日本の歴史認識南京事件 > 4.7.3 中国軍の兵力と行方

4.7.3 中国軍の兵力と行方

(1) 中国軍の兵力推定

中国軍の兵力については、図表4.19に示す2つの中国側史料――「譚道平の推定」と「档案・回憶」――が有力な史料である。

図表4.19 中国軍の兵力推定

中国軍の兵力推定

※1 " 譚道平の推定"及び"档案・回憶"は、板倉:「本当はこうだった南京事件」,P182の表10から引用、板倉氏の推定値は同書P184-P191の文章から拾い上げ、南京戦史は「南京戦史」,P60から引用した。

※2 孫宅巍氏は、板倉氏によれば次のような方法で推定している。すなわち、档案・回憶に記述がない部隊(第2軍団など)の兵数を、記述がある兵数と譚道平推定値との比率(1.85)を譚道平の推定値に掛け算して求めている。 1.85=96,458/52,000  52,000=81,000-18,000(第2軍)-5,500(83軍)-3000(159師の想定値)-2500(112師の想定値) 第2軍団の兵力=18.0×1.85=33.3 以下、上表のピンク色網掛け部分はこの方法で算出した。

※3 板倉氏、南京戦史の合計値は各師団の人数の合計と一致しない。師団の積上げ値より合計をやや多くしているためである。

譚道平は南京事件当時の南京衛戍司令長官部参謀処第一科長で、1946年に刊行された「南京衛戍戦史話」で兵力を推定している。「档案・回憶」は、秦郁彦氏が著書(「南京事件」,P208) で言う「台湾の公刊戦史」を指すものと思われる。

秦氏はその「台湾の公刊戦史」の数字を採用し、10万と推定、南京戦史と板倉氏は譚道平推定をもとに、中国側の戦闘詳報なども参考にしている。笠原氏がどのように推定したかは不明だが、自著「南京戦史」(P221)で「総勢15万人いた」と述べている。

中国軍の兵力推定を難しくしている理由のひとつに"雑兵"がある。板倉氏によれば、{ 雑兵は武器を持たず後方支援の輜重や雑役に使われる兵隊で、普通は兵力に数えないといわれる。南京戦では、上海からついてきた雑役兵や、陣地構築に多くの民兵が使われたといわれるが、学生義勇兵や少年兵などもこの雑兵であろう。}(板倉由明:「本当はこうだった南京事件」,P183)

ニューヨーク・タイムズのダーディン記者は、南京防衛軍兵力を5万と推定しているが、これは譚道平参謀の戦闘兵合計4万9千に近い。

(2) 中国軍の行方

前項での兵力をもとに、中国軍が戦闘の結果どのようになったかを推定したのが、図表4.20である。日本の各研究者ともに個別事件の殺害者合計(図表4.18)が、捕虜(処断)の人数と一致している。

図表4.20 中国軍の行方

中国軍の行方

※1 出典; 孫宅巍→秦:「南京事件」,P312、 笠原→笠原:「南京事件」,P223,P226  秦→秦:「南京事件」,P312  南京戦史→「南京戦史」,P35-P366  板倉→「本当はこうだった南京事件」,P198-P199

※2 南京戦史の脱出成功者数及び戦死者数は中国軍の戦闘詳報から分析しているので、合計が兵力数より多くなっている。これは、逃亡・釈放と脱出成功、戦死傷と捕虜などで重複があるからである。