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5.4節 付記 東京裁判史観

東京裁判史観という言葉が最近よく使われる。学術的な意味はないようだが、東京裁判で"立証"された日本の戦前のしくみや体制が悪だとする考え方に反発して、それらを肯定的にみる歴史認識を示すようだが、その歴史観に沿って、例えば満州事変から太平洋戦争開戦にいたる史実を具体的かつ体系的に整理されたものを見たことはない。

ここでは、日暮(ひぐらし)吉延:「東京裁判」を参考にして、東京裁判の目的や性格おさらいした上で、東京裁判史観なるものについて考えてみた。

(1) 東京裁判の目的

終戦後、戦犯をどのように裁くかについて、連合国側でも様々な意見があった。イギリスは少数の主要戦犯を即決処刑して、それ以外の戦犯は各国ごとにやればいい、と言う意見であったが、アメリカはあくまでも裁判を行うことにこだわった。結局、いわゆるA級戦犯はアメリカが主導する国際裁判で裁き、BC級戦犯は各国ごとに裁判することに決定した。

A級戦犯を裁く東京裁判は、アメリカの占領政策の中核をなす重要なイベントであり、その目的は次の2点にあったと考えられている。

(1) 戦争責任が日本にあることを公式に確認すること

(2) 侵略戦争の再発防止を図ること

目的達成のために、膨大な量の資料が集められ、今でいう司法取引による証言も収集された。それらは裁判の証拠になるとともに、GHQの宣伝政策としてラジオや新聞などでも報道され、それまで何も知らされなかった一般の日本国民の間には、戦争指導者たちの処罰を求める声が高まった。当時の日本政府もこうした方法による裁判を受け入れざるを得なかった。

東京裁判と並行して、アメリカ流の民主主義が導入され、新憲法が制定されて、新しい国の形が形成されていくのを多くの日本人は歓迎した。しかし、1960年代後半になると戦前戦中のやり方を否定されたことに反発する勢力があらわれ、それは徐々に広がっていき、戦後体制を肯定する人々とそれを否定する人たちの間に深刻な分断が生じてしまった。

もし、このとき、日本人も参加した上で連合国側の“悪”も含めて戦争の根本原因を追究し、戦争責任を裁いたとしたら、そうした分断を避けるか和らげることができたかもしれない。ただ、その場合でも被告は変わるかもしれないが、日本が行なった歴史事実の認識は現在のものと大きく変わるものではないであろう。

(2) 東京裁判の性格

以下は、日暮(ひぐらし)吉延:「東京裁判」,P29~P40を要約したものである。

東京裁判には、「文明の裁き」論と「勝者の裁き論」がある。前者は「日本の侵略と残虐行為を文明的な裁判方式で追及したことを評価する肯定論」であり、後者は「勝者による政治的報復に過ぎないという否定論」である。この2つは着眼点や立場が違うだけで、どちらにも見える。つまり、東京裁判はその両面をあわせもつ「国際政治」であった。

「文明の裁き論」の目的は、戦争を犯罪として処罰することにより、安全な国際秩序を形成することにあり、「勝者の裁き論」は戦争責任をドイツや日本にあると裁判で確定することにより、連合国側の正当性を確定することにある。(むろん、国際関係において一方が絶対に正しくて他方が全部間違っているということはない) 日本人に「日本の戦争」が「犯罪」だったと認識させて再教育を施すことにより、戦勝国と協調しうる平和国家に変える、ことも目的であった。そのために、日本国民を被害者と位置付け、極端な軍国主義者だけを処罰する、一罰百戒の「教育」的論理が採用された。

2つの論理をつなぐ鍵は何か、というと、それは「安全保障」である。日独の裁判を「戦争の罪悪」のシンボルとして操作し、敗戦国民の心理に影響をおよぼして「無害化」を図ることにより、戦後の国際秩序を安定化しようと考えたのである。

(3) 東京裁判史観

東京裁判が「勝者による裁判」であることは間違いなく、収集された資料は連合国に都合の悪い資料が隠蔽されたり、偽証・捏造の類も多少は紛れ込んでいたりする。一方で、東京裁判で採用されなかった史料や、終戦時に日本側が焼却してしまった史料のなかに証拠能力の高いものもあったに違いない。その中には「コミンテルン陰謀説」のように「東京裁判史観」を否定する人たちにとって信じたくなるものもあるだろうが、学術的にみればそれらは憶測の域を出ていない(5.3.4項、8.1.1項(3)。戦後、世界中の歴史学者が現代史を研究するなかで、現在我々が知っている歴史認識を大幅に変えなければならない決定的な事実は出てきていないのである。

また、戦前の軍国主義の体制やその仕組みについても、すべてが悪いことばかりではないが、現代の世界や日本人の価値観で見れば、多くの不備や誤りがあったことは、多くの人が認めるところであろう。

それでも、櫻井よしこ氏の次のような言葉に魅せられる人たちが多くなっているようだ。

{ いまこそ重要なのは、喪われた国家の再生である。私たちの国は、現代史においてどのような足跡を残してきたのか、父祖の世代がしてきたこと、してこなかったことを見詰めることである。それは、敗戦国日本を裁く東京及び南京の法廷で、どれほどの不条理が法の名の下で行われたかを知ることから始まる。… 「南京事件」の真実を知ったとき私たちは初めて、私たちの心を重く塞いできた澱のような自己嫌悪や罪悪感を振り払うことが出来るだろう。事実を把握したからには、私達は自信を持って、物言わぬ政府に物を言うよう要望することが出来るはずだ。日本として主張すべき点を、国民を代表して政府に主張させることが、必ず、出来るだろう。そのとき初めて日本国の名誉は回復され、いわれなき汚名を着せられた幾多の人々の魂も癒される。… }(「南京事件の総括」,P252 <解説>)

日暮吉延氏が指摘するようには、過去を非難し、あるいは取り繕って美しく見せようとするよりも、未来志向で考えるべきである。

{ 東京裁判の欠陥をあげつらったら、それこそ、きりがない。しかし欠陥を理由に裁判を否定したところで、現在の日本の利益にはならない。むしろ戦争責任問題は日本のパワーを損なう。それゆえ東京裁判で指導者を裁かれ、BC級裁判では「4855名」(厚生省援護局編「引揚げと援護30年の歩み」) が裁かれたという犠牲の事実を、卑屈にならず、また自虐的になるでもなく、ただ毅然と対外的に示すべきだと考える。… 「東京裁判をもっと冷静に考えよう」ということである。残念ながら、いまなお日本における東京裁判論は、そこから始めなければならない。}(日暮吉延:「東京裁判」,P393)