目と口のはた

IMGP0296kakou.jpg

白い仮面 2005年 油彩  20F

半世紀近く前、デッサンの指導を受けていた先生から、休憩時間に、おもしろい話を聞いた。先生の若い頃の友人が、西洋画の中の「美人画」を徹底して調べたところ、どこの国の人も口のはた(口角)が前から見ても、横から見ても、斜めから見ても、瞳内側の下にくる共通点があるのを発見(?)したのだそうだ。今になって考えれば、美人画に限らなくても良い様だ。
 軽い話として聞いたのだが、その後、人の顔を描くときよくその話を思い出す。そのうち、どうしてだろうと考える様になった。物を食べるのに都合が良い様に、瞳の真下に口のはたがあるんだろうと考えた。西欧の美人(?)は食欲が旺盛なのか、などと勝手なことを考えた。
 しかし、浮世絵の女性などを見ると必ずしも口のはたが、瞳の下にあるとは言えない。最近の日本の若者の顔は「カッコよく洋風」になってきたのが目につくが、日本人は比較的ソシャク器が前に出ている。



img112.jpg

どうしてだろう。西欧人は早くから椅子やテーブルを使い、肉やパンなどを口に持っていきやすい背を伸ばした状態で、食事をしたから、瞳の下に口角がくる様になったのだろうか。昔の日本人は盤のような膳で食事をしたから、下向きかげんの時に口角が目の下にくるようになったのだ。だから、口が少し前に出て、自然なのだなと考えた。
 そう思うようになったのは、馬や牛の目と口角の関係が普通のときは前後にかなりズレているのに、草を食むときは口角が目の下にチャンとくるのに気づいた後であった。ライオンやトラなどの肉食動物は正面の獲物を噛みつくことが食べることの大事な行為なので、目と口角の関係は前向きのときに上下の位置にくる。
 まてよ。爬虫類は目の下よりも奥まで口が裂けているではないか。この説明には困った。当初、爬虫類は例外と考えていたが、子供の図鑑を調べて、うれしくなった。カエルの説明に「何でも動くものを飛びついて長い舌でとらえて食べる」と太い後足で飛び上がって昆虫を食べる図があった。上を向いて食べることが多いから、そのときに目と口角が上下関係、つまり、いつもは口を裂けたようになって当然なのだと自分の考えを正当化した。

それまでの口裂け動物の怖いイメージが少しやわらいできた。ヘビやトカゲも地べたや木を這っているのだから、当然、食べるものは上のほうに多いのだろうと勝手に思い込んだ。
 公民館で絵を教えている時に、西洋人と日本人の目と口のはたについての自説を話したところ、1人の婦人が突然、みんなの前で、アメリカに数年滞在したときに、歯の手術をした体験を話しだした。「むこうでは上の歯を左右一本ずつ、抜いて矯正されたのよ」とそれまでは歯が少し出ていたと言うのだ。改めて、その人の顔を見つめると、西洋的な美顔であった。絵描きは平面(二次元)の世界に現実の空間(三次元)と時間を加えた四次元世界を表現しようと四苦八苦。そうこうしていると、引力や電磁力などの目に見えないものも、日常の見える形に関連しているのに気付き、関心をもつ。これらと生命の関係はどうなってんだろう。などと考えたりもする。単純作業も多いから、多くの人が無関心なことにも興味をもったりする。人間の目はなぜタテに二つ並ばず、横に二つ並ぶんだろう。ほかの動物もそうだ。海のヒラメやカレイさえそうだ想いは深みに入っていく。

IMGP0467kakou.jpg
音大生 41×31cm 鉛筆淡彩 
1992年

img106.jpgimg114.jpg