『TAR/ター』(TÁR)
監督・脚本・製作 トッド・フィールド

 なんだかクラシック音楽界のセッションのごとく、実にハイテンションでタフな映画だった。圧巻・ブランシェットのワンウーマンショーでもあり、早朝ランニングを日課としているリディアことリンダ(ケイト・ブランシェット)が、まさに159分全力疾走しているようなケイトの演技だった気がする。

 それに圧倒されて、二時間半を超える長尺を持っていかれたものの、物語としては、何とも捉えどころのない中途半端なものになっているように思った。また、音の扱い方に『セッション』的な荒々しさというか、ドンっと圧しつけてサッと引き上げるような感じがあって、メリハリと言ってしまえばそれまでなのだが、クラシック音楽における解釈のデリカシーについても言及する作品には、あまりそぐわないような気がした。

 最も気になっているのは、有能な助手フランチェスカ(ノエミ・メルラン)の顛末だ。若き女性指揮者クリスタ・テイラー(シルヴィア・フローテ)の自殺に大層衝撃を受けていた彼女が、その死にどの程度関与していたのか、していなかったのか、何とも気がかりだ。

 カリスマ女性指揮者リディア・ターが関連メールを全て消去するよう指示していたにもかかわらず、従っていなかった彼女の真意がどこにあって、副指揮者セバスチャン(アラン・コーデュナー)の解雇に伴う次期就任を期待させながら砕いたリディアに対して抱いたものが、離れゆく失意だったのか、復讐を誓う遺恨だったのかも気になるところだ。レズビアンのリディアが同棲パートナーであるバイオリニストのシャロン(ニーナ・ホス)に、フランチェスカとは性的関係がないと言っていたのは、噓か真か。クリスタによるストーカーめいたメール攻勢というのが事実なのか否か、また、クリスタとの間の性的関係はどうだったのか。新進気鋭のチェリストとして見出したオルガ(ソフィ・カウアー)を見つめるリディアの眼差しには、シャロンが気に入らないとオルガへの警戒を示したことに足るだけのものが、確かにあったような気がする。

 そして、リディアの精神的破綻は、どこから始まり、どこまで行ったのか。クリスタの両親の提訴した裁判の結果も示されなかったが、最後のベトナムでのモンスター・ハンター・イベントでの生演奏指揮の場面は、ベルリンフィルの元常任指揮者の立つ場としてリアルとはとても考えにくい光景で、彼女の妄想世界での地獄の黙示録だったりするのではないかと思ってみたり、それでは、長らく空けていた自宅に戻り、師匠のバーンスタインの指揮するビデオテープを観て流していた涙も、現実のものではないことになるのかと、何とも落ち着きの悪い作品だった気がする。とはいえ、女性の身でクラシック音楽界でマエストロと呼ばれる指揮者のポジションを鎬を削って維持することの抱えている負担というか、重荷には凄いものがあるということは、よく伝わってきた。




推薦テクスト:「シューテツさんfacebook」より
https://www.facebook.com/hideaki.yamane.106/posts/
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推薦テクスト:「とめさんmixi」より
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by ヤマ

'23. 5.18. TOHOシネマズ8



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