連載-ボートデザイナーの仕事(第11回)


 
■5章 基本設計(続き)       

5-8 室内艤装の検討
 プレジャーボートの室内は狭小空間である。乗物は限られた空間を効率的に利用す
ることが重要で、人間工学的な検討、広く見せる工夫、ボートの目的に合わせた室内
配置は感性も考慮して決定しなければならない。大型ボートでは住宅家具や部品を流
用できることもあるが海水面での使用を考えると耐久性の確認が必要である。小型
ボートは最近自動車部品の流用も多いがやはり塩害対策の確認が必要である。日本製
のマリン専用部品は少ないので多くは輸入品に頼るしかない。30FT以下のプレジャー
ボートでは狭小空間をいかにデザインできるかはボートデザイナーの腕次第である。
うまくデザインするには平面、側面、断面の寸法を細かく検討するのであるが数cm
の単位で配置を検討するのは乗用車やバス、鉄道のデザインにも通ずる考え方が必要
である。また優れたデザインを実現するには普段から関連するデザイン要素を貯えて
おくことが必要である。また他の乗り物の良いデザインを見つけたら資料として整理
しておくと便利である。例えば流用できそうな関連部品や人間工学的サンプルなどを
整理すれば検討に役立つ。以下にその例の一部を示す。


5-8-1 関連部品サンプル 
デザインに使う部品や配置図はスケールを決め3面図にしておけば便利である。   
図-134はパソコン で検討した部品や配置をフォルダにまとめたサンプルである。 
まず使用分野に合わせアイコンで分類するとデザインで使用する場合に判り易い。 
図-135はフォルダの中身(係船装置-ウインドラス)の3面図を示しているがこのデー
タは配置図にそのまま張付けて使用が可能でこのような部品を多数整理しているので
ある。図-136は部品を拡大して示す。 


5-8-2 人間工学的検討  
ドライビングポジションや居住性などの検討ではできるだけ余裕を欲しいが、プレ
ジャーボートは狭小空間であり限られたサイズのボートでは適当な基準を設ける必要
があり、設計基準として整備したい項目である。図-137、138はドライビングポジ
ションとギャレーに関して決めた基準のサンプルである。

このようにプレゼンテーションには外観から原価まで各種資料が準備されるが会議で 提示するパネル以外にも質問にも応じられるように資料を準備しなければならない。 限られた時間でどの程度詳細に検討するかはデザイナー達の判断にもよるが、この段 階では下記の資料も用意した方が良い。 ●重量重心検討   重量重心は速力性能や安定性の検討に重要であるが、開発過程では常にチェックが必 要である。重量重心を上手に管理するには重量、重心、価格の要素を含んだパーツリ ストを管理するのが良い。しかし、初期の重量検討をパーツリストで行うことは時間 的に余裕がないのでタイプシップがあればそれらから概略推定を行ってもよい。 ●その他の技術資料  開発ではJCI規則(安全規則)や関連規則を満足するか検討することも重要である。 5-8-3 スケルトン図   居住性を検討する場合、室内配置だけを考えれば良いのではない。常に全体のバラン スを考えた配置が大事である。機関室も整備性を考えれば広い方が良いのは当然であ るが機関室の配置を特に優先すると居住区にしわ寄せが来てしまうのである。そこで 常に艤装品の配置や取付けを確認しながら検討を進めるにはレイヤー(画層)を使っ て艤装品の配置に無理がないかを確かめながら作業を進めると良い。せっかく多くの レイヤーで検討を重ねても最後の段階で問題が発生すると再び最初のレイヤーに戻り 検討を繰り返さなければならないことも多い。図-141〜144は53FTスポーツフィッ シャーマンのスケルトン図である。スケルトン図は側面図と平面図、セクション図で 検討すると判り易い。 5-8-4 室内艤装図    室内配置はボートデザイナーの腕が問われることは前に述べたが狭い室内を如何に 魅力的に配置することは乗用車の室内設計と通じる。狭い場所を広く見せる工夫、実 際の機能を満たす工夫はcmの単位で配置を検討することもある。更に量産では組立 (艤装)に要する工数をいかに下げるかも重要である。 乗用車ほどではないにしてもプレジャーボートで量産が1000台を超えるようなら組立 て工数をいかに低減するかは重要なファクターである。人件費の高い日本で生産する 場合、艤装工数を下げれば製造原価が下がり販売価格も下がるので商品の競争力が高 くなる。量産数が増せば生産ラインのロボット化も考えられるが自動車とは異なり マーケット規模が小さいのでプレジャーボートの量産数がそのレベルになることはな いと予想される。世界で最も生産量の大きな米国でも人件費の安い地域で生産する程 度の量産効果しか期待できないようだ。将来賃金の安い東南アジアや中国などで量産 プレジャーボートを生産するようになれば中国が一気に有数な量産艇生産国になるこ とが予想される。さて、室内艤装図は魅力有る室内配置とクオリティを検討し図面と して表現する。内装材の選択や仕上げなどの詳細は別に仕様書や作業要領書などを準 備する。図-145はコメントが記入されていないがスポーツクルーザーの室内艤装図の 例である。実際の室内艤装図では取付け要領や注意事項などを付記することが多い。 5-9 電気艤装の検討 電気艤装は船舶の機能を制御し居住性空間の電装品に電源を供給するシステムである が近年は電子機器がますます増加し電気システムの重要性は増すばかりである。船外 機艇などの小型艇は電気を必要とする室内艤装品も少ないので比較的簡単であるが 30FT以上のキャビンを有するボートになると結構複雑なシステムとなる。しかも発電 機を装備し交流電源も搭載となると系統図、装置図や部品図も作成しなければならな い。 5-9-1 電気系統図 電気系統の検討は極めて重要で電装品の消費電力を考慮し回路として間違いがなく電 線の太さを決めなければならない。直流回路は比較的判り易いが大型艇の交流回路は 複雑である。図-158,159は小型艇の直流電気系統図と大型クルーザーの交流電気系 統図を示す。 5-9-2 電力計算書  船舶の運航に電力が必要なことは言う間でもないが必要な電源がどの程度の能力を 求められているか検討しなければならない。この検討は電力計算書で行うが運航状態 により電装品の使用する割合が異なるのでこれらを考慮して直流、交流の電力使用量 を検討し装備するバッテリーや発電機の能力を決定するのである。表-545、55は直 流電力計算書および交流電力計算書の例である。大型船舶になるほどこの計算は複雑 となるのは当然である。 5-9-3 電気艤装図  電気艤装図は室内配置図、機関艤装図、諸管配置図の電装品に合わせて作成するが 配線経路は整備性や安全性および船体構造も考慮し決めねばならないので。図-160は 36FTスポーツクルーザーの電気艤装図の途中である。電気艤装図には電装品の配置を 示す他に取付けの留意点なども記入する。 5-9-4 配電盤 大型艇は電装品が多いので電気回路をコントロールする配電盤は制御盤でもあり非常 時に回路を遮断するブレーカーパネルやスイッチ回路が取付けられている。小型艇で は1個所にまとめられる場合も有るが大型艇では必要個所にそれぞれ配置される。プレ ジャーボートの配電盤は機能が重視されるのは当然であるが豪華なキャビン内に配置 される場合は配電盤自体のデザインも重視されるのである。図-161は50FTクラスの キャビンクルーザーの直流配電盤を示す。図-162は交流配電盤を示す。 5-9-5 ワイヤーハーネス 大型艇の配線は一般商船と同じように現場で配線するが小型艇は別の工夫が必要であ る。例えば長い電線を一本一本配線することはできないので番号を付けた電線を中継 するターミナルボックスなどがその例である。一方小型量産ボートでは狭い空間で配 線を行うことは困難なので配線を自動車などと同様にワイヤーハーネス(部品)とし て取り付ける。ワイヤーハーネスの製作はまず図面上で長さを検討し試作品を製作 し、試作艇の組立の際に実際に取付けて寸法等を確認する。図-163は23FTクラスの プレジャーボート用のワイヤーハーネスであるがこの図面の他にこのワイヤーハーネ スを組み立てる要領書や部品構成表も同時に作成しなければならない。 5-10 重量重心の検討 船舶の重量重心の検討は速力性能、復原性などの諸性能を検討するうえで大変重要で ある。滑走艇は速力に最適な重心位置が存在する。フルード数が大きい高速艇は造波 抵抗が小さく摩擦抵抗の割合が大きくなるのでできるだけ重心が後方になるよう設計 すれば良い。しかし最高速力を狙い過ぎで重心を後方に設定すると滑走に入り難くな りまたあまりにも後方過ぎればポーポイズも発生するので総合的に判断して重心位置 を決定しなければならない。また重心位置が高過ぎると復元力が小さくなるので注意 が必要である。但しキャビンクルーザーなどは乗り心地を考慮し比較的低いGM値を採 用する場合もあるのでやはり企画に合わせた重心位置となるよう設計すべきである。 重量重心計算は、船体構造重心計算及びデッキ構造重心計算をおこない、これらの計 算結果と艤装品を記載したパーツリストから求めた重量重心を集計し完成重量重心を 計算する。さらに軽荷状態及び重荷状態などの運航状態での重量重心計算もおこな う。船体構造重心計算はハル構造図からハル外板、バルクヘッド、フレーム類、フロ ア及び縦通材類の重量重心を集計する。しかし、極めて多くの部材の集計は手数がか かる作業である。これらの集計にはパソコンをできるだけ使用し船舶3次元ソフト(例 Maxsurf)とエクセルなどの汎用ソフトを使用すると便利である。 5-10-1 ハル外板重量重心 船体構造は部品数が多くまた形状が複雑である。特に外板形状は難しく船舶3次元ソフ トを使用した方が良い。図-171は船舶3次元ソフトMaxsurfを使用しハル外板の表面 積及び重量重心を計算した例である。Maxsurfで船型を決めるとハル外板の表面積と 面積中心は瞬時に計算できるが更にMaxsurfを基に関連する船舶3次元ソフトWork Shopを使用しフレームや補強材などの部材を検討し重量重心等を計算することも可能 である。 5-10-2 ハル補強材重量重心 ハル構造の補強材であるBHD(バルクヘッド)、フレーム、ストリンガー、フロアなどの 重量重心位置は作成した構造図から各部材の表面積、重心、位置などを求め集計す る。これらの計算にも船舶3次元ソフトWork Shopを使用すればさらに詳細に計算す ることも可能である。表-58は重量重心集計結果である。 5-10-3 デッキ構造重心計算 デッキ構造重心の計算も船舶3次元ソフトMaxsurfやWork Shopを使用し計算すると 便利である。表-59はデッキ構造図からデッキ外板、フレーム類、フロア及び補強 材、縦通材類に加え上甲板、キャビン内の居室に使用するチーク材などの床材等を統 べて集計した重量重心の結果である。 5-10-4 艤装品重心計算 艤装品の重量重心は関連システムの総てを部品表(パーツリスト)で集計して求め る。部品表(パーツリスト)は重量重心の集計以外に艤装品の価格や艤装時間も集計 し原価計算も同時に計算する。これらの計算はエクセルなどの汎用ソフトを使用すれ ば便利である。パーツリストで集計するシステムは次の通りである。 ●HULL CONSTRUCTION         ●DECK CONSTRUCTION       ●FRP MOULD PARTS          ●MACHINERY SYSTEM-SHAFTING  ●STEERING & ENGINE CONTROL SYSTEM●AIR-COND.& VENTILATION SYSTEM ●DOMESTIC FRESH WATER PIPING SYSTEM                 ●DOMESTIC SEA WATER PIPING SYSTEM ●SANITARY SYSTEM          ●DRAINAGE SYSTEM         ●ELECTRICALSYSTEM         ●INTERIOR              ●LABEL,STICKER           ●SAFETY EQUIPMENT         ●NAVIGATION & OPTION     下記にパーツリストとして集計例を示す。 5-10-5 完成、軽荷および重荷重量重心計算 パーツリストに船体構造重量と艤装品を集計して完成状態の重量重心が決まり運航状 態の基礎となる。ボート雑誌などに記載されている重量は完成重量がほとんどである が定義が定かではなく試運転時やテスト時の重量の場合があるので設計に利用する データとしてはチェックが必要である。軽荷重量とはその船舶を走行させるのに最小 限必要な状態を言い小型船舶の完成重量は燃料1/3、清水1/3、乗員2人(70kg/人) を搭載した状態を言う。重荷重量は、完成重量に燃料100%、清水100%、乗員100 %(70kg/人)を搭載した状態であるが最近は海洋汚染防止の為に汚水を海上へ投棄 しない船舶もありこの場合は汚水タンク(ブラックウォーターとグレーウォーター) が満タンの場合を重荷重量と定義している場合もあるようだ。表-61は完成状態表、 表-62は重荷重量の重量重心計算書の例である。 5-11 速力性能検討  基本設計では機関の選定や速力性能を推定することが重要である。大型船舶の抵抗 を知るには船型を決め模型を製作し水槽試験を行う場合が多いが、小型船ではコスト や時間的にも簡易な方法で性能を予測する。類似船や同型船のデータが豊富にあれば これらの性能データをチャートにし推測できるが船型がV型であればサビツキー法によ りかなり高い精度で抵抗を計算できる。以下はサビツキー法を利用し速力計算プログ ラムを作成し性能を推定する方法を説明する。 5-11-1 サビツキー法による抵抗推定 ここではサビツキー理論の詳細は述べないが要点は次の通りである。サビツキー法は 船底がV型滑走体の基本的特性について述べており、滑走体の揚力、抵抗、接水面積、 圧力中心、速度、トリム角、上半角、荷重等の関数として記述する実験式について述 べている。サビツキー法による抵抗計算では艇のある状態での速度Vに対して走行トリ ムを複数設定し、各々の釣合方程式を計算し、内挿法で釣合方程 式が0になる走行ト リムを求める。すなわち、艇の重量重心等を入力して走行トリムを計算し、その走行 トリムにおける抵抗を計算している。更にこの理論を用いてV型滑走体の必要馬力、走 行姿勢等を計算していく簡単な手法についても述べている。 ●サビツキー理論による抵抗計算 サビツキー法で抵抗を計算する方法について概略手順を示す。           1)速度Vを設定する。                            2)速度Vに対しトリム角τを複数設定し各々にA式を計算し内挿法でA式=0となる    τ0を求める。     3)求めたτ0に対して抵抗、圧力中心等を求める。                 注)(ただしサビツキーのチャートはフィートポンドであるから換算が必要であ      る。)ここでV型滑走体の定義は次の通りである。   インプットデータは チャイン幅:b        デッドライズ:β     排水量:Δ プロペラ軸位置:f およびε  重心位置:KGおよびLCG である。 釣り合い式(A式)を解く手順のフローを下記に示す。   5-11-2 サビツキ−法による速力性能推定法の応用 実際の高速パワーボートの設計ではV型船型の性能をより現実的に推定するには空気抵 抗や付加物抵抗を無視できない。そこで造波抵抗と摩擦抵抗はこのサビツキー理論を 応用し、空気抵抗や付加物抵抗を加えた抵抗推定方法を開発した。 ●新しい抵抗計算法 高速艇、特にプレジャーボートに多いディープV船型はサビツキーの理論を応用するの に適しているサビツキー法は全抵抗を圧力抵抗と摩擦抵抗からなると想定している が、新推定法は実艇の抵抗推定をより実際に近づけるために付加物抵抗や空気抵抗を 追加した修正式を使用した。  修正式     Dt=Dp + Df + Da + Dad  全抵抗   : Dt(kg)       圧力抵抗(造波抵抗):Dp(kg) 摩擦抵抗  :Df(kg)        空気抵抗   :Da(kg)   付加物抵抗 :Dad(kg)        速 力       :V(kt)   全 長   :L (m)         重量       :W(kg)  重心位置 :LCG(m) トランサム後端からの距離  :VCG(m) キール下端からの距離 滑走面幅  :b(m)トランサム後端で計測 デッドライズ角:β(deg)トランサム後端で計測  BL-推力軸角 :ε(deg)       推力軸-重心  :f (m)        水中付加物前面投影面積:(m2)   水中付加物抵抗係数:0.12(形状により異なる)    船体前面投影面積:(m2) 船体空気抵抗係数:0.50(形状により異なる) 表-56はプレジャーボートの主要な情報を入力し得られた最高速力の計算例である。   図-168は、新推定法による抵抗計算結果をグラフで表示した結果であるが滑走領域に 移行する過程で圧力抵抗が最大となるハンプが存在し、その後は次第に摩擦抵抗の割 合が増大し、さらに高速になると水中付加物の抵抗が無視できないほど増大する高速 艇の抵抗成分の特徴を良く示している。   高速艇では重心位置LCGが抵抗に影響を与えるので、実際の舟艇開発では速力性能を 検討する際に重心位置を決定することは重要である。図-169は重心変化によりどのよ うに抵抗が変化するかを計算した例である。一般的に重心が船尾方向に移動するとハ ンプ付近の低速域ではより圧力抵抗が増大し高速域では摩擦抵抗が減少する傾向にあ る。    図-170は走行トリムを計算した例であるが重心が船尾に移動するとハンプ付近で抵抗 が増大すると共に走行トリムも増えることを示している。   新抵抗推定法は過去の実際のボートデータと比較検証すると実用的でV型高速艇の抵抗 推定に役立つ方法であることは確認することができた。そこでこの抵抗特性計算プロ グラムを更に発展させ同時に4種類の状態をシミュレーションできるようにしたのが次 ページの表-57である。このプログラムは企画初期段階で開発目標となる主要寸法や 重量重心が速力性能に与える影響を知ることができ基本設計の検討に大変役立ってい る。