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訳者
矢崎源九郎(やざき・げんくろう、1921~1967)
一言でいうと
アンデルセンをはじめとする北欧文学を翻訳した言語学者。アザール『本・子ども・大人』の訳は一世を風靡。
解説
 子どものころ、母に読んでもらった岩波少年文庫版『ニルスのふしぎな旅』の翻訳が、矢崎源九郎でした。これまで登場してきた訳者たちが、何らかの職業を持ち、副業として北欧文学を翻訳したのに対し、矢崎は言語学のエキスパート。45年という短い生涯に、翻訳を含め100冊の著書を刊行しました。ちなみに、俳優の矢崎滋のお父さんです。
 矢崎は、一九二一年山梨県生まれ。東京教育大学の助教授として、言語学の研究・教育に携わる傍ら、児童文学を中心に、膨大な訳書を残しました。この人のすごいところは、北欧語各国語ができる(アンデルセン=デンマーク語、イプセン=ノルウェー語、ラーゲルレーヴ=スウェーデン語)だけでなく、イタリア語や東南アジア系の言語もできることです。矢崎滋によると、20歳くらいで十数か国語をマスターしていたそうです。家では、いつも重厚な書斎で外国語の勉強ばかりしている威厳あるお父さんだったのに、「そのくせ、外国へ行くのが怖くて、どこにも行ったことがないんですよ。だから、父の外国語はあくまでも読み書きであって、まったくしゃべれなかったんじゃないかと思うんです」。
 アンデルセン『絵のない絵本』は、月が眺めた世界の情景を短いページ数で語った小話を集めたもの。言葉だけで絵的な情景を「見せる」作品として、わたしが宮澤賢治『注文の多い料理店』の序文の次に好きな作品です。
 ラーゲルレーヴ『ニルスのふしぎな旅』は、数十種類の日本語訳があり、わたしはそのうち4種類くらい読んでいますが、個人的には矢崎訳が頭一個抜きん出て好きです。全2部のうち、第1部のみがほぼ完訳で、第2部があらすじだけなのがすごく残念です。ちなみに、後書きに、冬休みに同作を訳していたら、子どもたちが早く続きをとせがむので、「こたつに入っていっしょうけんめい訳しました」とあり、矢崎滋を見る度にこの文章を思い出します。
 アミーチス『クオレ 愛の学校』は、イタリア児童文学の古典。実は読んでいないのですが、「母を尋ねて三千里」は、同書の挿話です(ということを、このコラムを書くためにいろいろ調べていて知りました)。
 自分は翻訳をしたことないのに生意気を言うようですが、矢崎の訳は、すごく流麗とか、原作よりも原作の雰囲気が出ているとかいう、いわゆる「名訳」ではないと思います。しかし、日本語が日本語として成立しているという、当たり前だけれどなかなかできないことが、どの訳を読んでもきちんとできている上、ぶれない安定感とこの人の訳なら絶対にはずれないという確信を抱ける訳です。それはおそらく、卓越した言語能力と、良い作品を選び出すセンスと、そしてものすごい勉強量に支えられてのことだろうと思います。学者として、とても尊敬できる北欧文学者です。
主な訳書・参考文献
・アンデルセン『絵のない絵本』新潮文庫、1952
・イプセン『人形の家(改版)』新潮文庫、1989
・ヤコブセン『ここに薔薇ありせば 他5編』岩波文庫、1953
・ラーゲルレーヴ『ニルスのふしぎな旅』(上下)岩波少年文庫、1953
・ハムスン『愛の悲しみ――ヴィクトリア』角川文庫、1957
・ウンセット『花嫁の冠』中央公論社、1966
・アミーチス『クオレ 愛の学校』(上下)偕成社、1992
・コルローディ『ピノッキオ』新潮文庫、1956
・アザール『本・子ども・大人』紀伊國屋書店、1957
・安野光雅・はかま満緒・NHK「日曜喫茶室」制作斑『日曜喫茶室 頭の特効薬』講談社、2000
ラジオ番組の記録。矢崎滋がゲストとして登場した回で、源九郎の思い出として、上にわたしが書いたようなことを話しています。
リンク
・吉田新一「十五年戦争期の絵本―My Choices』(PDF、平成17年度国際子ども図書館児童文学連続講座講義録「日本児童文学の流れ」)
講演者吉田新一の大学時代の師として、矢崎がちょっとだけでてきます。情報量は少ないですが、『ニルスのふしぎな旅』の訳者としてだけ知っていた矢崎の膨大な業績の一端を知るきっかけになった講演記録。その一つ前の神宮輝夫の講演記録は、非常に分かりやすい日本の児童文学史の総括です。