宇宙に想う!  

 
   はじめに 
 
        ここでは、「生命の科学学習会」や「G・アダムスキー通信」では、触れることが少ない、日々の生活における行動や社会的事象につい
         ての感想、あるいは、スペースピープルに馳せる想いなど、広範囲にわたり「生命の科学」をベースにした考え方で、分かりやすく書い
         ていきたいと思います。

    重要なことについては、「生命の科学学習会」で追加説明したり、「G・アダムスキー通信」に改めて記載することもあると思います。

    頻度は、月数回を目標とします。短文にはなりますが、皆さんの生活の参考になることができれば幸いです。


今になって、火星で川を発見!
 2015年9月29日(火)の新聞朝刊に、「火の星に 水流れる」等のタイトルで記事が載りました。
 これによれば、米航空宇宙局(NASA)は28日、火星の表面を流れる水がある証拠を見つけたと発表したということです。水がある証拠は、以
 前から知られていましたが、今回は、現在も水が流れている、言わば川の写真が公表されたのです。

 火星表面には、暖かい時期にだけ現れ寒くなると消える幅5メートルほどの細い縞模様が知られていましたが、無人探査機マーズ・リコネサンス・
 オービターの上空からの観測で、これが塩分を含むに水の流れであることが判明したということです。但し、水がどこから来たのかは不明としてい
 て、大気中の水蒸気が塩分に吸収された云々と推測しているようです。

               
 
                     火星表面で見つかった、水がながれたと見られる黒っぽい筋(左)。塩分
                
以外の鉱物を青で着色してある。(NASA提供)

 火星の探査については、約40年前に、アメリカの火星探査機バイキングが火星表面の着陸に成功し、以来、様々な観測を続けていますから、この
 ようなことは、既に承知していたものと思われます。なぜ、今頃になって公表するようにしたのか、これは分かりませんが、今後、火星を含めた他
 の惑星の真相が公表される可能性は高まっているのだろうと思います。

 火星の川に塩分があることについては、アダムスキーが、火星人は極冠から水路で水を引き、塩分濃度を真水と合わせて調整しているという趣旨の
 ことを伝ています。この事実とも符合するようで、何よりそのことが喜ばしく感じました。
  今後も、従来は公表されないような、宇宙に関連する様々な情報が公表されるかもしれませんので、アンテナを高くして留意するようにいたしましょう。


                                                2015.10.3 K・W
 
 
ノーベル賞受賞のの大村氏に想う・・・
 10月5日、スウェーデンのカロリンスカ研究所は、2015年のノーベル医学生理学賞を、微生物の研究により北里大学特別栄誉教授である大村智氏(80歳)を
 含む3人に授与すると発表しました。

 翌6日には、王立科学アカデミーから、ノーベル物理学賞をニュートリノに質量があることを発見した、東京大学宇宙線研究所長である梶田隆章氏(80歳)に授与
 することが発表されました。

 日本人のノーベル賞受賞は、これで24人目(外国籍取得者を含む)となり、大変喜ばしいことであると思います。梶田氏は、宇宙解明につながる研究で、2002
 年にノーベル賞を受賞された小柴昌俊氏の教え子とのことで、これも話題ではありますが、56歳と若く現役での受賞は素晴らしいことであると思います。

 しかし、ここでは、大村氏について触れたいと思います。

 大村氏は、寄生虫によって引き起こされる感染症の研究として、アフリカなどの熱帯地方に蔓延していた河川盲目症(オンコセルカ症)の特効薬イベルメクチンの
 発見・開発をされたことが受賞の直接的な理由のようです。
 この薬が、アフリカを中心に年間1億2千万人にも投与され、多くの人命を救ってきたということです。

 大村氏には4つの顔があるということです。

 1つは、言うまでもなく研究者としての顔。
 数々の抗生物質を開発して、重篤な熱帯病を撲滅寸前にまで追いやった。早くから、国際的な産学連携を主張して、約250億円もの特許ロイヤリティを研究現場
 に還流させたということです。
 
 2つには、法人経営者としての顔。
 財政的に行き詰っていた北里研究所を立て直し、新しい病院を建設したということです。独学で財務知識を身に着け、プロも認めるような経営感覚であったようで
 す。

 3つには、各界リーダーとしての顔。
 美術への造詣が深く、絵画のコレクターとしても知られていて、請われて女子美術大学の理事長を通算で14年間務めたということですまた、公益社団法人山梨
 科学アカデミーを創設し、出身地の人々に向けて科学の啓発も行っているようです。

 4つには、人材育成の顔。
 大村門下から排出した教授は31人。学位取得者は120人余りということです。常に公平で、誰にでもチャンスを与え、意欲を見せれば支援を惜しまなかったとい
 うことで、教育者としての功績が光ります。

 更に面白いのは、美術愛好家で収集家でもある大村氏は、ふるさとに私費で「韮崎大村美術館」を建設し、収蔵品を総て韮崎市に寄贈していること。また、その
 横には、日帰り温泉を建設し、そのオーナーでもるということです。この施設は、温泉が出れば、地域の人も観光客も来てくれることを狙って建設したということで
 す。

 地方大学出身で、定時制高校で5年間の教員を経て、再度大学院で学び、研究者の道を歩みながら、東京大学で薬学博士、東京理科大学で理学博士を取得し
 たのは、素晴らしい努力のたまものであったと思います。

 これは、定時制の教員時代に、生徒が工場で働いて、そのあとに学んでいる姿を見て自己を振り返り、もっと勉強しなくてはいけないと感じたということですが、普
 通の人間にできることではないと思います。

 小さいころから祖母に、人のために役立つ人間になれ≠ニ言われ続け、しかし、、若いころはスポーツに明け暮れ、かなりのスポーツマンであったようですが、
 そのエネルギーが研究へと向けられ、常に、人に役立つ視点をもって研究を重ねてきた結果、こうして、多くの人命を救い多くの人から認められるノーベル賞受賞
 に結び付いたのだと思います。

 アダムスキーが伝えていることと重なりますが、人のため≠ニいう動機が最も大切なのだと再認識した次第です。


                                                                      2015.10.7 K・W