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単語
middag, smörgåsbord
発音
ミッダグ、スメルゴスブゥド
意味
正午・夕食、バイキング料理
文法
middagはmid(真ん中)とdag(日)の合成語で、もともと「正午」の意味。smörgåsbordは、smörgås(バターつきパン)とbord(テーブル、食卓)の合成語で、オープンサンドや飲み物を自分でとって食べる形式の料理。
解説
 オーストリアの作家ライナー・マリア・リルケの『マルテの手記』(1910)の最初のあたり、パリ在住の主人公がデンマークで過ごした幼少期を回想する際に、こんな一文が出てきます。「私の心の中にしっかりと保たれている、そう思えるのは、あの広間だけだ。私たちはそこに、昼食のために毎晩7時に集まるのを常としていた。」(Ganz erhalten ist in meinem Herzen, so scheint es mir, nur jener Saal, in dem wir uns zum Mittagessen zu versammeln pflegten, jeden Abend um sieben Uhr.)「昼食」と訳したドイツ語はMittagessenで、Mittag(正午。mit=真ん中、Tag=日)とEssen(食事)の合成語です。実は、ドイツ文学者からわたしに寄せられる質問で最も多いのは、「なぜ夜7時に昼ごはんを食べるの?」

 ドイツ語のMittagはデンマーク語ではmiddag。『現代デンマーク語辞典』(大学書林)によると、middagは「正午.昼;昼食、ディナー(1日の中で主要な食事で、夕食のことが多いが、地方ではしばしば昼食とする)」とあり、その次の項目middagsbordは「食卓(特にディナー用)」。
 同じことがスウェーデン語のmiddag(デンマーク語と同じつづりです)にも言えます。『スウェーデン語辞典』(大学書林)によると、middagは「①正午 ②正餐(都会地では夕食、地方では午後4時ごろの食事) ③晩餐会」だそうです。おそらく、デンマークでもスウェーデンでも、昔は正午ごろに正式な食事をしていて、それを「お昼」と呼んでいたのでしょう。生活習慣が代わって、正式な食事の時間が代わっても「お昼」という言い方は残ったのではないかと思います。修論で扱ったラーゲルレーヴ『イェスタ・ベルリングのサガ』にも、「クリスマスのmiddag」というタイトルの章があり、リルケを通じてmiddag=夕食と知っていながら、「クリスマスの昼」だとかなり長いこと思い込んでいました。ドイツ語訳で「クリスマスの夕食」と訳してあり、「あっ!」と思ったのを覚えています。


▲ストックホルム在住のエイヴォルさんにごちそうになったmiddag。スウェーデン人の家に招かれると、ワイン、サケ、丸ごとゆでたジャガイモが定番です。ろうそくを立て、素敵なテーブルかけに大きなワイングラス。お料理は自分でとって食べます。左上がメイン料理。向こう側に見えるクラッカーのようなものはパン。スウェーデンの伝統的なパンはイーストが入っていず、薄くて丸いのです!


▲これは吉祥寺の「アルト・ゴット」(すべて良し)というスウェーデン・レストランで食べたもの。左上の写真のクラッカーみたいに見えるのがスウェーデンのパンです。右上の写真がメイン料理。左のミートボール&ジャムはスウェーデン料理の定番。右は「ヤンソン氏の誘惑」という料理ですが、日本でしか食べたことがありません。ヤンソンは、『ムーミン』の作者トーベ・ヤンソンとは無関係。左下は、フォーク置きがトナカイに。右下のブリュレは、スウェーデンでもスウェーデン料理として食べるかどうかは未確認。

 『マルテの手記』から100年以上たちましたが、スウェーデン語のmiddagは現在も「夕食」の意味で使われます。たとえば、グルメサイト「ストックホルムのおすすめレストラン」に掲載されたいくつかのレストランのホームページに行き、開店時間(öppettider)やメニュー(meny, menyer, menu)を見ると、「夕食」の意味でmiddagが使われています。 もっとも、どのお店でもmiddagという言葉が出てくるわけではなく、「昼食」「夕食」ではなく、「アラカルト」「コース料理」「デザート」等のカテゴリーに別れているお店では、middagという単語は見当たりません。 さて、ここで気になるのが、middagが「夜ごはん」なら、「昼ごはん」は何というのかということです。上記のメニューにあったのですが、お気づきになった方、いらっしゃるでしょうか?

答えはlunch。英語からの借用語ですが、スウェーデン語読みで「ルンチ」と言います。


▲ウップサラ大学の文学部の学食で食べたlunch。スウェーデン語には、「学食」やドイツ語のMensaのように、「大学の食堂」を意味する言葉がなく、学食もrestaurang(レストラン)と呼びます。1食65クローナで日替わりメニュー。2017年12月9日現在、1スウェーデン・クローナは13.4円。建物の写真は文学部。わたしが通っていた図書館は雪の下に半分だけ見える半地下にあります。

 さて、ここで記事を終わってもいいのですが、当ホームページでこれだけ食事のことが話題になることはもうないと思います。middagとは直接関係ありませんが、食にまつわる話題や写真をいくつかお届けしましょう。


▲スウェーデン名物ざりがに(kräftor)。8月に3週間だけ食べることができ、その時期はざりがにパーティを催します。ゆでたざりがにとシナップスとかを飲み、盛り上がる。手で食べたり、音を立てて汁をすすったりしてもよい、一種の無礼講パーティ。
上2枚は、スーパーのざりがにパーティコーナー。特殊な飾りつけをして楽しみます。中2枚は、ウップサラの語学学校で開催されたざりがにパーティの様子。左下は、そのパーティで歌った歌の歌詞。右下は、この時スウェーデンで買って帰り、いまもわたしの研究室に飾ってあるざりがにパーティ用ムーンマンです。
 

▲スウェーデンでは、外食すると高いので、基本自炊していました。きのこは安く、つやつやしておいしい。長期留学の帰国(9月末)直前にトナカイが解禁になったので一度だけ食べてみました。調理法が分からないのでステーキに。建物はいつも買い物をしていたスーパー「ICA(イカ)」。
 

▲日本でもネタ的な意味で割と知名度の高い「シュールストレーミング」。ニシンの缶詰なのですが、缶の中で発酵が進むため、缶がパンパンになり、開けると爆発して強烈なにおいと刺すような味がします。
それ自体の写真はないのですが、シュールストレーミングに扮した学生の写真があったのでご紹介。ウップサラの春祭り「ヴァルボルイ」では、様々なものに扮装した学生が筏でフィリス川を下るのです。右は、同じお祭りの午後に行う「帽子振り」の後の町の様子。ウップサラ大学卒業時にもらえる帽子をもって卒業生が終結し、図書館前で一斉に帽子を振り、その後は帽子をかぶり、野外でシャンパンを飲みます。大学町ウップサラらしい行事です。

 そして最後に。冒頭では、ドイツ文学者からの質問No.1としてmiddagを挙げましたが、職業を限定しない場合の多い質問No.1は「なぜバイキング料理はバイキング料理っていうの?」

 この質問に対する答えは、北欧研究者としてではなく、帝国ホテルのシェフ村上信夫さんの「私の履歴書」(『日本経済新聞』朝刊、2001年8月1日~ 31日)で知りました。ビュッフェ形式の料理を「バイキング」と命名したのは帝国ホテルです。1958年初頭、帝国ホテルは、パリのリッツ・カールトンで修行していた村上さんに、北欧料理「スモーガスボード」を学べ、と命令。村上はシャンゼリゼのシェフの伝手でコペンハーゲンに飛び、(ご自身曰く)付け焼刃のデンマーク語で「スモーガスボード」を勉強します。
 …ここでちょっと不思議なことが。「スモーガスボード」はsmörgåsbord(スメルゴスブゥド)を英語読みしたものなのですが、これはスウェーデン語。デンマーク語では、同じ料理のことを、Det kolde bord(冷たいテーブル。「冷たい」のは冷菜やハムだから)と呼ぶみたいです。デンマーク語にもsmörgåsに相当するsmørrebrød(バターパン)という言葉はあるのですが、これと「テーブル」を組み合わせたsmørrebrødsbordという単語は辞書に載っていません。村上が修業したデンマークのレストランでも、その料理はスウェーデン語でsmörgåsbordと呼ばれていたのか、帝国ホテルが先にsmörgåsbordという語を知ったけれども、伝手の関係でスウェーデンではなくデンマークに行くことになったのか、それとも、スウェーデンとデンマークの違いを帝国ホテルも村上も認識していなかったのかは謎です。
 それはともかく、「スモーガスボード」をマスターして帰国した村上のもと、1958年8月にビュッフェ形式のレストラン「インペリアル・バイキング」がオープンします。日本人になじみにくそうな「スモーガスボード」を避け、社内公募で「バイキング」という名称をつけたそうです。当時ヒットしていたカーク・ダグラス主演映画『バイキング』で、バイキングたちが豪快に食事をするシーンから着想を得たのだとか。帝国ホテル公式HPには、創業当時のメニューの写真が掲載されていますが、表紙にはバイキング船が描かれています。…というわけで、「バイキング料理」は北欧発祥だし、「バイキング」という単語も北欧語ですが、北欧語の「バイキング」は「バイキング料理」は意味しないのでした。
 なお、「文法」のところを調べていて気付いたのですが、smörgås(バターパン)は、もともとsmör(バター)とgås(ガチョウ)の合成語なんですね。デンマーク語の方はsmørre(バター)とbrød(パン)の合成語なのですが。スウェーデンではパンが手に入らないときに、もしかしてガチョウにバターを塗って食べていたのか!?などと想像が膨らみますが、これを調べるのは今後の課題とします。
参考文献
参考URL
関連業績
  • プロジェクト・グーテンベルク内:『マルテの手記』(ドイツ語)
  • ライナー・マリア・リルケ『マルテの手記』大山定一訳、新潮文庫、1953 (※34頁に当該の場面があり、Mittagsessenは「晩餐」と訳されています。「ただ、毎日晩餐の時間に集まる広間だけが、昔のまま今もこわされず僕の頭の中に残っている。きっかりそれは晩の七時だった。」)
  • 森田貞雄監修、福井信子・家村睦夫・下宮忠雄共編『現代デンマーク語辞典』大学書林、2011
  • アストリッド・リンドグレーン『やかまし村はいつもにぎやか』大塚勇三訳、岩波書店、1965 (※ざりがにをとる話があり、訳者あとがきにざりがにパーティについての説明があります。映画版では『やかまし村の子どもたち』に同エピソードあり)
  • バイキング料理の由来:帝国ホテル公式HP内 「バイキングの歴史」
  • 村上信夫「私の履歴書」『日本経済新聞(朝刊)』2001年8月21日(36面)、22日(36面)
  • 映画情報サイトallcinema内 カーク・ダグラス主演『バイキング』