宇宙に想う!  

 
   はじめに 
 
        ここでは、「生命の科学学習会」や「G・アダムスキー通信」では、触れることが少ない、日々の生活における行動や社会
    的事象についての感想、あるいは、スペースピープルに馳せる想いなど、広範囲にわたり「生命の科学」をベースにした
    考え方で、分かりやすく書いていきたいと思います。
    重要なことについては、「生命の科学学習会」で追加説明したり、「G・アダムスキー通信」に改めて記載することもあると
    思います。
    頻度は、月数回を目標とします。短文にはなりますが、皆さんの生活の参考になることができれば幸いです。

過去の経験を語る意義!?
 高齢の人々の中には、「今の若い者は、〇〇〇でけしからん!」と、若者の言動を嘆くことがあります。
 これは、今に始まったことではなく、古代エジプトにおいても同様な言葉が残されているということです。

 いつの時代でも、古い時代を知る古老が、過去の風習などを軽視する若者を非難することがあるようです。
 風習などには、意味のないようなものもありますが、重要な意味を持っているものもあります。

 一方、若者たちは、親や祖父母の言動に対して、「古い考え方で、今では通用しない!」等々と反論したりします。
 これは、双方とも正しいことを含んでいて、一方的に否定できないものです。

 しかし、今日においては、高齢者が若者に対して、風習などを含め生きるための知恵やかつての経験などを教える機会が、核家族の拡大とと
 もに減少しています。

 かつて、戦後生まれの団塊の世代の人々が、一斉に会社を退職する時代となった際、会社の貴重なノウハウが引き継がれないと騒がれた時
 がありました。
 これも、同じ様な流れを持っていますが、ほとんどの事業者はさすがにそれを引き継ぐ工夫をしたようです。
 
 その昔、高齢者は、家庭における知恵者として、多くの教えを子や孫に伝えてきましたが、今の時代、通信機器やパソコンなどの操作に疎い高
 齢者は、尊敬されず、本来持っている知識は古いものとして軽視されています。 
 今日の社会で、道徳心が薄い事件が散見されるのは、そのせいもあるのではないかと思います。

 高齢者の語る事柄に意味がないと決めつけることができるとすれば、それは、今の社会が、それらの学びの上にそれを基礎として歩んでいる
 場合です。

 しかし、そのようなことは、どの家庭においても、どの社会においても、どの国においてもあり得ないことです。
 なぜなら常に、どの社会等においても過去の過ちを繰り返しているからです。

 つまり、人や社会、あるいは国の経験として犯してはならないこと、正しいことが伝えられていない、学ばれていないということです。
 そこに、過去の経験者の意見というものの価値があるのだと思います。

 それを伝えていけるような社会が、健全な社会の姿なのだと思います。
 アダムスキーが言われるように、風習や習慣に縛られる必要はありませんが、人々の歴史的遺産や生活の知恵は引き継いでいく必要がある
 と思います。


                                          2022.7.11(月) K・W



陰謀(論)とは何か?
 陰謀とは、一般的に「陰でひそかに悪事や謀反(むほん)をはたらくこと。また、その計画。」とされています。そしてそれを行っていると他者が認
 めると、陰謀論になるのだと思います。

 この言葉を最近多く聞くようになりました。
 それも世界的な金融、経済、政治、軍事関係など様々なところに及んでいるようです。

 例えば、経済関係においては、自己の業界に仕事が来るように、それをかなえてくれる政治家や行政、あるいは経済団体へ要望するなど圧力
 をかけていきます。

 資本主義経済社会においては、よくあることで自然なことです。
 その結果、新たな法律などが整備され、その業界に安定的に仕事が来るようになれば、それは、要望が成功したことになります。

 しかし、それを実行した行政からすれば、行政側にとってもメリットがある、国民の利益になると判断したからこそ実行したわけです。
 実際には、業界からの要望がなければ、優先順位が低かったかもしれません。

 こうして、業界の利益が守られることになります。
 このような例は、少なからず存在します。

 分かりやすく言えば、人間ドッグや車検のような国民の利益になると判断される仕組みを提案、あるいは要望していくということです。
 このようなことは、〝悪事〟ではないとしても、〝業界の利益〟の方向へ、国や自治体を巻き込んで行こうとするものです。

 こうしたことが、あらゆる分野で行われており、それが、多国籍企業や国家レベル、あるいは国と国との連携の中で、関係する国際機関などに
 要望していくということがあるわけです。

 受け手である国際機関等も、先の説明と同じように動くことでしょう。
 仮に、それによって、実現できた事柄を陰謀と呼ぶのかどうか?

 この辺のところは、ケ-エスバイケースであり、場合によってはグレーゾーンのところかもしれません。
 言い方を変えれば、それらの機関等は、陰謀を行うことが可能であるということです。
  
 以上の説明は、正当な方法による野望実現ですが、そうでない方法も多数あるものと思われます。
 しかも、世界に影響を与えられる国際機関等は、分野ごとにある程度限られており、それを抑えることができれば、希望する方向へ多くの国々
 をなびかせることができるでしょう。

 このようなことから、〝陰謀〟というものが入り込める可能性は否定できないと思われます。
 ここに、世界的な陰謀論が成立する可能性があるということになります。

 人の行動は、常に、損得が絡んでいて、それが人の大きな動機であることから、身近な事柄から世界的な事柄まで、社会主義国家においても
 同様な原理が働いています。
 こうした思考形態から抜けださない限り、大なり小なり、人々の生活には陰謀がつきまとうのだと思われます。


                                         2022.7.20(水) K・W