連載-ボートデザイン開発編(第1回)
まえがき “ボートデザイン入門“を公表して数年が経ち、船舶設計に関心のある方々から開発の進め方について相談を
受けることがあり”ボートデザイン開発編“をまとめることにした。
ボートデザインに興味を持つ多くの方々は船舶が人類の成長に大きな役割を果たして来た歴史や史実に
魅力を感じたのかもしれない。
船舶の役割は現代でも“物流の担い手“であり、”戦争の兵器“であり、”冒険や遊びの道具“である。
企画推進者(プロジェクトリーダー)は実際の船舶建造企画を実現させるプロセス(開発)に大きく関与する。
大型船舶の開発ではプロジェクトの規模が大きく詳細な検討が必要なので分業となるが企画を検討する船舶設計者
は可能な限り多くの知識と能力を有することが望ましい。
近年は地球環境やコストなどの経済性がより重視されるようになり開発技術者も社会的背景を理解することが求め
られており小型船舶設計者は船(ボート)の外観(感性)、性能(技術)、社会で受け入れられる魅力を総合的に
表現する能力が求められる。
そこで“ボートデザイン開発編“では開発のプロセスで留意すべきことを解説しながら執筆することにした。
現代の船舶企画には多くの意匠デザイナーが関与するようになったがボートデザインには定まった手法がある訳
ではないので船舶が魅力ある外観や室内が実現することは多いに結構である。
ただ、乗り物開発には“人の命をあずかる“ことを忘れてはならないし、建造コストへの配慮も大事である。
近年の小型船舶の開発に古典的な船舶設計者より意匠デザイナーを重用する面が目立つように感じるのは気の
せいではないと思う。
これは船舶設計者の感性能力不足もあるが、重要な技術的要素が無視されてはならない。
つまり、船舶は自然に翻弄される流体に浮かんでいることを忘れてはならないのである。
安全性を確保するベースとなる喫水線や重量重心の検討は常に意識して外観や配置を決めることは基本で外観
の魅力はこれを満たしていることが重要である。
意匠デザイナーが船舶工学のプロ知識があれば問題はないがこれを学ぶことは容易ではない。
また船舶技術者が感性を磨くことも重要であるがこれも容易ではない。
そうであれば意匠デザイナーと船舶技術者がお互いにリスペクトすることが重要である。
残念ながら最近建造された小型船舶で著しい重量超過の例を知り心配になって来た。
建造途中で重量超過に気がつき対策が講じられれば良いがそのまま完成させるのは造船所の組織機能が働いてい
ないことを意味する。
乗り物開発では開発日程遅延とコストアップ問題でプロジェクト中止や撤退のニュースを聞くことが多々ある。
戦時では目的がはっきりしており新しい技術を優先し短期間で人材育成も成果があり、戦後の日本の経済成長は
この優れた人材により支えられたと言えるが、現代社会はこのような余裕はないので適材適所の組織確立が
プロジェクトの成否となる。
事業経営ではプロジェクト失敗は大きな損失であるが技術者には能力アップと貴重な経験となるので事業撤退で
はなく再度のチャレンジ機会があることが望ましい。
平時の人材育成は企業努力も採算重視では限界があり、国の方針や教育機関の充実が大事なファクターとなる。
日本ではある時期(1960年代後半)から教育機関が政治に翻弄された結果、体系的な人材育成が壊れて
しまったように思われる。
その結果、日本の製造業の危機が問題となり久しいがこれを解決するには国の方針や教育機関の修正が必要で
時間がかかる課題である。
優秀な人材の定義はないが活動でそれぞれ成果が認められる人は優秀と言って良いが同じように頭の良いことが
優秀と勘違いすることも多いようだ。
現代社会は性別、学歴、学閥、業歴で組織が編成され評価される傾向が長年続いている。
人の才能は記憶力、思考力、感性など同列では評価できないはずだが現代社会は教育が重視されるようになると
教育を受けるのに競争原理が取り入れられビジネス化されて弊害も多く見受けられる。
本来、人の成長と教育の最高学府(大学、大学院)は最も高度の教育や研究を受ける場であるはずだが現実は人
として最も大事な理念形成や人格形成が多いに成長する大事な青少年期が学歴を取得するためにスポイルされ
てはいないだろうか?
もちろん日本は多くの高等教育を受けた人材が社会へ供給されているはずだが、長年の経済停滞や閉塞感の
ある社会構造は教育のスキルと思考判断力のバランスが採れていないように考えられる。
さて、ボートデザイナー育成の観点で述べると優秀な人材は開発作業では高度な設計スキルと判断力とのバランス
能力を発揮することが重要である。
ボートデザイナーは得意とする素質は多いに活かすべきだが拘ってはならないのである。
プロジェクトリーダーが万能であるのは困難だが専門以外でも評価や判断できる能力は持つべきである。
ただ、小型船舶のボートデザイナーは万能に近い能力を持つよう努力すべきだろう。
利益が求められる事業開発は企画の要点を満たす技術力、コスト意識、開発期間の厳守が極めて重要であり
プロジェクトリーダーはバランスの採れた作業を実施することが求められているのだ。
残念ながら日本が閉塞感に陥ったころからコストや技術を無視し感性を優先し、バランスが崩れた商品開発
も多々見受けられるようだ。
筆者は幼少期から船に興味を持ち18才頃には漠然とボートデザイナーを意識するようになり55年以上が経過した。
その間の業歴等は“ボートデザイナー入門”でも記述したが今回の“ボートデザイン開発編”では過去の開発案件で得
られた必要な技術や考え方を判り易く解説したい。
開発作業で使用したアプリや図面等も可能な限り公開する方針なのでボートデザイナーを目指す若者の参考と
なれば幸いである。
筆者の近況は“物作り”で始まった活動も、老後の生き甲斐として“環境に優しい船“をストックデザインとして
マルチハルモーターセーラーの設計を続けているが高齢となり少し限界を感じる毎日である。
令和7年4月22日 中尾 浩一![]()
目 次
まえがき 1. 舟艇に関する基礎知識 1-1 船舶用語 1-2 船体形状に関する基礎知識 1-3 抵抗及び推進 1-4 速度チャートの使用法 1-5 船体構造及び安全性 1-6 船舶関連法規2. 新時代のマリン事業 2-1 船の歴史と高速化 2-1-1 新型式船とは 2-1-2 新型式船の種類 2-1-3 ハイテク造船業とは 2-2 環境に優しい船 2-2-1 再生可能エネルギーの利用 2-2-2 風力利用の活用 2-2-3 期待される“環境に優しい船” 2-3 マリン事業の方向性 2-3-1 マリン事業の留意点 2-3-2 日本でマリン産業が発展しない理由 2-3-3 問題点に対する対策 2-3-4 マリン事業の基本方針 2-4 商品企画 2-4-1 舟艇の分類 2-4-2 市場分析 2-4-4 事業企画(開発艇の選択) 2-4-5 企画開発及び開発コスト 3. 企画開発および管理 3-1企画(例:超高速海上タクシー) 3-1-1企画の背景 3-1-2企画の解説 3-1-3企画の課題 3-1-4モデル開発 3-1-4水面効果翼船の課題 3-2インテグリティスタンダード(適用法規、目標基準) 3-2-1目標基準(インテグリティスタンダード) 3-2-2開発報告書(インテグリティレポート) 3-3開発組織(プロジェクト)の編成(開発技術力の基礎) 3-3-1人材選抜 3-3-3組織編成(役割と人材配置) 3-4標準化(開発技術力の基礎) 3-4-1 はじめに 3-4-2 標準化の範囲 3-4-3 標準化の準備 ●システム番号付与規定 ●図面番号及び部品番号の採り方 ●標準部品番号の採り方 ●専用部品番号の採り方 ●固着釘部品番号の採り方 ●パーツ用語集(パーツリストのひな形) 3-4-4 標準化の例(ボート設計標準-Boat Design Standard) ●ボート設計標準 ●標準化の体系 ● ボート設計標準(基準)の分類表 ● 設計基準の例 ●大型艇の設計標準化 ●ボートデザインハンドブック(BDH) ●製図基準 ●設計承認資料申請(JCI,NK) 4. 実際の開発作業 4-1企画の狙いと評価(フィージビリティスタディ:PHASE-0) 4-1-1企画のながれ 4-1-2インテグリティスタンダード(適用法規、目標基準) 4-1-3企画書作成(例:カタマランモーターセーラーCAT33) 4-1-4主要寸法の検討 4-1-5性能の検討 4-1-6外観スケッチ、一般配置図、簡易ラインズ、中央横断面図作成 4-1-7室内配置、機器配置、配管、電気系統検討図 4-1-8コスト検討 4-1-9初期製造仕様書の作成 4-1-10プレゼンテーション資料の作成 4-1-11初期開発大日程の作成 4-1-12インテグリティレポート(企画開発検討報告書) 4-1-13企画開発会議(プレゼンテーション) 4-1-14企画開発稟議(開発会議、稟議) 4-2基本設計1(技術検討:PHASE-1) 4-2-1基本設計1のながれ 4-2-2一般配置図、ラインズ決定、主要構造図作成 ●一般配置図 ●総トン数の検討 ●ハル、デッキ、主要ラインズ作成 ●ハル、デッキ、主要構造図、補強材一覧図 ●強度検討(軽構造船暫定基準、FRP船特殊基準) ●中央横断面の検討 4-2-3主要寸法の決定と排水量計算 ●主要目の決定 ●排水量計算 ●トリム計算(浮き姿) ●GM値の検討 ●復原性の検討 ●定員計算 ●区画浸水検討 ●フローテーション基準 ●耐久テスト 4-2-4機関機器配置図、配管系統図、電気系統図作成 ●機関機器配置図(換気計算、機関関連配管、排気装置、燃料配管) ●プロペラ軸系図(プロペラ直径、ピッチ、プロペラ軸の検討) ●機関室配置図 ●舵断面形状の検討 ●舵取り装置検討(舵強度検討、舵取り装置力量検討) ●換気計算書 ●諸管艤装の検討 ●ビルジ経路図 4-2-5室内配置 ●室内配置図 4-2-6甲板艤装検討図(係船装置、ハッチ、窓、換気装置他) 4-2-7電気艤装検討図 ●電源装置の検討 ●総合電源系統図 ●電動船外機による簡易ハイブリッド推進の検討 ●本格的なハイブリッド推進の検討 4-2-8製造仕様書の作成 ●主要機器の注文仕様書作成 4-2-9重量重心計算1(主要構造、艤装品) ●ハル外板重量重心 ●ハル補強材重量重心 ●デッキ構造重心計算 ●艤装品重心計算 ●完成、軽荷および重荷重量重心計算 ●速力性能と安全性検討 4-2-10模型テスト及びモデリング ●水槽試験(性能検討) ●モデリング 4-2-11基本設計検討報告会議1 4-3基本設計2(基本設計決定:PHASE-2) 4-3-1基本設計2のながれ 4-3-2一般配置図、構造図作成 ●一般配置図 ●ハル、デッキ、構造詳細図 4-3-3機関機器配置図、室内配置、配管、電気系統図作成 ●機関機器配置図 ●機関関連配管、排気装置、燃料装置他、機関冷却排水装置図 ●防音防熱装置図 ●舵強度検討(舵断面および打軸強度検討、舵取り装置力量検討) ●操縦操舵装置図(操舵装置、機関制御、航海機器制御) ●諸管装置図(海水、清水、汚水、ビルジ) 4-3-4室内配置図および艤装図 ●人間工学的検討 ●室内配置図、スケルトン図 4-3-5甲板艤装図(係船装置、ハッチ、窓、換気装置他) ●係船揚錨装置 ●安全レール類 ●ハッチ倉口、コーミング ●生簀 ●甲板艤装図 4-3-6電気艤装図(電源装置、充電装置、直流、交流他) ●電気系統図(直流、交流) ●電気艤装図(電装品配置、配線他) 4-3-7製造仕様の決定 ●製造仕様書 ●主要注文仕様書検討(船体材料、主機関等) ●初期パーツリスト(寸法、重量、購入価格他) 4-3-8重量重心計算2(完成重量、軽荷重量、重荷重量) 4-3-9主な確認項目 4-3-10発注仕様書、コスト検討 4-3-11開発大日程の決定 4-3-12プレゼンテーション資料の作成2 4-3-13開発会議(基本設計2確認、ヤード設計引継ぎ会議) 4-3-14基本設計稟議(開発会議、稟議) 4-4ヤード設計(詳細設計、製造検討:PHASE-3) 4-4-1ヤード設計の流れ(構造、艤装、試作、予算、開発日程の検討) 4-4-2ハル構造 ●ハル構造詳細 ●ハル補強材一覧図 ●ハルフロア構造図 4-4-3上部構造 ●上部構造図 ●上部構造補強材一覧図 ●上部構造フロア構造図 4-4-4機関機器艤装 ●機関機器艤装図(機関関連配管、排気装置、燃料装置他) ●主機関の取付け ●プロペラ ●プロペラ軸、船尾管 ●燃料タンク ●防音防熱装置図詳細 ●機関室換気計算 4-4-5操縦操舵装置詳細図(操舵装置、機関制御、航海機器制御) ●操舵および機関制御装置図詳細 ●救命及び防火装置図詳細 4-4-6諸管艤装詳細(海水、清水、汚水配管) ●諸管艤装図詳細 4-4-7甲板艤装詳細 ●小型艇の甲板艤装図の例 ●大型艇の甲板艤装図の例 ●業務艇の甲板艤装図の例 ●係船揚錨装置 ●安全レール類 ●ハッチ倉口、コーミング ●生簀の詳細 4-4-8室内艤装詳細 ●スケルトン図 ●インテリアプレゼンパネル ●室内艤装図1 ●室内艤装図2 4-4-9電気艤装詳細 ●電気系統図詳細(直流、交流、電力計算書) ●電力計算書 ●電気艤装図詳細1(船体内配線経路) ●電気艤装図詳細2(天井裏配線経路) ●配電盤 ●ワイヤーハーネス 4-4-10開発設計仕様最終確認(基本設計部門へフィードバック) ●船体構造重量重心集計(ハル構造、デッキ構造、艤装品) ●室内艤装、電気艤装品の重量重心集計 ●完成、軽荷および重荷重量重心計算のまとめ ●安全性検討(浮き姿、復原性、GM値、定員、区画浸水) ●品質管理基準 5. 試作、試験、評価、承認作業 5-1試作艇建造 5-1-1試作工程検討 5-1-2原図 5-1-3木型製作(オス型)木型プレゼンテーション(モックアップ) 5-1-4メス型製作(型磨き、仕上げ、からめくり) 5-1-5ゲルコート吹付け(バックアップゲルコート) 5-1-6基本積層 5-1-7補強材取付け 5-1-8離型 5-1-9トリミング 5-1-10ハル組立て(ハルライナー、エンジンベッド、トランサムボード) 5-1-11デッキ艤装(回り止め、デカワッシャー、カップリング前に行う作業) 5-1-12電気艤装(ワイヤーハーネス) 5-1-13プールテスト、完成検査 5-1-14完成艇の重量重心確認 5-2完成、試運転 5-2-1完成、軽荷および重荷重量重心計算 5-2-2重量重心査定試験 5-2-3試運転 5-2-4完成仕上げ 5-2-5船体検査(型式承認、予備検査) 5-2-6保管、輸送 5-2-7商品プレゼンテーション(商品性、カタログ、マニュアル、意匠登録) 5-2-8市場発表(取材、ディーラーショー) 5-2-9モニタリング 6 生産移行、品質管理、保管、アフターサービス 6-1 生産用図の作成(改訂、型改造、生産移行説明) 6-2 生産試作問題点会議 6-3 量産移行(改訂通報、マーケッティングニュース) 6-4 品質管理 6-5 量産艇生産-輸送、保管(シュリンクラップ) ●試運転、テスト方案、試験成績書(性能確認、耐久テスト、強度試験) ●船体検査(型式承認、予備検査) ●輸送、保管 ●商品プレゼンテーション(商品性、カタログ、マニュアル、公表諸元) ●設計承認申請 7. あとがき 付録リスト ●船舶用語集(エクセル) ●システム番号付与規定(エクセル) ●パーツ用語集(エクセル) ●サイズ別パーツリストサンプル(エクセル) ●固着釘部品番号の採り方(ワード) ●標準部品番号採り方の採り方(ワード) ●専門部品番号の採り方(ワード) ●固着釘部品番号の採り方(ワード) ●JCI設計承認検査申請書(エクセル) ●アルファクラフトボート製図基準(ワード、Vellum-CAD-30ページ) ●軽構造船の構造検討(エクセル) ●FRP構造船の構造検討(エクセル) ●耐久テスト検討(エクセル) ●区画浸水およびフローテーション検討(エクセル) ●ハイドロ計算(エクセル) ●復原性書式(エクセル) ●縦及び横傾斜計算(エクセル) ●舵強度検討(エクセル) ●総トン数計算(エクセル) ●電力計算(エクセル) ●船体断面係数検討(エクセル) ●建造工程表(エクセル) ●開発工程管理(エクセル) ●図面リスト(エクセル) ●開発工程管理表(エクセル) ●作業工程検討(エクセル) ●高速艇の抵抗および走行トリムを検討(エクセル) ●最大搭載人員計算書(エクセル) ●ガラス板厚計算(エクセル) ●適正機関出力基準(エクセル) ●最適プロペラ直径の検討(エクセル) ●最適プロペラ軸径の検討(エクセル) ●プロペラの性能検討(エクセル) ●設定プロペラの加速特性を検討(エクセル) ●設計承認検査申請書(エクセル) ●アルミ構造コスト設計計算(エクセル) ●FRP構造コスト設計計算(エクセル) ●換気区画計算書(エクセル) ●縦曲げ試験の省略(エクセル) ●生け簀の要件(エクセル) ●試運転方案および成績書サンプル(エクセル) ●試運転方案および成績書サンプル(エクセル) ●静荷重試験方案および成績書サンプル(エクセル) ●作図で使用する艤装品ツール(CADおよびグラフィックソフト)