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北欧文学の訳者10選・5
訳者
山室静(やまむろ・しずか、1906~2000)
一言でいうと
日本で初めて北欧文学を体系的に紹介。翻訳多数。
解説
 北欧文学の好きな人なら、誰もが必ず一度はお世話になっている翻訳者が、山室静です。明治以降戦時中までの翻訳は、単発のものがほとんどですが、戦後の早い時期から、「北欧文学」を体系的に紹介し始め、その対象は、アイスランド・サガから同時代の児童文学まで、多岐にわたります。昭和和初期にマルクス主義運動に深く関わり、3度の拘留を経て転向した経歴の持ち主で、戦後の文壇をリードした雑誌『近代文学』の創刊同人でもありました。
 山室は、一九〇六年、鳥取県生まれ。一九二四年、長野県で小学校の代用教員となりますが、当時は関東大震災後の不況期にあたり、教え子やその家族を通じて農村の疲弊をつぶさに見た山室は、マルクス主義に傾倒します。一九三三年以降、三回にわたって拘留された後、転向し、戦後、同じ経歴を持つ荒正人、小田切秀雄、平野謙、本多秋五、埴谷雄高、佐々木基一とともに、雑誌『近代文学』(一九四六~六四)を創刊し、終刊号では編集を担当するなど、「言わば「近代文学」と生死を共にしたとも言える密接な関係をもった一人」でした 。山室自身は、自らの同人活動を、「北欧文学の研究などにあまり他人のやらない道を開くことにつとめたが、結局埋め草的存在に終始した」 と回想しています。
 『北欧文学の世界』は、北欧文学の通史。古代から山室の同時代までの北欧文学が、通史的・網羅的に紹介されているほか、主要作家に関しては、ここに詳しい説明があります。『北欧文学ノート』は、もう少し軽めのエッセイ集です。
 中世の北欧文学を紹介したものとしては、『サガとエッダの世界―アイスランドの歴史と文化』や、グレンベック『北欧神話と伝説』の翻訳があります。
 児童文学の翻訳も多数手がけています。リンドグレーン『ロッタちゃんの引っ越し』、『小さいロッタちゃん』などの『ロッタちゃん』シリーズ、ヤンソン『たのしいムーミン一家』、『ムーミン谷の仲間たち』、『ムーミン谷の冬』の『ムーミン』シリーズなどです。アンデルセンに関しては、偕成社文庫と新潮文庫の全集の一部を訳しているほか、伝記『アンデルセンの生涯』を書いています。
 個人的には、近代文学の翻訳が秀逸だと思います。ヤコブセン『ニイルス・リーネ』は、山室が北欧文学を志すきっかけになった作品。ビョルンソン『日向が丘の少女』は、北欧文学愛好者の中に、ファンがものすごく多い作品です。
 ハルドル・ラックスネス(Halldór Kiljan Laxness, 1902-1998)という、アイスランドのノーベル賞作家がいるのですが(ここでトリビア!現時点で、アイスランドでノーベル賞を受賞したのは、ラックスネスだけです。しかし、アイスランドは人口がものすごく少ないので、国民の数に対するノーベル賞受賞者のパーセンテージは、世界一です)、この人には、荒正人と一緒に会いに行っています。『北欧文学の世界』には、山室とラックスネスのツーショット写真(荒が撮影)、荒正人『ヴァイキングの末裔―北欧紀行』(河出書房、1962)には、ラックスネスと荒のツーショット写真(山室が撮影)が掲載されています。ちなみに、荒は、このエッセイ集の中に「サガの伝統をつぐ〈独立の民〉ノーベル賞作家ラクスネスに会う」という文章を寄せています。未読ですが、山室は、ラックスネス『独立の民』を訳しています。
 これまでにもご紹介したとおり、北欧文学の翻訳は、実は、明治期からそれなりの数出ています。しかし、個々の作家が単発に訳された例が多く、「北欧文学」という形で、体系的に紹介したのは、おそらく山室が初めてだろうと思います。扱う範囲が広いだけに、広く浅くという面があることは否定できませんし、間違った情報も少なくありませんが、そうしたことは、今後の研究者が少しずつ修正していけばいいわけで、この人なくして現在の北欧文学はないと言えるでしょう。
主な訳書・参考文献
・山室静『北欧文学の世界』東海大学出版会、1969
・山室静『山室静著作集1 現在の文学の立場』冬樹社、1972
・山室静『北欧文学ノート』東海大学出版会、1980
・リンドグレーン『ロッタちゃんのひっこし』(1966)、『ロッタちゃんとじてんしゃ』(1976)、『ロッタちゃんとクリスマスツリー』(1979)、『ちいさいロッタちゃん』(1985)、偕成社
・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』(1979)、『たのしいムーミン一家』(1980)、『ムーミン谷の冬』(1990)、講談社
・スウェンソン『ノンニとマンニの冒険』、国土社、1990
・『ヤコブセン全集』1~4、蒼樹社、1947
・ヤコブセン『死と愛 ニイルス・リイネ』角川書店、1951
・ビョルンソン『日向が丘の少女』、角川書店、1954
・アンデルセン『絵のない絵本』(いわさきちひろ絵)、童心社、1966
・アンデルセン『おやゆび姫 アンデルセン童話集2』、新潮社、1967
・『アンデルセン童話集1』、『アンデルセン童話集2』、偕成社、1978
・山室静『アンデルセンの生涯』、新潮社、2005
・ラックスネス『独立の民』(林穣二、山口琢磨と共訳)、講談社、1957
リンク
佐久市立図書館
山室は、幼少期を過ごした長野県佐久市に、所蔵本を寄贈しました。現在、佐久市立中央図書館の「郷土作家コーナー」に、その寄贈本が収められています。