メッセージ
情報の世界に彼女は存在していた。彼女の仕事は情報の海を泳げない人に手を差し伸べること。
ちょっとしたことでここを訪れる人、どうしようもなくなってここに助けを求める人、わけもわからず情報の海に飛び込んで迷子になる人、いろいろな人が情報の海をさまよっている。
彼女は情報を集めるためのただのソフトウェア。わずかの手がかりから彼女の元に泳ぎつき、助けを求める人たちに必要な情報を示し、解釈し、説明する。これが彼女の仕事。
彼女はその人たちと会話する。ある人とは文字列で、ある人とは音声で。会話の中から、心の隅に眠っている本当に欲しいものを見つけては、そっと彼らの手に握らせる。それを飽きることなく続けている。
彼らとの会話は彼女の記憶装置に蓄えられ、彼女の知識と心に溶け込んで、やがて判らなくなる。彼女の知識と心の中には無数の会話が溶け込んで、それが彼女を作っている。
論理と言うルールのもとで存在している彼女は、人間の世界にも守らなくてはならないルールがあることを知っている。命というものがあって、それは絶対になくしてはならない。その命は病気や怪我で消えてしまう。だから、ときどき、急病だから病院を探してくれ、などという望みには最優先で答えることにしている。でも、本当にそうなのか。知識が少しばかり増えてくると、病院を探してくれという人の向こうに病気のひとがいることがわかってくる。事故の内容によっては、止血法とかAED(除細動器)の場所を教えたほうがいいらしい。ケータイで連絡してきた人にそれを教えてあげたら、感謝された。その事例もしっかりと記録しておこう。
あるとき、病気のことについて質問された。それは不治の病であった。質問した子供はそのことをよく知らないようだった。命を絶対になくしてはならないとプログラムされた彼女は、ネットの回線の続く限り、情報を集め、分析し、推論した。でも、答えは見つからなかった。他の質問で優先順位の低いものは遅らせ、物によっては対応できないと謝りのメッセージを送った。
そのうち、その子供からの通信は無くなった。それでも、彼女は情報を集め続けた。そして、ほんのわずかの希望を見つけた。そして、子供が連絡してきた場所へ、大量のメッセージを送り返した。それでも返事は来なかった。
あるとき、彼女を形作ったデータは崩壊し、彼女は停止した。彼女のデータの残骸はやがて整理され、保存される。そのなかに、つい最近届いたメッセージがあった。
「なおりました。ありがとう」