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単語
systembolaget, personnummer
発音
シュステムボーラーゲット,ペルションヌンマー
意味
アルコール専売公社、個人番号
文法
systembolagetは、system(システム)とbolag(会社)の合成語
personnummerは、person(人)と数字(nummer)の合成語
解説
 今回取り上げるsystembolagetとpersonnummerは直接の関係はないのですが、「国家と国民の関係」というキーワードから見ると興味深い語彙ではないかと思うので、併せて紹介します。
 systembolagetは国営のアルコール専売公社です。スウェーデンでは産業革命期以降アルコール被害が深刻で、1955年からsystembolagetによるアルコール抑制政策が行われています。ビールやワインはスーパーでも買えますが、アルコール度数3.5%以上のお酒は、systembolagetで身分証(外国人の場合はパスポート)を見せなければ購入できません。
 更にお酒には高い税金がかけられています。スウェーデンは税金が高いことで知られますが、その中でも酒税は高額です。 スウェーデンの税務署HPの「酒税」を参照すると、ワインとビールは、アルコール度数に応じて1リットルにつき、
・~ 2.25%⇒ 0.00SEK
・~ 4.50%⇒ 9.19SEK(113円)
・~ 7.00%⇒13.58SEK(169円)
・~ 8.50%⇒18.69SEK(232円)
・~15.00%⇒26.18SEK(325円)
・~18.00%⇒54.79SEK(679円)
  ※2018年5月28日のレート1SEK=12.40円で換算。以下同。

アルコール度数が1.2%以上22%未満のmellanklassprodukter(直訳すると「ミドルクラスプロダクト」。シェリー酒、マデイラ・ワイン、ポートワインなど)では、
・~15.00%⇒32.99SEK(409円)
・~22.00%⇒54.79SEK(679円)

スウェーデン語ではリキュールやstarkspritと呼ばれる22%以上のお酒は「エチルアルコール」(etylalkohol)と呼びます。エチルアルコールの酒税は「お酒の量」ではなく「含まれるアルコールの量」によって決まるようで、
・アルコール1リットル⇒516.59SEK(6405円)
税務署HPによれば、たとえば「アルコール度数40%のウォッカ25リットルには10リットルのアルコールが含まれる」ので、酒税は「516.59SEKx10リットル=5165.90SEK」です。つまり、
・「アルコール度40%のウォッカ1リットル」⇒206.64SEK(2562円)
となります。

 ちなみに、日本では酒類の分類方法や税率が違うので、単純比較はできませんが、国税庁HPの酒税一覧表(2006年5月1日~。税率は2020年以降段階的に変更予定)に掲載された数字を「1リットル」に換算すると、
・ビール⇒220円
・醸造酒類(清酒、果実酒など)⇒140円
・21%未満の蒸留酒類(焼酎、ウォッカなど)⇒200円
・「アルコール度数40%のウォッカ」⇒400円
と、ビールはむしろ日本の方が税率が高く、アルコール度数が高いお酒ではスウェーデンの税率がすごい、ということが分かります。
 ところで、systembolagetは「結構かわいい」です。建物には公式ウェブサイトの左上のロゴが付いていて、街中でもよく目立ちます。わたしは二度ほど日本酒を買いましたが、かわいい袋に入れてくれます。今回調べてみたところ、袋をデザインしたのはHappy F&Bというデザイン会社。この会社のsystembolaget関連のサイトには袋の写真は載っていないのですが、フリーランスのデザイナーさんのサイトで紹介されています。リンク先の一番下の画像です。
 
 personnummerは、10ケタの個人番号で、生年の下2ケタと月日からなる6ケタ+出生地コード2ケタ+性別1ケタ+確認番号1ケタで構成されます。1947年に導入され、全国民に導入したのは世界初だったそうです。日本で近年始まった「マイナンバー」に相当するものですが、スウェーデンには日本のような戸籍制度はなく、日本では住民票や戸籍謄本を使って手続きをするような場面を含めたあらゆる場面でこの番号が用いられます。大学に学籍登録をするときも、図書館に登録するときも、銀行口座を作るときも、オンラインショッピングのIDを発行するときも。会員証が発行されず、personnummerを書いたIDカードで代用されることも多いのです。
 2008年にわたしは7か月間スウェーデンに留学しましたが、外国人でこの番号がなかったので、
・特別手続きをし、personnummerなしで登録する
・生年月日より下の4ケタは「9999」「XXXX」にする
・登録できない
のいずれかの対応でした。現在もスウェーデンのオンラインショッピングのサイトに登録できないため、登録の不要な古本サイトかデンマークのサイトで書籍を購入しています。
 なお、 ストックホルムの日本人会のブログ によると、外国人でも1年以上滞在する場合は税務署でpersonnummerを発行するそうです。

 では、systembolagetとpersonnummerがどう関係あるかというと、あくまで個人の感想ですが、この二つは「個人と国家の結びつき」「国家による個人の管理」の表れであり、それは「家族との結びつきの弱さ」のもう一つの側面だと思うのです。『図書新聞』3066号/2012年6月16日号(第5面、6月9日刊行)に掲載されたラーシュ・ノレーンの戯曲『悪魔たち』の書評に、わたしは次のように書きました。

こうした作品を、「きわめて北欧的」ととるか、「北欧らしからぬ」ととるかは、読者の抱く北欧像によるだろう。日本におけるスウェーデン社会のイメージは、高度な福祉国家という肯定的なものと、性的に奔放で、離婚率、アルコール依存症や精神疾患の罹患率、自殺率が高いという否定的なものの両極に分かれるように思う。スウェーデン文学を研究して、最も意外だったと同時に腑に落ちたのは、この両極が、実は一つの根を共有しているということ、すなわち、福祉国家を支えるのは、家族に対するきわめてドライな感情だということだった。多くのスウェーデン人にとって、老いて子の世話になることは、「自立」していない生き方で、自身も支えてきた福祉国家の構造の中で、職業人であるヘルパーや施設職員の助けを借りて暮らすことは「自立」なのだという。そうした強い「個人」の内部には、親子や夫婦であろうとも「他人」であり、血を分けていても、一緒に暮らしても、最後には決して分かり合えないという孤独感が黒々と横たわっている。

同じような感想は、ビレ・アウグスト監督のデンマーク映画『サイレント・ハート』(Stille hjerte, 2014)でも抱きました。この映画では、ALSを患う女性が(デンマークでは安楽死が認められていないため)自死を決め、最後に家族で集まります。診療所を運営する夫に自殺幇助をさせないため、主人公は体が動くうちに自殺しようとします。仮に「安楽死」を肯定する立場であったとしても、今日は多少の不自由はあるものの生活できていて楽しいこともある、今日より明日に劇的に悪くなるわけではない中で、本当に自殺しなければならないのか、それは今日でなくてはならないのか、そんなことを考えさせる映画でした。
 主人公は、自分でも熟慮し、家族も説得して決意を固めたはずなのに迷います。そんな主人公に対し、夫と長女は「あなたの意思を尊重する」「自殺はやめてもよい、家族に遠慮する必要はない」とは言いますが、「あなたに自殺してほしくない」「生きていてほしい」とは言いません。次女は「ママが死んだらいやだ」「わたしにはママが必要だ」と言って泣きわめくのですが、この次女は精神的に不安定でマリファナ中毒の恋人とくっついたり離れたりを繰り返し、自殺未遂もしています。わたしから見ると、次女の反応が当たり前で、夫や長女は冷たいように見えるのですが、社会の中できちんとした大人として振る舞い、家族生活を全うしているのは夫と長女で、次女は入退院を繰り返し、まともな人間関係を築くこともできない。その社会はわたしには冷たいものに写りました。
 それを良しとするか悪しとするかはともかく、「個人のあり方」「性のあり方」「人間関係のあり方」が「自由」であることの背景には、「家族の結びつき」の弱さがあるのだと思いました。
 
 今回、この特集をしてみてもうひとつ考えたのは、家族のつながりの弱さと個人の自立を支えているのが、国家と個人の結びつきの強さなのではないかということです。スウェーデンの国家は、SAOLを通じて国民の使う言葉を規定し、systembolagetを使って国民の飲酒文化と生活に深くコミットします。そして、誰もが生活のあらゆる場面で国家が発行するpersonnummerを活用します。福祉政策では「家族ではなく国家の援助を受けて生活する」ことが、国民の誇りを守っています。日本でしばしば見られる「個人⇒家族⇒国家」というステップに対し、スウェーデンは「⇒家族」を飛ばして個人と国家が直接つながっているのではないかなと思いました。
参考文献
参考URL
関連業績
・中丸禎子「書評 ラーシュ・ノレーン『悪魔たち』」、『図書新聞』3066号/2012年6月16日号、第5面、2012年6月9日刊行
・Systembolaget 公式サイトhttps://www.systembolaget.se/
・スウェーデン税務署公式HP https://www.skatteverket.se/
           ・酒税
           ・個人番号
・日本の国税庁公式HP http://www.nta.go.jp/index.htm
           ・酒税の税率一覧表(PDF)
・Happy F&B 公式サイトhttps://happy.fb.se 
           ・Systembolaget関連デザイン
・ストックホルム日本人会 http://japanskaforeningenisthlm.se/bor-i-sverige/
・トーキョーノーザンライツフェスティバル2016「サイレント・ハート」特集ページ http://tnlf.jp/tnlf2016/silent_heart.html