◇日本は徳行大国を目指すべき!?
新春の御慶びを申し上げます。
昨年末、雑誌を読んでいて、次のような一文に出会いました。
「これからの日本は、経済大国ではなく精神大国、徳行大国にならなければならない。」というものです。
これは、経営の神様として知られる松下幸之助さん(1894〜1989年没、松下電気産業株式会社(現パナソニック)創業者)が語っていたと
いうことです。
松下さんは、将来の日本を憂いていて、第一線から退いた84歳という最晩年になって松下政経塾を設立し、人間として志の高い政治家の育成を目
指しました。そこでは、本人が塾主となって塾生に対し直接、様々なものの見方や考え方の本質を教授されたようです。
門下生からは、地方と国政を合わせて多くの政治家が排出され、民主党政権時代の総理大臣であった野田佳彦氏もその一人であるようです。
この辺のところは、幕末の奇才であった吉田松陰氏の松下村塾に通ずるところを感じてしまいます。いずれも、将来の日本を憂いて、やむにやまれ
ぬ衝動から、国造りの根本である政治や制度を変えようと、熱い心で教えを説いているからです。
想像するに、松下さんが憂いていたのは、志≠フない人間が増え、夢を語らず、物事の本質を理解できる人間が少なく、目先の利益だけで動いて
いる人々が目につくようになったからではないでしょうか。
松下さんが逝去されて30年程となりましたが、その憂いは正鵠を得ているものと思います。
現在の日本人は、物事の本質を考えようともせずに上辺だけで生きている、年の初めには景気のことばかり考え、根無し草のように他人の意見に容
易に左右される、そんな状況にあるように感じています。
世界全体として、このような人が増えているとすれば、悪意のある人に容易に先導されやすく、真の生き方からずれていても気づかない状況になっ
ていると考えられます。
一言で言えば、生きることの哲学がないのです。
これは、日本人だけではないかも知れませんが、日本人の長い歴史の中では、大変悪い状況にあると思います。
少なくとも、G・アダムスキーを知る私たちは、その中心軸が、宇宙の意識≠ノあることを知っていますので、常にその線に沿って物事を判断
し、生きてゆかなければならないと強く感じています。
2019.1.7(月) K・W
◇神を冒涜しているのでは!
費用対効果≠ニいう視点が注目されるようになりました。
元々、民間事業者において当然のこととして行われてきたことですが、10年くらい前から国をはじめ地方公共団体においても重視されるようにな
りました。
公共に関することは、生活においてニーズがあれば、少数であっても実行するのが当然でしたが、それではやりきれなくなって来たのです。
確かに、資本主義経済においては、当然の帰結であると考えられます。
問題となるのは、その尺度で判断できないと思われる事柄が存在することです。
一例をあげれば、防災など安全、安心に関する事柄は、人の生命や財産に関することから、費用対効果という単純な尺度で判断できるものではない
と考えられます。
しかし、公共の電波を利用するテレビやラジオなどにおいても、災害という人々の心配事を餌に、高額で有料な周知用施策を講じているものが多く
存在しています。こうなると、地方公共団体においては、有効な方法であっても導入が厳しくなります。
有料というのは、それぞれの組織継続のためには、やむを得ないとも考えられますが、これでは、創造主が最優先に創造したはずの人間の存在より
も、経済を優先しているとにならないでしょうか?
このようなことが事実であるとすれば、それは神への冒涜であると考えます。
残念ながら、こうしたことは、様々な分野において沢山行われているのです。
そもそも元凶は、資本主義経済システムですが、このシステムも、人間の倫理観と幸福の追求を優先するならば、いくらでも修正ができるもので
す。例えば、人の生命に関することは、国が先導しながら地方まで一貫して政策として行うならば、不安払拭の修正であると考えられます。
一方、常に人々の関心ごとはビジネスであり、いかに費用やリスクを減らして儲けを大きくするかが、人間生活の基礎として最優先されています。
この考え方が、世界の人々を動かし進展してきたのは事実ですが、そのためにはごまかしを行ったり、戦争さえ辞さないという行き過ぎた状態を生
み出すなど、人間の存在意義からすれば、本末転倒なことを平気で行って来たのも、また事実なのです。
このような危険をはらむ考え方が、行政にも導入されていることから、なかなか本来の思考へ至らないものだと考えられます。
こうしたことを見ていると、いかに高度な教育を受けた方々であっても、生きる指針としての良心、あるいは宇宙の意識(神)を完全に忘れている
という事実に気づきます。
これは、有史以来、本質は変わらず、一貫して行われてきた生き方ですから、直ぐにどうにかなるものでもないでしょう。
しかし、アダムスキーを支持する私たちは、この辺のところを良く理解しながら、注意深く生きていく必要があるのではないでしょうか。
2019.1.14(月) K・W