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『螢川』['87] | |||||
監督 須川栄三 | |||||
三十六年前に愛宕劇場で観て以来の再見だ。先ごろ『泥の河』を四十一年ぶりに再見したことも手伝って、観てみた。日誌に記した「晋平が舞鶴に残してきた元妻の存在という原作小説にはない設定」が本作の春枝(奈良岡朋子)からのものであることを再確認した。 書棚にある『泥の河』(角川文庫)に収録された原作小説『螢川』にも、夫の重竜(三國連太郎)が千代(十朱幸代)と所帯を持つことになった原因である竜夫(坂詰貴之)を慈しむ場面(P152)があり、「おばちゃんのできることは何でもしてあげるちゃ。商売が何ね、お金が何ね。そんなもんが何ね。みんなあんたにあげてもええちゃ……」と涙声で言っていた。 昭和三十七年と言えば、僕が四歳の時分の話だ。水島重竜五十二歳のときの一粒種が十四歳となれば、重竜は六十六歳で、今の僕の歳の頃合いということになる。重竜のように突如、脳溢血で倒れ、寝たきりになって程なく亡くなっても何らおかしくもない歳というわけだ。今現在も続けているバドミントンでは年甲斐もない動きの激しさを若い子から「意外に俊敏ですね」と褒められたりしているが、近年の高めの血圧のことを思うと『鍵』で若い妻の腹の上で脳溢血を起こして倒れた剣崎が、他人事ではないような気がしてくる。 そのようなことも含めて、重竜の旧友で大店を営む大森(大滝秀治)の元に金を借りに訪ねて来た竜夫に大森が言っていた「運というもんを考えると、ぞっとするちゃ。あんたにはまだよう判るまいが、この運というもんこそが、人間を馬鹿にも賢こうにもするがちゃ」(P120)との言葉通り、運と巡り合わせによって形作られる人の生なるものが沁みてくる作品だった。 歩行者用信号機は僕が四歳の時分にはまだなかったと思うけれども、路面電車の風情にしても、街並みにしても、さすが地方都市だけあってか、バブル期の日本とは思えない佇まいを見せていて、ロケハンの力に感心した。『椿三十郎』の話も『キューポラのある街』の看板も原作小説には出てこなかったが、いずれも昭和三十七年を代表する映画作品の一つであるのは間違いない。 | |||||
by ヤマ '23. 2.20. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画 | |||||
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