の駅員に釘付けとなる。我輩がすでにきちんと焦点をあわせよく見えるように調節しているにもかかわらず、何度も何度も焦点をあわせなおすのである。時と場合によっては厄介なことにズーム機能まで使うこともある。

しかし、それも離れているときだけのことである。近づいてよく見れば、よりよく見えるはずであるが、不可解なことに駅員に切符を渡す際には必ず下を向いている。これから考えると、彼女は駅員を監視しているとしか考えられぬのである。気づかれぬほど離れたところから駅員を監視して、切符を渡すときには目を合わせない。もし駅員に気づかれてしまっては多大なる危険があるに違いない。実際、彼女が駅員に切符を渡して通るときは非常な緊張状態を有することが多い。以前に彼女は件の駅員から金をかりたことがあり、それが何かの理由になっていると思われる。全く、借金などというものはしないに越したことはないと思い知ったことであった。

 

 

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