日本の歴史認識南京事件 > 6.3.1 伝聞や憶測ばかり!?

6.3 証言や証拠の信憑性(1)

「証言や証拠は伝聞や憶測によるものばかりで目撃者はいない!」 これも20万人云々と同様によく聞かれる否定論である。この主張が対象にしているのは、主として次のような外国人の証言や記録である。

日本人の証言や記録が対象になることは少ないが、否定論にとって不都合なものは“伝聞・憶測”を持ち出すときもある。
証拠が改ざんや偽造されているという主張については、6.4節で述べる。

図表6.9 信憑性のない証言や証拠!?

信憑性のない証言や証拠!?

6.3.1 伝聞や憶測ばかり!?

(1) 否定派の主張

この項ではマギー牧師の証言と福田外交官の証言の2つの否定論について述べる。

安全区国際委員会のマギー牧師は、東京裁判で多くの殺人があったことを証言したが、そのうち現場を目撃したのは1件だけ、と述べた。国際委員会がリストアップした事件のほとんどは同様に伝聞や憶測にもとづくものである、というのがよく使われる否定論である。

田中氏は、第4の論拠「国際委員会の日軍犯罪統計」で、当時、外交官補だった福田篤泰氏が次のように回想しているという。

{ 当時ぼくは役目がら毎日のように国際委員会の事務所へでかけていた。そこには、中国の青年が次から次へと駆けこんでくる。「いまどこどこで日本の兵隊が15,6の女の子を輪姦している」、… その訴えをマギー神父とかフィッチなど3,4人が、どんどんタイプしていく。「ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されてもこまる」といくども注意した、時に私は彼らをつれて強姦や略奪の現場にかけつけてみると、何もない。住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうこともいくどかあった。
ある朝、アメリカの副領事から私に抗議があった。「下関にある米国所有の木材を、日本軍がトラックで勝手に盗み出しているという情報が入った。何とかしてくれ」という。それはいかん、君も立ち会え!というので、司令部に電話して、本郷(忠夫)参謀にも同行をお願いし、副領事と3人で、雪の降るなかを下関へ駆けつけた。朝の9時頃である。現場についてみると、人の子一人おらず、倉庫は鍵がかかっており、盗難の形跡もない。「困るね、こういうことでは!」とぼくも厳しく注意したが、とにかく、こんな訴えが連日山のように来た。}(「南京事件の総括」,P39-P40)

田中氏は「南京安全区档案」について、{ 国際委員会が抗議した425件註631-1の日本軍非行の中には、非行でもなんでもない事件もあり、前述のように伝聞、噂話、憶測が大部分である。}(同上,P43)という。

(2) 史実派の反論    「13のウソ」,P189-P194を要約

マギーは東京裁判の法廷で2日間にわたり、南京で目撃、見聞したことを証言した。これに対してブルックス弁護人から次のような反対尋問が行われた。

ブルックス弁護人; 「マギー証人、それでは只今お話になった不法行為もしくは殺人行為というものの現行犯を、あなたご自身いくらくらいご覧になりましたか」

マギー証人; 「私は自分の証言の中ではっきりと申してあると思いますが、ただわずか一人の事件だけは自分で目撃いたしました」

マギーは自分が目撃した事件を次のように証言している。(一部要約)

{ 中国人が私の家の前を歩いていました。それを日本の軍人が後ろから誰何しました。中国人は非常に驚いて歩行を早めて逃げ去ろうとし、その先にある角を曲がろうとしましたが、そこには竹垣があって行き詰まりになったため、逃げることができませんでした。日本の兵隊はそれを追いかけ、そして殺したのです。まるで彼らは何事もなかったように煙草をふかしながら去って行きました。}

渡部昇一氏はこの市民の被害がなぜ虐殺にあたるのかと述べているが、この場面は中国人が日本兵に危害を加えようとしたものでないし、武器でも秘匿したゲリラ兵と認定されたわけでもない、間違いなく一般市民を不法殺害した事例である。

マギー証言の信憑性が高い理由を箇条書きにする。

①殺害場面だけは伝聞であるが、連行されている場面や殺害後の現場は自分で目撃しており、証言内容も具体的で前後の事実の流れも自然で、信憑性は高い。

②ウェッブ裁判長もマギー証言の信憑性を認め、ブルックス弁護人に対して「あなたはあまりにも小さいことを質問なさっていると思います … 」と注意している。

③彼自身が撮影したフィルムや他の国際委員たちの手紙、ラーベの日記などと照合してみてもその信憑性は証明される。

証言の信憑性は他の多くの証言や資料と比較・照合してその信憑性を検証するのが学問的方法であるが、否定派はマギー証言の断片だけを切り取り、殺害や強姦の瞬間を目撃しなければ"伝聞"であって事実として認定できないという暴論を平然と主張する。

(3) ネットでの反論

福田氏の証言について「13のウソ」では述べていない。6.2.3項で紹介した“ゆう”氏は、福田氏の証言について次のように評価する。

①福田氏の回想を記録した文書は5件ほどあり、それぞれ内容に微妙な差がある。そのうち「南京事件の総括」のものは、他の文書をベースに田中氏が自分でインタビューした内容を加えて修正したものと思われ、他に比べて資料的価値が低い。

②「いま … 女の子を輪姦している」との訴えが来ているのに、のんびりとタイプを打っているのは不自然、「女の子云々」の前書きなしに単にタイプしている、という文書もある。

③国際委員会のメンバーを伴っての「現場検証」が田中氏がベースにした文書にはあるが、それが記述されていない文書もある。国際委員会の文書にはこうした「現場検証」を行った記録はない。

④次の「材木盗難」の事例は内容が具体的で事実と認定できるが、これはアメリカの副領事が申し入れたものであり、国際委員会とは無関係である。

⑤スマイスは東京裁判の宣誓口供書で、報告書を提出する前に関係者に会うなどして的確に報告されていると思う事件だけを報告していた、と述べている。

国際委員会が、不意に駆け込んできた得体の知れない証言者の訴えをそのまま「抗議」の材料としたとは考えにくく、スマイスなどが、証言者の資質、具体的な証言内容などを総合的に判断して最終的な「事実認定」を行った、と見た方が妥当なようだ。 詳細は こちらを参照

(4) まとめ

“ゆう” 氏は、マギーの証言についても詳しく調べ、直接目撃した以外の事件も被害者本人または被害者の妻や夫などから状況を聞いたり、現場に足を運んだりしていることを確認している。 (詳細は こちらを参照)

“ゆう” 氏の指摘((3)①)のように、田中氏が聞きとったという福田氏の"証言"の内容にあやしい部分もあるし、福田氏本人も事件から相当の時間がたってからのことなので記憶があいまいになっているところもあろう。福田氏の回想だけで「国際委員会が抗議した425件の事例は伝聞、噂話、憶測が大部分で信用できない」と結論づけるのは飛躍しすぎている。

国際委員会が作成した「南京安全区档案」では、最初の事件リストを報告した1937年12月16日提出の第8号文書の冒頭と末尾でスマイスは事件の内容を調査済みであることを念押ししている。

【文書の冒頭】 (注)以下のものは私どもが綿密に調べる時間を持てた事例に過ぎず、私どもの担当者にはもっと多くの事例が報告されています。
【文書の末尾】 これらの事例は国際委員会の外国人委員または職員により確認済みであります。}(「安全地帯の記録」,P151・P153)

国際委員会の証言や記録は、伝聞といっても風説や風聞などと違い、被害者本人や被害者に近い人からのものであったり、自分で事件現場を見にいったりして確認しており、その信頼度は高いといえよう。

伝聞がすべてニセ情報とは限らないし、目撃したから正しい、というわけでないことは、最近もてはやされている“クチコミ情報”の信頼度を見れば明らかであろう。


6.3.1項の註釈

註631-1 国際委員会が抗議した425件

425件という数字がどのような数字なのかは不明。「南京安全区档案」の事例リストは事件番号1から444まであるが、46件は抜けている。その46件は中国版「ラーベの日記」にある。(詳細は4.6.1項参照)