連載-ボートデザイナーの仕事(第1回)


 
今回から連載する”ボートデザイナーの仕事”は数年前にまとめた約150ページ
の”舟艇デザイン概論”をリニューアルし更に書き加えたものである。予定では20
回に分けて掲載の予定で今回分は簡単な自己紹介と目次である。        

 小学生から船舶や乗り物に興味を持って約60年、そろそろボートデザイナーの引退
を考える年齢となり、同じような志を持つ後世の方々に少しでも参考となる技術資料
を残そうと決心した。 実は同じ考えは15年前に母校で学生に船舶工学を教える機会
を持ち講義資料を整理することにさかのぼる。母校の教壇にたってショックだったこ
とは船舶工学科の学生が船舶にあまり興味を持たず入学していることであった。もち
ろん軍艦に興味を持つマニアックな学生もいたが、私のように“海や船が好き”な学
生はほとんどおらず、この魅力を伝えることから始めなければ成らなかった。幸い、
母校には数年前に設立された“海洋スポーツ文化センター”があり、学生達をクルー
ザーに乗せ海に出かけ、海と船舶のロマンを伝えることができた。また卒業研究では
“海洋スポーツ文化センター”用の多目的ボートを学生と共に設計建造し“物作り”
のすばらしさを伝えることができたと思っている。学生との卒業研究はプレジャー
ボート、練習帆船、高速巡視船、環境に優しい船など一貫して企画設計を重視した
テーマを選んできた。                            

37FT練習帆船    23FT多目的ボート   100m高速災害救助船        技術資料の整理は数年前に“舟艇デザイン概論”としてまとめたが中途半端だった ので改めて“ボートデザイナーの仕事”として整理することにした。  さて私の乗り物好きは造船の町長崎で育ったせいもあるのだろう。三菱長崎造船所 の対岸の小学校から新造船を眺め、しばしば入校する観光客船や有名な船舶を見に行 くのは楽しみであった。またよく立ち寄った近くのモ児童科学館“は長崎が技術を重視 した街でありで科学に興味を持ったのも当然だったかもしれない。        
   初代“宗谷”(旧出島岸壁)      クィーンメリー(松が枝岸壁)   小学生の夏休みの作品はほとんど船の模型であったが、中学生になると模型飛行機に 興味を持ち、市販のゴム動力機の性能向上を図り翼やプロペラを改造したのが工学に 興味を持つきっかけになったのだろう。大学では恩師が三菱下関造船所の技師長で水 中翼船の権威であったのも影響があり、高速艇に興味を持ち卒業研究は”エアクショ ン艇の研究“であった。趣味も模型製作に飽き足らず人が乗れる実物の製作に情熱を 注ぐようになって行った。                          
          卒業研究で自作したホバークラフト  私の職歴は船舶関連に徹しているが大きく4回の遍歴を重ねてしまった。1973年、 最初に就職した佐世保重工業は大手造船所の中では最も規模は小さかったが海軍工厰 の歴史を持ち技術力を重視した企業であったのは幸運であった。入社当時の日本は高 度成長期を迎え、国の基幹産業であった造船業は給料も良く働きがいのある良き時代 であった。当初の配属先は内装設計で管艤装や室内艤装の仕事はそれほど面白いとは 思わなかったが、ボートデザイナーは小型船の全ての機能を理解しておく必要がある のでこの時の経験も大いに役立っている。その後、英国の側壁型エアクッション艇を 国産化する開発作業に従事し、英国のホバーマリン社から学んだ開発に関する知識は 私のデザイナーの根幹をなしているのかもしれない。もちろんスカートや浮上用ファ ンの国産化作業で自ら学んだ技術も当然役立ち、プロジェクトは短い期間であったが 私は大いに飛躍出来た貴重な時間であった。                  
      国産スカートの開発   海上試運転のHM2 MK4  やりがいのあるプロジェクトで順調な人生を歩んでいるつもりであったが、1979 年、佐世保重工業が造船不況に巻き込まれて退職し他が、幸い、周囲の方々のお世話 になりヤマハ発動機マリン事業部に入社することが出来た。ヤマハでプレジャーボー トの開発作業ができたのは幸運であると共にある意味では天職を得たようなもので あった。船舶工学の基礎知識が役立ったのはもちろんであるが、プレジャーボートの 商品開発は企画が重要であり技術はその企画が求める必要なレベルであることを理解 できたことで大きくステップアップすることができたのである。判り易く例を挙げる と、商船では効率の良いプロペラを設計するのは重要な仕事であるが、プレジャー ボートでは推進ユニットは別のメーカーが開発し、数種類のプロペラを設定している 場合が多いので、商品企画に適した最適なプロペラを選択するのが仕事である。量産 プレジャーボートの企画は不特定多数の顧客を満足させると言う意味では乗用車と似 通っており、原価が安く顧客の評価が高く販売数が大きければ大きな企業利益を得る ことができる。ボートデザイナーはこの点を正しく理解することが重要であると悟っ たのである。ヤマハでの私は高度成長期と重なり、次々とプレジャーボートが開発さ れ時間外勤務も実に楽しくボートデザイナーを目指す人には情報の宝庫であった。 (業績等はアルファクラフトのホームページを参照ください)  その後、ヤマハを辞めボートデザイナーとして設計事務所として(株)アルファク ラフトを設立したが当時の日本経済は絶頂期でヤマハ、ヤンマー、日産、三菱などの 大手企業がプレジャーボート事業に参入するなど日本にもマリン文化が育つように思 われ、これら大手企業の仕事にも恵まれた。当時は金融界の情報も十分でなく、実際 は投機的経済活動が頂点に近づいて崩壊寸前であったことは後に後悔することになる のだが自社ブランドでアルファ53を開発してしまった。このアルファ53初号艇が完成 する頃には景気の先行きが怪しくなり後悔したが時既に遅く大きな負債を抱えて (株)アルファクラフトを一旦解散する結果となってしまった。このバブル崩壊の影 響は大きく日本経済の立ち直りは20数年経っても回復出来ず、もちろんマリン事業は 一気に需要が激減しもはや日本の新艇製造業は壊滅に近く期待出来ない状況が続いて いる。                                   
         三菱MS24 ヤンマーFM33    アルファ53  2.6mホバークラフトXH2 (株)アルファクラフト解散後は細々と設計事務所に専念していたが、一向にマリン ン業界は回復しないので設計事業を中断し、母校の誘いもあり、上記に記述したよう に船舶工学を教えるために教壇に立ったのである。単身赴任での大学での活動は13年 に及んだが3年前に堺の自宅に戻り(株)アルファクラフトの設計事業を再開したが、 そろそろ貴重な経験を“海と船が好きな”若い方々に共感を持って読んでいただき、 その一助になればと願うものである。本書はできるだけ一般の方にも理解しやすいよ うに記述するつもりではあるが、不足する内容に関してはお許しを戴きたいと思いま す。私の近況としては“物作り”で始まった活動を、老後の生き甲斐として長年考え ていた26FT周遊ボートの自作ボートで締めくくりたいと考え設計中である。
平成26年12月11日  中尾 浩一         
■目次
まえがき                                   1.  舟艇に関する基礎知識                           1-1 船舶用語                                1-2 船体形状に関する基礎知識                        1-3 抵抗及び推進                              1-4 速度チャートの使用法                          1-5 船体構造及び安全性                           1-6 船舶関連法規                             2.  新時代のマリン事業                            2-1 船の歴史と高速化                             2-1-1 新型式船とは                              2-1-2 新型式船の種類                            2-1-3 ハイテク造船業とは                         2-2 マリン事業の方向性                            2-2-1 マリン事業の留意点                          2-2-2 日本でマリンレジャーが発展しない理由                 2-2-3 問題点に対する対応案                         2-2-4 マリン事業の基本方針                        2-3 商品企画                                 2-3-1 プレジャーボートの分類                        2-3-2 市場分析                               2-3-3 プレジャーボートの解説                         2-3-4 開発艇の選択(付図 開発艇の流れ、商品企画開発書サンプル)       2-3-5 開発費及び製造原価                         2-4 開発計画                                 2-4-1 開発費の見積                             2-4-2 開発作業をサポートするシステム                    2-4-3 開発大日程(サンプル)                       2-5 製造原価                                 2-5-1 製造原価の見積                            2-5-2 型費及び原材料費                           2-5-3 加工費、組立費ほかの見積資料                    2-5 造船所計画                                2-5-1 造船所選定上の留意点                         2-5-2 設備費見積                              2-5-3 生産能力の検討(付図 造船所レイアウト)               2-5-4 年度別開発計画                            2-5-5 年度別生産計画                           2-6 組 織                                  2-6-1 マリン事業展開に必要な人材の要件                   2-6-2 業務内容                               2-6-3 プロジェクトの情報管理                       2-7事業の採算検討                               2-7-1 事業費(売上)の見積り                        2-7-2 事業費(支出)の見積り                        2-7-3 採算検討                             3.  開発作業の詳細(企画から開発稟議)                    3-1 商品企画書作成                              3-1-1 企業ポリシー及び商品性                        3-1-2 商品性                                3-1-3 遊びの本質                              3-1-4 ユーザー指向                             3-1-5 船型の選択                              3-1-6 市場情報の分析                            3-1-7 企画のまとめ                             3-1-8 企画開発書のサンプル                        3-2 プレゼンテーション資料の作成                       3-2-1 スケッチパネルの作成                         3-2-2  主要寸法と性能の検討                         3-2-3 性能の検討                              3-2-4 一般配置図                              3-2-5 原価検討                               3-2-6 製造仕様書及び仕様検討書                       3-2-7 概略ラインズ                             3-2-8 部品分解図                              3-2-9 その他の検討書類                           3-2-10 プレゼンテーション、開発会議、稟議、開発大日程          4. 標準化                                   4-1 はじめに                                4-2 標準化の範囲                              4-3 標準化の準備                               4-3-1 システム番号付与規定                         4-3-2 図面番号及び部品番号の採り方                     4-3-3 標準部品番号の採り方                         4-3-4 専用部品番号の採り方                         4-3-5 固着釘部品番号の採り方                        4-3-6 パーツ用語集(パーツリストのひな形)                4-4 標準化の例(ボート設計標準-Boat Design Standard)             4-4-1 ボート設計標準                            4-4-2 標準化の体系                             4-4-3 ボート設計標準(基準)の分類表                    4-4-4 大型艇の設計標準化                          4-4-5 ボートデザインハンドブック(BDH)                   4-4-6 製図基準                              4-5 設計承認資料申請(JCI,NK)                      5. 技術検討及び設計作業(デザイン及びエンジニアリングの検討)         5-1 ハルラインズ                               5-1-1 適正機関出力の検討                         5-2 デッキラインズ                             5-3 一般配置の検討                              5-3-1 一般配置図                              5-3-2 総トン数計算                             5-3-3 オプション艤装図                          5-4 機関艤装の検討                              5-4-1 機関艤装図                              5-4-2 プロペラ直径及びピッチの検討                     5-4-3 プロペラシャフト計算                         5-4-4 舵断面形状の特性について                       5-4-5 舵強度検討                               5-4-6 換気計算書                             5-5 インテリアデザイン                            5-5-1 プレジャーボ-トのインテリアデザイン                  5-5-2 感性について                             5-5-3 狭小空間デザインについて                        5-5-3-1 広く見せる工夫                           5-5-3-2 空間の有効活用                          5-5-4 インテリアスタイルの例                         5-5-4-1 ナチュラルスタイル -自然素材でぬくもり感のあるインテリア       5-5-4-2 カントリースタイル-素朴で温かみのある自然素材のインテリア      5-5-4-3 シンプルスタイル -装飾性のないインテリア               5-5-4-4 クラシックスタイル ~古典様式を取り入れた優美なインテリア      5-5-4-5 和風スタイル -日本の静かな佇まいを感じさせるインテリア        5-5-4-6 アジアンスタイル -リゾート感覚のインテリア              5-5-4-7 モダンスタイルーデザイン性の高いスタイリッシュなインテリア     5-5-4-8 インテリアスタイルのまとめ                   5-6 室内艤装の検討                              5-6-1 関連部品サンプル                           5-6-2 人間工学的検討                            5-6-3 スケルトン図                             5-6-4 室内艤装図                             5-7 甲板艤装の検討                              5-7-1 係船揚錨装置                             5-7-2 安全レール類                              5-7-3 ハッチ倉口、コーミング                         5-7-4 生簀                                  5-7-5 甲板艤装図                             5-8 構造の検討                                5-8-1 ハル構造図                              5-8-2 ハル補強材図                             5-8-3 デッキ構造図                             5-8-4 デッキ補強材図                            5-8-5 軽構造船暫定基準                           5-8-6 FRP船特殊基準                            5-8-7 中央断面の検討                           5-9 電気艤装の検討                              5-9-1 電気系統図                              5-9-2 電力計算書                              5-9-3 電気艤装図                              5-9-4 配電盤                                5-9-5 ワイヤーハーネス                           5-10 諸管艤装の検討                              5-10-1 諸管系統図                              5-10-2 諸管艤装図                             5-11 速力性能検討                               5-11-1 サビツキー法による抵抗推定                      5-11-2 サビツキー法による速力性能推定法の応用               5-12 重量重心の検討                              5-12-1 ハル外板重量重心                           5-12-2 ハル補強材重量重心                          5-12-3 デッキ重量重心計算                          5-12-4 艤装品重量重心計算                          5-12-5 完成、軽荷および重荷重量重心計算                  5-13 安全性検討                                5-13-1 排水量等計算                             5-13-2 トリム計算(浮き姿)                         5-13-3 GM値の検討                             5-13-4 復元性の検討                             5-13-5 定員計算                               5-13-6 区画浸水計算                             5-13-7 フローテーション基準                          5-13-7-1 レベルフローテーション                      5-13-7-2 ベーシックフローテーション                   5-13-8 耐久テスト                             5-14 模型テスト                                5-14-1 外観モデル                              5-14-2 室内モデル                              5-14-3 水槽試験モデル                            5-14-4 マンドモデル                           6. 試作艇製作                                 6-1 作業行程表                               6-2 原図                                  6-3 木型(オス型)木型プレゼンテーション(モックアップ)          6-4 メス型(型磨き、仕上げ、からめくり)                  6-5 ゲルコート吹付け(バックアップゲルコート)               6-6 基本積層                                6-7 補強材取付け                              6-8 離型                                  6-9 トリミング                               6-10 ハル組立て(ハルライナー、エンジンベッド、トランサムボード)      6-11 デッキ艤装(回り止め、デカワッシャー、カップリング前に行う作業)    6-12 電気艤装(ワイヤーハーネス)                      6-13 完成仕上げ(ショーモデル)                       6-14 完成テスト                               6-15 試運転設計承認申請、テスト方案、試験成績書(性能確認、耐久テスト、       強度試験)                              6-16 船体検査(型式承認、予備検査)                     6-17 輸送、保管                               6-18 商品プレゼンテーション(商品性、カタログ、マニュアル、意匠登録、       公表諸元)                               6-19 市場発表、取材、ディーラーショー                    6-20 モニタリング                             7.  生産                                   7-1 生産用図の作成(改訂、型改造、生産移行説明)               7-2 生産試作問題点会議                           7-3 量産移行                                7-4 品質管理(改訂通報、マーケッティングニュース)             7-5 輸送、保管(シュリンクラップ)                    8.  あとがき                                付録                                      ●船舶用語集                                 ●システム番号付与規定                            ●パーツ用語集                                ●標準部品番号、専門部品番号、固着釘部品番号の採り方             ●製図基準                                 次回の予定 第2回 1.舟艇に関する基礎知識