水中工学2(2章)


 
第2章 	潜水調査船
2.1 初期の潜水船
2.1.1 潜水球                               
1)潜水装置として、人間と機器を収めるカプセルは、深さ10m毎に1気圧の水圧に耐
  える容器でなければならない。このため強度上最も効率的である球形とし、使用
  目的上許される限り小型化することが設計上の重要な要素となる。この考え方に
  より1855年にフランスのベージンが鋼製の容器を吊り下げて海中に潜った。これ
  が最初とされているが詳しい事は不明である。               

図2-1 潜水球
       2)その後、80年経って(1934)米国のNational Geographic Societyが直径約   1.4mの球に窓をつけた潜水球をつくった。これはBathy sphereと称し、ケーブ   ルで吊下げ単に真直に沈むだけのものであったが、1934年(昭9)に3000ft   (920m)まで潜った。この吊下げ方式では球の移動は水上船によるので、観測   者の意の如くならず、また波や風による水上船の動きが球体に伝わり観測対象物   との間に常に相対運動がある等、極めて不安定なものであった。      
                3)海底を調べるためには、水上の母船から離れて、自由に運動のできる容器即ち潜   水艇という形式をとることが必要であることが明らかになってきた。この考え方   により、軍事用以外の目的で潜水艇を造ったのは、実は日本が最も早いのであ   る。                                   2-1-2日本の初期の潜水船                           1)バチスフィアより5年前の1929年に建造した西村式豆潜水艇1号が世界初の潜水   調査船であった。円筒型の耐圧容器の中に、電源として蓄電池,推進用としてモー   タを持って自走し, 船首部に覗窓と手動のマニピュレータを付けて200mの海底ま   で潜って漁業調査や「さんご」を採取していた。これは、横浜ドック(後の三菱   重工業横浜造船所で建造。同型の潜水艇が1935年(昭10)に第2号としてつくら   れている。                              
   図2-2西村式豆潜水艇     図2-3西村式豆潜水艇2号         2)1935年(昭和8年)には三菱重工神戸造船所で”開洋”という2人乗り潜水艇が   造られている。これは、推進用モータとプロペラをもち、電力は吊下げワイヤー   に併設した給電ケーブルにより、水上母船から給電するデザート方式である。   2人乗りの有人艇であるが、給電するという考え方は今日のデザート型RVOのル   ーツということもできる。600ft(183m)まで潜り、覗窓、マニピュレータを   持ち、今日の潜水船の基本的機能を備えたものである。この”開洋”の使用目的   は、 明治38年(1905)日本海海戦の時、ロシアのバルチック艦隊に随伴して来   た大蔵省的の役割をする「ナヒモフ号」が山陰沖に沈没、その船に大量の金が積   んであったということで、沈没場所を特定し、金を引き揚げる目的であったとい   われているが真偽の程はわからない。                    2-2バチスカーフ(Bathyscaphe)とその系列                                      同じ頃(昭和10年?)スイスのオーギュストピカール(Auguste Picaard)とい  う物理学者が、宇宙船の研究のために、軽気球を開発して16,940mの上空まで上が  った。(FNRSと名付けた)                        1)FNRS2                                  第2次世界大戦終了後、物理学者のオーギュスト・ピカールが、今度は深海の調  査を必要と考え深海潜水船の設計を行った。これがBathyscapheと称されるものの  最初でありFNRS‐2と名付けられ1948年にFNRS-2として完成。1948年(昭和  23年)にフランス海軍の協力により4500FT(1350m)まで吊り下げによる無人潜水  試験を行ったが、装備や耐久性の面で不十分で、実用艇としては成功しなかった。  これは設計上、13000ft(3965m)に耐える球殻(D=2m t=90@)とこれを支  えるガソリンフロート及び若干の運動ができる動力装置や簡単な観測装置を持ち、  その後、地中海で3,150mの潜水に成功している。            
  
  図2-4 FNRS-2                         2)FNRS‐3                                  ピカールはその後、FNRS−2の球殻だけを利用し、新たにFRNS‐3を計画  し、フランス海軍工廠で設計建造した。1953年(昭28)に13287ft(約  4000m)まで潜航し、実用艇として成功した。これこそがその後に続くバチスカー  フの原型であり、全体の重量と浮力をバランスさせるために大きなガソリンタンク  をフロートとして装備した。FNRS‐3は1958年(昭和33年)に来日し、太平洋  側で3100mまで潜った。                          
 
   図2-5 FNRS-3                            3)アルシメード                                 仏海軍は同じ原理に基づき、更にこれを改良した3人乗りアルシメードを1961年  (昭36)に建造し31000ft(9300m)まで潜航している。1962年、日本海溝や  千島海溝で最大9,545mまで先行し、これに乗艇した北海道大学の佐々木忠義氏  は、海面付近で作られた生物の遺骸が深海に沈降していく様子を観察し、これをマ  リンスノーと命名した。                         
 
   図2-6 アルシメード                          4)トリエステ                                  ピカールはFNRS-3に続き、第3のバチスカーフとしてトリエステをイタリアで  建造した。その耐圧球はイタリアのテルニ市で鍛造されたテルニ球(D=2m,t=90  @)の潜水能力は20000ft(6100m)とされて、1953年(昭28)に完成し、イ  タリア近くで10300ft(3140m)までの潜航試験を行った。           しかしその後、これを運用する資金や、組織がなくそのまま放置されていた。 
 
   図2-7 トリエステ                           5)トリエステ→米国へ(ネクトン計画)                    1957年(昭32)に米海軍Office of Naval Research(海軍研究本部)がスポンサ  ーになり、地中海で潜航テストと能力評価を行って、このトリエステを買いとっ  た。米海軍はこれを使って世界の最深部への挑戦を計画し、このためトリエステの  球殻を取替え、新たにドイツのクルップ社でt=126@の厚い球穀を造り、装備替え  をし、1960年(昭35)マリアナ海溝で10906mという世界で最も深い潜行記録を  樹立した。このプロジェクトはネクトン計画と呼ばれた。            6) トリエステ1                                 米海軍はこのプロジェクトの後、耐圧球を再びもとのテルニ球に替え、地質学  生物学、海中の音響学的調査等を行っていた。                 1963年(昭38)の潜水艦Thresherの沈没事故に関しは、捜索に参加し、ニューイ  ングランド沖で潜航を繰返し、残骸の1部を発見し、また写真撮影・破片の一部回  収を行うなど深海潜水の威力を発揮した。しかし、排水量150tonという大きな船体  なので、機動力・作業力の不足により捜索作業は非常に長期にわたり、また荒れた  洋上への曳航作業や補給作業等により破損する個所も多く、能力低下も著しくな  り、この種の艇の能力限界を如実に示す結果となった。            
                
図2-8 トリエステ1
                    7)トリエステ2                                  そこでトリエステ1を大幅に改造することになり、トリエステ1のテルニ球の部分  以外はすべて解体し、新しい材料、部品に変更して新艇に生まれ変りトリエステ2  となった。                              
 
   図2-9 トリエステ2                           ・主にガソリンフロートである船体形状は被曳航能力、航洋性能、水中性能を考慮し  大幅に変更。                               ・電源容量を増大し水中行動力を向上                     ・船体外部の艤装品の強度向上                        ・洋上での作業性の改善                            これらの改造により重量も増加し、水中での浮力を増すためにガソリンフロートは 130Gから193Gに拡大、全長は18mから24mへ、排水量も150tonから220tonと 50%も増大した。                              <バチスカーフ型潜水船の問題点>                      1. ピカールの発想に基づくバチスカーフ方式はBottom Dunking方式と言われ、  深海にただ沈降することが主目的であり、海底での広い領域の、また精細なきめ細  かい調査活動は重視していなかったのである。 2.その浮揚原理は飛行船に似通っており、大きなフロート(タンク)に満たしたガソ  リンと周囲の海水の比重差による浮力によって、自重を支え水中に潜航するもので  ある。                                   3.近年と異なり小型軽量化の技術のない当時の技術で造られた耐圧球殻や各種艤装  品の重量は余りにも重く、直径2mの球殻に比べ、およそ50倍もの大きなガソリン  フロートを必要とし、海底での繊細な操縦性・運動能力・航続力等が極めて貧弱で  あった。                                  4.また、ガソリンは深度が深くなるにつれて、周囲の海水圧により圧縮されるが、  その体積弾性率は例えば6000mでは海水の体積弾性率の約50%(海水自体が圧縮  される割合の2倍圧縮される)であるから、深く潜る程、フロート内に海水が入り、  浮力が減少する。深度が大きくなると下降速度が早くなり、危険であるので、その  速度を調整するために、予め大量に搭載した散弾バラストを投棄しながら下降す  る。上昇する時はこの逆で、上がれば上がる程上昇速度が早くなるので、ある速度  を保持するためには、ガソリンを捨てることが必要になる。            このように、潜航は大変面倒で、経費のかかるものであり、また大量のガソリンを  持つための危険性も大きい。                         5.重量が極めて大きい(150ton、220ton)ため、潜航海域で母船から吊下したり、  揚収することが不可能、従ってそこまで曳航して行くので、時間がかかり、また損  傷しやすい。                                6.バチスカーフ方式は、深海調査の先鞭をつけたものであるが、その巨体と行動能力  が劣る点で、潜水船として本来望まれる性能を十分に発揮するためには問題が極め  て多いことが明らかになり、もっと小型軽量でbottom survey方式の新しい型の潜  水船の開発が望まれるようになった。                      以上がバチスカーフ型の潜水船の発達の概要であるが、スレッシャー事故調査の深  海潜水により、人間が海洋に関し余りにも無知であることを体験し、これが新しい  近代型潜水船発達の大きな契機となったと言えよう。             
   図2-10 バチスカーフの各部名称                    2.3 近代型潜水艇の開発状況    1)近代型潜水艇の開発状況を図2-11に示す。   縦軸は最大潜航深度(m)、横軸はその潜水艇の完成年度。          2)潜水艇の主要保有国はアメリカ、フランス、日本、旧ソ連製を示している。
       図2-11近代型潜水艇の開発状況                 3)近代型潜水船のプロタイプと言うべきものは、アメリカのAlvin(1964年、  1830m)であり、その後1968年に潜水深度2000mのSeacliffが造られた。  何れも米国海軍の設計、建造によるものであり、AlvinはWoodshole海洋研究所  Seacliffは米国海軍軍( SanDiego ) の所属であった。               その後、Alvinは1970年、73年に耐圧殻の取替えをはじめとし、大改造を行い、   今日では潜水深度は4000m級となりWoodshole研究所で実用され、深海調査に大  きく貢献している。                              また、Seacliffも1984年6000m用に大改造されている。           4)フランスはバチフカーフのプロトタイプFNRS。を設計建造した国であり、アメリ  カと共にこの分野の先進国である。                       1959年に有名な海洋学者クストーが、2乗り、潜水深度300m、4.5tonのドニー  ズを造ったが、本格的な潜水調査艇としては1965年に建造したDS4000である。  これは3人乗り、潜水深度1200m、8.5tonで、所属はアメリカのWestinghouse  社のSanDiego海洋研究所である。                        フランス自国用としては、1970年の潜水深度3000m用Cyanaで、これはフラン  スの国立海洋研究所(IFREMER)に所属していたが、今は使われていない。    5)旧ソ連は、1970年に潜水深度1800mのSEVERを造ったとされているが、その活動   は明らかではない。また、1975年にカナダで建造した潜水深度2000mPISCES   を購入したが、その調査活動や成果は発表されておらず実情は不明である。   6)日本は、1964年に潜水深度300mの「よみうり」三菱重工(読売新聞)、1968年に   潜水深度600mの「しんかい」川崎重工(科学技術庁)を建造した。        「よみうり」は全備重量35ton、沖縄海底の珊瑚採取や、オーストラリア東北海  岸のGreat Barrier Reefの調査活動で成果を挙げた。「しんかい」は全備重量90t  もあり、また故障続きで殆ど成果を挙げられなかった。              このような状況で、本格的な深海調査船の研究開発を1968年(昭和43年)頃か  らスタートし、潜水深度6000mを目指して、各分野にわたる技術開発を確実に進  めながら、1976年(昭和51年)に、中間段階として潜水深度2000m潜水艇を造  ることに決定し、しんかい2000として1977年(昭和57年)夏より潜航調査を  開始し、1994年(平成6年)12月末までに、781回の潜航を行って、未知の分野   の発見を次々に行い、その活躍と成果は世界の注目を集めている。更に1989年  (平成元年)秋、世界最深潜水深度の「しんかい6500」が完成し、1994年12月末   までに260回の潜航を行った。                       7)大深度潜水艇                                 アメリカのALVINや日本の「しんかい2000」の深海調査活動により、地球物理  学、海底地質学、生物学分野にわたり、次々と新しい知見が得られたことにより、  各国は更に深く、広く潜水調査を進めることとし、潜水深度6000m級潜水調査が  1980年代後半から次々に誕生した。                        1984 アメリカ Seacliff大改造 (米海軍)     1985 フランス Nautile (IFREMER)                    1988 旧ソ連  MIR 氈A(建造はフィンランド)             1989 日本   しんかい6500                    2.4 主な潜水艇の主要目        1)ALVIN                                   1.米海軍の設計建造、1964年、潜水深度1830m、全備重量16.5ton、全長6.7m  2.近代型潜水艇のプロトタイプといわれるもので、小型で、優れた潜水能力・機動   力を持ち、バチスカーフに比べ格段に進歩している。              3.潜航深度は、トリエステ(6000m)の約1/3であるが、排水量は220tonに対   し、16.5tonと比較にならぬ程小型である。                  4.小型軽量化の三大要素                             a.耐圧球殻に、溶接可能な高張力鋼HY100(σ0.2=70Lf/@2)を使い軽量化    を図った。                                 b.浮力材に、ガソリンより軽く、十分な耐圧力を持ち、海水の圧力を受けても変形    や圧縮されにくい複合材料(シンタクチックフォーム)を開発使用した。     c.各種艤装品を、極力小型軽量化するとともに、人間の直接操作するコントロール    機器や計器類等以外の装備(すべての動力装置を含む)を、すべて耐圧殻の外    部の海水中に装備し、油漬けを均圧方式とした。                 この様新しい高度の技術を開発し、全面的に導入した。            5.要目表に示すように、常用速力1.5kt、ミッション時間は8時間、3個の推進器を   持ち、(水平用15ps×1、水平及び垂直用7.5ps×2)、上下・水平方向に小回り   の効く操縦が出来る。                            6.4個の観測窓、マニピュレーター、音響機器等の観測装置の完備         7.この艇はWoodshole海洋研究所に所属し、各種の観測・調査に成果を挙げたが、   現在この最初のALVINは、後で述べるALVINに生まれ変わっている。   
     図2-12ALVIN                            2)DEEP STAR 4000                              1.フランスの設計、米国で建造、1965年、潜水深度1200m、8.4ton、全長   5.5m、乗員3名                               2.耐圧球殻を包んだ船型は円盤に似た形で、両舷に推進器(4.5ps×2)を持つ。  3.特に船首部の観測調査機器の装備方式に特徴がある。              4.米国のWestinghouse社の海洋研究所(SanDiego)に所属し、太平洋岸の調査を   行い、また海軍の水中音響研究所により大西洋岸の海底調査、海中の音響散乱層   (DSL),海中電磁雑音等の調査に成果を挙げている。(WH社のDeffense   Divisionの関係の仕事)                           5.船型、推進器等の配置から操縦安定性には問題があった。          
     図2-13 DEEP STAR 4000                      3)DEEP QUEST                                1.米海軍設計、Lockheed社建造、1967年、潜水深度2440m,全備重量52ton,全長   12.1m,乗員4人乗り(2+2)                       2.2個の球殻を結合したタイプ、前球は操縦者用、後球は観測者用。        3.この耐圧殻材料は、特に強度の高いHY180マレージング鋼(σ0.2 = 126Kgf/   mm2 )                                   4.後球後部の外殻内円筒型の部分(Proposed Man-In-Sea Module)は将来、ロッ   クイン・ロックアウトチャンバー(その中を加圧して、人間が直接海中に出入り   できる区画)を装備する計画であったもので、実現はしていない。        5. 全備重量52tは重すぎて、母船による吊り上げは出来図、母船の船尾をドック式   にしていないので運用上制限があった。                    6.この艇の具体的な行動や調査成果は殆ど発表されていない。         
     図2-14 DEEP QUEST                         4) DSRV (Deep Submergence Rescue Vehicle)               1.米海軍設計、Lockheed社建造、1970年                   2.沈没した潜水艦の乗員を救助するために、米海軍が長期にわたる開発研究を行っ   て、建造したもの。                             3.水中の潜水艦のデッキ上から、或いは水上の救難艦から発進して、沈没潜水艦の   場所に潜水し、そのハッチ直上にドッキングし、内部の乗員を移乗させ、母艦へ   収容する。                                 4.潜水深度1500m、全備重量35ton, 全長15.2m、乗員2名、潜水艦からの   1回の救助名24名                             5.耐圧殻は、HY140鋼(σ0.2>90Lf/@2)製の3連結球で、前球は操縦者    用、中央と後球はそれぞれ12人の収容室。                  6.中央球の下のトランスファースカートを、沈没潜水艦のハッチの上にドッキング   させ、スカート内の海水をポンプで排水して、そこを通って潜水艦乗員がDSRV内   に移る。                                  7.船尾推進器の他に、前部、後部にそれぞれ上下、左右のダクトスラスターを装備   し、潜水艦のハッチにドッキングするデリケートな操縦能力を持っている。沈没   潜水艦の左右傾斜角45度までドッキング可能である。              8.艇全体および関連装置は輸送可能で、救難時には                 基地 → 空港 → 空港 → 港 → 現地                    陸送   空輸   陸送  潜水艦又は救難艦のシステムと成っている。  9.米海軍は、このDSRVを2隻、救難艦を2隻保有、日本の海上自衛隊も同様の   DSRV1隻、潜水艦母船、救難艦各1隻を持ち、相互救助が可能であり、また英国   は救難活動を米海軍に依存している。                   
     図2-15 DSRV                          5)ALVIN2(Woodshole海洋研究所)                       潜水深度4000m、全備重量18ton、全長7.1m、3人乗り、1973年         最初のALVINの耐圧殻(HY100鋼製)を、6211‐Ti合金製のものに新造した他、  各部の装置を全面的に新しくしたもの、改造というより新造である。      
     図2-16 ALVIN2                           6)しんかい2000(海洋科学技術センター)                    潜水深度2000m、全備重量23ton、全長9.3m、3人乗り1981年          世界で初めて支援母船とともにシステムとして建造された本格的な潜水調査船。   耐圧殻には我国で開発したNS90鋼(σ0.2=90Lf/@2)を初めて使用。船尾に  主推進器4.5kW‐1、両舷に水平、垂直スラスター1.5kWを持ち、また、船尾に大き  な垂直、水平翼を備え、操縦性、安定性に優れている。            
     図2-17 しんかい2000                        7)MIR                                     潜水深度6000m、全備重量18.6ton、全長7.8m、3人乗り1988年         耐圧殻:高張力鋼(maraging鋼、半球同士をo-ringを挟んでボルト接合。Locomo  球穀と称し、予備が1個用意されている)                     中央大西洋で試験潜行し6170mと6120mまで潜水。1991年には大西洋の熱水鉱床  「ミール」を発見。2003年までに、タイタニック号の沈没場所で41回潜水調査。
     図2-18 MIR                             8) NAUTILE(IFREMER)                           潜水深度6000m、全備重量18.5ton、全長8.0m、3人乗り           1985年フランス海軍が設計建造、耐圧殻に6A1‐4V‐Ti合金(σ0.2=84Lf/@  2)を使用しているが、溶接技術がないためかフランジ付き半球をボルト結合して  いる。電池容量は、しんかい2000に比べて約20%少ない。1987年に日仏共同の日  本海溝調査のため来日した。また1989年に日仏共同の南太平フィジー海淵の調査に  参加している。                              
     図2-19 NAUTILE                          9)SEACLIFF(米海軍)                             潜水深度6000m、全備重量25ton、全長9.45m、3人乗り、1984年       ALVINと同様に初代の艇(2000m)の耐圧殻を6211‐Ti合金製に新替えした他、   各部装備を全面的に近代化した。殆ど新造に近いものである。           設計深度:20,000ft(6,096m)、安全率1.25、AgZn電池。1998年引退     海軍所属のため、活動実績は発表されていない。               
     図2-20 SEACLIFF                         10)NEW ALVIN                              WHOIでの企画設計結果:潜水深度6500m、窓5個、海水可変バラスト、トリム潜  航角20〜25度で潜航/浮上45m/min,電動スラスター6個(船体前後位置に横スラ  スタ、船体中央付近に2基の垂直スラスタ、船尾に2基以上の前後進スラスタ)リチ  ウムイオン電池、ペイロード200ポンド                    
     図2-21 NEW ALVIN                         11)しんかい6500(海洋科学技術センター)                  潜水深度6500m、全備重量26ton、全長9.5m、3人乗り、1989年         今日でも世界で最も深く潜航できる最先端の潜水調査船。             しんかい2000の3倍以上の深度にも拘らず同等の重量におさめるため、耐圧殻とし  て溶接製の6A1−4V−Ti合金球殻を開発した他、各種先端技術の導入により、各部  装置、機器の徹底的小型軽量化、近代化が行われている。             船尾に主推進器4.7kW‐1、船首に水平ダクトスラスター 1、中央部両舷に垂直ダク  トスラスター各1を持ち、流線の乱れの少ない船型と相まって、抜群の操縦性、安定  性を有している。                               電池容量も、しんかい2000の約40%増、NAUTILEの約75%増であり最新の観測能  力、十分な持続力を持っている。                        しんかい6500の詳細は別章で詳しく後述する。                
     図2-22 しんかい6500