『袴田巖 夢の間の世の中』
監督 金 聖雄

 袴田事件の冤罪問題を裁判官の側から描いた劇映画BOX 袴田事件 命とはを七年前に観たとき、映画日誌に実際に裁判に携わった元判事の目からの告発という事実の重さには途轍もないものがあるからこそ、尚のことドキュメンタリー作品で観たいと記していたが、過去の事件と裁判ではなくてその後、釈放された袴田氏と一年余り寄り添ったドキュメンタリー映画を図らずも観る機会を得たというわけだ。

 最も印象深かったのは、半世紀近くに渡って挫けず支え続けてきた実姉の秀子さんの実によく笑う朗らかさと齢八十を超えてなお毎朝続けているとの腹筋運動などの体操をこなす姿だった。途轍もなく長い時間をいつ執行されるか知れない死刑囚で過ごしてきた巖さんも凄いが、それ以上に秀子さんの“靭さ”が心に残った。

 釈放後まもない頃の心身ともにひどく傷んでいることが露になっている巖さんの痛ましい姿の生々しさに絶句したが、人が人との交わりのなかで生気を取り戻していく姿のドキュメンタリーフィルムならではの映し出しに感銘を受けた。独り言の呟きが減り、表情が実に柔らかくなっていっている様子に、塀の外に少なからぬ支援者がいたとはいえ、物理的には孤独の極みである収監生活がいかに深い傷をもたらすのか思い知らされるような気がした。

 狭山事件の石川氏や足利事件の菅家氏も釈放された袴田氏を訪ねてきていた。六年前に観たショージとタカオ』の映画日誌に「いつも明るく振舞うショージ」と記した布川事件の桜井昌司氏も訪ねてきていたが、袴田氏に素っ気なく「知らない人」などと言われて困っている姿が捉えられていて、図らずも彼のキャラに沿うような可笑しみの湧く場面になっていたことに奇縁のようなものを感じた。

 巖さんの表情・所作を余さず捉えて、ドキュメンタリーフィルムならではの力を感じさせる作品だったように思う。

 
by ヤマ

'17. 5.14. 自由民権記念館・民権ホール



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