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リンドグレーン15選・2
日本語版
1.大塚勇三訳『長くつ下のピッピ』(岩波書店、1964)ISBN:9784001150612
2.大塚勇三訳『ピッピ船にのる』(岩波書店、1965)ISBN:9784001150629
3.大塚勇三訳『ピッピ南の島へ』(岩波書店、1965)ISBN:9784001150636
スウェーデン語版
1.Astrid Lindgren: Pippi Långstrump, Stockholm (Raben och Sjögren),1945 ISBN:9789129657494
2.Astrid Lindgren: Pippi Långstrump går ombord, Stockholm (Raben och Sjögren),1946 ISBN:9789129657500
3.Astrid Lindgren: Pippi Långstrump i Söderhavet, Stockholm (Raben och Sjögren),1948 ISBN:9789129657524
作品紹介
 リンドグレーンの代表作と言えば『長くつ下のピッピ』。「リンドグレーン」という名前を知らなくても、スウェーデンの本だと知らなくても、ピッピは知っている、読んだことある、子どもの頃好きだった、という方も多いと思います。三部作で、第一作が『長くつ下のピッピ』、第二作が『ピッピ、船に乗る』、第三作が『ピッピ、南の島へ』。この他、絵本バージョンなどが色々と出ています。
 わたしが初めて触れたリンドグレーンの作品もピッピでした。小学校1年生のある日、母が第一作を買ってきてくれたのですが、夢中になって、すぐに第二作・第三作に突入、後書きまで丁寧に読んで、スウェーデンという遠い国のこと、ストックホルムという町のこと、クローナという通貨のこと、船の浮かぶ港のことなどに思いをはせました。わたしは小学校が(中学校も高校も)大嫌いだったので、学校に行かずに自由に生きて、力持ちで、理不尽な大人にも性悪な子どもにも屈しないピッピの存在は、憧れであると同時に救いでもありました。日常とは嫌なもので、でも、ピッピみたいな人がやってきてその日常が変わることはあり得るのだ、そう思わせる作品でした。その後紆余曲折を経るにせよ、スウェーデン文学者という人生は、ここで方向づけられました。

 それだけに、よく語られる「底抜けに楽しい話」「元気な女の子のハチャメチャストーリ―」「天真爛漫で悩みのないピッピ」といったイメージには、強い違和感があります。実は『ピッピ』は(たとえば『やかまし村の子どもたち』とは違い)、明確な始まりと終わりのある物語です。第一部の最初、毎日退屈に過ごしていた兄妹トミーとアンニカの家の隣の「ごたごた荘」に、女の子が一人で引っ越してきます。女の子=ピッピのお母さんはずっと昔に天使になり、お父さんは海で遭難して、9歳なのに一人暮らし。それを可能にするのは彼女の財力で、スーツケースの中には金貨がびっしりです(基本的にはピッピ好きなわたしですが、ピッピが別の子どもに金貨をあげたりするのは、当時も今もなんか嫌だなと思います)。ピッピによれば、お父さんは南の島で王様になっているはずで、第二作では、本当に黒人たちの王様になっていた(スウェーデンでは近年、白人が黒人の王になることについては批判があります。正しい批判だと思います)お父さんがピッピを迎えに来ます。一度は船に乗るピッピでしたが、トミーやアンニカたちが悲しんでいるのを見て、島に行くのを取りやめます。第三作では、トミーとアンニカも一緒に南の島に行き、黒人の友だちもできます。最後に「ごたごた荘」に帰った三人は、大人にならないために「生命の丸薬」を飲みます。自分たちの家に帰ったトミーとアンニカが、ピッピの家の方を見ると、ピッピは蝋燭の明かりの中で物思いにふけっていました。
 「もしピッピがこっちをむいたら、ぼくたち、手をふろうよ。」…でも、ピッピは、夢みるような目つきで、じっとまえをみつめているばかりでした。
 それから、ピッピは、ふっと、火をけしました。
この終わり方は、トミーとアンニカの前から、ピッピが永久に姿を消すであろうことを示唆しています。
 児童文学史は、現在勉強中なので、これから書くことが正確である保証はありませんが、戦前の児童文学は「子どもが成長する」ものが圧倒的に多いように思います。『長くつ下のピッピ』の初版は、第二次世界大戦が終わった1945年に刊行されますが、「大人に守られる子ども」「社会に育てられる子ども」の像を痛烈に批判したのみならず、主人公が大人になることを拒否して、これから大人になるトミーとアンニカの前から去るという、衝撃的な終わり方をします。

 「大人にならない主人公」と言えば、ジェイムズ・バリーの『ピーター・パンとウェンディ』(1911)がありますが、ピーターとピッピは、大人にならない理由が根本的に違います。『ピーター・パン』でネヴァーランドにいた子どもたちがロンドンに帰ることを決める場面は、次のようなものです。子どもたちの「お母さん」役のウェンディが、子どもたちが寝る前にお話をします。ウェンディは、両親は自分たちが出て行ってもずっと窓を開けて待っていてくれるのだと説きますが、ピーターは、「自分自身の体験」として、遊んで帰ってきたら窓は閉じられていて、自分のベッドには別の子どもが寝ていたという話をします。それを聞いて不安になったウェンディは、ロンドンに帰ることにします。海賊との戦いを挟んでロンドンに帰ってみると、窓はちゃんと開いていました。ウェンディと弟たち、ネヴァーランドの子どもたちは、ダーリング家に住むことにし、ピーターだけがネヴァーランドに戻ります。その際に、ウェンディのお母さんの唇の端に浮かんでいた、「誰ももらえなかったキス」を、ピーターはあっさりともらいます。
 「大人は子どものためにいつでも窓を開けて待っている」、このことを信じられなくなることで、ウェンディの子ども時代は終わります。実際には窓は空いていたわけですが、次に帰ってきた時にやはり開いていることが信じられないから、ウェンディは家に帰るわけですね。「いつでも開いている窓」を作るためには、ウェンディ自身が大人になり、自分で窓を開けておく必要があります。だからウェンディは、「大人になるのが好きな種類の女の子」として、「他の女の子より一日早く大人に」なります。一方のピーターは、「自分の家の窓が閉まっている」という体験を経ても、「どこかの窓が開いている」ことを信じ、また、どこの窓であっても、それが開いていることに価値を見出せます。「大人が子どもの自分を待っていてくれる」ということを信じられるからこそ、ピーターは永遠に少年でいられます。そこにあるのは、大人と子どもの究極の信頼関係です。
 ピッピは、そうではなくて、大人を信じないんですね。父親との関係も悪くなく、大人全員が嫌いなわけではない。でも、自分は大人になりたくないし、大人の世話にもなりたくない。左右そろったブルー・ストッキングではなく左右の色が違うロング・ストッキング姿で後ろ向きに歩くピッピは、知識と進歩と成長の価値を否定します。お金はあるのに、大人用のぶかぶかの靴を履くピッピは、大人にならない代償として、体に合わない大人の役割も引き受けます。「大人」と「社会」が躍起になって「子ども」を「立派な国民」に育てた第二次世界大戦が終わった時に、そうした子ども像が描かれたということを、「児童文学を愛する大人/研究者」として、これからきちんと考察していきたいと思います。

 ところで、ピッピというと、みなさんはどのような姿を思い浮かべられるでしょうか?岩波書店の「リンドグレーン作品集」の多くは、スウェーデン語原典と同じ挿絵が掲載されているのですが、実は『ピッピ』シリーズの挿絵は桜井誠さんによる日本オリジナル。スウェーデンでは、デンマークの画家イングリッド・ニイマンの絵で親しまれています。今見てもおしゃれな、アメリカっぽいカラフルなニイマンの挿絵は、1945年当時は衝撃的で、物語の内容とともに話題を呼びました。ニイマン自身は、『ピッピ』等で有名になるにつれ、精神を病んでいって若くして亡くなります。『ピッピ』以降のリンドグレーンの作品は、イロン・ヴィークランドによるものとなります。日本語では、ニイマンの挿絵のものは、絵本『こんにちは、長くつ下のピッピ』(徳間書店)などで見ることができます。

【関連写真】

▴リンドグレーン作品のテーマパーク「ユニバッケン」館内の案内板

ごたごた荘のピッピの部屋に飾ってあるエフライム父さんの写真▸


◀ピッピが暮らすごたごた荘

▾入口にぶら下がる二ルソン氏
他の翻訳・バージョン
【『長くつ下のピッピ』シリーズの別訳】
・尾崎義訳『長くつしたのピッピ』、講談社(青い鳥文庫)、1993
・下村隆一訳『長くつ下のピッピ』、偕成社、1988
・菱木晃子訳『長くつ下のピッピ ニュー・エディション』(岩波書店、2007)
 ※挿絵はイギリスの現代画家ローレン・チャイルド。リンドグレーン生誕100年を記念して刊行された新訳版です。
・冨原眞弓訳『新訳 長くつしたのピッピ』、アスキー・メディア・ワークス(つばさ文庫)、2013
・木村由利子『新訳 長くつ下のピッピ 船にのる』、アスキー・メディア・ワークス(つばさ文庫)、2014
※上記2冊は、「萌え絵」っぽい挿絵のバージョン。個人的には好みではありませんが。

【絵本など】
・いしいとしこ訳『こんにちは、長くつ下のピッピ』、徳間書店、2004
・いしいとしこ訳『ピッピ、公園でわるものたいじ』、徳間書店、2009
・いしいとしこ訳『ピッピ、南の島で大かつやく』、徳間書店、2006
 ※上記三作は、イングリッド・ニイマンの挿絵版です。
・いしいとしこ訳『長くつ下のピッピ 写真絵本』(写真:ボー=エリック・ジィベリィ)、プチグラパブリッシング、2005 ※スウェーデンのテレビドラマの場面を用いた写真絵本です。
関連書籍
・ジェイムズ・バリー『ピーター・パンとウェンディ』石井桃子訳、福音館書店、1972
出版社HP
日本語版 岩波書店
1.https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/11/1/1150610.html
2.https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/11/X/1150620.html
3.https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/11/8/1150630.html
スウェーデン語版 ラーベン・オ・シェーグレン社
1.http://www.rabensjogren.se/bocker/Utgiven/2003/1/lindgren_astrid-pippi_langstrump-kartonnage/
2.http://www.rabensjogren.se/bocker/Utgiven/2003/Vinter/lindgren_astrid-pippi_langstrump_gar_ombord-kartonnage/
3.http://www.rabensjogren.se/bocker/Utgiven/2003/Vinter/lindgren_astrid-pippi_langstrump_i_soderhavet-kartonnage/