Promised Love (1)



                             大斗保明



”桜井賢さま”

手紙の書き出しには必ずと言っていいほどオレの名前が入っている。貰う
手紙の大半はそうなのだが、時折、一番最後に書いてある手紙を貰う。

手紙のマナーなんてものは習ったこともないし、勉強しようとも思っても
いないので、何が正しくて何が間違いなのかよくわからない。

手紙というものは気持ちを伝えたり、現状を知らせたりするもので、形な
んてものは何でもいいと思っている。

大切なのは…気持ち。

どんなにキレイな文字で体裁の整った文章でも、気持ちが入ってなければ
心に伝わるものはない。

最後にオレの名を書いてある手紙は、いつもコンサート会場で貰う。手紙
だけだったり、プレゼントがついていたり…。

差出人の名前は書いてあるが、住所が書いてあることはなかった。

ただ、参加している会場を考えると、大体この辺…という大雑把なくくり
で住んでいる場所がわかる。

そして今日も、その彼女『(あや)()』から手紙が届いた。


今日の便箋は傘の柄だ。

文加から届く手紙の柄は必ずと言っていいほど季節を感じさせる便箋だ。
季節に合わせた便箋も売っているだろうが、選んでくれている…と思うと
嬉しいものだ。

文加の手紙の内容は大概が日々の事を綴ってあり、オレやアイツらの体調
を気にしてくれたり、他の手紙と大差はなかった。

時折ついてくるプレゼントのことが書いてあったりもする。

手紙が届くと「今年も参加出来たんだな」と安心する。

どうして…という理由が、特にあるわけではない。

なぜだろう?


この春ツアーも無事にというか、なんとか終了した。

この春は北へ南へと大移動したためか、ちょっと体調を崩してしまった。

これから秋ツアーのリハーサルがはじまるまでの間、休養を兼ねたバカン
スと、秋ツアーをのりきるための体力を養うことにした。

オレはこんなんだが、アイツらの活動はまだまだ続くようだ。

アイツらの前世はきっと、マグロとサメに違いない。常に動いていないと
酸素を補給できずに死んでしまう。きっとそうだ。

オレは…オレはなんだろう?馬…かな?それも観光地の。

観光客が来れば馬車を曳くために働き、観光シーズンが過ぎれば出番を待
つだけ。…やっぱり馬だな。


『マニアのほうにいくつかファンレターが届いています。馬場さんにお願
いしてありますので、お受け取りください』

留守番電話には、ファンクラブの女の子からのメッセージが残されていた。


「あれっ!?

文加からの手紙がある。会場で貰うことはあっても、ファンクラブに届く
なんて珍しいな。


“ちょっと体調を崩して、入院してしまいました。

 いつも桜井さんには「気をつけて」などとお願いしているのに、自分が
 体調を崩すなんて…。本末転倒ですね。

 もしかしたら、秋ツアーには参加できないかもしれません。今度こそ
(いつも、先行・一般で惜敗しちゃうんです)ツアー初日に参加したいと
 思っていただけに、ちょっと残念です。せめて地元と武道館には参加し
 たいと思ってます。
 それまで、ステージの上で待っていてください。

                              かしこ

桜井賢さま“

入院!?大したことなければいいけど、手紙には病名や症状が一切書いてい
ない。

手紙が書けるくらいなのだから、きっと大丈夫なのだろう。


梅雨のジメジメした季節も、照りつける太陽の季節も、共に肌に感じなが
ら過ごした。

ecoも気にかけ、体力をつける為にマウンテンバイクでジムに通った。
おかげで、高見沢まで…とはいかないが、かなり体が出来てきた。

あ…スーツ…着れんのかな!?前にジム通いした時のスーツが着れるかもし
れないな。仕立て直すなんて、もったいないもんな。


秋ツアーのリハーサルが始まった。

「桜井、久しぶり」

「よう、坂崎。テレビ、観たぞ」
「サンキュー。桜井は前に会ったときより、更にいい体になったんじゃな
 い?」

「そうか?」
「うん。この腕のあたりとか、胸のあたりなんて…もしかして腹筋、割れ
 た?」
「さすがにそこまではいかなかったけど、かなりしぼれたし、筋力がつい
 たんじゃないかな。秋ツアーは風邪にも気をつけないといけないから、
 体力はつけておかないとな」
「…触ってもいい?」
「ダメ」
「え〜、なんで〜!いいじゃん!」
「ダメ」
ガシッ!
「よう、桜井。いい体してんな」
「うおっ!」

いつの間にか入ってきていた高見沢に、後ろから腕とわき腹をつかまれた。

「なんだよっ!オマエはっ!やめろよっ!くすぐったいよっ」

「休んでる間に、こんなんにしてたのか」

「揉むなっ!」

「ずるっ!…高見沢ばっかり…」

「ずるいじゃないっ!!だからっ、高見沢!!揉むなっ!!」

「かたいな…このスケベが…」

ガッ!

「ホントだ〜、Hな体つきになってる」

「坂崎!やめんかっ!オマエらっ!!いい加減にしろ!!」


手紙が来た。

今回は参加できたのか?体調が悪かったらしいし…。


“せっかくの地元なのに、参加できません。残念です。

 この手紙は友人に持って行ってもらいました。武道館には何とか参加し
 たいと思っています。
 それまで、ステージで待っていてください。約束してもいいですか?

                              かしこ

桜井賢さま“


そんなに悪いのか?退院出来てないのか?


今年のイヴは少し雪がちらついた。

夏に体力をつけたためか、風邪もひかずになんとかなったようだ。

ステージに上がり、会場を見渡した。天井から数多の声が降り注いでくる。
新緑の森林の中に振る、何のけがれもない雨の様だ。

「ん?」

オレの前のほうにいる女の子…?

ああ、高見沢のファンなんだな。高見沢のほうばっかり見てる。

ごめんな、オレの前で。高見沢の前だったらよかったのにな。


手紙が来ていた。

おっ!武道館には参加出来たんだ。よかったな。

約束、ちゃんと守ったぞ。

“私は、約束を守れたのでしょうか?体調を崩して入院し、しばらくの後
 退院はしたのですが、生活をする準備をしていたので地元は不参加でし
 た。

 今日は友人の強運のおかげもあり、かなり前列で参加することが出来ま
 した。

  来春も頑張って参加します。それまで、ステージで待っていてくれます
 か?約束してもいいですか?

                              かしこ

桜井賢さま“

ん、いいよ。約束するよ。文加をステージで待ってるよ。


年も明け、気持ちを新たにする時が来た。

今年は2月に地元に帰らなければならない用があったので、珍しく東京で
新年を迎えた。

たまには東京の新年を味わおう…と、街へ出かけた。


いつも外に出ているわけではないので、この人ごみが普通なのか異常なの
か、判断がつかなかった。

新宿をぶらついていると、武道館で高見沢のほうばかり見ていた女の子を
見かけた。ひとりの販売員が彼女に声をかけたが、気がつかなかったのか、
素通りしてしまった。

「あっ!」

突然、彼女が跪いた。

「大丈夫ですか!?

「すみません。大丈夫です。いつものことですから。…大丈夫です」

そう言いながらも、とても辛そうだった。

「…大丈夫です。…大丈夫ですから」

周りを見渡してもすぐに座れるような場所もなく、しばらく彼女の体を支
えていた。


「ありがとうございます。…もう、大丈夫ですから」

「どこかで休んだほうが…」

「…大丈夫です。もう、大丈夫ですから…」
「あの…、つかぬことをお伺いしますが、イヴの夜に武道館にいらっしゃ
 いませんでしたか?」
「もう、大丈夫です…ありがとうございました」
なんだか話がかみ合わない…?
「あの〜、え〜っと…大丈夫?」
「…えっ!?あっ…桜…井さん!?
やっとオレの顔を見た彼女は、驚いたように言った。
「あの〜、イヴの日…」
「はいっ。参加させていただきました」
彼女はオレの顔をじっと見据え、こう言った。
「あの…なぜ私が武道館にいたこと、ご存じなんですか?」
「オレの前のほうの座席じゃありませんでした?」
「えっ!?
「高見沢、見てたでしょ?ずっと。なんだか目が行っちゃって」
「私っ!…私、高見沢さんを見ていたわけじゃないんです。…あの…
 その…私…桜井さんの声が聴きたくて…」
「オレの?」
「はい。桜井さんの声が聴きたかったんです。そうすると、どうしても
 高見沢さんのほうを見ることになっちゃって…」
「どうしても?」
「私…右側…聞こえなくなっちゃったんです。全くという訳ではないので
 すが。…だから…」
ああ、それで…。左側で聴くからあんな姿勢になるのか。
そういえば、オレ、さっきも彼女の右側にいたっけ。

「ごめん」

「いいんです。気になさらないでください」

「ごめん…。もう少し休んだほうがいいね。え〜と…っ」

「文加です。文加と言います」

「えっ!?文加さん!?

「…はい。文加ですが、なにか?」

あの…あの手紙の主がココに…ココにいる。

「え…ま…とりあえず、どこかで休みましょう」

「ありがとうございます」


新春の初売りでごった返している百貨店は避け、大通りから1本外れた路
の、なんの変哲もない喫茶店へ入った。

こんなところでも混んでいた。

テーブル席はすでに埋まっていて、カウンター席しか空いていなかったが、
これ以上文加を連れまわすわけにもいかず、そのままカウンター席に並ん
で座った。

いつもの癖で文加の右側に座ろうとしたところ、止められた。
「すみません。そちら側は…。テーブル席なら大丈夫なんですけど…」

「あ…ごめん。気が利かなくって…」

そうだ。右側は…。見た目が普通…って、失礼な言い方だよな。

人間、見た目じゃないのは、高見沢を見ればわかるじゃないか。

…周りの人たちは、全然気がついていないんだろうな。

さっきの販売員もわかってなさそうだった。

「何にする?」

「ミルクティーをお願いします」

店員にミルクティーとブレンドコーヒーを頼み、水を一口飲んだ。


「あの…さ。オレに手紙…くれた?」

「えっ…あっ…」

文加は赤面し、うつむいてしまった。

「ごめん。困らせつつもりはなかったんだ。申し訳ない」
「あ…ありがとうございます。あんな拙い文章を読んでくださって。ずい
 ぶん勝手なこと書いちゃってるし…」

「いや、いいんだ。入院…してたんでしょ?」
「はい。その入院の時、この右側、聞こえなくなっちゃったんです。歩く
 のにも不自由するほどのめまいがしたので医者に行ったら、大きな病院
 を紹介されて。突発性の難聴だったんです。投薬治療と高圧酸素治療を
 しました」
「大変だったんだ。今は大丈夫なの?」
「はい。バランスがとれなくなってしまったものですから、時々めまいも
 しますし、よく転びます。でも、お勤めもできますし、ちゃんとコン
 サートにも参加出来ました」


混んでいたためか、ようやくミルクティーとブレンドが運ばれてきた。
「私、桜井さんにお会いしたかったんです。

 あっ、こういう形でお会いするんじゃなくって、ステージに立つ桜井さ
 んにお会いしたかったという意味でですよ。地元のコンサートにも参加
 出来なかったので、イヴは必ず…って」

「勝手な約束をしてまで?」
「ごめんなさい。自分に自信が持てなかったんです。今、こうしているだ
 けでも信じられないのに、手紙を読んでくださり、更に憶えてくださる
 なんて」

「よく、オレってわかったね」

私服のうえに、髪をおろしサングラスも掛けていない。

「だって…桜井さんですから。その声は、ごまかせません」

「そっか。じゃ、ちょっと高くしてみようかな、高見沢みたいに」

声を高くして話をしたら、文加は声を転がし笑った。

元気そうでよかった。ちょっと心配してたんだ。


「混んできてるし、でよっか?」

「はい」

レシートを持って立った腕がつかまれた。

「いけません。自分の分は自分で払います」

「いいよ。ここはオレが払っておくよ」

「ダメです。もとは私がいけないんですからっ」

「ん〜。…でも、お店混んできてるから、とりあえずココはオレが」

「…はい」


「やっぱり、東京は混んでるな」

「ご実家には帰られなかったんですか?」

「来月、用があるんだ。そういう文加さんは?」
「私、お仕事結構休んじゃったんで、年末もギリギリまで出社して、年明
 けもすぐに出社なので、帰りませんでした」
「そうなんだ」
「今日はありがとうございました。明日から出社なので、今日はこのへん
 で。本当は、もっとご一緒したかったんですけれど…。

 思いがけなく桜井さんにお会いできて、とても嬉しかったです。ありが
 とうございました。更に一緒にお茶が出来るなんて、夢のようでした。

あっ…さっきのお代。お支払いします!」

「いいよいいよ。今日は出会えた記念ということで」

「いけませんっ」
「ん〜。じゃ、またコンサートに参加して、手紙くれる?お友達に頼むん
 じゃなくって、ちゃんと参加してだよ」
「…はい。わかりました。必ず参加して、手紙持っていきます」
「約束してもいいかな?」
そう言って手を差し出した。もちろん小指を立てて。
「…はい。約束…ですね」
小指と小指を絡ませた。
「「♪指きりげんまん、ウソついたら針千本飲〜ます」」
お互いちょっと恥ずかしく、笑ってしまった。


文加に向かって、大きく手を振った。
文加も胸のところで、小さく手を振った。
約束…か。子供のころはよくやったよな。


                       TO BE CONTINUED