連載-ボートデザイナーの仕事(第7回)


 
■3章 開発作業の詳細(企画から開発稟議)
3-1 商品企画書作成                            
 商品開発は企画からスタートする。企画プレゼンテーションでは企画の狙い、市場
動向などが議論される。マリン事業の規模が大きいと組織間の意思疎通やコンセンサ
スを得るために企画の段階から開発される商品を理解することが必要である。日本の
プレジャーボート市場は米国に比べると数十分の一と極めて市場が小さく、日本向け
の限定された企画は生産数があまり期待できない。企画の重要性は、時流を正確に捕
え、顧客ニーズや市場動向を把握し、デザイン力とエンジニアリング力により競争力
のある商品を作ることにある。マリン事業を総合的に展開する場合は商品ラインナッ
プの充実やマリンレジャー人口の増加の為に啓蒙にも配慮するので、時としては活動
利益率の低い商品開発も行わねばならない。しかし、本来マリン事業は人の生き甲斐
や余暇生活を豊かにすることが目的であり、夢を失わないことも重要である。ボート
ショーはマリン愛好者にとっては関心の高いイベントであり、大企業しかできない参
考出品は夢の提供として常に期待されている。企画の留意点は多岐に渡りで、詳細を
述べることはできないが検討結果の一部を例として解説する。          

3-1-1 企業ポリシー及び商品性                       
 企業ポリシーは大変重要である。マリン事業に関わる企業は、マリン総合事業を行
う大メーカーもあればエンジン専門メーカー、釣船専門メーカー、などさまざまであ
る。またマリン事業を行なう目的もさまざまで、いろんな思惑があって商品を開発す
るので、必ずしも顧客が期待するプレジャーボートではない場合も多いようである。
企画狙いで重要なポイントはユーザーが魅力を感じるかであり、遊びの要素を満たし
ていることである。そこで遊びとは何かを考えてみる。             

3-1-3 遊びの本質                             
 遊びの本質を探るのは難しい。日本では趣味としての釣り人口が多く、プレジャー
ボートの中で釣舟(フィッシャーマン)が多い。今後は高齢化社会を迎え団塊の世代
の退職者の動きは注目されている。時間を楽しむ、自然との関わりを楽しむような
キャビンクルーザーも増えていくことが予想される。彼らはある程度経済力と時間も
あるので、釣り機能も重視するが、キャビン内の居住性も重視した遊びを求めている
かもしれない。図-92はあるフィッシャーマンの遊びを分析したサンプルである。 
    
図-93は狙いが異なる全長31FTのクルーザー3艇を比較した例である。同じメーカー
が企画した釣り重視のプレジャーボートの魅力が3つのモデルでは微妙に違うことが良
くわかる。                                 
       

3-1-4 ユーザー指向                           
 プレジャーボートの企画では、ユーザーがどのような遊びに関心があるかは重要で
ある。第2章の市場分析で述べたが日米では船外機仕様が圧倒的に多いことが判ってい
る。これは大衆ボートが小型で高性能低価格が魅力であることを示している。船外機
は軽量高出力で取扱いも楽であり今後も小型量産ボートの搭載エンジンとして主流で
あることは間違いない。ただ最近の300PSを越える大馬力船外機の出現は新たに中型
ボートの企画にも影響を与えそうである。そこで遊びの本質とプレジャーボートの種
類の関連を示すのが図-94である。                     
   

3-1-5 船型の選択                             
 量産プレジャーボートの大多数は高速艇である。高速艇の船型について前述した
が、再度簡単に解説する。船舶は低速ではあるが輸送量が大きいことが特徴であっ
た。しかし近年は新型式船と呼ばれる最高速力40ノットを超える高速フェリーが出現
している。これらの新型式船の優れた高速力と耐航性をプレジャーボートに応用でき
ないかと考えるのは当然である。量産プレジャーボートは一部のマルチハル(カタマ
ランとトリマラン)を除いてほとんどV型ハルである。この理由は以外と簡単な理由で
説明がつくのである。確かに、耐航性や速力性能を重視すればいろんな船型が考えら
れるが、遊びの本質を突き詰めて考え、室内配置(狭小空間利用)、開発費、操船性
などを総合的に判断すると舟艇ではモノハル一番効率的な船型なのである。   
       

3-1-6 市場情報の分析                           
 企画をまとめるには市場動向やマリン事業に寄与する開発かを客観的に評価しなけ
ればならない。企画をまとめる初期段階としてまず狙いや仕様を決める必要がある。
過去の市場実績(販売隻数)を考えると22FTクラスが最も期待できるが、ステップ
アップを考える顧客を対象に量産艇として成功する可能性が高く、技術リスクの小さ
な無難な25FTクラスのカディフィッシャーマンを開発サンプルとして示す。初期検討
には市場で評価を受けている量産艇の実績データを分析するとある程度目標となる主
要目を決めることができる。図-96〜図-99は分析データの一部である。(日本の有力
メーカーのデータ)                             

  3-1-7 企画のまとめ                              プレジャーボートで隻数が一番多いのがフィッシャーマンであるが顧客の好みはさ まざまであるからバリエーションを企画段階から考えてみる。 図-100は19FT フィッシャーマンのバリエーションの種類として搭載エンジンとデッキデザインのバ リエーションを考えた例を示す。(25FTでも同じ考え方。)                   企画をまとめる上で重要なことは外観デザイナーや技術者の自由な発想を導き出すこ とである。商品力はまさにこのデザインの魅力と技術の確かさといっても差し支えな い。ここでは企画書をまとめる際に留意すべきポイントを列記するに留める。 ●はじめに 企画の背景を簡単に説明すると共に、強調したいポイントを表現する。 ●開発管理 開発管理に必要な事項を決める。例えば開発番号、モデル名称など。 ●開発ステップ 開発のスタートから試作、市場発表までのタイムスケジュールや担        当範囲を明確にする。                      ●開発意図   市場の背景と企画の狙いを明確にする。             ● 対象ユーザー 例えば自営業、サラリーマン、グループなど。          ●主用途    ここでは釣り、デイクルージング                ●セールスポイント 釣り機能、他社艇と差別化する部分を表現(スタイリング、性         能、機能、艤装など)                     ●販売計画  販売初年度からモデルの寿命(5年?)までの年度別の販売隻数を想定        する。                             3-1-8 企画開発書のサンプル                          商品開発を具体化するには関連する部署の担当が企画に対し同じ理解を持つことが 重要である。企画書は開発プロジェクトを開始(承認)するのに必要な内容でなけれ ばならない。企画書のフォームは各社さまざまであるが以下は25FTフィッシャーマン の企画書の例を示す。                                    はじめに                                    日本経済は高度成長期が終わり、新規プレジャーボートの開発は少なくなり、マリ ンレジャーの大衆化は遊びの質の面ではやや停滞し釣りに特化する傾向にある。しか し、今後は経済のゆるやかな回復と高齢化社会の出現で価値や生き甲斐の多様化が始 まるので、新たなコンセプトのプレジャーボートが期待される。ただし、日本のマリ ンレジャーの背景は依然として大衆化が期待できる環境にはなく、水面の解放やマ リーナの管理などの面で一層の改善が求められている。これはマリーナが営利を目的 とする以上、人件費の高い日本では仕方がないのではあるが、オーナーが自主的に管 理するマリーナも増えることが期待されるので5年、10年先を考えた取り組みが必要 である。日本では依然としてフィッシングが遊びの中心であることは変わらないが、 その他の遊びも取り入れたマルチパーパスボートも期待されている。小型マルチパー パスボートの市場はヤマハFCシリーズやSRVシリーズで代表されるが、価格とサイズ がマッチングした大衆艇としての成功例は少ない。価格、性能、取り扱いや安全性な ど総合的に判断すると漠然としてではあるが次のような仕様が生まれてくる。    ●1〜2家族で遊べる。      ●価格は500〜600万円程度          ●釣りができる。        ●マルチパーパスボートである。        ●4〜5人が1泊できるバース。  ●エンジンは150〜180PSの船外機,船内外機。 ●サイズは24〜26FT程度    ●外観は飽きのこないスタイリング。      ●最高速力は30ノット前後    ●船体の海外生産も考慮する。         
 企画開発書が提出されると関連部署および担当者は具体的な検討に入りアイデアを まとめ資料を作成する。まず、第一段階としてはデザイン及びエンジニア部門はチー ムを作りアイデアをまとめるが、優秀なデザイナーは豊富な知識と感性を持ち一人で すべての作業を行ってしまう。残念ながらこのようなデザイナーはめったに存在しな い。量産艇の商品開発は品質管理や販売後のアフターサービスが重要なので関連部署 の意見も聞きながら検討を進めねばならない。しかし、企画開発の中心にいるデザイ ナーやエンジニアは各自が持つ才能や夢を実現できるように普段から広範囲の知識や 情報に敏感でなくてはならない。可能なら自らボートを操縦し、遊んで顧客やサービ スマンの意見を聞ける立場を持つと良い。これは筆者の経験であるが外観デザイナー とエンジニアとはお互いプライドが高くどうしても確執がある。できればお互いの才 能の一部を共有し認めあうことができればより良い商品の開発ができるはずである。 優秀なボートデザイナーは感性と技術の調和を常に考え、まとめる力を持ち合わせる べきだ。実際、量産ボートの商品開発では外観デザインの評価が高いことは当然だが 売れなくては意味がないのである。市場も夢のある商品を期待しているが、外観と技 術の調和は非常に難しい。これがボートショーの参考出品であればデザイナーは存分 に腕を振るうことができる。近年は自動車もそうであるが昔の参考出品と違い、顧客 がショーモデルのイメージをそのまま商品化されることを期待するので参考出品も商 品化を前提で発表される場合もあるので商品開発は難しいのである。量産ボートの開 発過程では、デザイン及びエンジニア部門が中心で開発が行うが試作や原価情報など 関係者の協力が必要であるが、すべての詳細は解説できないので主にデザイン及びエ ンジニア部門の作業を解説しながら必要に応じて関連する他部門の説明を加えること にする。                                   3-2 プレゼンテーション資料の作成                        企画開発書が提出されると関連部署は情報を収集し新企画のイメージを作り上げて 行くことになる。もちろんさまざまな検討を形にするのはデザイナーであるが数値の 裏付けはエンジニアの協力が必要なことは当然である。最近はパソコンを使用し多く の情報を短時間に収集できるようになり開発はかなりスピードアップされている。今 後は急速に発展する情報社会でパソコンをうまく利用できないデザイナーは自己の才 能をうまく活かせなくなる恐れもあり、ツールとしてパソコンの操作は是非身に付け る必要がありそうである。さて、ボートデザイナーの次の目標は企画を具体的にまと め、必要な資料を作成し関係者に提示し、考え方を理解してもらい承認して貰うプレ ゼンテーションの場となる。プレゼンテーションは開発過程で何回も開催されるが最 初のプレゼンテーション以降は検討内容がだんだん専門的になり、検討会と呼ぶこと も多い。本稿ではボートデザイナーとして最も重要な最初のプレゼンテーションを中 心に解説する。プレゼンテーションでは決められた期間に要領よく魅力有る提案を表 現せねばならない。プレゼンテーションと言えばどうしても派手な外観スケッチやカ ラーリングパネルに代表されるように思うが、実際はこの提案内容をいかに魅力的に 伝えるかが重要である。特に長い文章より魅力を適格に伝えるスケッチやキーワード (キャッチコピー)は大事な手段である。またこのプレゼンテーション資料をまとめ る過程では他社のカタログを良く読み、参考になる部分を集めておくと便利である。 図-101、102はプレゼンテーションで参考にする資料として輸入ボートの操縦席付近 のデザイン参考として収集した例である。                        フィッシャーマンの企画のように、全くの新規企画ではない場合は既存ボートとの違 いを確認する場合が多いので一般配置図または外観を重ねて表示をすると違いもはっ きりして良い。図103は同じフィッシャーマンを重ねて比較した側面図と平面図であ る。                                             3-3-1 スケッチ                               3-2-1 スケッチパネルの作成                          プレゼンテーションは一種のセレモニーであり出席者に理解をして貰うための演出 も重要である。その意味でも判り易くアピール度の高い外観図、室内パースなどのパ ネル作成は重要で図-104、105は同じ船体を使用しデッキデザインのみを変更した 23FTクラスの小型ボートの例である。一方、図-106、107,108は53FTモーター ヨットの外観パースと室内パースの例である。
3-2-2 主要寸法の検討                              主要寸法の推定は同タイプのボートデータを収集し分析する手法が良い。下記は大 型モーターヨット(全長16.5m)の例である。                  ●全長、全幅(L/B)                              プレジャーボートは全長が大きくなると細長い船型になるが図-108はその全長と全長 /全幅の関係を示している。計画するボートの計画全長を16.5mとすれば、グラフから 全長/全幅(L/B)は約3.5であると読み取ることができる。             全長L:16.5m の場合  全幅B:4.70m と仮定する。                     ●全長、完成重量                                カタログデータは完成重量の定義が不明確だが、水、油を搭載しない完成状態である と判断し軽荷重量とは区別する。全長16.5mの場合は図-109から完成重量は約 23,000kgと推定できる。  計画完成重量 W: 23,000kg                    ●搭載エンジンの検討                              搭載エンジンの選定は仕様検討の重要な項目である。エンジン価格は舟艇の原価の約 半分を占める。しかも性能の重要な要素である最高速力に影響を与える。 図-110は 速長比と馬力荷重の関係を示す。計画速力を42ktとすると速長比V/√L=42/√ 16.5=10.3となる。このとき馬力荷重BHP/Ton=87となるので必要とするエンジン 出力BHPは次のようになる。 完成重量は23tなのでBHP=87x23=2001(PS)と なる。2基搭載する場合は1000PSクラスとなる。                        ●燃料タンク容量の検討                             燃料タンク容量は搭載エンジンにより変化するが 図-111は全長が16.5mの場合 2500リッターを示す。  企画は航続性能を重視し計画燃料タンク容量は予備タンク も含めて3000リッターとする。                                 ●清水タンク容量の検討                             清水タンク容量は生活用水の使用量であるがあまり容量を増やすと重量が増し最高速 力が低下することになる。そこで標準装備としては図-112で示す平均量800リッター とする。これ以上の必要水量は海水を真水に変える造水機を搭載する。 3-2-3 性能の検討                               主要寸法と基本性能を検討する場合、最も重要なのが搭載エンジンと速力性能の関連 であり、販売価格設定上も搭載エンジンを決める事は重要である。量産ボートは販売 数と適正な利益が重要であり、顧客の選択枝を広げる意味で目標速力と豊富なバリ エーションは重要である。つまり、もっとも販売効果のあるエンジンを選定し、これ に合う船体を開発することが重要である。走行性能に大きな影響があるエンジンと速 力性能の検討は模型テストも含めて重要である。滑走艇は速力と重量、重心位置が大 いに関連するのでモノハルV型艇ではサビツキー理論を応用したプログラムを使えばエ ンジンの選択等の検討が簡単に比較でき便利である。以下は筆者が作成したそのプロ グラムの例である。(サビツキー理論を応用したプログラムについては後述)            上記のシミュレーションソフトは汎用ソフトエクセルを使用して作成したプログラム であるが、同時に4状態を検討できる。結果をグラフにするともっと判り易い資料が作 成できる。次図は搭載馬力と速力の関係、重心位置と速力の関係を示す。                   3-2-4 一般配置図                               企画を検討する際、一般配置図は開発関連部署で様々な検討を行う場合に是非必要で ある。例えばパーツリストを作成する場合、部品の拾い出し、その他見積り資料の作 成などにも使用される。 プレゼンテーションはデザイン部内、事業部内など複数回 開催される場合もある。図-115はプレゼンテーション用に作成した一般配置図である が会議でアピールするキーワード等を追加している。                     3-2-5原価、価格検討                              量産ボートの原価検討は特に重要である。量産効果により最大の利益を生み出すには 投資額、製造原価、営業利益をよく検討して販売価格を決めなければならない。表- 37は原価を推定し販売価格を検討し比較した例である。                   3-2-6 製造仕様書及び仕様検討書                        いよいよ開発が始まると製造仕様書を作成する。この製造仕様書は原価計算や各種図 面を作成する場合のベースになる資料であり、開発過程で企画内容が一部変更される 場合は関連部署との確認でも良いが、重要な部分の変更は承認作業のやり直しになる 場合もある。特に大型のボートでは契約書に添付する書類として一般配置図と共に重 要である。製造仕様書は10m程度の小さなボートでは10ページ程度であるが、業務用 船舶(客船や貨物船)のように艤装品が多い場合には内容が一般、船体、機関、電気 の各部門の仕様について詳細に述べられ100ページを超える内容となる。業務艇に比 べれば小型プレジャーボートの仕様書は比較的簡単な内容である。量産プレジャー ボートではカタログにも使用できるように仕様をまとめ、表にする場合が多い。(表- 38〜43は33FTトローラーの例である。)                   




3-2-7 概略ラインズ                              船体ラインズや上部構造ラインズは開発の比較的初期段階で作成する。見積りや多 くの検討を行う際、ある程度の形状が判るラインズがないと開発が進行しないからで ある。この段階で使用するラインズはフェアリングこそ不十分であるが技術検討には 充分な精度で作成する。最近は船舶ソフトであるマックスサ−フ等を使用すれば短時 間に複雑な形状も検討可能である。しかも表面積や重心位置も同時に計算できるので 便利である。以下は19FTフィッシャーマンの概略ハルラインズとデッキラインズの例 である。                                        3-2-8 部品分解図                               部品分解図は誰もが判り易い図である。できればフリーハンドでも良いので作成する と多くの関係者に構造や部品の成り立ちを理解して貰うのには役立つ資料である。         また、プレゼンテーションには提出しないが討議の過程で提示する資料も当然準備し なければならない。このようにプレゼンテーションは外観から原価まで各種資料を準 備するが会議で提示するパネル以外にも質問にも応じられるような資料の準備も必要 である。限られた時間でどの程度詳細に検討するかはデザイナー達の判断にもよる が、この段階で下記の資料も早急に検討しておいた方が良い。           3-2-9 その他の検討書類                            ●重量重心検討                                 重量重心は速力性能や安定性の検討に重要であるが、開発過程では常にチェックが 必要である。   これらを上手に管理するには重量、重心、価格の要素を含んだ パーツリストとして管理するのが良い。 しかし、初期の重量検討をパーツリストで 行うことは時間的に余裕がないのでタイプシップがあればそれらから概略推定を行う のが効果的である。                               ●その他の技術資料   開発ではJCI規則(安全規則)や関連規則を満足するか検討 することも重要である。                            3-2-10 プレゼンテーション、開発会議、稟議                  ●プレゼンテーションの重要性                          プレゼンテーションは開発段階に合わせ数回開催される。最初は商品企画の要点 (特徴、主張)を確認し開発に着手するかの判断をするためのプレゼンテーションで ある。デザイナーとエンジニアが用意した資料に関係者がスンナリ納得する場合もあ るし、問題があれば更に検討が必要な場合もある。プレゼンテーションにおいてはエ クステリアやインテリアデザイナーが主役を演じることが多い。量産ボートの企画で 重要なポイントはアピールあるエクステリアおよびインテリアデザインと充実した仕 様が評価された結果大量に売れて充分に利益を生み出すことである。メーカーは原価 に適正な利益を上乗せし販売価格とするが、顧客が魅力を感じ購入するのは商品価値 に見合う価格かどうかで判断する場合も多い。 これは顧客が判断する適正価格であ り原価とは無関係である。メーカーにとって都合が良いのは製造原価が安く、販売価 格を高く設定しても売れる商品開発をすることである。販売実績と商品評価一致しな い場合もある。新艇であまり売れなかったから本当に魅力がない駄作かと言うとそん なことはない。数年後中古艇では大人気でなかなか市場に流通しないことがある。い ろいろ関係者の意見を聞くと、顧客は商品内容には充分に魅力を感じたが発売当時の 価格設定が適正価格ではなかったと言う例も多いようだ。このような商品は開発過程 でのプレゼンテーションが充分でなかった可能性がある。つまりボートデザイナーの 力不足が背景に見えるのである。大企業ではデザイナーとエンジニアがペアを組んで 開発を進めるが、お互い仕事に対するプライドが高いので共同作業はかなり難しい。 理想はお互いの仕事について理解し、尊敬できれば良いのだが現実は自分の主張を通 したいので衝突が起こってしまうのである。理想の量産ボートデザイナーは技術力も あるデザイナーであるべきである。エンジニアはデザイナーの表現する感性を理解で きる能力は欲しい。デザイナーもエンジニアもプレゼンテーションは苦しいがやりが いもあり楽しいはずである。徹夜の作業が続いても自分の夢を表現できるのである。 エンジニアは過去に例がない企画の場合、その内容の裏付け、すなわち技術の見極め や原価の検討をしなければならないので大変である。 これらの作業が楽しければ良い のであるが、実際は苦しい作業が多いのが現実である。筆者はメーカーを退社し設計 事務所を設立した後は、デザイナーとエンジニアの両方を一人で演じるようになり、 責任が大きくなりストレスは増えたがデザインとエンジニアリングの両立はうまくで きるようになり生き甲斐を感じたのであった。筆者が勤めた企業でなぜストレスが強 かったか振り返って考えると、デザイナーが強く主張するデザインが不幸にして原価 の面で成り立ち難い場面があったとすると、本当はデザイナーとエンジニアが真に価 値を認め合う人間関係があれば問題点をお互いの技量で解決できるのであるが、残念 ながらデザイナーと言われる人種はどうしてもプライドが高く相手の立場や能力を正 当に認めないようである。実は今だから言えるのであるが筆者は”これが原因”で メーカーを辞めたのである。筆者はデザイナーもエンジニアも商品開発では重要な力 を持っており、夢をユーザーに提供できる力を持っていると信じている。つまりデザ イナーは原価の問題を形で解決し、一方エンジニアは難しい形の表現を技術で解決で きる力を持っているのである。プレゼンテーションでは企画を形と数値で検討し商品 を具体的に見えるようにすることである。この場で関係者の理解と承認が得られると 次のステップである開発会議へと進むことになる。                ●開発会議                                   プレゼンテーションが無事終了するとエクステリアデザイナーとエンジニアはせっ せと試作用図面を作成することになるが、まだ開発が承認された訳ではなく、今度は 事業として問題ないか開発会議にかけられるのである。プレゼンテーションの場がデ ザイナーの商品の発表であるのに対し、開発会議では生産体制、販売体制、サービス 体制など、それぞれの組織の責任者が新企画を事業として推進して問題ないかを討議 し合意が得られれば開発が承認されたことになる。                ●稟議(開発稟議)                               開発会議で企画が承認され直ちに具体的な開発作業に入る場合もあるが、一般の企 業では事業としては経営責任を明確にする為、開発稟議で決済されるのである。企業 によっては企画内容により部長クラスの開発稟議で済む場合もあるが役員稟議にかけ られる場合が多いようだ。                           3-2-11 開発基本計画(開発日程)                        開発が事業経営トップに承認されると開発大日程の通りに開発作業を進めることに なり、時間との戦いとなるのである。開発を計画通りに進めるにはしっかりした開発 大日程の管理が重要で、責任部署、時間および資金の管理は特に重要である。この大 日程を確実に実現しようとする組織力が事業を成功させる原動力である。図-118はプ レジャーボート開発大日程の例である。開発するボートが小さければもっと開発期間 も短く日程表も簡単になるのは当然である。