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『アリスのままで』(Still Alice) | |||||
監督 リチャード・グラツァー&ワッシュ・ウェストモアランド
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エンドクレジットの背景に大写しになっているタイトルの「Still Alice」の文字が次第に薄くなっていっているのを観ながら、このまま消えるのか?と思っていたら、矢庭に鮮明に映し出されて「あぁやっぱり」と得心した。 国際的に活躍する言語学者でコロンビア大学の教授アリス(ジュリアン・ムーア)には到底およばないが、『明日の記憶』['06]の映画日誌に記したように、僕も知と記憶というものに対する思いは強いほうなので、アリスが“知性によって自己規定してきた自分の根幹を破壊される恐怖”というものを口にし、「癌のほうがましだった。それなら恥ずかしい思いをしなくて済む。」と言っていた姿が身に沁みた。 アメリカ映画には、スピーチ映画と呼んでもいいほど、作中での弁論が印象深い作品が『スミス都へ行く』['39]の昔から少なからずあるように常々感じていて、『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』['92]や『エニイ・ギブン・サンデー』['99]でのアル・パチーノなども印象深いのだが、本作もそういう意味でのスピーチ映画だと思った。 齢五十で若年性アルツハイマーになりながらも、スピーチの場を与えられ、気負いこむアリスが、同じ個所を繰り返さないで済むようマーキングをしながら読む原稿に対する意見を次女のリディア(クリステン・スチュワート)に求めて、その的確な指摘につい憤ってしまう場面が効いていた。パソコン電話でのリディアの意見内容からすれば、アリスは娘に憤慨しながらもスピーチ原稿を全面的に書き直したに違いない。そして、癌のほうがましだと思うくらい忌避したかったアルツハイマー型認知症になっても得る喜びはあり、人として生きている実感も失っていないと語り、進行する病魔と闘う意思をユーモアも交えて表明して、聴衆の心を打つ。 病を学問的に解説するのではなく自分自身の心の内を語るべきだというリディアの意見を容れて万雷の拍手を得るスピーチにおいて、全てを忘れてしまうことになってもこのスピーチ体験のことだけは忘れたくないと語るアリスの姿が印象に残る作品だったように思う。 そして、会場には姿が見えなかったように思うけれども、そのアリスのスピーチに最も感動したのは、娘のリディアだったのだろう。ずっと自分にダメ出しをしてくるように感じていたはずの母親が、初めて自分の意見を尊重してくれて全面的な改稿をしていたことに驚いたに違いない。しかも、そうして成功したスピーチのなかで「なくす技は上達しても、今日のこの記憶は持ち続けたい」と言ってくれたことにきっと痺れたに違いない。足場を築きつつあった劇団を離れて母親の介護に向かう選択を後に彼女がしたことに対し、アリスのこの思いと言葉が大きく作用しているように感じた。 そういう意味では、“若年性アルツハイマーもの”や“スピーチ映画”である以上に僕にとっては、はみ出し娘との関係を描いた母娘ものだったのかもしれない。医学部に進んだ長男トム(ハンター・パリッシュ)や法学部に行ってキャリア形成をした長女アナ(ケイト・ボスワース)と違って、リディアは母親の忠告に逆らって演劇を志していたわけだが、そのぶん母子関係としては、本音をぶつけ合っており、スマートで利口な振る舞いに終始している長男長女との関係よりも濃密であることが描かれているのだが、アリス自身はそのことの価値への気付きがスピーチの件に至るまであまり及んでいなかったように思う。 家族におけるリディアの存在意義をよく認識していたのが父親のジョン(アレック・ボールドウィン)で、だからこそ、娘に演劇をやめてほしいと思っている妻には内緒で、娘の属する劇団への財政的支援に協力していたのだろう。彼の立ち位置が、娘に対しても妻に対しても、実にいいバランスで大したものだった。 まだ自分が自分でいられる間にじっくり夫婦の時間を過ごしたいと思っていたアリスの想いとは裏腹に実に微妙なタイミングで、医師であるジョンが、かねてより願っていたキャリアアップのチャンスを得て、心浮き立つことになる。僕の実弟がかつて臨床留学していたメイヨ―クリニックの名前が出てきたことに驚いたが、病の進行しつつある妻から、行くのは一年待ってもらえないかと請われても、メイヨーからの招聘に注文をつける気にはなれない自分をいくらか恥じつつ、母親介護のために西海岸から東海岸への移住を厭わずに劇団を離れた娘に対して、しみじみ「お前は私よりいい人間だ」と敬愛を込めて言葉にしていたジョンにも心打たれた。 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20150628 | |||||
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