〜 ALFEE KITCHEN 〜 |
なんでこんなコトになったのか。 桜井は助手席に居座っているスーパーの袋を眺めて深いため息を吐いた。 きっかけは、楽屋での一言だった。たまたま頼んだ出前が期待に反して不味かったのだ。 リハーサルを終えたときには空腹で、だからこそ楽しみにしていた食事。なのに、いざ注文してやって来たものは、むしろ自分で料理したほうが全然美味いんじゃないかと思えるようなシロモノだった。 マズイとダメだしをしてみたものの、同じ店で注文した高見沢と坂崎から賛同は得られなかった。いま思えば、桜井が注文した料理がハズレだったのかもしれない。だとしたら、二人が頼んだ料理はアタリだったのだろう。 当たりくじを引くよりもハズレくじへの引きが人一倍強いのは、最近特に自覚していた。しかもどういうわけか、他人から見ればむしろ笑いを誘われるような細かな……言い換えればどうでもいいような些細な部分での不幸が多い。 楽屋で頼んだのり弁に自分だけのりが入っていなかったこともある。弁当の名前にも付いている肝心の「のり」の部分がないのだ。弁当の蓋を開けたらおかずがなかった…なんてありえない状況にも匹敵する衝撃的な映像だ。梅干しでも真ん中に飾って、いっそ日の丸で通したほうがまだ見栄えが良いだろうと思える真っ白な白飯を見たときには、自分の頭まで真っ白になって、頼んだ弁当の名前さえ一瞬記憶から消えたぐらいだ。あのときのコトは今でも忘れない。 細かな不幸をあげればキリがない。他にも三人で同時に料理を注文したにもかかわらず、桜井が注文したものだけ品切れだったこともある。しかも、高見沢と坂崎が頼んだ料理は到着しているのに、桜井だけはさんざん待たされたうえに品切れという有様だ。ないのなら、もっと早く教えてほしい。「SOLD OUT」と。 だから、小さな不幸にはもう慣れていた。今さらこの程度……と鼻で笑ってやれるぐらいの余裕は持っていたはずだった。あのときこそ、この培ってきた経験と余裕を生かすまたとないチャンスだったのかもしれない。 けれども、二人からまったく賛同を得られなかったうえ、また小さな不幸を呼び寄せただのとさんざんからかわれ、そして空腹だったことも手伝って……。結局は、とにもかくにも腹の虫が治まらなかったのだ。 だから言ってしまった。 「こんな料理なら、自分で作ったほうがマシだっ」 そして二人から返ってきた返事は、 「じゃ、桜井つくれよ」 なだめるわけでも同意するわけでもない。あっけらかんとした口調だった。 それからは、売り言葉に買い言葉だった。 別に二人がけんか腰で桜井に「作れ」と言ったわけではない。今にして思えばあそこで適当に二人をあしらっておけば良かったのに、ついつい勢いで言ってしまったのだ。作ってやる、と。 でも、だからといってなぜ自分の分だけでなく二人の分まで作らなければならないのか。そこがどうも釈然としない。いくら話の流れでとはいえ、なぜ三人分も作る必要があるのだろう。しかも自腹で。なおかつ、二人からのリクエスト料理を。 「納得いかねーよな」 愚痴ってみても、答えてくれる相手も、そしてもちろん同意してくれる相手もいなかった。 楽屋に入ると既に高見沢と坂崎が来ていた。 いつも使っている部屋とは仕様が違う部屋。小さな流し台がついたタイプのこの部屋で、二人は桜井が戻ってくるなり手を叩いて声をあげた。 「おっ、来た来た。ホントに材料買ってきた!」 買い物袋をぶら下げて部屋に入ると、高見沢がはしゃいだ声で桜井を指さしてくる。対する坂崎は、楽しそうに笑いながら部屋の一角を指さした。 「ほら、桜井。ちゃんとそば打ちスペースも準備できてるからなっ」 彼が指し示した方向を見ると、既にそば打ち用の大きな台やら麺棒やらが一通り準備されていた。桜井は内心ため息をついた。 『なに食いたんだよっ?』 あのとき、リクエストしたものを作ってほしいと言われた桜井が、半ばヤケクソで訊ねた質問。二人はほんの少し相談したあとこう答えたのだ。 『そば』 『はっ?』 『だから、そばが食いたい。もちろん桜井が打ったヤツね。前にそば打ち体験したんだろ?』 坂崎は気楽な口調でそう言ってのけたのだ。もちろん二人で相談して決めたのだから、高見沢に異議があるわけもない。困惑した表情を返した桜井に向かって、 『楽しみにしてるからなっ』 彼もまた気楽な口調でのたまったのだ。 二人揃ってまるっきり他人事。 今思い出すだけでもちょっぴり腹が立つ。 機会があって、以前初めて作った手打ちそば。まさかこうして、また作ることになるとは。 材料さえ揃っていれば省スペースでそば打ちができるのだから、確かに合理的な料理なのかもしれない。キッチンスタジオを拝借するまでもない。そば粉をはじめ、そば打ちに最低限必要な材料はあらかじめ用意されているのだから、そばを打つスペースさえあれば作れてしまう。あとは打ち終わったそばを茹でる場所だが、用途は違えど流し台……おそらく洗面所として使うのだろうが部屋にはあるし、持ち運び可能なコンロだって準備されている。 残念ながら材料不足や場所を理由に断れるような状況でもない。 テレビカメラはもちろん、カメラが入っているわけでもない。企画として料理をするわけではないのに、スタッフが面白がってこんな準備にまで付き合ってくれたのだろう。今夜もライブがあって準備に忙しいというのに、こんなトコにまで手が回るとは。気が利くのか、それとも好奇心が旺盛なのか。 桜井はなんとも複雑な心境で部屋を眺めた。 「ほら、桜井。そんなトコでぼーっと突っ立ってないで、早く準備準備!」 「腹へったよ、さくらいー」 困惑する桜井をよそに、二人はまるで子供のように空腹を訴えてくる。子供といえば聞こえは可愛いが、見れば目に入ってくるのは自分と歳が変わらない男二人。可愛げもへったくれもあったもんじゃない。 そんなに腹が減っているなら自分で作ればいいんだ。 心の中でそう悪態をつきつつも、 「わかったから大人しく待ってろよっ」 桜井は大きすぎる子供二人をあやして流し台へ向かう。私服にそば粉が飛ばないようにとテーブルに折り畳まれていたエプロンを身につけ、それから部屋の隅に設置された流し台で手を洗った。 材料一式が揃ったそば打ち台のところへ向かうと、既に二人が台の前で待っていた。 調理実習で先生のお手本を見守る生徒のように、興味津々な表情でそば打ち台と桜井を交互に見比べている。注目されていると実感するなりちょっぴり緊張してきた。 桜井はダメもとで、 「向こうに行ってていいよ。できあがったら呼ぶからさ……」 そう持ちかけてみたが、二人は気弱な口調から桜井の本心をあっさりと見透かしたらしい。互いに顔を見合わせるなり意地の悪い笑みを浮かべた。 「いいよ。出来上がるまでココで見てるからさ」 「そうそう。そば打ちの実演も見てみたいしな」 坂崎と高見沢は口々にそんなことを言いながら、にやにやと笑っている。桜井が困惑しているのを楽しんでいるのは明らかだ。 桜井はイヤそうに眉を寄せた。今度は遠慮なく、思いっきり「マジかよ」の四文字を表情に載せてやる。こういう時はハッキリ態度で示してやらなければとばかりに。 「えー? ホントに見てるわけ? いいよ、向こうに行ってろよ」 「なんで。いいじゃん、見てたって。別に見たからって減るもんじゃないんだし」 「そうだけどさぁ……」 「それより腹へったよ。早く作ってよ」 高見沢に「早く早く」と再度促されて、桜井は諦めたように大きなため息を一つついた。 ハッキリ態度で示そうとも、それをさらりと流されてしまえば効果などないに等しい。 「人間、諦めも肝心だよ」 すかさず坂崎がそんなコトを言う。分かっていて仕向けてきたくせにと恨みがましく睨んでも、二人は楽しそうに笑っているだけだ。 「しょうがねぇなぁ……」 桜井はわざと唇を尖らせてそう呟くと、この日のためにと手順を書いてきたメモを広げた。 「おっ、ちゃんと打ち方を書いてきたんだ。やる気だねぇ」 「やれって言ったのはお前らだろ?」 茶化す坂崎へ言い返す。二人の気楽そうな笑い声を聞きながら、桜井はメモを読み返した。書かれた手順に忠実に粉をふるっては、こね鉢の中で水を加えたり粉をこねたりを繰り返す。やがて形になってきたそば生地を丁寧に練って塊にすると、 「凄ぇな。蕎麦らしくなってきたよ」 高見沢が興味津々なカオでこね鉢の中を覗き込んだ。 練ったそば生地をさらに捏ねてそば玉を作り終えると、今度はそれをそば打ち台の上へと載せる。手のひらでぎゅっぎゅっと押して丸く潰していくと、ふいに向かいで渇いた音がした。 反射的に顔をあげたその先で、いつの間に準備していたのか坂崎がカメラを構えていた。カメラを構えている彼を見て、渇いた音の正体がシャッターを切った瞬間の音なのだと気づく。 「桜井のそば打ちなんて珍しいから記念写真。オレのことは気にしないで、どんどん続けていいよ」 「気にしないで……って言われてもよぉ。写真まで撮られると思うと気にもなるって」 「今さらなに言ってんの。写真撮られるのなんて慣れっこだろ? ほら、続けて続けて」 「……それ、外に出すなよ?」 桜井が上目遣いに睨んで言うと、坂崎はふふっと小さく笑った。 「出さないよ」 言ったそばから再びカメラを構える。 二人に注目されているだけでも十分にやりづらいのに、カメラまで構えられたら意識してしまってやりづらいったらない。けれども、抗議したところで素直に聞き届けられはしないだろう。 桜井はため息を吐くとそば打ちを再開した。 台の上に置いたそば玉を長い麺棒でぐりぐりと引き伸ばしていく。均等な厚さで円形に引き伸ばしたそば玉を今度は四角い形へ伸していく。 以前そば打ちを体験したときには先生に教わりながら作ったが、そのときの経験が身になっているらしい。教わりながら作ったときと変わらない厚みと大きさの生地が出来上がった。我ながら上出来だ。 書いてきたメモを見て手順を確認しながら黙々と生地を準備していく。やがて、生地を綺麗に畳んでから、そばを切るための道具を台の上へと置いた。 「あっ、それテレビで見たことある」 桜井がそばを切り始めると、高見沢がはしゃいだ声をあげた。シャッターをきる音がまた聞こえる。 最初の頃は太さにばらつきがあったそばも、切るテンポを掴むと少しずつ見た目も均等な太さで切ることができた。切り終えたそばを平たいザルに移す。これであとは茹でるだけだ。 「さてと……。蕎麦はできたから、あとは具材を切って……」 桜井は独り呟きながら、先ほど持ってきたスーパーの袋へと手を伸ばす。 あらかじめココへ来る前に、二人から指示されていた蕎麦に載せる具材を調達してきたのだ。等分に切りさえすれば、どれもあとは麺の上にトッピングするだけで済む具材だ。 買ってきた具材を袋から取り出す。天かすに、ピンク色のかまぼこに、万能ネギ……。ワカメはどうしようか迷ったが、水にさらしてすぐに使えるものを買ってきた。 具材を切ろうと手に取ると、 「桜井はさ、そば茹でててよ」 坂崎が突然声をかけてきた。振り返ると、彼は持っていたカメラをテーブルに置いたところだった。桜井は、急な申し出に思わず眉をひそめた。 「でも具がまだ準備できてないぞ?」 「いいよ。それはオレがやるから」 坂崎はそう答えるなり、Tシャツの両袖を捲りながら歩いてきた。止める間もなく彼はさっさと手を洗い始めた。 「これ切るだけでしょ?」 「そうだけど……」 「じゃ、いいよ。桜井はそばのほうに専念してよ」 「えぇー?」 テーブルの端っこに置かれていた包丁とまな板をさっさと用意する坂崎に半ば強引に追い出されるような形で、桜井は数歩後ろへ引き下がった。仕方なく、隣に置かれた小さなガスコンロでそばを茹でる作業に専念することにする。 時おり隣の具材班から、 「これ取れないよ?」 「かまぼこは手で無理に剥がしちゃダメだって」 「このワカメ……もの凄いふやけてるケドいいの?」 「ふやけてるんじゃなくて、わざと水でさらしてんの」 なんていう、とぼけたやり取りが耳に入ってくるがこの際なにも聞かなかったことにする。……いや、聞かなかったことにするつもりだったのに、 「……あ、坂崎! これけっこうウマイよ」 その一言に思わず振り返ってしまった。不可抗力で目撃してしまった光景にげんなりする。坂崎が可笑しそうに笑った。 「それ天かすだよ。お菓子じゃないんだから、煎餅みたいにバリバリ食っちゃダメだって」 「えー? これ煎餅っていうよりあられみたいだぜ?」 「そういう問題じゃねぇだろっ?」 たまらず桜井は、隣ですっとぼけたコトを言っている張本人にぴしゃりと言った。 「それ、そばに入れるんだからつまみ食いしたらなくなっちゃうだろ?」 「たぬき蕎麦でも作んの?」 「そうだよ。だから天かす全部食うなよ。天かすがないたぬき蕎麦なんて寂しいだろ?」 全部食べられてしまう前に釘を刺しておく。高見沢は思惑どおり、天かすにはそれ以上手はつけず袋をテーブルに戻した。 茹であがったそばを用意しておいたどんぶりに等分して、坂崎に切ってもらった具材を麺の上へ手際よく並べる。 「高見沢、そこに割り箸あるからテーブルに運んでおいて」 桜井は、手持ち無沙汰な様子で盛りつけを眺めている彼に言った。珍しく文句も言わず、高見沢は割り箸を三膳みつけるとテーブルへと運んでいく。 どんぶりに汁を淹れて、最後に坂崎が仕上げの天かすをどんぶりの上に落とす。 上品に並んだかまぼこや天かすの下に不揃いな太さの蕎麦が見えた。なかには、うどんかと思える太さの麺もあったけれど、自分の手で打った蕎麦だと思うと愛着が湧いた。 鰹だしが効いた食欲をそそる香りが、二人の鼻腔をくすぐっていく。坂崎が悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「おー、いい匂い……。出前のよりもこっちのほうが旨そうだよ」 「手間と時間だけはかかってるもん」 桜井はにやりと笑って答える。これに重なるようにして、 「なぁ、早く食べようよ」 高見沢が痺れを切らして催促してくる。声に促されて見てみれば、テーブルの向こうには椅子に腰かけてちゃっかりスタンバイしている高見沢がいた。あとは蕎麦さえ到着すれば、すぐにでもスタートがきれるだろう。 桜井と坂崎は、どちらからともなく顔を見合わせるなり苦笑いを浮かべた。 「いま持ってくよ」 桜井はテーブルの向こうへそう答えると、どんぶりを大事そうに両手で包んだ。 食べたときの二人の反応に期待を寄せながら、桜井は作りたての蕎麦をテーブルへと運んだ。 |
end
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サイト開設5周年感謝企画「先着5名様リクエスト」企画で頂いたリクエスト、
「ALFEE KITCHEN」をもとに書きました! イベントとかは抜きにして、とのコトだったのでどの辺りまでオフに近づけようか迷った のですが、プライベートで3人を登場させるのは厳しいかな……と思い、 結局ライブ前の食事を作るという話に落ち着きました。 楽しんでいただけたら嬉しいですv 蕎麦を食べた二人の感想はご想像にお任せします(笑) |
管理人:滝沢夏生さんのサイト『砂の楽園』にて、サイト開設5周年感謝企画のリクエストに応えていただきました。
リクエストをお願いしたときは、当サイトは影も形もありませんでした。
「お願いしても、かえって迷惑をおかけするのでは…」と思案しましたが
夏生さんは快く受けてくださいました。
とてもうれしかったです(T0T
「食べる」ということを書くのは、とても難しいことだと思います。
手際の悪さがバレちゃうんです、自分の場合(;_;
たくさんたくさん見習わなければなりません。
夏生さん、ありがとうございました♪
−2009.6.14−