『25年目の弦楽四重奏』(A Late Quartet)
監督 ヤーロン・ジルバーマン


 25年も続けている弦楽四重奏団のメンバーにとって音楽は、ちょうど家族における血のようなものであるらしいことが、これまでに観た映画では得た覚えのない実感として伝わってきた。四半世紀にわたる楽団メンバーというのは、ほとんど家族のようなものだろうということは、ある程度察しの付くことながら、“音楽という血”による疑似血縁というイメージは、今回初めて得たもので、なかなか新鮮だった。それだけ演奏場面での音楽の巡りがよかったということなのだろう。

 そして、是非も愛憎も超えて彼らを結びつける“音楽による血族”の物語としてみれば、その中心は、外形的な部分での家父長的なピーター(クリストファー・ウォーケン)でも、音楽的な部分での主導者ダニエル(マーク・イヴァニール)でもなく、第2ヴァイオリンを務めるロバート(フィリップ・シーモア・ホフマン)の妻であり、ダニエルの元恋人で、ピーターの婚外子のようでもあったジュリエット(キャサリン・キーナー)のような気がした。

 それにしても、惑う男が悪いのか、惑わせる女が悪いのか。男女問題には概ね是非もないことが多いながらも、罪作りなのは、やはり女性のほうだなどと思うのは、自分が男の側だからなのだろうか。

 作曲への関心も他の音楽への興味も追いやって、フーガ・カルテットに専心し、恐らくはかつて自身で抑圧したことすら忘れていたであろうロバートの第1奏者への想いを揺り起こしたのは、彼のジョギング友達のダンサー女性ピラール(リラズ・チャリ)の “思い立ったら吉日”みたいな「いい時期なんか来ない、つまり、いつもいい時期なのよ」という勇気づけという形の挑発だったような気がする。彼女に応えたい気持ちが、眠っていた彼の願望と欲求を蘇らせたように思う。

 また、恐らくはかつて音楽に対する若々しいストイシズムによって、心ならずもジュリエットを拒み、彼女の心を乱したと思しきダニエルがその返戻を受けるような形で翻弄されたのは、ジュリエットの娘アレクサンドラ(イモージェン・プーツ)の率直に過ぎる挑発によって掘り起こされた恋情が本物だったからのように感じた。最初は反発交じりの対抗心から始まったであろう彼女の挑発は、潜在的な部分で母親に対して抱えている遺恨の表れでもあって、ダニエルへの純然たる恋情ではないことが透けて見えていたところに唸らされた。音楽一筋に生きてきて人との交わりも乏しかったと思しきダニエルでなければ、あのように危険な関係に簡単にのぼせあがるはずもないのだが、ヴァイオリンの練習は足り過ぎるほどに足りていても、そういうことには如何にも練られていないことがよく窺える男だったように思う。

 そして、四重奏団で務めるセカンドさながらに、人間関係の輪のなかにおいても常にセカンド感が拭えぬ男の屈託を演じていたフィリップ・シーモア・ホフマンが絶妙で、なまじ才能に恵まれ、尖がった生き方を重ねて来ることができただけに、どこか幼稚さの拭えない誇り高き男を演じたマーク・イヴァニールの滑稽味が見事だった。

 もしもピラールとアレクサンドラの挑発がなくて、ピーターの発病による引退問題だけなら、フーガ・カルテットの人間模様は、あそこまで危うくなったりはしなかったはずだ。ダニエルとアレクサンドラの関係を知った妻から予め知らされてなかったことをぼやくロバートの慨嘆にはもはや修復不能と思わせるものが漂っていたが、それらをもすべて押しやり、是非も愛憎も超えて結びつける音楽の力というものに、不思議なまでの説得力が宿っていて打たれた。そして、楽譜一つ閉じ合うことだけで和解を示し合うことができることにも感銘を受けた。実に平和的な解決というものを“音楽の力”が与えていたように思う。

 家族でも四重奏団でも自ずと適した役割というのがあって、軽々に入れ替えることなど出来ないのは、ロバートとて百も承知のはずなのに、心のなかに蟠りとして残る屈託は、承知不承知で解消できないところが、人間の性だ。リーダー向きの者がサポーターを務めても、リーダーをこなすようには上手くやれないし、サポーター向きの者がリーダーを担っても同じようなことが起こる。どちらともそれなりに上手くこなせる者は、それゆえにどちらにまわることも良しとはできないことが多くて、不徹底な役立たずというものになりがちだ。それでも、選べる場面と選びようのない場面とが立ち現われてくるのが人生であって、人が思い通りの役回りを得られることはそう多くはないとしたものだ。しかし、思いに乱れはあろうとも深い絆で結ばれていれば、そう容易く壊れないのは血縁でも音楽の絆でも同じであり、むしろ綾が妙味となって現れてくるわけだ。まさしく人生とは、そういうものなのだろう。

 奥行きのある人物造形が見事で、人生を音楽の興趣に重ねた意匠も鮮やかだった。なかなかこのように描けるものではないという気がする。大したものだ。





推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=3700229&id=1907018074
by ヤマ

'14. 6.25. 美術館ホール



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