◇転生が認められたら・・・Ⅱ
前回は、前世を記憶する子どもがいることから、転生が人々に知られ認められるなら、例えば、このようなことが起こるとして良き点について書きました。
しかし、この世界においては、功があれば罪があります。
今回は、その罪、つまりマイナス面について書きたいと思います。
前世について、想いだすことができるとしたら、現在の自分は、受け入れ難い事実を知ることになるかもしれません。
例えば、その時代背景があるとしても、窃盗、傷害、殺人など、非道な生き方をしている映像や出来事を想いだすこともあるでしょう。
すると、そのようなことはなかったのだと拒否したり、悩んだり、苦しんだりすることでしょう。
このようなことから過去世を否定し、視たくないと想うようになるものです。
もしかすると、その想いが、今日の人々につながって、過去世を知ることができなくなったのかもしれません。
いずれにせよ、このことは、自己の中に過去世を正しく受け止める知識、基礎というものがないことを意味しています。
過去はすべて生かされて、今日の自分となっていることを知るべきでしょう。
これとは反対に、過去世の自分が、他者から窃盗に会い、傷つけられ、あるいは殺されていたということもあるでしょう。
その時代背景や状況も様々だと思われます。
そのことに対して、強い憤りや、恨みを抱くことになるかもしれません。
自分に対して、ひどいことをした相手が、今日の誰であるのか分かることがあります。
こうした場合の対応が、正しくできなければ、マイナスの繰り返しとなります。
この場合も、今の自分にすべて含れていると考え、憎悪を反省し、とどまる必要があります。
むしろ、そうした過去が、今の自分にどう影響しているのかを分析し、良き方向へ転換しなくてはなりません。
このように過去世が、現在の自分にとって好ましくない場合もあるわけです。
ですから、知らない方が良かったと想うこともあるでしょう。
しかし、アダムスキーも言っていますが、過去世を知ることは〝ためになる〟のです。
それは、今日、自分が抱えている問題につながる事実を知ることができるからです。
そのためには、過去世のいかなる事実も批判せず、あくまでも事実として受け止め、昇華させる力が必要なのだと思います。
こうした準備ができれば、アダムスキーの教えを実践するなかで、自分の過去世を何らかの方法で知ることになるでしょう。
転生を知ることは、死の恐怖から解放され、新たな生を期待出来るという良き面がある一方、現在の生を軽視する傾向が生じやすくなります。
現在の生を全うすることこそ、次の良き世を期待できるのだと考える必要があるでしょう。
2024.4.3(水) K・W
◇スペースピープルの生活とは?
ジョージ・アダムスキーを信じられるのは、彼の伝えた哲学の素晴らしさを理解しているからだと考えられます。
そのほか、「第2惑星からの地球訪問者」で伝えられるスペースピープルの容姿をはじめ、生き方、地球人への関わりなどに憧れをいだくという面もあるでしょう。
そこで、私たちが憧れる、彼らの生活は、どのようなものなのか整理してみましょう。
ここでは、アダムスキーが伝えた事柄を基本としながら綴りたいと思います。
スペースピープルは、地球上で1日3時間程しか寝ないのだと言われます。
地球人は、1日の3分の1を寝て、残り3分の1を週5~6日働いて、残りを食事や風呂、自由時間に使います。
しかし彼らは、地球時間に換算して、週に2~3日短く働いて、1日3時間寝るほかは自由時間となっているようです。
つまり、彼らの自由時間は長いということになりますが、その多くを自己研鑽(探求)に当てているようで、残りは他者との交流や旅行などを楽しんでいるようです。
スペースピープルの労働は、基本的に地球人のそれと、あまり変わらないでしょう。
おそらく、その世界で必要とされる物の生産活動と流通活動、あるいは研究活動などであると思われます。
ただ彼らは、それを〝奉仕〟ととらえているようです。
それにしても地球上で言うことろの仕事は、ほんの少々で、大半が自己研鑽(探求)に充てるというのは、ほとんどの地球人にはできないことです。
しかし、彼らは、そのようにしているからこそ、少しづつながら確実に進歩しているのだと思われます。
地球上では、進歩が速いように見えながら、破壊行為などにより振り出しに戻ることを繰り返しています。
彼らの着実な進歩、これはすごいことですが、それを実現できるのは、おそらく自己研鑽の継続にあるように思います。
なぜ、そのようなことが可能なのでしょうか?
重要な点は、彼らは、自分が生まれた理由、役割について、魂が発生した当時に遡って理解しているということです。
そこで、自分は今世でどの様に生きればよいのか、生きる指針である〝宇宙の意識〟を感じながら日々生きることに努めているようです。
それが、自己研鑽(探求)ということになるのだと思われます。
ですから、地球上の哲学者や修行僧のようなものではなく、仕事中などいつでも可能なようですから、日常ではかなり快活のものであると考えられます。
事実、上述のとおり自由時間では、同志である他者との交流や旅行、さらに音楽やダンスなども楽しんでいることからも伺えます。
以上のような生活は、当時の金星人のもので、他の惑星では少し違うのかもしれませんが、生き方の基本については、地球以外のすべての惑星で共通してい
るものと思います。
このように見てくると、スペースピープルと地球人とは、かなり違うのだと理解できます。
光に向かう彼らと、暗黒の中を手さぐりで生きる地球人との差と言ってもよいでしょう。
しかし、彼らのような生き方が、宇宙に遍く存在する人間の本当の〝生〟の姿なのだと考えられます。
その生き方こそが、現在の地球人が知り得ない光への道、至福の生き方なのだと、いずれ理解できるようになるのだと思います。
その道のりは遠いように思いますが、意外とそうでもないのかもしれません。
2024.4.23(火) K・W