日本の歴史認識南京事件 > 4.4.2 安全区掃蕩…各派の見解

4.4.2 安全区掃蕩…各派の見解

(再掲)図表4.4 安全区の掃蕩

安全区の掃蕩

(1) 史実派、中間派

史実派も中間派も市民の服に着替えた将兵を何の手続きもなしに処刑することは不法行為としている。以下、捕虜などの処刑に関する主な研究者の見解を東中野氏が調べているので、「再現 南京戦」(P343-P344) から引用する。

北村稔 「南京事件の探求」,P101

筆者の見るところ、「ハーグ陸戦法規」の条文とこの条文運用に関する当時の法解釈に基づく限り日本軍による手続きなしの大量処刑を正当化する十分な論理は構成しがたいと思われる。

中村粲 「敵兵への武士道」(「興亜観音」第24号,平成18年)

軍司令官には無断で、万余の捕虜が銃刺殺された。それを「便衣の兵は交戦法規違反である」と強弁してはならず、率直に戦時国際法違反であり、何より武士道にもとる行為であったことを認めねばならぬ。

原剛  板倉由明:「本当はこうだった南京事件」(推薦の言葉),P8-P9)

… 本来、捕虜ならば軍法会議で、捕虜でないとするならば軍律会議で処置を決定すべきものであって、第一線の部隊が勝手に判断して処断すべきものではない。

秦郁彦 坂本多加雄・秦郁彦他:「昭和史の論点」,P96-P97

南京事件の場合、日本軍にもちゃんと法務官がいたのに、裁判をやらないで、捕虜を大量処刑したのがいけないんです。… その人間が銃殺に値するかどうかを調べもせず、面倒臭いから区別せずにやってしまったのが問題なんです。

吉田裕 「現代歴史学と南京事件」,P70

もちろん、正規軍の場合でもこの4条件の遵守が求められており、それに違反して行われる敵対行為は、国際法上の「戦時重罪」(戦争犯罪)を構成する。しかし、そうした国際法違反の行為が仮にあったとしても、その処罰には軍事裁判(軍律法廷)の手続きが必要不可欠であり、南京事件の場合、軍事裁判の手続きをまったく省略したままで、正規軍兵士の集団処刑を強行した所に大きな問題がはらまれていた。

※交戦者の資格4条件 … 下記(2)参照

(2) 否定派(一般)

田中正明氏ら否定派がよく主張するのは、次のような法解釈である。

{ 戦時国際法によると、便衣兵は交戦資格を有しないものとされている。交戦資格を有するのはつぎの4条件をすべて満足している者である。

①責任を負う統率者がいる

②遠方から認識できる固有の標章(軍服など)を有する

③公然と兵器を携行している

④戦争の法規及び慣例に従って行動している

軍服を脱ぎ捨てた便衣兵は交戦資格を有しない。交戦資格を有しないものが軍事行動に従事する場合には捕えられても捕虜としての待遇は与えられず、戦時重犯罪人として死刑もしくは死刑に近い重刑に処せられるのが慣例である。}(「南京事件の総括」,P153-P154<要約>)

これに対して、史実派の吉田裕氏や中間派の秦郁彦氏などは「捕虜としての権利がないからといって、市民と区分けする裁判などの手続きを経ないで処刑してしまうことはできない、便衣兵を即決で処刑できるのは現行犯のときだけである」という。
常識的に考えても、「便衣兵だ!」といって摘出し、何の手続きもせずに処刑することが許されるのであれば、一般市民を勝手につかまえて「お前は便衣兵だ!」と一方的に宣言して処刑しても何の問題もないことになってしまう。
捕虜の法的扱いについては、6.5節で詳しく述べる。

(3) 否定派(東中野氏)

東中野氏の主張は上記とは異なり、吉田裕氏との議論の結果として次のような奇論を主張する(「再現 南京戦」,P346-P347を要約)。かなりわかりにくいが、簡略化して紹介する。詳しくは6.5.2項を参照願いたい。

ⅰ) 戦時重罪(=戦争犯罪)で顕著なものは次の5つである。

(甲) 軍人により行はるる交戦法規違反の行為

(乙) 軍人以外の者により行はるる敵対行為

(丙) 変装せる軍人亦は軍人以外の者が敵地で行う有害行為

(丁) 間諜

(戊) 戦時叛逆等

ⅱ) 戦時重罪としてあげられている5項目のうち(甲)は交戦者の資格条件“④戦争法規の遵守”に該当するが、それ以外の①統率者、②固有の標章、③兵器の公然携行、の3条件は含まれていない。(注.①~④は上記(2)における番号)

ⅲ) 含まれていないのはこの3条件が戦争を行う上での鉄則であり、戦時重罪以上の大罪だったからで、助命や裁判にかんする「いかなる権利」も有しなかったのである。

つまり、軍服を着ていないことや指揮官がいないことは、あえて法規に明記する必要もないほど重大な犯罪である、ということらしいが、ⅰ)であげているのは戦時重罪の例にすぎない。東中野氏が含まれていないとする3条件は、当然のことながら戦時重罪に該当するのであって、処罰にあたって軍事裁判の手続きは必要不可欠である。