『夏目アラタの結婚』
監督 堤幸彦

 十六年前に観た20世紀少年を撮った堤監督らしい作品だと思った。堤監督作は二十四年前に観た『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』以来、十五作品を観ているが、最初の同作は肌が合わなかったものの、総じて面白く観ることが多く、本作もまたなかなか面白かった。

 癖の強いキャラクター造形に長けていて、夏目アラタを演じた柳楽優弥にしても、品川真珠の名のもとに哀しきピエロの生を余儀なくされた無戸籍児を演じた黒島結菜にしても、よく応えていたような気がする。

 六年前に観たしゃぼん玉の舞台版を先ごろ観劇して、人に更生をもたらすものがあるとするならば、それは懲罰ではなくて寛容であり、居場所と甲斐の賦与であると改めて感じたところだったから、アラタが宮前弁護士(中川大志)に自嘲していた“思い上がった”受容の値打ちについていろいろ触発されるところがあった。

 人と人とのクロスポイントはどこにあるのか思いもかけないものだが、何気ない街の風景のなかにも目を凝らしさえすれば、たくさんの「X」があることを提示していたオープニングだったのかと振り返らせるラストカットは、実に天晴れだと思った。また、「わ」の引っ掛けによって別人と見破りながらも、真珠がアラタに関心を示した理由が匂いにあったとは恐れ入った。彼女自身も明確には、あのときのポケットタオルだとは認識していないのかもしれない。記憶ともつかない記憶として刷り込まれているものを匂いに象徴させて、誰であれ人に刷り込まれている沢山の「X」の存在に気づきを促しているように感じた。オープニングのときは何故これほど?と訝しんだのだったが、二人の顛末と最後のポケットタオルを観て、そうだったのかと得心した。「目を凝らしたら必ずアラタはいるし、現れるんだ、独りじゃないよ」という映画だったのかと大いに感心した。

 聞くところによれば、原作漫画の物語は長大で、映画化作品はかなり大胆に脚色や刈り込みをしているとのことだ。幼時に受けたいじめや准看時代のエピソード、つきまとっていたという父【三島正吾(平岡祐太)】の話、自殺願望だったという被害者三人の事情と真珠の関りなどが、おそらく縷々綴られているのだろう。だとしたら、映画版のほうがむしろ好みかもしれないと思った。映画に相応しく目に訴えかけてくる力に富んだ、なかなかの作品だという気がする。




推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20240915
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
https://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/24091501/
by ヤマ

'24. 9.17. TOHOシネマズ1



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