水中工学1(1章)
はじめに この論文は中尾研究室で作成中の講議資料であった”水中工学”を2008年度卒業論文 として取り上げ、更に書き加えたものである。
第1章 総 論 1.1 水中工学(Underwater Technology & Engineering) 1)宇宙工学(Space Technology & Engineering) 水中工学という言葉は、日本では殆ど使われていないものである。 2)アメリカでは、Undersea(Underwater) Technologyという言葉が30年位前か ら使われている。これらは、海中を利用する、或いは海中で使用されるシステム 例えば海中の作業システム、海中の調査システム、海中軍用システムに関連し、 ●様々な工学的技術に関するもの(材料・構造強度・流体力学・運動・振動・ 油圧・電気・電子等) ●物理学の分野である水中音響技術(Acoustic Technology)に関するもの (人間が直接水中に入って行動する潜水技術(Diving Technology)といった 理学的・医学的・生理学的分野の技術も含めた非常に広い分野を総称している ようである。 3)本講義(論文)の水中工学には、厳密な定義があるわけではないが、下記のよう に考えて作成した。「海面上ではなく、海中というFieldで、色々な機能を発揮す るための、Structure、Vehicle、Machinery、Equipments、及び Human等 から成り立つ工業製品及びシステムに関するEngineering」 4)このEngineeringでは、2)に述べた広い意味でのUndersea Technologyを、 様々な分野で達成する目的で、技術を導入利用し、また開発して行くことが重要 である。 1.2 海洋の調査・開発 以上のように水中工学の分野は、海中・海底であるから、まず海洋を知り人類がそ の海洋とどう取り組んで行くかということを、考えてみる必要がある。水の惑星とい われる地球は、全表面の約70%を海で覆われている。海は地球上の生命を育み、生命 を守っていく上で大きな存在である。人類は、海から多くの恩恵を受け、昔から生活 の糧として魚介類を採り、海上交通路としても利用してきた。また、海はレクリエー ションの場としても身近な存在であった。しかし、これは海の利用のごく一部でしか ない。未知な神秘と大きな可能性を持つ海は、地球最後のフロンティアと言われ、近 年の科学技術の進歩により、次のような海洋開発が大きな課題となってきている。 1)資源の安定供給 海には豊富な海中・海底・海底下資源と海洋生物資源が未開発である。 2)地球環境の把握 グローバルな地球科学の研究は、地球と人類の未来に寄与する。 3)無尽蔵・無公害のパワー 海洋エネルギーの有効な利用開発は、人類と自然の調和を生み出す。 4)海洋レジャー空間の拡大 現在未利用の沿岸域の開発は、余暇の新しいスタイルを生み出す。 1.2.1 宇宙より遠い海 1)<宇宙より遠い海>という言葉がある。 昭和44年(1969年)に月面ロケット「アポロ11号」によって、人間は初めて地 球以外の天体に足跡を残した。その後も、金星・土星・天王星などを探査するた めのロケットや気象衛星・通信衛星・海事衛星等が次々と打ち上げられ、宇宙開 発は着々と進められている。 2)しかしながら、何十万Hも離れた宇宙にまで行ける人間も、10924mという (たった11H)世界の海の中で最も深い所(マリアナ海溝にある)に到着したこ とは未だないのである。(1960年に米海軍のバチスカーフのトリエステが一回だ け潜水した10906mがこれまでの最深の記録)<海は宇宙より遠い>という表現 は、あながち誇張ではないのである。 3)これほど、頑強に人間を阻んでいる壁は、言うまでもなく海水である。地球の表 面は、地球を取り巻く空気による1気圧である。宇宙旅行では、大気圏の外へ出て も、気圧がゼロになるだけで、気圧の差は1気圧に過ぎない。 4)人間が水中に潜るには、潜水船などに乗り込んで潜る方法(大気圧潜水)と、素 潜りやスクーバダイビングのように自分で潜る方法(環境圧潜水)とがある。大 気圧潜水の場合、潜水船のなかは地上と同じ1気圧に保たれているため、深く潜っ ても乗組員は水圧の影響を受けることはない。しかし、深海底まで人が乗って潜 れる船を造ろうとすれば膨大な力に耐えられる構造でなければならない。 水中では深さが10m増す毎に水圧が1気圧増加する。すなわち、2000mの深さで は200気圧になる。これは1Cに200kgfの力が加わることを意味する。 5)環境圧潜水では、どれくらいの影響を体に受けるのか。例えば、水深10mまで 素潜りすると、体にかかる水圧は2気圧である。陸上は1気圧なので、たった1気 圧増えただけである。すると肺の体積が1/2にまで縮む。(図1-1)つまり非常に 危険と言うことである。スクーバダイビングの場合、レギュレータ(圧力調節 器)を使用して水圧と同じ圧力の空気を呼吸しているため、肺は常に水圧と同じ 圧力の空気で、収縮・拡張を行っています。10m潜っても、20m潜っても肺の体 積が縮むことはない。しかし、逆にこの状態から呼吸を止めたまま急浮上する と、肺の容積が一気に2倍、3倍に膨れ上がり肺が破裂する。これもまた水圧の力 である。6)深海への到達ということで、最大の問題は、このような水圧との戦いに勝つこと である。 7)そればかりではなく、 1 海の中には電波が届かない 2 光も吸収されて真の暗黒の世界である。 3 空気がない 4 水温も大変低い-2000mで2〜3℃というように、大変厳しい環境が人類の到 達を非常に難しいものにしている。 1.2.2 海の深さと広さ 1) 地球の表面積は5億1007万2000H2。地球は水の惑星とも言われ、海の広さ は地球表面の70.8%を占めている。海の水は地球上に存在する水の97%、 13億5000H3を占め、川や湖、地下水などの水を全て集めても、わずか3% しかない。海底の地形は大雑把にいって、2つの平坦と2つの斜面からなる。 浅いほうの平坦面は陸地からなだらかに続く浅瀬、「大陸棚」である。平均 すると沖合約78Hまで続く。 大陸棚は徐々に深くなり、水深200mを超すと急に深さが増す。この急斜面 が「大陸斜面」である。大陸斜面をさらに潜ると、海底の広い平野である 「大洋底」に到達する。大洋底の水深は平均4000m。水深200mから4000m までの高度差は、富士山(3776m)の頂上からふもとまでだいたい同じであ る。水深4000mの大洋底よりも、さらに深く落ち込んでいるのが「海溝」で す。世界で最も深いのはマリアナ海溝で、水深約11000mにも達します。この 深さがどれくらいかというと、世界一の山エベレスト(8848m)をマリアナ海 溝に沈めてもなお、海面まで2000m距離があるほどの深さになる。
図1-1 素潜りによる肺の変化2) また、この海の水の重量は、実に140京(ケイ)トン(1.4×10の18乗トン) と言われ、この膨大な水が、地球の温度を人間が住める温度に安定させる役割 を果たしている。そしてその水があらゆる生命を生み出し、また大変な資源を 抱えているのである。 3) この膨大な資源を活用するためにも、この広くて深い海洋−深海域を調査 し、開発していくことが必要になる。 1.2.3 200海里経済水域 1) 近代的な海洋開発の発端は、1957年から1960年にかけての国際支給観測年 における、海洋調査で発見された深海鉱物資源(マンガンノジュール)にあったよ うに思われる。 2) 特にアメリカでは、1961年にケネディー大統領の海洋開発宣言-“海洋は地 球上に残された唯一つのフロンティアである”という大号令によって、本腰を 入れて海洋開発に乗り出した。 3) 以来、フランス・日本・旧ソ連など先進国は、国の実情に沿った海洋開発を 進めてきたが、世界を通じて深海底資源は'人類の共有財産'という考えが強く なった。 4) これについて、長い間'国連の国際海洋法会議'で協議が行われ、色々いきさつ あったが、ようやく国際的合意が得られた。(1994年に国連の海洋法条約が発 効) 5) その1つとして、1982年に'200海里経済水域'という考え方が設定された。 図3の黒線で囲んだ中の海域が、日本の200海里経済水域である。 6) 経済水域というのは、EEZ (Exclusive Economical Zone)といわれ'どの 国も、その沿岸から200海里(約370km)までの水域では、そこにある天然資源 の開発について、その国が主権的(exclusive)な権利を持つというところで ある。 7)この図によると、日本の200海里EEZの広さは456万H2、国土の実身12倍の 広さがある。このうち、推進2000までの海域でも国土の3倍の面積を持ってい る。従って、我国としては、先ずそのEEZの深海調査を促進する必要がある訳で ある。
図1-2 海の深さ1.2.4 深海底の調査は、地球を知るために不可欠 1)今、海洋に対する見方が、大きく変わりつつある。ここ十年来の深海調査で、 暗黒、寒冷、高圧そして電波の届かない深海に、意外にも太陽エネルギーに依 存することもなく深海の極限環境に生きる全く新しい生態系を持つ生物群が生 息し、また、海底が驚くほど変化に富んでいること等が分かってきた。 2)また最近の研究の結果、深海底は地球上で最もダイナミックな地殻変動の場で あることが分かってきた。即ち、海底の地殻は海洋の真ん中の中央海嶺で生ま れ、海洋の底を移動し、海溝に沈み込んで消滅する。この間の時間は、地球の 年令と比べてみても非常に短い。この海底地殻の動きこそが、1910年頃ドイツ の気象学者A.ウェゲナーが唱えた“大陸移動説”の原動力である。
図1-3 日本の200海里経済水域3)さらに、この深海底には海が生成した時からの記録が残されており、この深海 底を解明することが今後の地球環境の変動を予測する上で重要であることも分 かってきた。 4)地球深部探査船「ちきゅう」によって、深海底下、マントルまで深く掘り進 め、人類が手にしたことのないマントル物質や堆積物、岩石資料を採取するの が「ちきゅう」の最大の役目である。そして、地球の歴史や生命の誕生の秘 密、巨大地震発生の仕組みなど調べることができると考えられる。「ちきゅ う」には、海底7000mも掘り進み資料を採取するしくみや、海上で船の位置を 一定に保つための自動船位保持システムなど、多くの最新の機能を持ってい る。 5)このように、私たちの住む惑星・地球より良く理解し、人類の未来に役立てる 上で、深海底の調査が極めて重要な意義を持つものと認められるに至った。
図1-41.3 深海調査のニーズと調査対象項目 広くかつ深い深海の調査対象項目は多種多様であるが、これを学術的ニーズと社会 的・経済的ニーズとに対応づけて整理したものが下図である。
図1-4 海洋調査船「ちきゅう」近年、我国の深海調査は最新鋭の潜水調査船、支援母船、無人潜水機など開発利 用により、世界のトップレベルに立つようになった。以下に具体的な調査対象項目 の内容について述べる。 1.3.1 生物及び微生物の調査 1)人類は古くから魚を始め、多くの水産資源を海から採取して利用してきた。 海中や海底に生息する生物の生態、生活環境、移動分布状況の調査を行って、 その生産機構を明らかにすることは、学術的にも、生物資源的利用のためにも 重要であることは言うまでもない。
図 深海調査のニーズ2)最近、深海底において、太陽エネルギーに依存することなく生存する各種の生物 群集(コロニー)が続々と発見され、極めて注目されている。即ち、熱水噴出 域におけるチューブワームや冷水湧出域におけるしろうり貝を中心とする生物 群集、また鳥島海山の山頂(水深4036m)でしんかい6500が発見した鯨の遺 骨に群がる生物群集などである。これらの生物は、光合成によらぬ科学合成に よりエネルギーを得て生存しているものであり、生物学にとって極めて重要な 課題を提供している。
図1-5
図1-6 しろうり貝a 図1-7 しろうり貝b 図1-8 コシオリエビ 3)海山の山頂(水深4036m)でしんかい6500が発見した鯨の遺骨に群がる生物 群集などである。これらの生物は、光合成によらぬ科学合成によりエネルギーを 得て生存しているものであり、生物学にとって極めて重要な課題を提供してい る。4)まだ深海環境下に生存する微生物についても、生命の起源や遺伝子などに関する 基礎学術的研究と、医学品や有用な酸素などの資源としての開発利用の両方の見 地から注目を浴びている。この方面の研究を支援するために、微生物が分布する 海底の泥を保圧・保温状態で採取し、深海の圧力と温度条件を保持したまま陸上 で分離、培養することができる“深海微生物実験システム”が、我国で開発され た。 5)深海に特有の極限環境微生物は大きく2つのタイプがある。1つは高圧でないと 生ていけない好圧性微生物。これは深海にしかおらず、世界で1番深いマリアナ海 溝の水深約11,000mの海底の泥からは、これまでに3,000株もの微生物が確認さ れた。もう1つは高温が好きな高熱性微生物。熱水噴出孔や地殻内といった高温の 世界では沸点より高い100℃を超える高温下で生きる超好熱性微生物などが見つ かっている。これらの微生物が注目されているのには、それらの微生物が生命の 起源を解明する鍵を握っているからだ。微生物の進化を遺伝子によって見ると、 最も古いタイプの微生物はどれも好熱性を示しているからだ。
図1-9 相模湾初島北東沖(水深927m)に横たわるマッコウクジラ。9ヶ月で完全に白骨化し、肋骨にはホネクイハナムシが付着していた1.3.2海洋現象の調査 海水の水温、流向、流速、成分、音速、電気伝導度など海水の物理的、化学的特 性を深海域まで三次元的に測定し、海水の運動やこれに伴う熱や物質(例えば CO2)の移動を解明することは、全地球規模の気象変動のメカニズム、海洋汚染 のメカニズム、廃棄物の海洋汚染の問題などを明らかにすることが可能となり、 海洋学のみならず、広く社会生活に大きな効果をもたらす。近年問題になってい るエルニーニョ現象の調査も、その一つとして盛んに進められている。 この調査のためには、広い海洋を立体的に観測する必要があり、マイクロ波、 レーザー、水中音響トモグラフィーなど種々な手法が開発されて用いられてい る。
図1-10 極限環境微生物の分布
図1-11 世界の海流
図1-12 サイドスキャンソナーの原理 図1-13 得られた音響画像 1.3.3 海底資源 海の鉱物資源は、海底油田・天然ガス、海水中溶存資源、マンガン団塊、熱水鉱 床(硫化鉱)コバルトリッチクラストの5種類に大別される。 1) 海底の石油や天然ガス等のエネルギー資源は、膨大な埋蔵量が見込まれ、すで に水深300m位までのものは生産が進められ、更に、水深1000m位までの海底の 地層の探査も行われている。2) 海水中に溶け込んでいるウラン、リチウム等の資源の回収についても、色々な 研究が行われている。
図1-14 海底油田の開発
図1-15 図1-16 ウランだけ選んで採る布の開発 3)マンガン団塊は、太平陽の深海底4000〜6000mの所に、マンガンやCu、Ni、 Co等の貴重な金属成分を含んだ塊として広く分布している。(資1-14(左)) その量は米国の試算では、賦存量‐1兆7千億t、Mn‐4000億t、Ni‐165億 t、Cu‐88億t、Co‐55億tという膨大な量である。これまで専用の調査船に よって、海上から実際の分布状況を調べており、また海底からこれを吸い上げる 方法も研究されている。
図1-17 海底資源の分布
図1-18 マンガン団塊4)第4は、海底1300〜4000mの所に存在する熱水鉱床である。 これは1979年に、東太平洋の海底で発見され、また1988年から沖縄トラフの海 底でも発見されたもので、今、世界で最も注目を集めている。 5)また、海底1500〜2500mの海山の表面に、コバルトリッチクラストという、 コバルトの含有率が陸上のものの10倍以上も高い鉱石が、数年前から見つかって いる。東海大学の大学丸が南鳥島近くの四つの海山の頂上(水深1300〜1700) で、このコバルトクラストを日本で始めて採取している。(Co含有率0.93〜 0.58%)金属工業事業団も広く調査、その存在を確認している。 6) メタンハイドレートは、高圧・低温の環境下でつくられるもので、ほとんどが 海底下数百mの場所に埋まっているといわれているが、最近、日本海で、海底表 面にむき出しになっているメタンハイドレートが発見された。次世代エネルギー として注目されているメタンハイドレート。1Gのメタンハイドレートを解凍する と、164Gのメタンガスに変わる“高エネルギー体”であるだけではなく、燃焼 時の二酸化炭素排出量が石油や石炭の半分以下であることも注目されるゆえんで ある。
図1-19 日本近海で見つかったメタンハイドレード 図1-20 メタンハイドレードの構造
1. 3 .4 熱水鉱床 1)熱水鉱床は、主として水深1300〜4000mの海底にある海嶺(山脈)の山の 割れ目に近いところに見つかっている。最初に発見したのはアメリカの潜水船 'Alvin'である。しんかい2000により沖縄で発見されたものなどがある。
図1-21 メタンハイドレートの燃焼2)熱水鉱床は、マウンドといって、図のように大きな金属硫化物の塊になってい る。このマウンドの頂上に煙突があって、ここから200〜400℃の熱水が、白や 黒の煙のように噴出している。これをスモーカーと言っている。
図1-22 熱水鉱床の分布図3)熱水作用のモデルを示す。 図のように、海底の近くを浸透した海水が、マグマ等によって加熱され、地層野 中の金属を溶かした熱水となり、これが、地殻の割れ目から噴出して、海底の冷 たい海水により急に冷え、微粒子の固体に変わったものである。これが沈殿して マウンドを造るわけである。この鉱床は、Cu、Zu、Ag、Au、Pt等、貴重な金属 を大量に含んだ硫化物であり、色々な方法でその調査が進められている。 4)熱水鉱床のマウンドの周囲には、に示すように、チューブワーム(はおりむし) という紐状の生物や小さなかに、えびの類が生息している。これは、北米、南米 の西岸(東太平洋海嶺)においても、沖縄トラフの東(伊平屋海嶺、伊是名海嶺)でも 見られたもので、深海底の熱水鉱床のそば、光合成の行われない所に、このよう な生物が存在するということは、生物学上の一大発見であった。 これについては、深海底に、硫化水素やメタンを取り込む微生物がいて、これを 体内に取り入れて蛋白質に変え、その微生物を食べるチューブワーム貝が生息 し、更にこれらを食べる白いかにやこしおりえびが存在するのだとされている。 これまでの、相模湾を含む各地の調査で、このような生物の存在から、逆に熱水 の湧出や噴出を発見することも度々あった。
図1-23 熱水鉱床5)このように熱水鉱床(Hydro‐thermal Vent)は、鉱床資源としての関心と共 に、あるいはそれ以上に深海における生命現象や海洋プレートの動きとの関連に おいて、科学者の注目を浴びている研究対象である。 1.3.5 プレートテクトニクス理論と自然災害の予知 地球の表面は、複数のプレートと呼ばれる板に分割されると考えられている。 このプレート同士がぶつかり合い、一方が他方の下へもぐり込むと海溝を造る。ま た、離れていくところでは、その隙間を埋めるような火山活動が起こり、海底に中 央海嶺と呼ばれる大山脈を造る。(この考え方をプレートテクトニス理論と言う) 下図は2005年10月に日米合同でマリアナ海域ロタ島北西の沖60kmの水深517mに 頂上をもつ海底火山を調査中に無人探査機「ハイパードルフィン」が偶然カメラで捉 えた、海底火山噴火の瞬間である。煙とともに大小の岩石も噴出、赤く熱せられた マグマも確認された。世界初の貴重な映像である。
図1-24
図1-25従ってこれらの中央海嶺域や海溝域は、地学的に活動的な部分で、そこでは地震や火 山活動という現象が特に頻繁に起こっている。中央海嶺は多くの場合、数千mの海底 にあり、その実体はあまり分かっていない。しかし、新しい火山や火山活動に関連し た熱水活動も確認されてきており、地球科学上特に重要な研究対象の一つになってい る。日本周囲には、水深6000mを越える海溝が発達し、そこではプレートの沈み込み が起こっている。その沈み込みに伴う地震も発生し、陸側に火山も形成されるため、 海溝周辺は重要な部分と考えられている。
図1-26 海底火山近くの岩石を採取する「ハイパードルフィン」従って、その海底地形、地質構造、重力、磁気気等の調査を行うこととは、地殻変動 機構の解明に不可欠であり、地震、火山活動や津波などの自然災害の予知・予報精度 の向上に大きく貢献する。
図1-27このことからも分かるように、単に知表面のみを調べるのではなく、深海底とその下 の地質構造をも調査する必要があり、潜水船による調査のほかに音響による地質構造 の調査や、海底下を掘削して岩石・堆種物・地層のサンプルを採取し調査する方法も 行われている。 1.3.6 設置物体や損失の調査 海底に沈没した物体や海底設置物の調査を行うことにより、それらの点検、回収を 行うことが可能になる。 潜水調査船による調査、回収の実例 1 )10数年前のスペイン沖に落ちた水爆の回収 2 )1912年に処女航海の途中、大西洋の海底3700mに沈んだ豪華客船タイタニッ クの調査 3 )福島沖で沈んだ小型調査船ヘリオス引き揚げのための調査など
図1-281.4 海洋調査船の手法 以上述べた海洋調査のやり方には色々な方法があるが、大別して三つの手法がある。 1) 先ず、水上の観測船から、いろいろな観察機器を吊り下げたり、曳航したりし て、海中や海底の状況を調べ、また必要なサンプルを採取する方法がある。 この方法は、昔から行われているもので、広い範囲の総合的調査に適しているが、 なんといっても遠くから手探り的に調べるものであり、きめの細かい直接的観察が 出来ないという点では問題が残されている。 2) 比較的近年、新しく開発されて来たのが、海中に入って直接その場所で調査観察 し、またサンプル採取をする有人の潜水船や、これに続く無人潜水機である。 3) 無人潜水機は、水上の船舶から海底近くまでケーブルで卸したロボットをリモー トコントロールで動かし、それに取り付けたカメラによる写真撮影、TV撮影や観 測、サンプリングを行わせるものである。 必要な電力や指令信号は、水上の船舶からケーブルを通して送れるので、長時間連 続として調査が出来るが、余りに複雑な観測とそのための行動は難しく、どちらか というと定典的な観測、概略調査に適したものである。 4) これに対し、人が乗る潜水船は、科学者や技術者が1気圧の状態に保たれている船 体の中から、直接にきめ細かい観察をすることが出来るもので、自由な行動によ り、海底の環境との関係を判断し、選択的に価値のあるデータやサンプルを取るこ とが可能なものである。 5) 以上三つの手段は、それぞれ得失があるので、これらを組み合わせて使用するこ とにより、広く、また詳しく深海底を調査することが出来るわけである。 6) 深海調査システムの例 深海調査は支援母船、潜水調査船、無人潜水機を含めた深海調査システムの概念図 である。 母船は潜水船の運搬、着水、揚収を行う他、潜航地点の事前調査(マルチ ナビーロームソナー等による)、音響座標とするトランスポンダの設置・回収を行 う。潜水船が海中、海底で行動している間は、その動きを追従し、トランスポンダ や水中無線電話を使って、潜水船の位置を調べ、連絡を取り、その行動を観察し て、常に安全な調査活動ができるようにサポートする。また、母船上で、潜水船の バッテリー充電をはじめ色々な補給、点検、整備等の支援作業を行う。 1.5 潜水方法 次に、海洋調査の手法という面とは別に、人間が何らかの目的のために海中や海底に アクセスして作業を行う潜水の方式ということについて考えてみる。 1)海中で作業をするやり方は、大別して、人が海中に入る有人潜水と人の入らぬ無 人潜水がある。 2)有人潜水は直接潜水と間接潜水の二つに分けられる。 3)直接潜水というのは、人間が海中に身を曝して、直接水圧を受けながら潜水する 方式であり、“環境圧潜水”ともに言う。浅い場所では、水上からホースで空気 を送る方式や、潜水呼吸装置だけを付けて潜水する。スキューバダイビングもそ の一つ。50、60m以上の深い所に入るのには、単に潜水呼吸装置では駄目であ り、近年の潜水医学および技術開発により生まれた飽和潜水方式を利用しなけれ ばならない。このための装置として、Closed Bell ( S D C )や海中ハビダット などが開発されている。 直接潜水の時の呼吸ガスは、水圧と同等の圧力でなけれ ばならないが、深く入る時、普通の空気を加圧したのでは、酸素分圧、窒素分圧 が高くなり過ぎて酸素中毒や窒素酔いなどの障害をもたらすので、身体機能に無 害のヘリウムガスで加圧した空気とヘリウムの混合ガスまたは酸素とヘリウムの 混合ガスを使用する。直接潜水で呼吸ガスと共に重要な問題に、潜水病(減圧 症)の防止の問題がある。 減圧症とは、直接潜水者の体内に溶解した呼吸ガス が、浮上時に体内で気泡となることにより発症するもので、これを防止するため にはゆっくりと十分な時間をかけて浮上(減圧)する必要がある。 大深度の直接潜水を安全かつ効率的に行うために飽和潜水方式という技術が研 究・開発されて、実用化されている。そのための代表的な装置として、S D C (Submersible Decompression)とD D C( Deck Decompression Chamber)とを用いたシステムがあり、これをD D S(Deep Diving System) と称している。 4)間接潜水というのは、人間が1気圧の環境のままで海中に入る方式であり、これ には簡単なものとして、水圧に耐える潜水服、一人乗りの耐圧カプセル、観察 用耐圧球などがあるが、これらは浅い所に限定される。より深いところの精細か つ高度の観測調査には、自由に動ける潜水船が一番多く使用されている。我国で は、2000mまで潜る'しんかい2000'世界で一番深く6500mまで入る'しんかい 6500'が活躍している。 5)一方、無人潜水は、水上の船舶からリモートコントロールで操作するROVという無 人潜水探査機を使用するもの。右図のGに示すが、世界を通じて多数使用されて いる。比較的浅いものが多いが、我国では2500mの'MARCAS2500'、3300mの 'Dolphin3K'と深海用が実用されており、さらに世界最新の11000mまで潜航で きる'かいこう'などがある。 6)以上各種潜水方式は、作業する深さ、作業内容と環境、また自然条件等に基づい て、それぞれ組み合わせ、また使い分けなければならない。 1.6 水中運動体 このように潜水の方式には色々あるが、それに使用されるTool(装置)を水中運動体 という見方から整理してみる。 1.6.1 水中運動体の種類 1)航走するもの (有人)潜水調査船 潜水観光船 潜水艦 潜水救難艇等 (無人)無人潜水機 2)航走はしないが運動するもの (有人)各種潜水作業装置 (無人)水中曳航機 これら運動体は、Naval Submarineを除いて、すべて単独行動を行わない。何れも、 その行動を支援し、あるいはまた、リモートコントロールする母船等のSupport systemが必要である。 * 海域までの輸送 Transport 通 信 Communication 追 跡 Tracking 監 視 Monitering 補 給 Supply 整 備 Maintenance 1.6.2 本論文の対象 本論文は水中運動体を対象とするが、時間的制約からそのすべてを取り上げること は出来ないので、主として潜水調査船をベースに、潜水艦を含めた友人潜水システム とその水中工学上の基本的問題について述べる。 1.6.3 潜水艦(Naval Submarine)の概要について 1) 最も古くからある水中システムとして海中での軍事行動を主目的とする潜水艦 がある。-- Submarine, Sous Marin, Untersee Boot(いずれも海の下とい う意味)軍用のSubmarineが生まれたのは、20世紀初め(明治30年代)であ り、色々な船舶のうち歴史的には最も新しいものである。 2) 昔の海軍勢力の主体は戦艦、巡洋艦であり、次いで航空機の発達により第二次 大戦以降母体が主力となった。 3) 一方Submarineは、隠密作戦用として補助的な役割が長く続いてきた。 即ち、Submarineという名前がついているが、第二次大戦までの潜水艦は、水 上の高速行動が主体(20〜24KT)であり、水中に潜るのは主に昼間、それも 相手を見つけて攻撃する時のみであり、水中での行動能力は今日から見ると極 めてpoorなものであった。これはSubmarineではなく、Submersibleと言う べきものであった。今日のように殆どすべて水中行動をするものが、True Submarineだと言われている。 4) 今日のSubmarineの発展は、第二次大戦のレーダー等電波兵器の急速な発展 と、その教訓に端を発しているのであり、大戦後のSubmarineは、その基本的 性能を飛躍的に向上させ、水中速力 7〜8KT → 20〜35,40KT(3〜5倍) 潜航深度 80〜100m → 300〜1000m また原始動力や水中発射ミサイル等の開発により、今日、Submarineは世界の 海軍力の最主体となっている。 5) また、Submarineは軍事行動だけではなく、かつては、水路測量を始め広く海 洋環境調査や、地球物理学に関し海中の重力測定などにも使われてきた。 Submarineは海中で安定した観測プラネットフォームであり、海洋の水中音響学的調 査には有効であり、今日で得も国によってはこの面の利用も行われている。 本来、海中の技術、工学は、そのもとは殆どSubmarineならびにこれに関連するものから生まれてきているといっても過言ではない。 その最たるものとして例えば、 耐圧技術 水中動力源、動力技術 通信、観測、即位等の水中音響技術など これは、本来軍用として生まれた、レーダー、航空機、ロケットなどが電波技術、宇 宙開発技術の発展の基となっているのと同様である。
図1-29