世界文化遺産法隆寺

  聖徳太子が建立された寺院、飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として広く知られている法隆寺と、斑鳩三塔の法輪寺・法起寺の散策

  法隆寺  五重塔・金堂を中心とする西院伽藍  夢殿を中心とする東院伽藍  中宮寺  法輪寺  法起寺  アクセス

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 2008年9月、マミと女房を連れ、一日かけて車で奈良斑鳩をまわりました。 最初、法隆寺西伽藍・東伽藍(夢殿)・中宮寺を散策し、その後、法輪寺・法起寺と回り、最後に矢田寺・郡山城へと散策していきました。法隆寺では曇り空だったんですが、法輪寺以降はくっきりと晴れてきて本当に気持ちがよかったです。この頁では、法隆寺・斑鳩三塔の情報や写真などを紹介しています。この日最後に回った矢田寺や郡山城については、郡山城の頁で紹介しています。

法隆寺

法隆寺

 法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として広く知られています。その創建の由来は「金堂」の東の間に安置されている「薬師如来像」の光背銘や『法隆寺伽藍縁起并流記資材帳』(747)の縁起文によって知ることができます。
 それによりますと、用明天皇が自らのご病気の平癒を祈って寺と仏像を造ることを誓願されましたが、その実現をみないままに崩御されたといいます。そこで推古天皇と聖徳太子が用明天皇のご遺願を継いで、推古15年(607)に寺とその本尊「薬師如来」を造られたのがこの法隆寺(斑鳩寺とも呼ばれています)であると伝えています。
 現在、法隆寺は塔・金堂を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられています。広さ18万7千平方メートルの境内には、飛鳥時代を始めとする各時代の粋を集めた建築物が軒をつらね、たくさんの宝物類が伝来しています。国宝・重要文化財に指定されたものだけでも約190件、点数にして2300余点に及んでいます。
 このように法隆寺は聖徳太子が建立された寺院として、1400年に及ぶかがやかしい伝統を今に誇り、とくに1993年12月には、ユネスコの世界文花遺産のリストに日本で初めて登録されるなど、世界的な仏教文化の宝庫として人々の注目を集めています。


  上記案内図をクリックすると大きな画像が見られます。

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五重塔・金堂を中心とする西院伽藍

西院伽藍案内中門  南大門

     ↑上、南大門(室町時代)                 中門 ↑

法隆寺の玄関にあたるこの門は、永享10年(1438)に再建されたものです。

中門及び廻廊内部から見た中門

↑上記⇒右、←左右⇒は、

中門及び廻廊
(飛鳥時代)

深く覆いかぶさった軒、その下の組物や匂欄(こうらん)、それを支えるエンタシスの柱、いずれも飛鳥建設の粋を集めたものです。重厚な扉と左右に立つ塑像の金剛力士像(奈良時代)は東西にのびた廻廊の連子窓と対照的な組み合わせで、並列して建つ塔と金堂を壮麗に包み込んでいます。

         廻廊                               内部から見た中門

法隆寺五重塔    

 

↑上は、金堂(飛鳥時代) 修復中

 法隆寺のご本尊を安置する聖なる殿堂が金堂です。威風堂々としたこの建物の中には、聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)、太子の父君用明天皇のために造られた金銅薬師如来像(飛鳥時代)、母君穴穂部間人皇后のために造られた金銅阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)、それを守護するように、樟で造られたわが国最古の四天王像(白鳳時代)が邪鬼の背に静かに立っています。そのほか木造吉祥天立像・毘沙門天立像(平安時代)が安置されています。
 また天井には、天人と鳳凰が飛び交う西域色豊かな天蓋が吊され、周囲の壁面には、世界的に有名な壁画(昭和24年焼損、現在はパネルに画かれた再現壁画がはめ込まれています)が描かれ、創建当初の美しさが偲ばれます。↑

 ⇒右は、五重塔(飛鳥時代)
 塔はストゥーバともいわれ、釈尊の遺骨を奉安するためのものであり、仏教寺院において最も重要な建物とされています。高さ約32.5メートル(基壇↑より)でわが国最古の五重塔として知られています。⇒

経堂 大講堂 鐘楼

 ↑上←左は、経蔵(奈良時代) この建物は経典を納める施設として建立されましたが、現在は天文や地理学を日本に伝えたという百済の学僧、観勒僧正と伝える坐像(平安時代)を安置しています。
 ↑上、中央は大講堂(平安時代) このお堂は仏教の学問を研鑽したり、法要を行う施設として建立されましたが、鐘楼とともに延長3年(925)に落雷にypって焼失しました。幸いに正暦元年(990)には再建され、ご本尊の薬師三尊像及び四天王像もその時に作られています。
 ↑上⇒右は、鐘楼(平安時代) この鐘楼の中に吊されている白鳳時代の梵鐘は、今なお、当時の音色を響かせています。

上御堂 聖霊院

 ↑上←左は、上御堂(鎌倉時代) このお堂は奈良時代、天武天皇の皇子である舎人親王の発願によって建立したと伝えていますが、現在の建物は鎌倉時代に再建されたものです。その堂内には平安時代の釈迦三尊像と室町時代の四天王像が安置されています。

 ↑上⇒右は、聖霊院(鎌倉時代) 東西の廻廊の外側にはそれぞれ東室・西室という南北に細長い建物があります。それらは僧侶の住居でありましたから僧房と呼んでいます。とくに鎌倉時代に聖徳太子信仰の高揚にともなって、聖徳太子の尊像(平安末期)を安置するために、東室の南端部を改造したのがこの聖霊院です。

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夢殿を中心とする東院伽藍

東院伽藍案内絵殿・舎利殿  東伽藍入口の四脚門

  ↑上は東院伽藍の入口 四脚門              ↑上は、舎利殿・絵殿(鎌倉時代)

  舎利殿は聖徳太子2才の春に合掌された掌中から出現されたという舎利を安置する建物で、絵殿には聖徳太子一代の事跡を描いた障子絵が納められています。

夢殿

   夢殿の廻廊
         夢殿の廻廊

  ←左は、夢殿(奈良時代)
 西暦601年に造営された斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が、聖徳太子の遺徳を偲んで天平11年(739)に建てた伽藍を上宮王院といいます。その中心となる建物がこの夢殿です。八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子等身の秘仏救世観音像(飛鳥時代)を安置し、その周囲には聖観音菩薩像(平安時代)、聖徳太子の孝養像(鎌倉時代)、乾漆の行信僧都像(奈良時代)、平安時代に夢殿の修理をされた、道詮律師の塑像(平安時代)なども安置しています。この夢殿は中門を改造した礼堂(鎌倉時代)と廻廊に囲まれ、まさに観音の化身と伝える聖徳太子を、供養するための殿堂としてふさわしい神秘的な雰囲気を漂わせています。

東院鐘楼 南門
↑上は、東院鐘楼(鎌倉時代)                          南 門
 この鐘楼は袴腰と呼ばれる形式の建物で、内部には「中宮寺」と陰刻された奈良時代の梵鐘が吊るされています。

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中宮寺

中宮寺御堂

 旧斑鳩御所 中宮寺は、聖徳太子の御母穴穂部間人皇后のお願いによって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺であります。その旧地は、現中宮寺の東方三丁のところに土壇として残っておりましたものを、先年発掘調査しましたところ、南に塔、北に金堂を配した四天王寺式配置伽藍であったことが確認され、それは丁度法隆寺旧地若草伽藍四天王寺式であるのに応ずるものといえましょう。而もその出土古瓦は若草伽藍にはなく、飛鳥の向原寺(桜井尼寺)からのものと同系統のものであることは、法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として、初めから計画されたものと思われます。国宝菩薩半跏像(寺伝如意輪観音)はその金堂の本尊であり、天寿国曼荼羅は、その講堂本尊薬師如来像の背面に奉安されたものと伝えております。
 その後、平安時代には寺運衰退して、宝物の主なものは法隆寺に移され、僅かに草堂一字を残して本尊様のみ居ますといった状態でありましたものを、鎌倉時代に入って信如比丘尼の尽力により、天寿国曼荼羅を法隆寺宝蔵内に発見して中宮寺に取り戻すなど、いくらかの復興をみたものの、往時の盛大には比すべくもありませんでした。室町時代のことは殆どわかりませんが、旧地より室町時代の古瓦を出土することから、そのころまで旧地に法燈が続いていたようであります。ところが、戦国時代に入って火災に会い、取り敢えず法隆寺東院の山内子院に避難し、旧地への再建ならず、そのまま住みついていたところへ、後伏見天皇八世の皇孫尊智女王(慶長七年薨)が御住職遊ばされ、以来尼門跡として、次第に寺観を整えたのが今の中宮寺であります。
 宗派は鎌倉時代頃は法相宗でありましたが、その後真言宗泉涌寺派に属し、戦後は法隆寺を総本山とする聖徳宗に合流することになりましたが、依然大和三門跡尼寺の随一としてその伝統を伝えております。我国の尼寺の数は少なくありませんが、創建の飛鳥時代このかた千三百年の永きに亘り、尼寺の法燈を続けておるのは日本広しと言えども実に中宮寺だけであります。

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法輪寺

法輪寺三重塔

   法輪寺の沿革

 法輪寺の創建は飛鳥時代に遡り、聖徳太子の御子山背大兄王が太子病気平癒を願って、その子由義王とともに建立されたと伝えます。
 昭和25年の発掘調査により、伽藍は法隆寺式伽藍配置であること、規模は法隆寺西伽藍の三分の二であることなどが明らかになっています。飛鳥様式の薬師如来坐像と虚空蔵菩薩立像を伝えることなどから、七世紀中には寺観が整っていたと考えられ、また平安時代の仏像を数多く伝えることから、平安時代には寺勢なお盛んであったようです。
 その後、衰退をたどった伽藍は江戸時代初期の台風で三重塔を残すのみとなりましたが、金堂・講堂などが再興され、伽藍倒壊から数百年を経て、現在にいたる寺観が整えられました。
 斑鳩三塔として親しまれた国宝三重塔は昭和十九年七月二十一日、落雷で消失しました。全焼のため国宝指定解除となりましたが、井上慶覚師、康世師二代の住職にわたって全国を歓進行脚し、作家幸田文先生はじめ多くの方々の結縁を得て、昭和五十年、西岡常一棟梁のもと、旧来の同じ場所に、創建当初の同じお姿でお返しすることができました。

     のどかな風景の中に、法輪寺の三重塔⇒

奥に講堂、左に三重塔、右に金堂 法輪寺伽藍

       奥に講堂、左に三重塔、右に金堂

法輪寺講堂妙見堂法輪寺講堂

 星のお堂
 妙 見 堂 ⇒
 ここには秘仏妙見菩薩(平安時代)をご安置しています。妙見菩薩はまたの名を北辰尊星王といい、北辰(北極星)が仏格化された仏様です。宇宙の中心・根源とされ、諸星の最高位にあり、五穀豊穣、天下泰平、病気平癒、息災延命、商売繁盛、交通安全、学業成就、縁結びなど、あまねく願いをお聞きくださる諸願成就の仏様として、古くより信仰を集めています。  当寺妙見堂は、妙見菩薩を中心にした「星のお堂」です。格天井の各升目には、北斗七星や十二宮など妙見菩薩の治める星々が百近く描かれ、天井全体が天空をあらわし星曼荼羅を構成しています。 この天井曼荼羅は江戸期に作られたもので、平成十五年の改築の際に、現妙見堂に旧来のとおり納めました。

法輪寺三重塔

  法輪寺金堂

        ↑上は、法輪寺金堂

  ←は法輪寺三重塔

逆光の三重塔 表門の外から撮った三重塔 妙見堂側から撮った三重塔

  ↑上は、逆光の三重塔      ↑上は表門の外から撮った三重塔       上は、妙見堂側から撮った三重塔↑

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法起寺

 

 法起寺案内 法起寺三重塔
                                     ↑上は、 休憩所から撮った 法起寺三重塔

法起寺入口の西門 法起寺講堂 法起寺聖天堂
 ↑、法起寺入口の西門             法起寺講堂                  法起寺聖天堂

鐘楼跡横から撮った三重塔 収蔵庫前より撮った三重塔 
   鐘楼跡横から撮った三重塔           収蔵庫前より撮った三重塔    休憩所より撮った池を望む三重塔

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斑鳩三塔へのアクセス

斑鳩三塔案内図

夢殿を出て左に100mほど歩いていったところにあった看板です。

 上は、夢殿を出て左に100mほど歩いていったところにあった看板です。

 聖徳宗総本山 法隆寺
 ■JR大阪駅より、JR大和路快速・加茂行、法隆寺駅下車 約35分 料金大人620円  徒歩約10分
 ■JR奈良駅より
 JR大和路快速・天王寺行  法隆寺駅下車 約11分 料金大人210円  徒歩約10分
 ■車の時
 西名阪道松原インターより 法隆寺IC出る、法隆寺まで  約40分 高速料金800円
   境内拝観有料 西伽藍・大宝蔵院・東伽藍(夢殿含む)共通拝観料大人1,000円
  奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1番1号
  電話0745-75-2555

中宮寺・夢殿
 JR法隆寺駅より  徒歩約15分  中宮寺拝観料大人500円
 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2マミ、案内   電話0745-75-2106

 法輪寺
 JR法隆寺駅より徒歩約40分  境内拝観無料 駐車場有
  奈良県生駒郡斑鳩町三井1570
   電話0745‐75‐2686

 法起寺
 JR法隆寺駅より  徒歩約40分   境内拝観有料大人400円
   奈良県生駒郡斑鳩町大字岡本1873
   電話0745‐75‐5559

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