浦賀和宏さん

「記憶の果て」「時の鳥籠」 (98/12/30)

 はじめに言わせていただくと、これは、2冊で1作品です。少なくとも僕の中では、完全にそうなってしまっています。「記憶の果て」を読み終わった段階では、主人公安藤直樹の悩める姿というか世の中に対する不満とかそんなことが印象に残っていて、ちょっと「笑わない数学者」に似た考えも入っているなとも思いましたが。あとは、作中で安藤直樹がいっている人生で楽しいことは「音楽とセックス」だという言葉が浦賀さんご本人が本当に思っていることではないかと。小説の中でも至る所に音楽の話が入ってしますし。登場人物が思っていることを本全体で言っている。なんとなくフラクタルみたいな感じがしたのです。登場人物の中では、金田君に共感を覚えてしまったというか、好きというわけじゃないですけど考え方が何となく似ているんですよ。「他人の意識は、確認出来ない」とか。あ、あと確か主人公の独白で「人類が絶滅したら空は青いだろうか」というのもありましたよね。こういうことを考えるのって大好きなんですよね(笑)小さいとき、目の前にある満月は、僕が後ろを向いてもまだ存在しているのだろうか?って考えていましたからね。後ろ向いていたとき無いかもしれないと思うとなんだかワクワクしてきちゃったり。それから黒い箱の少女には、注目しないわけにはいかないでしょう。彼女は、どうやって生まれたのか凄い興味があります。その辺の答えのようなことが、「時の鳥籠」に書かれていたりするわけですが。電源を入れたときに初めて電源OFFの時に考えていたとされる記憶が植え付けられるのではないか。と文章中で書かれていたと思うのですが、それって現実の人間が朝起きたときもひょっとしたらたった今生まれてきたばかりでそれまでの記憶は、何者かによってインプットされているのではと思わせられてしまうんですよね。つまり、記憶なんてその程度のものでしかないということなのでしょう。脳の事に関しても色々書かれていましたが、「ニューロンが複雑なネットワークを作ることで意識が生まれる」という説は、非常に興味を持ちました。これが本当なら人工知能も結構簡単に出来るのではないかなって安易に思ってしまうわけですが。

 そして「時の鳥籠」です。これは、「記憶の果て」を完全なモノにするために書かれた小説のような印象をもちましたね。ラスト100ページくらいから2つの作品がどんどんリンクされていって、見事なオブジェができあがっていくような、ここを読んでいるときは、終始感動していましたね。ここまで完結度が高いと思ったのは、たぶんこれが初めてです。凄く綺麗なリングができあがったという感じでしょうか。この作品自体で特に注目したというところは、僕にはなかったんですよね。ただ、坂本新一の血を好む性格というのには、なんだか興味をもってしまったというか、何を象徴しているのだろうって。誰かを愛するということの究極の状態なのかなぁって思ってもみたりしましたし。誰かを好きになる、愛することって、自分と一緒にしたいという「自己同一化」ということだと思うんですよ。だから恋人同士だと出来るだけ長い時間一緒に寄り添っていたいと思うわけで、普通は、満足するというか、それ以上物理的に近くにいれないから妥協するのだと思うのですが。坂本新一は、そうじゃなくってもっと自分の方に取り入れたかった体の中にまで恋人を持っていきたかったのではないかなって、それを愛する人の血を飲むということをしてしまったのでしょう。最後に坂本が浅倉幸恵に電話で言うセリフには、ちょっとゾクっときました。

 このシリーズは、まだ続いて3冊目もでるだろうという人もいましたが、僕は、これで終わりだと思っています。さっきも言いましたがこれで綺麗にまとまっていると感じているからです。一番無駄のない状態だとおもうんですよ。まだ、裕子が自殺か他殺か分かっていないじゃないかとの意見もありますが、僕にとっては、些末なことになっていますし(笑)やっぱり謎はちょっとくらい解決されないで残っている方が色々友達と議論できて楽しいですしね。この2冊を読んで浦賀さんの本をこれからも読もうと思ってしまうのでした。

 


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