◇地球以外は〝死〟の惑星か?
アダムスキーは、1952年11月の異星人とのコンタクト以来、この太陽系のすべての惑星に人間が住んでいると伝えています。
その後、1969年7月20日にアメリカのアポロ11号が有人で月着陸して以来、1970年旧ソビエト連邦のベネラ7号が金星表面に着陸、1976
年には、アメリカのバイキング1号及び2号が火星表面へ着陸するなど、惑星探査が行われるようになりました。
その結果、月をはじめ他の惑星は、灼熱、極寒、大気が薄いなど、人がすめるような環境ではないと公表されています。
つまり、これらはすべてアダムスキーの主張を否定しているのです。
では、アダムスキーは、嘘を伝えていたのでしょうか?
多くの人々は、そのように捉えていると思われます。
仮に、各国から公表されたことが、事実と異なる場合には、何が考えられるでしょうか?
1 探査機が、正確なデータ収集ができない。
2 意図的に、事実と異なる情報を公表している。
3 その他の理由。
私は、この事由すべてが、関係していると見ています。
特に、この3番目については、次のように考えています。
この太陽系は、ずいぶんと古くなっていることから、地球を除く他の惑星人は別の太陽系へ移住することが決まっていました。
加えて地球人が、予想より早く原子爆弾を開発し、それらの実験から放射能が発せられるようになったこと、更に、地球からの惑星探査が可能に
なったことなどから移住は急がれたと思われます。
おそらく、アダムスキーが存命中に先発隊は移住していたはずです。
そして、おそらく西暦2000年には、移住は終了しているのではないかと思います。
ただし、研究目的などで、各惑星や衛星にごく少数の人々は残っているはずです。
彼らが移住する際は、住んでいた街のすべてを原状に復しているはずです。
加えて、これは推測ですが地球人と異星人とで取り決めがあるようです。
アダムスキーは、異星人からの手紙や言葉をアメリカ政府をはじめ、当時のローマ法王などへ届けています。
異星人側からも、直接の働きかけがあったはずです。
それは、宇宙船開発や遺伝子解明への支援などとセットであったと考えられます。
彼らが地球人へ望んだのは、原子爆弾の開発中止・廃止、武器を捨てて平和の徒として生きること、そして、異星人の存在を公表することであっ
たと考えています。
それを地球人側が了解するならば、彼らは、宇宙船の原理など、様々な夢のような技術を提供すると約束したと想像されます。
しかし、これらの条件をアメリカを中心とする先進各国が否定したようです。
そして、彼らに対して、地球へ干渉するなと伝えていると思われます。
それにより異星人側は、地球からの宇宙船が月や他の惑星に来ることを歓迎していないようです。
1972年のアポロ17号以来、アポロ計画を中止したのも、そのような要因があったと思われます。
しかし、今は、異星人の拠点は別の太陽系となっていますので、ある程度の宇宙開発ができるようになったのではないかと考えています。
とは言え、異星人側が、この太陽系の真相をどこまで顕わにするか、また、各国政府が真相を公表するか否かは微妙であると考えています。
これらのことから、地球以外の惑星の真相は、つかみにくいものの決して〝死〟の惑星ではなく、アダムスキーが伝えたとおりだと思われます。
2023.4.12(水) K・W
◇日々の雑務を良好に行う
筆者は、ここ1年程前から週に3~4回、坂道混ざりの行程約3.8kmを31分30秒前後の速さで歩いています。
年齢が40半ば頃から、ほとんど運動と言えるものをせずにいましたが、適度な運動が必要と感じ行っているものです。
そのかいあってか、階段の昇り降りが楽になり動きが素早くなったようです。
歩くということは、季節を感じるには良い方法です。
春、3月からは梅の花が咲き、桜が咲き、道端では彩り豊かな花が咲きだします。
ウグイスやシジュウカラの鳴き声も嬉しいものです。
夏は、歩くには暑くて大変ですが、空は青く気持ちが良いものです。
秋は、歩くには良く、空も高く近隣の山々も色づいて時の流れを感じます。
冬は、日光連山や高原山が白くなり、大気も透明ですがすがしい季節です。
こうして、歩いている時に次のような話が聞こえてきました。
ゴミステーションでのことです。
40歳前後と思しき女性が、80歳前後と思しき男性に注意をしています。
女 : 「そういう風に置くからダメなんです・・」
男 : 「でも、置いておけば持っていくだろう」
どうも出す曜日が違うようで、注意したところ置いておけば、いずれ持って行ってくれると言っているようです。
女 : 「それがだめなんです。いつも決まり通りできない・・・」
女性は、かなり厳しく注意しています。 ※ 実際の言葉は、良く聞こえないのですがこのような内容に理解した。
筆者は、20秒くらいで通り過ぎたので、その後どうなったかはわかりません。
それから数日後、自宅のゴミステーションにゴミ出しを行っていたところ、ちょうどゴミ回収車の人と会ってしまい次のように言われました。
相手 : 「これは、木の根っこですか?」(土のついた根っこのような大きなものがそのまま置いてある。)
筆者 : 「そのようですね。」
相手 : 「このような出し方は困るんです。」
「こういう写真を撮って良くないとしてるんです。」
「このステーションでは、時々このようなゴミが出されている。」
筆者 : 「そのごみは、私が出したゴミではないですよ。私のは、このゴミ1つです。」
相手 : 「でも、この辺の家のものですよね・・・。」
これも困ったものです。
これは、ゴミの出し方という生活の中での一つの例にすぎません。
人が生活するためには、このような雑務が沢山あるのです。
そして、集団となれば、それぞれの約束事があって、少なからず手間のかかることが多いのです。
最初の事例は、厳格な女性とややいい加減な老人の問題ですが、自分が女性側ならどのように対応するのか?
2例目も、今後どのような対応策があるのか?
集団生活は、時には、慣れないことも行わなければならないため、ストレスとなることもありますが、こうしたこともきちんと考え対応できる事が大
切です。
これらは、言い換えると他者への気遣いでもありますので、現実界において賢く対応していきたいものです。
2023.4.25(火) K・W