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単語
hen, sambo
発音
ヘン、サムボ
意味
henは三人称を表す人称代名詞で性別を限定しない言い方。samboは「一緒に暮らすこと」
文法
samboはsammanboendeの略。sammanは「一緒に」という意味の前置詞・副詞、boは「住む」という意味の動詞で、boendeはその現在分詞形。A är sammanboende med Bで「AはBと同棲する」
解説
 わたしは2008年度に7か月間、スウェーデンのウップサラに留学しました。そのときに一番驚いたのが、家族と(家族の根幹となる)性のあり方が日本と大きく違うことでした。よく「北欧は男女平等だ」「女性の社会進出が進んでいる」と言われます。事実そうなのですが、わたしの印象では「<男性><女性>という確固とした枠組みがあり、その二者が平等」なのではなく、「<男性><女性>という区別の絶対性が日本よりも低い」のです。そしてそれは、性のあり方だけでなく、パートナーシップや家族のあり方の多様性にもつながっています。留学は10年前、そこから日本の状況もずいぶん変わりましたし、スウェーデンの状況も変わったはずです。以下は、この分野の最新情報というわけではなく、留学中に抱いた印象を今回の取材で少しだけアップデートしたエッセイとして読んでください。

 スウェーデンに行ってまずびっくりしたのが、トイレが男女に分かれていないことでした。といっても、すべて個室になっており、洗面台も個室内にあります。洗面台の前などの「トイレ空間」内で異性と一緒になることはなく、特に抵抗はありませんでした。次にたいそう驚いたのが、ユースホステルが男女相部屋(知らない同士でも)だったことでした。寝るときは上半身裸という男性もいて、これはものすごく嫌でした。日本のプールで上半身裸の人を見るのは平気なので、なぜ嫌なのかと言われたら答えられませんが、やっぱり習慣ですね。人の呼び方でも男女を区別しません。英語やドイツ語では名字で「~さん」と呼ぶときに、Mr.とMs.、HerrとFrauなど性別によって「さん」にあたるところが違います。古いスウェーデン語ではそうした区別があるのですが、現在は名字で「~さん」という言い方をせず、初対面の人や目上の人であってもファーストネームで呼びます。ファーストネームは呼び捨てなので、呼ぶときの男女差もないわけです。こちらは、男女差がないのは良いのですが、「目上の人を呼び捨てにする」「目上の人にも敬語を使わない」というのが最後まで慣れませんでした
 一方、男女の区別は全然ないかというとそうではなく、たとえばデパートの服売り場は男女別で、髪が長い人やスカートをはいている人はたいてい女性です(※女性のほとんどが髪が長いとか、スカートをはいているわけではないです)。日本に比べると女子学生のスカート率やお化粧率は低いのですが、パーティなどがあると女性の服装は圧倒的にスカートが多かったですし、わたしが見た範囲ではメイクをする女性はいても男性はいませんでした。つまり、<男(らしさ)><女(らしさ)>の規範はそれなりにあるのですが、それを意識する機会は日本より圧倒的に少なかった。ユースホステルの相部屋などの「いやな体験」も含め、自分がこれまで当たり前と思っていた「区別」は、異なる文化の中では当たり前ではないのだということが日常レベルで分かったのは良い体験でした。
 
 もう一つわたしが学んだのは、同性愛は当たり前だということでした。当時の日本では、文学研究の世界で性的マイノリティの問題はそれなりに扱われていましたが、LGBTという言葉は一般には浸透していませんでした。わたし自身は、自分では差別はないつもりでいましたが、今にして思えば恥ずかしいことに「自分は異性愛者なのに、同性の人に好かれたらどうしよう」という気持ちは持っていました。そうした中、ドイツやスウェーデンで、友だちに同性のパートナーを紹介される機会が何度かありました。異性愛者がすべての異性を恋愛対象にするわけではなく、生活に占める恋愛の比重もさまざまであるように、同性愛者もすべての同性を恋愛対象とするわけではなく、恋愛に強い興味がある人もいればない人もいるという当たり前のことが分かりました。パートナーの呼び方も、ある人は「ガールフレンド」と言い、ある人は「ワイフ」と言い、同性同士のパートナーでもお互いの位置づけや役割分担はさまざまでした(と同時に、呼び方がたいてい英語なのがちょっと気になりました。ドイツ語やスウェーデン語には適切な語がないのか、わたしに分かるように英語で教えてくれたのか…)。同性愛者・異性愛者に関わらず、仲良くなると恋話もするのですが、そのときに、スウェーデンでは必ず「あなたにはボーイフレンドもしくはガールフレンドはいるか」と聞かれました。ちなみにわたしが体験した恋話はすべて「女子トーク」で男性がいる場所ではそうした話題にはなりませんでした。
 そうした体験を通じて、「<同性愛者>と<異性愛者>がいて、その二者の間に決定的な区別がある」のではなく、性別はパートナーを選ぶときのたくさんある要素の一つに過ぎないことが分かりました。たとえば、恋愛において「見た目の好み」の重要度は人によって異なります。「どちらかというとこんな容姿が好きだな」という程度の好みを持つ人もいれば、まったく気にしない人もいるでしょう。あるいは「こうした容姿は恋愛対象外」という強いこだわりを持つ人もいます。そして、見た目が好みの相手であれば必ず恋愛対象になるわけではありません。性格や年齢、学歴、職業についても同じことが言えます。性別は、恋愛相手を選ぶ上でたくさんある要素の一つであり、そこに強くこだわる人もいればあまりこだわらない人もいる。異性愛者にとってすべての異性が恋愛対象であるわけではないのと同じように、同性愛者もすべての同性を恋愛対象とするわけではない。たとえば異性愛者が「自分が恋愛対象としない性格を持つ異性」に思いを寄せられれば、(相手に理由を告げるかどうかは別にして)性格が自分の好みと合わないことを理由にお断りします。「自分が恋愛対象としない性を持つ相手」に対しても、同じようにすればよいだけです。同時に、自分が対象外としていた見た目や年齢、性格の人とうまくいくこともあるので、対象外と思っていた性の人が魅力的ならば、対象を考え直せばいいのです。今から思えば当たり前なのですが、その当たり前のことをわたしは留学生活で学び、そんな当たり前のことを当たり前のこととして認識していなかった自分は、差別なんかしていないつもりで、実は様々な偏見に満ちていたことを知りました。
 
 前置きが長くなりましたが、ここからスウェーデン語の話です。
 スウェーデンでは、スウェーデンで暮らす外国人向けの語学学校に行きました。語学学校は長くて2カ月程度なので、さまざまなクラスに在籍しましたが、多くのクラスでスウェーデン人の講師から「スウェーデン社会の特色」として紹介されたのが、sambo(サムボ)という言葉でした。スウェーデン語の教科書の文化紹介欄にも必ず載っていました。つまりsamboは、スウェーデン人が「スウェーデンの特色」とみなす習慣といえます。
 samboとは、結婚(äktenskap)はせずに「安定的にパートナー関係を結んで一緒に(tillsammans)暮らし(bo)、家計を共にする関係」もしくは「そうした関係にある相手」を指します。こうしたパートナー関係は1800年代からあり、当初は「ストックホルム婚」(Stockholms äktenskap)と呼ばれました。「同棲」「事実婚」の一種です。日本の事実婚との違いは、sambolagen(sambo法、1987年成立)によって保護されていることです。たとえば、パートナーの遺産を相続する権利はなく(結婚している場合はある)、カップルの間に生まれた子どもの父親になるためには別途申請が必要(結婚している場合は、申請をしなくても子どもの母親の夫が父親となる)ですが、パートナーが死去した際にそのまま住居に住める、別居した際には同居時に購入した家具などを平等に分けられるなどの保証があります。
 現在、スウェーデンの子どもの半分以上は「結婚(äktenskap)」していないカップルから生まれます。一方、子どもの誕生を機にsamboをäktenskapに切り替えるカップルも多く、äktenskap関係の90%がsamboを経ているそうです。日本の内閣府に統計データがいろいろ出ていますので、一番下にリンクしておきます。
 
▲hen概念図
aそうした中、2015年、『スウェーデン・アカデミー単語リスト』(SAOL)にhenという人称代名詞が掲載されました。従来のスウェーデン語では、人を表す人称代名詞は、han(彼は/ハン、英語のheに相当)、hon(彼女は/フン、英語のsheに相当)、de(彼らは、彼女らは/ドム、英語のtheyに相当)の三種類でした。つまり単数の人を人称代名詞であらわす場合、その人の性別を男性か女性のどちらかに決める必要がありました。hen(ヘン)は、これらとは別の人称代名詞で、性別が不明な場合や、どちらでも良い場合、その人称代名詞であらわされる人物が性を規定されたくない場合に使用されます。
現在は、この人称代名詞のFacebookページがあり、上の概念図はそのプロフィール写真です。このページに投稿された記事によると、henの初出は1966年。2000年代、特に2013年以降に使用が急増し、2015年にSAOL掲載の流れとなったようです。

 スウェーデンにおける「女性の社会進出」「男性の育児参加率の高さ」に見られる「男女平等」を、わたしはこのように、「性の多様性」「パートナー関係の多様性」「家族の多様性」およびその多様性を支える「個人主義」として理解しています。
 日本の家族における性役割分担(男性は仕事、女性は家事・育児)の背景には、制度としても、国民・住民の理解としても固定化された「理想の家族」観があり、その中で、男性/父親と女性/母親のあり方も固定されることが多いように思います。スウェーデンでは、制度の面でも(個人差はあるが)国民・住民の意識の上でも、性のあり方、それに伴う人間関係のあり方が多様であり、その結果として「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」「家族はこうあるべき」という固定概念が日本よりも緩いのではないでしょうか。そしてそれは、スウェーデンにおいてはマイノリティであった自分が居心地良く過ごせたこと、「こうあるべきだ」と規定されない自己肯定観の背景でもありました。

 …と、今回は自分が肯定できる側面について書きました。同時に「個人主義」と「多様性」には「?」と思うところもあります。こちらについては第8回に書きたいと思います。
参考文献
参考URL
関連業績
内閣府経済社会総合研究所 右上の「内閣府共通検索」より「サムボ」で検索すると下記をはじめとするさまざまな調査結果がヒットします。
 ・研究会報告書等 No.11 スウェーデンの家族と少子化対策への含意
 ・アンケート調査からみるスウェーデンの家族・家庭生活(PDF)

・Facebookページhen